第91話 おいでよ幻獣の森。
東の森の奥深く、人も滅多に踏み入れないその先に幻獣達の楽園が存在しているのです。
……という伝説の新MAP。それが此処、『幻獣の森』。
僕達は朝食後、早速皆で『幻獣の森』に来ていた。
そこは通常の東の森のような鬱蒼した森ではなく、陽光が程よく差して明るく、小鳥たちの声が何処からか聞こえ、心地よい風が通り抜ける、そんな森だった。
セカンドアースに来てから何度も東の森に来ていたけどこんな場所が東の森の中にあったなんて知らなかった。
「この前実装されたばかりのMAPだから当然でしょ」
とはマヤの言葉だけど、『この前実装されたから、それまでは存在してなかった』と言われても何というか実感がない。
「それで……此処まで来たけど、モンスター捕獲って此処でしか出来ないの?」
到着してからなんだけどふと思った疑問を口にする。
実際来る途中でゴブリンやオーク、森狼なんかにも何度か遭遇している。……さすがに戦闘という程の戦闘にもならずに撃退したけど。
「捕獲自体は何処ででも出来るんやけどね。ペットモンスターは1人一体までしかダメやし、どうせ捕まえるんならレアな『幻獣』が良い思てね」
と、ルルイエさんが教えてくれた。
「『モンスター』と『幻獣』って違うの?」
「同じやよ? モンスターの中に『幻獣』種が居るって感じやね。で、幻獣は通常フィールドは勿論、この『幻獣の森』ですら中々人前に出てこんから連れてたら珍しゅうて良いやん?
それにグリフォンやペガサスなんてのにもし出逢えて、捕獲出来たら戦力的にもすごい事やしね」
まぁせっかくなら珍しい方がってのは分からないではない……かな?
「じゃあ早速捕まえに行きましょうよっ!」
やる気満々のホノカちゃんが腕を振りながら皆を促す。
「その前に『幻獣の森』での捕獲の条件を満たさないと」
「条件?」
サラサラさんの言葉に首を傾げる。条件ってこの『隷属の首輪』をはめるだけじゃないのかな?
「まず幻獣に出逢えないと捕獲アイテムも使えないでしょ。この森で幻獣に出逢う為にはパーティを解散して個別で探す必要があるのよ。複数のプレイヤーが集まってると幻獣は警戒して出てきてくれないの」
なるほど……幻獣は警戒心が強いんだなぁ……。
「あ、でもそれって僕とか危ないんじゃ……」
さすがに最新MAPのモンスターを1人で何とかする自信はない……多分モンスター側のレベルも20以上なんだろうし……。
「その辺は大丈夫よ。『幻獣の森』のモンスターは皆ノンアクティブだからこっちが攻撃しない限り襲って来ないから」
「あぁ、なら安心ですね」
「むしろ出逢う事自体が難しいっちゅーか、今日中に一体でも出逢えたらラッキーってレベルやないかな」
そ、そんなに大変なんだ……そりゃ幻獣のペットモンスターがレアな訳だ。
「じゃあ、一度解散して夕方に此処で合流しましょう」
サラサラさんがそう宣言して、各々が頷く。
「所でユウ?」
さて僕も、と思っていたら不意にマヤに呼び止められた。
「何?」
「『幻獣の森』のモンスターはノンアクティブだけど、間違っても『東の森』に戻っちゃダメよ? 当然あっちのモンスターは攻撃してくるんだから」
「わかってるよ、いくら僕でも間違えないよ」
「そうかしら?」
マヤの中で僕は一体どうなってるんだ? と思いつつ周りを見ると、
「ユウっちやからなぁ……」
「ユウ、気をつけて」
「道に迷ったらすぐメッセージ送れよ」
「迷わなくても寂しかったらメッセージ送ってくれて良いわよ~」
「まぁユウじゃ仕方ないわねっ!」
「みんなまで!?」
皆の中で僕って一体どうなってるだろう……なんとか名誉挽回しなければいけない気がした。
そして皆と別れて森の中を歩くこと数分、やはりこの森は心地よかった。
ペットモンスターの捕獲とかじゃなくピクニックに来るのにも良い場所かもしれない。今度はちゃんとしたお弁当を作って皆で散策するのも楽しいかなぁ……。
途中の東の森がちょっと暗くて移動中が楽しくないのが残念だけど、こればかりは仕方ないか。
そう思いつつ歩いていると、目の前に小さな影が飛び出してきた。
一瞬身構えるも、そういえば此処にアクティブモンスターは居ないんだっけ、と思い直し、見てみるとそれは体毛が黄色いながらも普通のリスだった。
・レベル10電撃栗鼠とエンカウントしました。
メッセージログを見るとやっぱりリスらしい。が、モンスター……幻獣なのかな? だった。
少し首を傾げながらこちらを見る姿が可愛い。
つい手を伸ばすと僕の指を両手でつかんでぺろりと舐める姿が又可愛い。
1日居ても出逢えないかも知れない、とルルイエさんが言ってただけにすぐに出逢えたのは幸運だし、この子と…………。
そう思った僕の背筋にぞくりと悪寒が走った。
振り向くと草陰から物凄い数の瞳が輝いて見えた。
こ、これは……何?
