第84話 シルフィード語り。 後編
ホットドッグを食べ終えた後、ユウを追っていたらしい集団から逃げだした私達は、別の路地裏で一息ついていた。
ちらっと見えただけの集団は流民のようだったが殺気や怒気は感じられなかった。
やはりユウに恋慕する男達なのかもしれない。あれだけ可愛ければそうした輩が出てきても仕方ないか……特に今日はお祭りだ。一緒に回りたいという気持ちもわかる。
しかし、ユウが本当に追われている事がわかった以上、このまま放置は出来ない。
「この後私と一緒に『転職祭』を覗かないか?」
「一緒に?」
「ああ。恐らくユウの追っ手も私の追っ手も、我々が1人だと思っているだろう。だから2人で行動すればそれだけ追跡者の目を誤魔化せる」
私の追っ手は護衛だから見つかっても問題ないし、むしろその程度で見つからない訳がないがユウはどうも誰かに迷惑をかける事を極度に申し訳なく思う性格のようだ。
だから『私にとってもメリットがある』と匂わせて懇願してみた。
「でも……良いの?」
それでもやはりユウは申し訳なさそうに私に聞き返す。
「勿論。食事の恩は死んでも返せというのが私の家の家訓だからね」
「そ、そんな事で死んじゃダメだよ!?」
「あっはっは、冗談さ。私も危なくなったら逃げるから安心していい」
笑う私に釣られてユウも笑ってくれた。
その笑顔を見て、きっとそういう状況になったら私はユウの為に命を賭けてしまうだろうと思う。
出逢って1時間も経ってない相手であり、王子としてはあるまじき事だが、そう思ってしまったのだから仕方ない。
どうやら色々言い訳をしてみたが、私は単にユウとこのまま別れるのが嫌で、もっと一緒にいたいと思っているらしい。
一頻り笑った後、お互い変装をして行動する事に決まった。と、言ってもユウがフードを被り、私が眼鏡を付けるだけだが。
そして猫? の耳の付いたフードを身につけたユウも又可愛かった。
フードの奥から覗くユウの小さな可愛い顔と、自信たっぷりな瞳。そしてぴこぴこと動く耳。
変装と言いながらこれでは別の意味で付け狙う男性が増えるのではなかろうか?
本人は完璧な変装だと自慢げだからむしろ不安になる。
ちなみに私の変装はユウへの言い訳であって元々あまり隠す気はない。
自分で撒いておいてなんだが、少しの変装で本当に私を見失うようでは護衛達は護衛失格だ。
その予想通り、大通りに出た私達はすぐ護衛に見つかった。
そして私がユウと一緒に居る事まで確認し、私に向かってこようとした女騎士を他の護衛が留めてくれているようだった。
助かった。折角のユウとの時間を邪魔されたり、まして私が王子だとバレてユウに気を遣われたりしたくなかった。
女同士でこんな風に思うのも変な話だと自分でも思うが。……やはりユウは魔性の女なのかもしれないな。
そうして露店を見て回るユウを見るのは楽しかった。
小さな背でぴょこぴょこ歩くユウ。露店を覗く度にくるくる表情が変わるユウ。
買った料理を両手で持って大事そうに食べるユウ。
よく笑うユウ。
その一つ一つがキラキラと輝いていて、より一層ユウの可愛らしさが私の心に入ってくる。
あぁ世の中にこんな楽しい事があったなんて。
よく考えたら私は生まれてからこうして心安らかに誰かと街を歩いたり、こうして買い食いをしたり、笑い合ったりした事が無かったな。
女同士だから気安いというのもあるのかもしれない。
と言っても端からみればカップルにしか見えないだろうが。
そういえばユウは私の事を男性だと思っている筈だ。なのにどうしてこんなに気安く接してくれているのだろうか?
宮廷の女性達、それも妙齢の姫君達は私を見ただけで騒ぎ、秋波を送ってきたものだが……。
ユウのように美しい少女はそれだけ男の扱いにも慣れているのだろうか?
私だけドキドキさせられて……やはりユウは魔性の女か?
