第93話 そして暫しの別れ。
緑の中を走り抜ける真っ白な一角獣が立ち止まってくれたのは最初に僕と出会ったあの泉の前だった。
「つ、つぎは、もっと、ゆっくり、走って、くれないと、も、もう、ヴァイスに、は、乗ら、ないから、ね」
目を回しながらヴァイスから降りて僕はそう宣言した。
運良く行きも帰りも振り落とされなかったとはいえ、もし僕が途中で力尽きて居たらと思うとスプラッタすぎる。
そもそも僕は絶叫系アトラクションは嫌いなんだ!
首を傾げるヴァイス。
「いや、そこは首を傾げる所じゃないよね!?」
わかってくれてなさそうで哀しい。
いや動物と完全に意思疎通なんて出来るとは思ってないけどさ……。
でも……何だかんだでもうお昼も回って良い時間なようだし一端合流場所に戻った方が良いかな?
「取りあえず泉まで送ってくれてありがとう。じゃあ僕は仲間が待ってるはずだから帰るね」
そう言ってヴァイスの鬣を撫でて別れを惜しむ。
気持ちよさそうに目を細めるヴァイス。
馬って思ったより可愛いかもしれない……あ、いやこのままじゃ別れにくくなっちゃうな。捕獲してないから連れても帰れないのに。
「それじゃ、ヴァイス。またね」
そう言って手を放し、後ろ髪引かれながらも合流場所へ歩き出した。
てくてくてく……
ポクポクポク……
比喩じゃなくて後ろ髪が引っ張られてる気がする?
振り向くと僕の後ろを付いてくるヴァイスが嬉しそうに僕の髪を甘噛みしていた。
「えっと、ヴァイスさん? 何をしてるのかな?」
きょとんと首を傾げるヴァイス。
「いや、だからそこは首を傾げる所じゃないよね!?」
僕のツッコミを何処吹く風に頬ずりをしてきた。
いや、可愛いよ? 可愛いけどさっ!
「……ついてきたいの?」
頷くヴァイス。
うーん……別に森の中くらいなら良い……のかな?
別れが辛くなるのは嫌だけど……。
「じゃあ、森の中だけだからね」
ヴァイスは嬉しそうに嘶いた。
僕が最初に別れた集合場所に到着すると、もう既に皆は揃っていた。
目に見えて増えているのはホノカちゃんの首に巻き付いている火炎鼬と、コテツさんの隣に居る見た事のない小熊だ。
6人中2人が捕獲出来たのなら打率良いのかな?
「ただいま~」
「ユウっちおかえりっ! って、ユウっちも又大物捕まえて来たんやなぁ」
僕の後ろに居る一角獣を見上げてルルイエさんが驚きの声をあげる。
やっぱり馬って意外と大きいし、初見だとびっくりするよね。
「あ、えっと……捕まえたというか何というか……」
「何よユウ、歯切れが悪いわね」
小熊を撫でながら問いかけてくるマヤ。
「あ、うん。えっと……そ、そうだ! み、皆はどうだったの?」
捕獲するのが嫌でせずにモンスターを連れてきた。というのが言い出しにくくて、さりげなく話題を変えてみる。
「ん? あぁ、あたしがコイツ……荷熊のシェリーメイだ。あと、ホノカが火炎鼬を捕獲しただけだな。他の皆は出逢えなかったそうだ」
小熊とホノカちゃんを指さしながらコテツさんが教えてくれた。
やはり捕獲出来たのは2人だけだったようだ。
と言っても7人中3人が1日でペットモンスター持ちになったんだから、やはり運が良いのかもしれない。
いや、そもそもやたらと大量に居て追いかけ回された記憶しかないから「滅多に出逢えない」なんて情報の方がガセだった可能性もあるのだろうか?
そう考えればむしろ会えなかった人の運が悪いのかな?