「は……高位加速っ!!」
何となく感じる嫌な予感に従って自分に加速をかけて僕は真後ろに駆けだした。
と同時に草陰から飛び出してくる無数の何か。
・レベル15二尾猫とエンカウントしました。
・レベル22黄金鷲とエンカウントしました。
・レベル20狛犬とエンカウントしました。
・レベル10火炎鼬とエンカウントしました。
・レベル25森林狐とエンカウントしました。
・レベル28双頭蛇とエンカウントしました。
etcetc……
なんだか物凄い数のエンカウントがメッセージに表示されて無数のモンスターが逃げる僕を追ってくる。
此処のモンスターってノンアクティブじゃなかったのっ!? なんでこんな追って来てるの!?
そもそも『幻獣』って1日に一体出逢えれば幸運じゃなかったのっ!?
高位加速でなければ追いつかれていたであろう必死の追撃に答えのでない疑問が浮かんでは消えながら僕は必死に逃げ続けた。
ここが『幻獣の森』だった事も幸運だったのだろうか? 木々に邪魔される事もなく、僕は全力疾走をする事が出来、無事逃げ出す事が出来たようだった。
後ろに追ってくるモンスターが居ない事を確認して足を止め、一休みする。
「……でも本当一体何だったんだろ?」
「何が?」
「何ってモンスターが……ってノワールさん!?」
「うん」
いつの間にか目の前に居たノワールさんに心臓が飛び出すかと思った。ノワールさんは不思議そうに首を傾げている。ノワールさんの肩に乗っているシュバルツも一緒に首を傾げているのはちょっとおかしい。
狩人のスキルか何かなんだろうか? 神出鬼没というか何というか。
「ユウ、何かあった?」
「あ、うん。えっと……幻獣? に追われちゃって」
「追われた?」
「うん、突然大量の幻獣が出てきて追いかけられちゃって……アレ何だったんだろ?」
顎に手を当ててしばらく何やら考えるノワールさん。
しばらくしてポンと手を叩いた。
「ユウ、モテモテ?」
「そんなモテはいらないよっ!?」
だいたいモンスターにモテるって何さっ!? 命がいくつあってもたりなくないっ?!
そんなモテスキルは僕には無いよ!?
だからどうしてそんな不思議そうに首を傾げてるの!?
「大変なら捕獲諦める?」
「あ……うーん……ちょっと追われただけだし、もう少しがんばってみるよ」
「そう……ユウ、ふぁいと」
そう言って僕の頭を撫でるノワールさん。
「ありがと」
頭を撫でられるのは子供扱いされてるみたいであんまり好きじゃないけど、お陰で少し元気が出たかもしれない。
改めて僕は自分のペットモンスターを探しに幻獣の森を踏み出した。
そして又モンスターに追われた。
だからここのモンスターって何なのっ!? 本当にノワールさんの言う通りモテモテなのっ!? おかしいよねっ! そんな訳ないよねっ!?
ちらりと後ろを見るとどんどん数を増やしてるように見えるモンスター達……不意に『転職祭』での『ペットモンスター品評会』の悪夢が蘇ってくる。
もし仮に彼等に敵意がなく、本当にノワールさんの言う通りモテモテなのだとしても、あの大群に全身まさぐられ舐められたら大変な事になる。
大変な事になる。
でもそろそろ高位加速も切れるしどうしたら……そう思いつつ駆け抜けて行くと不意に開けた場所に出た。
「『幻獣の森』を抜けちゃったっ!?」
頭の中にマヤの「やっぱり」という声が響く。それだけはいけない、名誉挽回どころか汚名証明してしまう。
が、よく見ると違っていた。そこは小さな泉だった。
僕が最初に目が覚めた場所に似ているけど、その美しさは段違いだった。
森が開けて中央に泉がわき出し、水面が風に揺れてキラキラと輝いている。
一瞬見とれて、自分が追われている事を思い出して辺りを見回す。
「……あれ?」
さっきまで僕を追っていたモンスター達が又一体も居なかった。
そこでふとサラサラさんの言葉を思い返す。……さっきモンスター達を撒いたと思ってたのはもしかして他のプレイヤー……ノワールさんが居たから離れたんじゃないだろうか?
そして今回も……。
「という事はこの泉の近くに誰か他のプレイヤーが居るのかな?」
そう思って泉の近辺を見回す。あれ? 誰もいない? と、ガサリと大きな音がして草木が揺れる。
自然とそちらに目を向ける。
そこには巨大で真っ白な身体に深い紺色の瞳、その額からまっすぐに伸びた螺旋状の角を持った馬。
一角獣が僕を見下ろしていた。




