第85話 大神殿と転職フィーバー。
『転職祭』も無事終わって翌日。とうとうこの日がやってきた!
そう、『転職』の実装だ!
あの日、目が覚めて『セカンドアース』に居る事に気付き、自分が侍祭と知った時からどれだけ待ち望んだ事だろう……本当なら前衛タンク戦士として格好良く活躍する筈だったのにと何度涙した事だろう。
でも今日からは違う!
前衛職に転職すれば僕の夢に一歩前進だっ!
やっぱり皆も嬉しいのか今日は珍しく朝食にクランメンバー全員がリビングに揃っていた。
今は朝食が終わってサラサラさんとコテツさん、ルルイエさんがコーヒーを飲み、マヤ、ノワールさん、ホノカちゃんがミルクティーを飲み、お茶請けのビスケットを囓っている。
「って、みんなっ! のんびりしてないで早く冒険者ギルドに行こうよっ!!」
一向に動こうとしない皆に我慢出来なくて皆に声をかける。
「? 冒険者ギルドって……ユウは何しに行くつもり?」
カップを持ったまま首を傾げるマヤ。横でノワールさんも同じようにこてんと首を傾げている。
「え? えっと……転職に行くのに皆、朝から集まったんじゃないの……?」
皆が皆不思議そうな顔をしてるから少し不安になってきた。
もしかして転職実装って今日じゃなかったんだろうか……?
「勿論そうだけど、『転職』が出来るのは冒険者ギルドじゃないわよ?」
「そうなのっ!?」
「ユウ、ちゃんと公HP見なさいよねー。転職出来るのは大神殿よ、大神殿」
馬鹿にしたようにホノカちゃんが教えてくれた。
大神殿……行った事ないなぁ……名前からして大きい神殿なんだろうか?
って、侍祭なのに神殿に行った事がないって問題なのかなもしれない。……そもそも何の神様を信奉してるのかも僕はわかってないけど。
「でもどうして転職するのが神殿なんだろ?」
「それは神殿が私達プレイヤーをサポートしてくれてる場所だからね」
何気ない僕の呟きに答えてくれたのはサラサラさんだった。何処からか教鞭を取り出している。
「私達プレイヤーはこの国の国民じゃないから基本的に国の保護を受けられない。って設定なの。だから私達の立場を保証する何かが必要なんだけど、それが神殿なのよ」
「へー。宗教って言うとちょっと胡散臭いけどそんな風になってるんだ」
「そうよ。私達が死亡した時ホームが設定してないと神殿に転送されるし、長期ログインしてないアバターがその間にホームを消失した場合も神殿が眠っている身体を預かってくれるし。
結構プレイヤーにとってシステム的に必要不可欠な存在なのよ」
全然知らなかった。
って、そもそも僕は一度も死んでないから神殿にお世話になった事が無く、だから知らなかったという事だろうか。うん、そういう事にしよう。
「でもどうして神殿ってそんなにプレイヤーに優しいんだろ?」
確か僕達はNPCの人達にとっては『流民』とか呼ばれてるような流れ者扱いだったような。
「それはアレやね。ウチ等が死なない存在やからやね」
ビスケットを囓りながら今度の疑問にはルルイエさんが答えてくれた。
「この世界の人間は死んだら魔法でも使わん限りそれまでやけど、ウチ等プレイヤーはホームで復活出来るやん? 確か『加護』とか呼ばれてると思うけど、ソレが神殿にとっては『神様からの加護』ちゅーことで、ウチ等に色々サービスしてくれてるんよ」
更にもう一枚とビスケットに手を伸ばすルルイエさんから、ノワールさんがビスケットの入った皿を奪い取る。
そのままリスのように食べ続けるノワールさん。さっき朝食食べたばかりなのによく入るなぁ。
「まぁんな設定はどうでもいいけど、神殿が便利ってのは間違いな。HPや状態異常の回復をしてくれるし、神聖系のアイテム販売もしてくれるしな」
ノワールさんとルルイエさんの攻防を眺めつつ苦笑してコテツさんが言った。
聞けば聞くほど便利だけど僕が今まで行かなかった理由がよく分かった。
まぁ侍祭なんだから当然かもしれないけど。
「さて、そろそろ神殿の転職窓口が開く時間でしょうし、行きましょうか」
ちょうどビスケットが無くなった頃にサラサラさんが手を叩いて立ち上がり、皆を促してくれた。
とうとう僕が生まれ変わる時っ!!
王都の北西に立てられたパルテノン神殿風の建物が『大神殿』だった。
巨大な柱や石像、精緻な細工が施された外壁等すごくカッコイイ……んだけど……。
「これは……」
その大神殿の中へと続く長蛇の列。
それが僕達の見た光景だった。
「まぁ転職実装初日だし、こういう物よね」
苦笑するサラサラさん。
「早めに来れば良かったのかな?」
「ここで並ぶ時間が長くなるだけだから変わらないんじゃないかしら? ゆっくり食事も取れずに暗い中並ぶのもちょっと嫌だし」
確かに銀の翼は僕以外女性ばかりだし、女性に暗い中並ばせるとかはダメだよね。別に待っていれば順番回ってくるんだからソレで問題ないし。
そう思いつつ僕達も最後尾に並ぶ。
列の進む速度は思ったより早く、数分毎に少しづつ前に進んでいた。
「こんなに早く進めるって事は転職で悩む人はあんまり居ないのかな?」
「そういえばユウはHP見てないんだっけ? 仕方ないから私が特別に教えてあげるわっ!」
何故か嬉しそうにホノカちゃんが威張ってそう宣言した。
「ありがとう、よろしく」
僕は現状HPが見れないしわざわざ教えてくれるのを拒む理由もない。
横で何故かサラサラさんが少し残念そうな顔をしてるのは何でだろう?