「火炎鼬の陽炎丸よっ! この子が居るだけで私の火系魔法が強化されるから、今後の私は更にパワーアップするわっ! ユウもよく見ておくのねっ!!」
自慢げに胸を張るホノカちゃん。胸ないけど。
そして首に巻かれた陽炎丸がこちらにぺこりと頭をさげた。陽炎丸は良い子っぽい。
いや、ホノカちゃんが悪い子って訳じゃないけど。
それにしても……
「『陽炎丸』って事はこの子はオス? ホノカちゃんいいの?」
「? 何がよ?」
「ホノカちゃんって男嫌いなんじゃ……」
「嫌いに決まってるでしょっ! 男なんて汚いし五月蠅いしエッチだしっ! ペットは別よ。別に汚くも五月蠅くもエッチでもないし。そもそもシュバルツだってオスでしょ」
「それもそっか」
確かに動物のオスまでダメって言ってたら大変かぁ……まぁ僕にも怒りっぽいとはいえ割と普通に接してくれてるからホノカちゃんの男嫌いも良くなったのかと思ったけど、そうでもないんだなぁ。
「それで、ユウの方はどうなのよ? その子を捕獲したんでしょ? 紹介してよ」
ヴァイスを見ながら尋ねてくるホノカちゃん。
上手く話題を逸らしたつもりが又ここに戻ってきてしまった。
「あー……えっと……その……」
上手い言い訳が思いつかずに言い淀んでしまう。
「この子、首輪してない」
と、突然ノワールさんが呟いた。
その声は大きくはなかったが全員に聞こえて、瞬間皆に緊張が走り、ヴァイスに対して距離を取る。
「って、違う! ヴァイスは敵じゃないよっ!? た、確かに首輪はしてないけどっ! でも違うんだっ!」
僕は慌ててヴァイスを庇うように皆との間に入って弁解した。
「……どういう事、ユウ? ヴァイスって……そのユニコーンの名前?」
ヴァイスを警戒をしたまま僕を見て尋ねるマヤ。
うぅ、やっぱり言わないとダメか。
「う、うん。一角獣のヴァイス。名前は僕が付けた。その、最初は捕獲しようと思ってたんだけど……一角獣を狙ってこの子を罠にかけて捕獲しようとしていたプレイヤーと出会っちゃって、その人がペットモンスターを高値で売れるとか、そんな事ばかり言ってて、それが何か嫌で、その……」
僕の説明を聞いてマヤが大きくため息をついた。
「それで捕獲しなかったのね」
「うん……ごめん」
「謝らなくていいわ。考え方は人それぞれだし。でも、捕獲してないモンスターがどうして一緒に居るの?」
なんだろう、謝らなくて良いと言われてるのに怒られてるような気持ちになるのは。
まるで捨て猫を拾ってきて隠していたのをバレたような居たたまれない気分だ。
「それで、その……捕獲はしたくなかったから、友達になろうって、それで名前を贈ったら……」
「ついてきた、と」
「うん」
そこまで説明した所でヴァイスが僕の頭にすり寄ってきた。
「フヒヒンッ」
僕に頬ずりしながら、ヴァイスが見下ろすようにマヤを見る。
「ヴァイスと言ったかしら? ユウと友達になったからって、そんな馴れ馴れしくしないでくれるかしらっ!?」
ソレを見て僕を引っ張り出してヴァイスから僕を自分の背に隠すマヤ。
マヤは何を言ってるんだ?
「ヒヒンッ?!」
「私はマヤ! ユウの『幼馴染み』よっ! 『友達』より1ランクも2ランクも上なの! ご愁傷様っ!」
「ヒヒーンッ!」
「名前を貰ったからって何だって言うのよっ! 私だってこれまでに何度も誕生日プレゼントとか色々貰ってるわよっ!?」
「フヒヒヒーンっ!」
「自分は贈り物をして永遠の誓いをしてるですってっ!? 何よ永遠ってっ! 何もしらないユウに無理矢理押し付けたりしたんじゃないでしょうねっ!」
「ヒヒヒンッ!!」
「信用できないわよっ!!」
……どうしてマヤは普通にヴァイスと会話してるんだろう……たまたま会話が噛み合ってるだけ……じゃないよね、アレ。
それともただの気のせいだろうか?
「ユウっち? 贈り物って何なん?」
いつの間にか横に来ていたルルイエさんが不思議そうに僕に尋ねた。
そういえばさっきイベントクリア? してアイテム貰ったんだっけ。アレはヴァイスがくれてたのか。
「これなんだけど……」
そう言いつつ、アイテムウィンドウからさっき貰った『一角獣召喚の笛』を取り出してルルイエさんに見せた。
「これはっ!! しっているのかルルイエ!?」
「? ルルイエさん、何を1人で言ってるの?」
「……ユウっちノリ悪いわぁ……コレはアレやね。『ペットモンスター』の契約やなくて『召喚獣』の契約のアイテムやね」
「召喚獣?」
ゲームではよくある話だけどペットだけじゃなくてそんなシステムもあったのか。
「滅多にない事なんやけどね。古竜や天使、あと高位魔族なんかであるって言われてて、気に入った相手と契約して、自分を喚び出すアイテムを授けるっちゅー話やね。ヴァイスやっけ? あの子も結構強いんちゃうの?」
「あぁ、そういえばレベル50だった」
「そら条件満たすんに十分やなぁ」
ヴァイスってそんなすごい子だったのか。確かにあの風の魔法も雷の魔法もすごかったけど。
「でもまぁ、契約者は何度でも喚び出せるっちゅーても、モンスターの方にそっぽ向かれたらその時点で契約無効にされたりする事もあるみたいやし、そもそも召喚はプレイヤーのAPを消費してやるから生半可なレベルやと貰ろても使えへんけどね」
何気に残念アイテム!?
いや、大器晩成アイテムという事にしよう。……それに僕は幸い司祭でAPの総量だけは自信がある!
