第90話 ペットモンスター。
「ユウ、ミルクある?」
「あ、うん、ごめん、まだ朝食出来てないんだ。ミルクなら保存庫にあるよ」
いつものように朝食を作っていたら普段はまだ起きてこない時間にノワールさんが顔を出し、ミルクを求めてきた。
ご飯の準備はまだもう少しかかるけどミルクなら十分な備蓄があるから問題ない。
「ありがと」
保存庫からミルクとお皿を持って引っ込むノワールさん。
……お皿?
気になったけどベーコンエッグの焼き具合を確認する為にフライパンの前に急いだ。
そうしてベーコンエッグも焼き上がり、サラダとコーンスープも完成した所で焼き上がったパンと一緒にリビングに運ぶと……そこには金色の首輪を付けた二股の尻尾を持つ黒い小猫にミルクをあげているノワールさんが居た。
「あれ? その子どうし……」
「やーん! ノワっち、何それ!? どないしたんっっ?!」
僕が声を発する前にルルイエさんが大きな声を上げてリビングに降りてきた。後ろにはマヤとコテツさんだけでなく珍しくサラサラさん、ホノカちゃんまで居る。
「寄ってきた、捕まえた」
自慢げに胸を張るノワールさん。
「へぇ、これが噂のペットモンスターなんやね。実物見るんは初めてやわ」
興味深そうに黒猫を撫でようとするルルイエさんだが、黒猫はその手を避けてノワールさんの後ろに隠れてしまった。
「うぅ……いけずぅ……」
涙目になるルルイエさん。……よっぽど猫が好きなんだろうか?
「それで、その子はもう名前あるの?」
そんなルルイエさんを放置してマヤが何気なくノワールさんに尋ねると、ノワールさんはこくりと頷いた。
「彼の名前はシュバルツ」
ノワールさんに名前を呼ばれて黒猫……シュバルツは自慢げに胸を張った。
『銀の翼』の新しい仲間はテーブルの端でノワールさんが千切ったパンを美味しそうに食べている。
その姿をルルイエさんとホノカちゃんが羨ましそうに眺めている。
今日の朝食風景はそんな感じで進んでいた。
ルルイエさんの猫好きはさっき暴露されたけどホノカちゃんも好きみたいで本人は隠してるっぽいけどシュバルツが動く度にピクッと身体を震わせて視線で追っているのがわかる。
好きなら好きって言えばいいのになぁ……。
僕は猫も好きだから当然そう言う。
「ノワールさん、僕もシュバルツを撫でてみて良い?」
ノワールさんに尋ねてみると、一瞬不思議そうな顔をした後、
「シュバルツが良いって言うなら」
と、シュバルツに視線を落とした。シュバルツも少し首を傾げたように見える。
「えっと……シュバルツ、僕も頭を撫でて良いかな?」
シュバルツに尋ねてみると、てててっとテーブルの端を歩いて、ちょこんと僕の前に座ってくれた。
これはOKって事なのかな?
おそるおそるシュバルツの頭を撫でる。と、シュバルツはすぐにゴロゴロと喉を鳴らして、自分からも僕の手にすり寄ってきてくれた。
これは……か、かなり可愛い。
猫も好きとはいえ猫を飼った事のない僕でもこの可愛さには負けてしまうかもしれないっ!!
「ユウっちずるいっ!」
「ユウのくせにっ!!」
訳の分からない事を言うルルイエさんとホノカちゃん。
「ほらほら~、パンやよ~? おいでおいで~」
ルルイエさんは手に持ったパンをひらひらと動かしてシュバルツを釣ろうとするも、シュバルツはそのまま僕の膝の上に飛び乗って丸くなってしまう。
「ユウっ! ユウっ!!」
何故か地団駄踏むホノカちゃん。これはもう僕関係ないような……。
「ユウ、ずるい」
「ノワールさんまでっ!?」
猫って人間関係に小さなヒビを入れる恐ろしい兵器かもしれない。
「はいはい、そんなに騒がないの。楽しいのは良いけど険悪な朝食なんて嫌よ~?」
一触即発という所でやっとサラサラさんが皆に促した。
その声で少し落ち着いたのかルルイエさんもホノカちゃんも席に戻る。
「そんなにペットモンスターが欲しいなら、朝食後に捕まえに行きゃ良いんじゃね?」
ここまで我関せずとしていたコテツさんが千切ったパンを口に放り込みながらそう提案した。
「ペットモンスターってそんな簡単に入手できるの?」
実際どうすれば入手出来るのか知らない僕はオウム返しでコテツさんに尋ねる。
ノワールさんが「捕まえた」って言ってたと思うから出来なくはないんだろうけども。
「簡単というか……捕獲用のアイテムが必要なのよ。シュバルツの首にも付いてるでしょ?」
僕の質問にマヤが答えてくれた。
「へー、これが捕獲用アイテムなんだ」
膝の上のシュバルツの首に填った金色の首輪を指でなぞる。確かにペットの首輪にしては細かな細工があって綺麗だ。
「じゃあコレを買いに行って、その足でペットモンスターを捕獲に行けば良いんだね」
僕の言葉を聞いて明らかに落ち込んだ表情をするホノカちゃん。
「商人ギルドで販売されたんだけど、即完売で次の入荷まで手に入らないそうよ」
ホノカちゃんの落ち込みをマヤが解説する。
「朝から販売とか絶対おかしいわよっ! 普通は0時売りとかでしょっ! 朝から販売してお昼にはもう売り切れてるとか絶対に許されないわっ!」
怒りをぶつけるようにパンを貪るホノカちゃん。そんな食べ方したら身体に悪いのに。
あ、もしかしてそれで今日は早起きしてるのかな?
