第92話 深森の王。
動物園で馬を見た事はあるけど、実際の馬って想像以上に大きい。
そして柵も何もなく目の前に現れた一角獣動物園の時以上に大きく見えた。
・レベル50一角獣とエンカウントしました。
視界の隅に表示されるメッセージ。それは今まで出逢ったどのモンスターよりも高レベルであるという表示。
その蹄で踏みつぶされたら一瞬で僕は死んでしまうという事。
なのだけど、僕はそんな恐怖を感じる事もなくその姿に見とれていた。
真っ白に輝く毛並みは美しく、発達した筋肉は力強く、深い瞳は知性を称えて、そのそそり立つ角は気高くすら見える。
そして一角獣は悠然とボクの横を通り通り、目の前の泉で喉を潤し始めた。
サラサラさんが言っていた通り、50レベルでもノンアクティブみたいだ。
「え、えっと……こ、こんにちわ?」
ノンアクティブとはいえ、一応敵対の意志はない事を伝えようと話しかけてみる。
と、お水を飲むのと止め、一角獣は僕の方を深い紺色の瞳で見つめ返して来た。
「は、はじめまして、僕はユウ。……えっと、君は?」
少し首をかしげる一角獣。名前……無いのかな?
「その……お水、美味しかった?」
友好の証は笑顔から、とりあえず笑顔で聞いてみる。
と、ブルウッッと鳴く声はあまり美味しかった風には聞こえなかった。
美味しくなかったのか……それとも……。
「お腹空いてるのなら、サンドイッチ食べる?」
アイテムウィンドウから今日のお昼用に作ってあったサンドイッチを取り出して、一角獣の前に差し出してみた。
今日のサンドイッチは芥子も使って無いけど……大丈夫だろうか?
トマトレタスサンドとかでも草食動物だと食べないかな?
そう思って見ていると、一角獣は暫く僕の手の中のサンドイッチを嗅いでいたが、ぱくりと一口で全部食べてしまった。
「あ」
幻獣はやっぱり普通の動物とは違うのか僕のお昼をぺろりと食べてしまった。
まさかツナサンドやハムサンドまで食べちゃうなんて……僕のお昼が……。
僕が自分のお昼をどうしようと思っている事に気付いていないように一角獣は「おかわりないの?」という顔で僕の手を舐めながら見つめてくる。
気に入って貰えたのは何よりだけど……手の平がくすぐったい。
「ごめん、今日はこれで全部なんだ。僕の分のお昼も無くなっちゃったし」
正直に話して謝る。
すると一角獣は僕の身体に何度か頭をこすりつけ、そして一声鳴いて自分の背に視線を送ってそれを繰り返した。
「……もしかして乗れって言ってる?」
頷く一角獣。
「いや、僕乗馬なんてした事ないんだけど……」
僕の身体をぐいぐい頭をこすりつけて押す一角獣。
「だから、もし落ちたりしたら危ないし……」
じーっと見つめてくる一角獣。
「……わかったよ。でも本当にあんまりスピード出さないでね? 怖いし」
意外とこの子は押しが強いのかも知れない。
それに怖いけど……正直乗馬はした事ないからちょっと興味があるのも本音だった。
男の子なら格好良く馬に乗るとか憧れるよねっ! アンクルさんじゃないけど騎士といえば白馬に乗って颯爽と走り抜ける感じだしっ!
そもそもまず鞍も付いてないのに乗れるのかが不安だったけど、一角獣が手伝ってくれているのかおっかなびっくりなんとか乗る事が出来た。
見ていても綺麗だった一角獣の身体は触っても心地よく、そしてその筋肉は暖かくて振れているだけで安心できる物だった。
「それで君はどこに連れていっ……てぇ!?」
僕が乗った事を確認した一角獣は突然物凄いスピードで森の中を駆け出した。
緑が僕の前から僕の後ろへと走り抜けていく。
風を切り裂き、すぐ側を枝葉がすり抜ける。
そして僕は一角獣の身体にしがみつくので精一杯でそんな周りの景色を見る余裕なんて無かった。
誰だ「安心出来る」なんて言ったのはっ!
怖いよっ!? すごく怖いよっ!? 乗馬ってこんなに怖い物だったのっ?!
早いし揺れるし落ちそうになるし、みんなこんな事してたのっ!?