「まず転職出来る場所はこれから行く大神殿だけど、そこに転職確認の水晶球があるそうよ」
「水晶球?」
「まぁタッチパネルディスプレイだと思えばいいんじゃない?」
「成る程」
「で、それに手を翳すと、今自分が転職出来る職業が表示されるらしいから、その中から選べば終了。悩むようならその時点で取りやめて又後で来ても転職出来るらしいわ」
そういうシステムだから進みが早いのか。皆ある程度の希望は決まってるだろうし、ソレを選択肢からの摺り合わせ程度なんだろう。
「でも……そういうシステムって事は『転職』じゃ全ての職業から好きなのを選べないのかぁ……」
「選択肢はそもそも現在の職業、能力値、所持スキル、所持アーツから選ばれるそうだから、匆匆変な選択肢にはならない筈よ」
マヤが続けてそう教えてくれた。
そっか、なら安心…………ん?
「ねぇマヤ?」
「何?」
「そのシステムだと、侍祭の僕が戦士系になるのって難しそうじゃない?」
「そうね。純戦士は難しいかもしれないわね。でも選択肢は通常複数でる筈だし、侍祭ならサラサラさんみたいな僧兵なんかは出やすいんじゃないかな?」
「そっか……そうだよね!」
うん、確かに純戦士への憧れは捨てられないけど、支援と前衛両方を兼ねる僧兵系への転職なら今までの経験も活かせてアリだと思う。
やはりここはシステム的にも僧兵系への転職しかないなっ!
そう心に決めてウキウキ待っている間にも列は進み、ついに僕達の番がやってきた。
水晶球があると聞いていたが、想像とは少し違っていた。
サイズが直径3m位ありそうな巨大な物だった。
そこに何人ものが同時に手を翳して、暫くした後に身体が輝き、転職を終えていた。
同時に複数人が転職してるから列の進みが早かったのかもしれない。
ちょっと怖いけど此処で尻込みしても仕方ないし、早速転職しようと皆で視線を合わせ、前に進んだ。
最初に転職したのはサラサラさん。僧兵の上位職『神兵』だそうだ。僧兵の更なる上位職っ!
そういう転職もあると聞いて僕の期待も否が応でも高まってしまう。
次に転職したのはコテツさん。コテツさんは『武器師』を選んだ。鍛冶全般から武器加工に特化した職業なのだそうだ。
上位だけでなく特化という選択もあるのは面白いかもしれない。
マヤは『重装戦士』を選んだ。タンク性能を活かして上位職を選んだみたい。
正直羨ましい。羨ましい。羨ましい。
続くノワールさんは弓手の上位職『狩人』に、ルルイエさんは斥候の上位職『忍』になった。
2人とも一瞬たりとも悩まないハイスピード転職だった。
逆にホノカちゃんは一番悩んでいたみたいだけど、結局『魔術師』を選んだそうだ。大魔法を使う魔法職というのも格好いいよね。
と、人の事ばかりじゃなくて自分も転職しなきゃいけない。
別に尻込みして他の人の転職を確認してた訳じゃないよっ!?
係員の人に誘導されて巨大水晶球の前に立つ。深い青色の球体に僕の姿が歪んで写っている。
深呼吸をしてから僕はそこにそっと右手を翳した。
すると翳した表面が僅かに輝き、文字が浮かび上がってくる。
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<転職可能職業一覧>
下記より1つを選択してください。
・司祭
・料理人
・歌姫
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…………ど、どうしろと!?
そりゃ確かに『調理』も『歌唱』もスキル持ってるけど……料理人や歌手になっても戦えないよね!?
あ、いや、でも世の中には戦うコックさんとかも居るんだっけ?
一応タップして各職業の説明欄を開いてみる。
・司祭 :侍祭の上位職。『魔力・知力』にボーナス。神聖魔法中級使用可能。
・料理人 :『器用・体力』にボーナス。『調理』『食材探索』スキル取得。
・歌姫 :『速力・体力・知力』にボーナス。『歌唱』『舞踏』スキル取得。女性専用(専用について未実装)。
うん、歌姫は無いよねっ!
そもそも歌姫とかってシェンカさんみたいな人がやるべきだよねっ!!
でもかといって料理人の方も微妙っぽいし……やっぱりここは上位職の司祭になるべきなんだろうか?
どんどん前衛職から遠ざかってる気がしないでもないけど……でも変な職業になってマヤ達に迷惑かけるのも嫌だし……。
ふと見ると出口付近で待っている皆の顔が見えた。
皆心配げに僕を見ている。
それを見て僕の職業は決まり、決定ボタンを押して僕の身体は輝いた。
「それでユウは『司祭』になったんだ」
神殿から帰る道すがらマヤが呟く。
「うん。神聖魔法の中級が使えた方が便利だしね」
そう言って杖をびしっと構える僕。
「そっか……でも、良かったの?」
そんな僕を見て質問を続けるマヤ。
「そりゃ出来れば戦士系が良かったけど……選択肢になかったのは仕方ないし、次の転職に賭ける事にするよ」
上位職という位だから司祭になれば侍祭の頃より皆を守れるようになる筈だし、守れる力を得る機会があったのに選ばずに後で後悔したくないしね。
「料理人でも良かったと思う」
勿体なさげに後ろで呟き続けるのはノワールさんだ。
そしてその呟きはホームに帰るまで続く事になった。