やはりユウは魔性の女だ。
『ペットモンスター品評会』でユウが汚れた為、こっそり護衛に頼んで近くのホテルの入浴施設を借りる事にしたのだが、嬉しそうに脱衣所に向かいながらユウは、
「シルフィードさんも一緒に入ります?」
と当たり前のように聞いてきた。
反射的に頷きそうになって、慌てて断ったが……。
今の私は男の筈なのに、今日出逢ったばかりの男女が一緒に風呂に入るだなんてユウは何を考えているんだ?
もしかしてユウはそもそも『男女の違い』をちゃんと理解してないのか? ならば不安は一層高まる。天然に男性を誑かしているんじゃないだろうか?
その結果が今日の『誰かに追われた』だとすれは自業自得な可能性まである。
それにしてもユウと一緒にお風呂か……入れないのが残念だ。
私が女だと告白していれば一緒に入る事が出来ただろうか? ユウの裸体を心ゆくまで眺め、ユウの肌を私が洗ったり、逆に洗ってもらったり、更にその先だったりが出来たろうか……?
いや、ダメだ。あの日私は男になると誓ったのだ。一時の迷いで誰かにその秘密を漏らす訳にはいかない。例えユウでも……。
でもユウなら……。
「ねぇシルフィードさん~、本当にシルフィードさんは入らなくて良いの~?」
「け、結構だっ! そもそも私は汚れてないから大丈夫だろうっ!?」
私の心を見透かしたようなユウの呼び声に、再び私の心はかき乱され、慌てて拒否の言葉で応えた。
お願いだユウ、私をあまり誑かさないでくれ。
そしてそんな私の迷いを余所にバスルームからは気楽な鼻歌が聞こえてきて、私はつい恨みがましい気持ちになった。
なんとか心を落ち着かせた私は護衛に連絡して『PVPトーナメント本戦』のチケットを手配し、本戦出場者のデータを送って貰った。
受け取ったデータをチェックしていると火照った顔のユウがバスルームから出てきた。
服装は先程までの可愛い制服姿ではなく、純白のローブを纏っている。この姿も可愛らしい。
まだ少し湿り気を帯びた銀色の長い髪が頬にかかり、雪のように白い肌は上気して桃色になっている。
……やはり入浴を断ったのは失敗だったろうか? という気持ちになってくる。
「シルフィードさん、ありがとう。良いお湯だったよ~」
「そ、そうか。良かった」
「シルフィードさんも一緒に入れば良かったのに」
もしかしてユウは私が女である事まで看破した上でそう言ってるんだろうか?
だとしたら1人悶々としていた私が馬鹿みたいだが……。
「ユウ」
「な、何……?」
「君はもっと自分を大切にした方が良いと思うぞ」
「ど、どういう事!?」
「その日逢った男とホテルに入り、あまつさえ入浴に誘うなんて危険極まりないという事だよ。私がもしその気があれば襲われててもおかしくないだろう?」
私の言葉を聞いてユウは上記していた頬を可哀想になる位真っ青にして言葉無く立ちつくした。
どうやら私が女だと見抜いていたのではなく、やはり単に何も考えてなかったようだ。
……本当に心配な子だ。この子は普段どうやって暮らしていけているんだろう?