……それ以外自信ないけど……。
「そりゃユウの笑顔は最高よっ! そんなの当たり前じゃないっ!」
「ヒヒンッ!」
「確かにそういう所も可愛いけど、寝顔なんてもう最高なのよっ!」
「ヒヒンッ!!」
「乗って貰う喜びですって!? 確かにその経験はないわっ! ちょっとそこの所を詳しく……」
ふと見るとまだマヤとヴァイスは何やら言い争っていた。
……本当にマヤは何をしてるんだろうか……
「ま、まぁいいわ。どうせ一角獣とはここでお別れなんだし、せいぜい召喚される日を待つと良いわね」
それから暫くして結局言い争いは痛み分けで終わったのか、マヤがヴァイスに捨て台詞を吐いている。
その言葉を聞いてヴァイスが寂しそうに嘶いて僕を見る。
「ごめんねヴァイス。また遊びに来るし、召喚もするから、元気でね」
そう言ってヴァイスの鬣を撫でるも、ヴァイスの寂しそうな瞳は変わらない。
「ユウ、ンな事してると別れが余計つらくなるぞ?」
「う、うん」
コテツさんに促されてヴァイスから手を放す。
地面に聖水を置いて詠唱を始める。
すぐに聖水を中心とした魔法陣が発生し、輝き始めた。
「転移門」
僕の言葉と共に聖水が消え、アーツが完成する。
行き先は『銀の翼』のホーム。そこはモンスター進入不可結界の張られた王都の中。ペットモンスターでないヴァイスは入れない場所。
「ごめんねヴァイス。またね」
最後にもう一度ヴァイスの首を撫で、頬にキスをしてから僕達は転移門をくぐった。
一瞬で転送されてそこはいつものホームのリビングだった。
転移門は無事成功して、僕達は帰ってきたんだ……。
「ユウってば、そんな寂しそうな顔するなら捕獲しなさいよねっ!」
「それはそうだけど……」
「色々あんだろ、しゃーないさ」
「ユウっちは複雑やねぇ」
「うん……」
「寂しかったらいつでも召喚すれば良いんだし、そんな気落ちする事はないわ」
「ありがとうマヤ」
「ヒヒィン」
「うん、ヴァイスもありがとう…………え?」
慌てて振り返ると何故かそこにはヴァイスが居た。
当たり前のように僕にすり寄って来る。
「う゛ぁ、ヴァイス!?」
「ヒン」
「転移門に入って来ちゃったの?」
「ヒヒン」
嬉しそうに頬ずりするヴァイス。
一体どういう事!?
モンスターって街に入れない筈だよね!?
いや、そもそも転移門自体もモンスターが入れる物じゃないよね?!
「んん? あー……」
ヴァイスを眺めていたルルイエさんが何か納得したように手を叩いた。
「『鑑定』結果、皆に見えるように、っと」
何かしらの操作をしているルルイエさん。と、目の前にウィンドウが表示された。
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ヴァイス 神獣/雌 540歳 一角獣Lv50
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「……神獣?」
「そっ。『モンスター進入不可結界』は街を守る為に神さんから授かる神聖魔法。やから天使や神獣みたいな神さん側のモンスターには効かへんのよね。まぁ、それが問題になる事もないんやけど。
天使や神獣に街が襲われたとしたら十中八九人間のが悪いんやし」
ルルイエさんの解説を聞きながら、僕は呆然とヴァイスの頬ずりを受け続ける。
「……って事はペットモンスターじゃなくてもヴァイスと一緒に居られるの?」
「まぁ神獣ならええんちゃうかな? 混乱無くす為には飾りの首輪位付けててもええかもしれんけど。にしても一角獣て神獣やったんやね」
「ルルイエ、森で鑑定しなかったのかよ」
「AP勿体ないもん」
……そ、そっか……そうなんだっ!
「よかった! ヴァイスっ! これからもよろしくねっ!!」
「ヒヒヒンっ!」
嬉しくて僕からもヴァイスの首に手を回して撫でた。
「ダメよっ! 許さないわっ!!」
が、そこでマヤが反対の声を上げた。
「ヴァイスは女の子よっ! 一緒にいたらユウの貞操の危機じゃないっ!!」
「マヤは一体何を言ってるの!?」
馬に対して貞操の危機とかありえないよっ!?
「フヒヒンッ」
「嫉妬じゃないわよっ! 馬のくせに何言ってるのかしらっ!」
「ヒヒーン」
「違うって言ってるでしょっ、そもそも貴女、540歳っておばあちゃんじゃない! いい年してユウみたいな小さな子に唾付けて恥ずかしくないのっ!?」
「ヒッヒーン」
「年の差は関係おおありよっ!」
ヴァイスとマヤの激論2ラウンド目が目の前で始まってしまった。
「2人とも、もう仲良し」
「ホンマ、息ぴったりやなぁ」
僕もノワールさんやルルイエさんと同意見だった。
これはマヤが馬レベルなのか、ヴァイスが人間レベルにすごいのかはわからないが。
でも、ヴァイスと普通に会話してるようにしか見えないマヤが少し羨ましいかもしれない。