正直涙目になりながらもこんなスピードの乗り物から滑り落ちる恐怖からただただ一角獣にしがみついてこのジェットコースターが終わる事を願う。
始まりが唐突だったように終わりも又唐突だった。
ふいに浮遊感と受ける風が止み、強く閉じていた目を開くと一角獣は立ち止まっていて、風景は一変していた。
ついさっきまでは泉の前だったのにいつの間にか目の前には樹齢何千年なんだろうかというとんでもない巨木がそびえ立っている。
東の森の木々自体も結構な太さの幹を持つ物はあったと思うけど、この木は桁違いだった。ヌシが棲んでいると言われても納得しそうな位だ。
「えっと……この木を僕に見せたくて連れてきてくれたの?」
ブルゥッと首を振る一角獣。違ったようだ。
じゃあ一体何のために……。
と見ていると一角獣が自分の角を何度かヌシの巨木に打ち付けた。
すると一角獣の足下にポトポトっと二つ程の赤い果実が降ってくる。
一角獣は得意げにその果実の1つを食べながら、僕と残りの果実を交互に見て角で指し示した。
「食べてみろ……って事かな?」
頷く一角獣。
「ありがと。……じゃあお言葉に甘えて」
実際今日の昼食は無くなっちゃったし、小腹も空いてたから好意に甘える事にする。
……さすがにコレで毒って事もないだろうし。
無いよね……?
一角獣の側に寄って足下の赤い果実を1つ手に取る。思ったより大きいその果実はリンゴのような形で、でもリンゴより一回り程大きい。
濃い赤色はリンゴというよりサクランボにも近い。
両手で持ったそれを思い切って囓ってみる。
シャリッっと瑞々しい音がして口いっぱいに甘味が広がる。
「美味しいっ!」
今までに食べた事のない果実だった。
甘味だけじゃなくて酸味もあって、水分たっぷりで、後味がさっぱりしてて、でももう一口食べたくなる。こんな果実があったなんて知らなかった。
我慢できず一個を食べきってしまい、口元と手がベタベタになってしまった。
でもそんなの気にならない位美味しかった。
「ありがとう! 本当に美味しかったよっ!」
笑顔で一角獣に頭を下げた。一角獣も少し得意げに見える。
わらしべ長者ならぬサンドイッチ長者になってしまった。
と、ベタベタなままの僕を見かねたのか、一角獣が僕にすり寄って手と、そして口元を舐めとってくれる。
「って、ちょっ、綺麗にしてくれるのはありがたいけど、これはあんまり意味がないよっ!?」
巨体に圧されて為すがままになりながらも抗議の声を上げた。
だって果実のべとべとが涎のべとべとになったよ!?
一角獣自身もそれに気付いたのか少し申し訳なさそうな顔をしてる。
「あ、いや、気持ちは嬉しいから、ね?」
慌ててフォローする僕。
……冷静に考えると馬のご機嫌を取る僕って何なんだろう? でもこいつを見てるとなんだかちゃんと言葉が通じてるように見えるし、普通に会話してる気分になる。
「でもまぁ、この汚れはどうにかしなきゃだし、どこかに川とか泉は無いのかな?」
辺りを見渡して見るもそれらしい物は見えない、藪の奥とか無いだろうか?
そう思って少し歩き出した時、不意に物凄い衝撃を受けて吹き飛ばされた。
と同時に何かの金属音と、一角獣の嘶きが聞こえる。
「っ!?」
痛みに堪えて身体を起こすと、今まで僕が居た場所に一角獣が居た。
一角獣の体当たりで僕は吹き飛ばされた? さっきまであんなに優しかったのに?
僕が何か気に触るような事を知らずしちゃったのだろうか?
「えっと……一体何が……」
と言いかけて気付いた。
一角獣の片足を巨大なトラバサミが挟みこんでいる事に。
慌てて一角獣の足下に駆け寄る。トラバサミに挟まれた一角獣の足は傷つき血が流れ出ている。
「お前……僕を助ける為に?」
気にするなと、というように一声嘶く一角獣。
その目はとても優しくて、本当に当たり前の事をしたような顔をしている。
「……ありがとう。と、とりあえず急いでコレを外さなきゃ」
そう思って僕が罠に手をかけようとした時、突然の背後から男性の声が聞こえた。
「お? おおおお! やったー! 期待してなかったけど罠に幻獣かかってんじゃん! って、馬!? つーかユニコーン!? やっべー! レアじゃね? これ大儲け出来るんじゃね!?」
一角獣を背に庇うように振り向くとそこにはにやついている男が1人立っていた。
軽装鎧に弓を持っている所を見ると弓手か狩人だろうか?
「って、あれ? 人も居るじゃん? 俺と同じプレイヤー? やっべ、ちょー可愛いんだけど」
この人もプレイヤーみたいだ。
「ぼ……僕もプレイヤーです。貴方も、ですか?」
警戒しながらも取りあえず話しかけてみる。
「しかも僕っ娘!? やべー! ユニコーン以上にレアじゃね!? 今日の俺の運ハンパネー!」
ケラケラ笑う男。……もしかして話が通じない人種の人なんだろうか?
正直モンスターより怖いかも……。
「まぁ僕っ娘もイイけど、とりあえずユニコーンだよね! キミちょっとどいてくんない? 俺の罠に捕まったユニコーンをちゃちゃっと捕獲しちゃうからさっ!」
指で『隷属の首輪』をくるくる回しながら近づいてくる男。
やっぱり彼も捕獲目的なんだ……。
彼も……?