それにしても私が言い出した事とはいえ真っ青になっているユウを見ているのは少し可哀想になってしまうな。
「わかってくれたならそれでいい。……が、そんなに震えられると正直凹むな」
「あ、う、うん。だ、大丈夫、大丈夫っ! シルフィードさんはそういう人じゃないしっ!」
少しいじけたように言った私に慌ててユウが弁解した。
慌てているユウは可愛い。
その姿についつい悪戯心が出て、ユウを抱き寄せた。
「ん? 本当にそうかい?」
「ししし、シルフィードしゃん!? 冗談はやめてよねっ!?」
「あはは、やっぱりユウは面白いね」
あたふたし、じたばたするユウ。それでも私を傷つけないように暴れるユウが可愛くて、冗談のつもりが、私がかなり本気になっている自分を自覚する事になってしまった。
その後私達は闘技場に『PVPトーナメント本戦』を見る為に向かう。
予想通りユウは何の準備もしておらず、前もって護衛に頼んでおいたチケット使って入場した。この時もユウは申し訳なさげにしていたが時間も無いと押し通した。
そして始まる流民同士の試合。それは興味深く、面白い物であった。が、私の心は横に座るユウの一喜一憂が気になってあまり集中出来なかった。
だから前もって見ていた資料を元にユウに解説する形でユウと話しながら観戦していた。
そして話を聞くにどうやら本戦参加チームの内2チームがユウと親しい人々で構成されているのだという。
私の胸がちくりと痛んだ。
友人達の事を自分の事のように嬉しそうに語るユウ。友人達を思って笑顔を見せるユウ。友人達の勝利を願ってトーナメントを見つめるユウ。
ユウのそんな姿と、理由のわからない胸の痛みに私は何か嫌な気持ちになった。
「それじゃあ……賭けをしよう」
「……賭け?」
「私は『悠久』が優勝する方に賭ける。ユウは『銀の翼』か『白薔薇騎士団』が優勝する方に賭ける。負けた方が勝った方の言う事を1つ聞く」
少し挑発したらユウはすぐに乗ってきて賭けは成立した。
……自分で持ちかけておいて何だが、こんな簡単に乗ってきてユウの今後が心配だ。
私達の『賭け』も載せて、トーナメントは白熱して進んで行った。
私は『もし賭けに勝ったら』という想いで、隣に居るユウに気付かれるんじゃないかと思う程にドキドキしていた。
『転職祭』全てのイベントが終わり、王都中央広場では受賞者発表が行われている。
結局私は『賭け』に勝てなかった。
決勝が両者ノックアウトの引き分けだったのだから負けた訳でもないが、『賭け』自体が無効では意味がない。
それにトーナメントの最中とその後に会う事が出来たユウの友人達は皆いい人ばかりで、ユウが側に居て安心出来る人達のようだったから、安心もしていた。
『賭け』には勝てなかったし、こうしてユウの友人達と一緒に居るというのに、私の心に黒い何かも痛みも無かった。
「さて……じゃあ私はそろそろ失礼するよ」
そう告げる私にユウが少し驚いたような、そして残念そうな顔をした。
「ありがとうございます。此処にこうして居て、皆におめでとうを言われるのもシルフィードさんのお陰かもしれません」
「いや、私の方こそユウに助けられたよ。それに、楽しかった」
その瞬間、花火が打ち上がり始め、王都の空を色んな色で染め上げる。
そして花火と同じ色のユウの顔が浮かんでは消える。
「それなら……良かった。又、一緒に遊びましょう!」
次に浮かんだユウの顔は幸せそうな笑顔一色だった。
「……うん。またいつか、必ず」
私は差し出されたユウの小指に自分の小指を搦めて、その指にキスをする。
母様がしていた約束の仕方。
ユウには少し驚かれてしまったし、ユウの友人達何人かに怖い目で睨まれたが最後なんだし許して貰おう。
「さぁ、予定より随分と遅れてしまいました。王城へ戻りましょう」
ユウ達から離れ、人混みの中から抜け出すと護衛達が出迎えてくれた。
そして用意されていた馬車に乗り込む。本当に優秀な護衛達だ。
「我が儘言って済まなかったね」
「本当です。護衛を振り切ったり、毒味もせずに食べ物に口を付けたり、人混みの中を歩いたり、気が気でありませんでした。もう少しお立場を考えてください」
向かいに座った護衛の女騎士がここぞとばかりに小言を続ける。
自分が悪いとはいえ、耳が痛い。
そしてまだ打ち上げられている花火を見ながら、あの光に照らされた彼女を思い出す。
もし『賭け』に勝っていたら、『一緒に来て欲しい」と頼んだら、彼女は私の隣に来てくれただろうか?
……ってこれじゃ本気も本気じゃないか。
今まで男であろうと思っていたし、男性にときめいた事はなかったが……まさか私は女性を好きになる性癖だったのだろうか?
といっても女性を相手にもこんな気分になった事は今まで無かったが……。
でも、この気持ちも悪くない。
「殿下っ! 聞いておりますかっ!?」
未だ小言を言う護衛を宥め賺しながら、私の休日はこうして終わった。
これにて4章終了です。