「一応プレイヤーの露店には転売のアイテムが並んでるけど、物凄く高くなっちゃってて流石に手がでないしね~」
コーヒーを口に含みながら苦笑するサラサラさん。
「? あたし一個持ってるぞ?」
「なんでっ!?」
驚いて声を上げたのはホノカちゃん。
「なんでって……普通に朝、商人ギルドに行ったら売ってた。ノワール達と一緒に買ったからな」
なるほど、ノワールさんが持っていたのもコテツさんと一緒だったからなのか。
「譲って……とかって……やっぱり無理……だよね?」
もう涙目みたいな状態でコテツさんを見上げるホノカちゃん。そんなにペットモンスターが欲しいのか……確かに膝の上のシュバルツを見てると欲しくなる気持ちもわかるけど。
「あー、いや、別にそりゃ構わないが……そもそもルルイエが全員分、5個買ってただろ」
「しっ、しー! コテっち、それは内緒でっ! そういう意味の5個やのうてっ!!」
コテツさんの更なる爆弾発言にルルイエさんが目に見えて慌ててコテツさんの発言を遮る。
が、もう遅い。
「……どういう事?」
笑顔で問うサラサラさん。でも目は笑っていない。
「あー、えっと……その……ねこねこパラダイスという計画をやね……」
「ペットモンスターは1人一体までしか捕獲できないわよね」
「ソ、ソウデスネ」
「じゃあ捕獲アイテムを複数持ってても仕方ないわよね?」
「ソ、ソレハ、失敗したりとかの予備に……」
「でもルルイエ、クランメンバー分って事で1人1個の販売制限っつーのを交渉して5個買ってたじゃん」
「ちょっ、コテっち!? だからそれはっ!」
「それは?」
にっこりと問い詰めるサラサラさん。
「ナンデモアリマセン。皆ノ分デス」
ルルイエさんはとうとう観念したのか、アイテムウィンドウからテーブルに5つの首輪を取り出した。
テーブルに置かれた首輪は直径20cm程もある円形の金属製リングだった。
確かにデザインはシュバルツが使っているのと同じ物のようだ。
「こんなに大きいって事はこれは中型モンスター用なのかな?」
だとしたらどちらにしろ猫の捕獲には使えなかったと思うけど……。
「マジックアイテムやからね。目標に合わせて大きさが変化するんよ」
そう言いつつ指で首輪の内側をもって引っ張るとサイズが変化する首輪。硬い金属なのに自由に動くソレは見ていて少し面白い。
僕も目の前の首輪を手に取って弄ってみる。
と、メッセージウィンドウに表示が流れた。
・ユウはアイテム『隷属の首輪』を獲得。
なんだか不穏な名称が見える。
「えっと……この首輪のアイテム名って……」
「名前? 『隷属の首輪』よ」
当たり前のように言うマヤ。やはり僕の見間違いじゃないようだ。
「まぁペット言うてもモンスターを捕縛して言う事聞かせる為のアイテムやからね。隷属させる言う事には違いないんちゃうかな」
それはそうなんだけど……普段からモンスターと戦って倒したりしてるけど、日本人的に名前がどうしても気になってしまう。
「あ、もしかして言う事を聞かない場合って」
「首輪から電撃が流れて激しい痛みを与える効果もあるわね」
「それは……ちょっと可哀想なような……」
「猛獣を使役するんだから、飴も鞭も必要でしょ?」
「それはそうだけど……」
確かにペットの躾で叱ったりって必要だし、仕方ないのかな……?
「大丈夫。シュバルツにそんな事しない」
『隷属の首輪』をどう扱って良いのか分からず、悩んでいた僕にノワールさんがしっかりした口調でそう言った。
そっか、あっても使わなければ良いんだよね。うん。
「使うかどうかは人それぞれだけど……ユウ君、それでもペットモンスターに首輪を付けない、っていうのはダメよ? 街中に手綱を握ってないモンスターを放す事は出来ないんだから」
「は、はい」
僕の気持ちを見透かしたようにサラサラさんが釘を刺した。
モンスター自身を守る為にも『隷属の首輪』は必要な物なんだろう。膝の上で幸せそうに眠るシュバルツを見て思う。
「じゃ、とりあえず捕獲アイテムも全員分手に入った事だし、ペットモンスターを捕獲しに行きましょうか」
サラサラさんがそう宣言し、ホノカちゃんが喜びの声を上げた。
「そ、その前に首輪の代金をやね……」
おずおずと口を挟むルルイエさん。
「そうね、定価で良いわよね?」
「あ、えっと、出来ればもう少し……露店やと20倍とかの値段になっとるし……」
20倍ってすごいなぁ……そんなアイテムを定価でって言うのはちょっと可哀想かも……。
「ルルイエ、そういえばまだユウの『闇のナイフ』の代金の支払い終わってなかったわよね?」
マヤの言葉にビクッと震えるルルイエさん。
「元々皆の分っつって買ったんだし定価で良いんじゃね?」
何でもないように言うコテツさん。
「ハイ定価デイイデス」
ルルイエさんは肩を落として了承してくれた。
やっぱり……ちょっと可哀想だと思った。
どうでもいい裏話的な
シュバルツが速攻ユウに懐いたのは妖精女王の囁き、精霊后の芳香、聖獣姫の柔肌辺りの効果です。