「だ、ダメだよ」
男から一角獣守るように立って手を広げる僕。
一角獣が罠にかかったのは僕のせいなんだから、僕が守ってあげないといけない。
「ダメじゃないでしょ? 俺の罠にかかった獲物は俺のだよ?」
「そ、っそれは……ぼ、僕が先に見つけて一緒に居たんだから、僕の方が優先権がある!」
そう、それだ!
ここは『幻獣の森』で攻撃は基本しないってルールがあるんだから、一緒にいる方が優先権があるに決まってる。
「ンなの関係ねぇよ! 俺の物っつったら俺の物なんだよっ! それとも何か? 痛いメ見るかぁっ!?」
突然激昂した男が持っていた矢を僕に向かってつがえる。
「矢は痛いぜぇ? お前、どう見ても侍祭系だろ? 防護印でも治癒でもしていいぜ? 即死しないように何本でもお前のAPが切れるまで的にしてやるからよぉ」
今度はニタニタと笑い出す男……怖い。
「そうなりたくなかったら、そこのユニコーンを渡せ、な?」
最後に優しい声で語りかけてくる男。でも矢は僕を狙い続けている。
その気になれば一瞬で僕は殺されるかもしれない。だから……。
「いやだ。この子は渡さない!」
だから、こんな奴に一角獣は渡せないっ!!
「じゃあ死ねよっ!!」
「ぷっ、防護印っ!!」
男が矢を放つと同時に防護印を展開し、即座にパリンと音がして相殺される。
すぐに次の矢を男がつがえているのが見える。防護印は連撃と相性が悪い。流石に男もそんな事は知っているらしい。
このままじゃジリ貧だしどうすれば……。
しかし男の第二射が放たれる事はなかった。
「ブルゥッッ!!」
僕の背後からの物凄い殺気とともに突風が吹き荒れて風の刃が男を襲う。
「んな!?」
その一撃で男の弓が粉々に砕かれた。でもそれだけじゃ終わらない。
更に僕の背後から雷鳴が轟き、走る雷光が男に直撃して吹き飛ばす。
「ユニコーンって魔法も使うのかよっ!? って、こりゃ……ひぃっ!?」
悲鳴を上げる間もなく更に追撃の雷撃が雨のように降り注ぎ、それが止んだ時には男が居た場所は焼けこげた痕を残して何も残らなかった。
振り返ると一角獣が得意げに一声嘶いた。
「高位治癒」
トラバサミから解放した一角獣の足を念のために高位|治癒を使って治療する。
おかげで傷痕すら残らずに綺麗に治って胸をなで下ろした。
この綺麗な身体に傷痕が残るのは可哀想だ。
そう思っていると一角獣は治った足ですたすたと歩いて何かをくわえて、僕の元へ戻ってくる。
「?」
くわえた物を僕の前に落として、頭を下げた。
僕の目の前に落ちた物は、あの男が落としていったらしい『隷属の首輪』だった。
「えっと……これって……僕に、つけろって?」
頷く一角獣。
「…………ありがとう。でも、ダメだよ」
一角獣の頭を撫でて僕はその申し出を断った。
不思議そうな顔をするユニコーン。
「僕は君をペットにしたいんじゃない。あの男みたいになりたくない」
勿論ペットモンスターを連れてる人がそんな人ばかりじゃないのはわかってる。街に連れて行くには首輪が必要なのもわかる。
でも嫌だった。
「だから……僕と、ペットと飼い主とかじゃなくて……友達になってくれないかな?」
そう言って一角獣を見つめながら今度は僕が頭を下げた。
一角獣は暫し不思議そうな顔をし、少し思案し、そして頷いてくれた。
「ありがとうっ! じゃあ今日から僕等は友達だねっ」
僕は一角獣の首に抱きついてお礼を言う。
一角獣も僕にすり寄ってくれる。
「あ、でも友達に名前がないと困るかな……首輪をあげられない代わりに、もし無いのなら名前を付けても良い?」
瞳を見つめながら尋ねると、僕の申し出に頷いてくれる一角獣。
「じゃあ……君の名前は『ヴァイス』、ってどうかな?」
ノワールさんの黒猫がシュバルツだから、真っ白なこの子はヴァイスが似合ってる気がした。
嬉しそうに嘶くヴァイス。
すると突然メッセージログが流れた。
・イベント『深森の王』をクリア。経験点1万点獲得。
・『ユウ』レアアイテム『一角獣召喚の笛』を獲得。
「え? え?」
ヴァイスは嬉しそうに飛び跳ねた後、僕に再び背に乗るように急かし、そしてその嬉しさを体現するように森を駆け出した。
「えええええええぇぇぇーー!?」
僕の絶叫が森を木霊した。




