第83話 シルフィード語り。 前編
私、シルフィ・テランが産まれた時、両親は恐らく落胆したと思う。
私の父はこのテラ王国の国王であり、次期国王になれるのもこの国では男性だけだった。
そう、私は女性として産まれて来てしまったのだ。
それでも産まれたばかりの私は後宮の奥で大事に育てられた。
後宮と言っても、そこに住むのは王妃1人と侍女達だけであったそうだが。
王はただ1人王妃である母を愛し、他の側室を頑なに受け入れなかったのだという。
そんな中で私を育ててくれたのは乳母だった。
と言っても父様や母様の愛が無かったという訳ではない。むしろ女に産まれてしまった私に多くの愛を与えてくれていたと思う。
しかし母様は産後の肥立ちが悪かったのか、私の知っている母様はいつもベッドに横たわり儚げな笑顔をしている人だった。
私はよく母様の側に行っていた。母様もそれを受け入れてくれた。
やんちゃだった私の話を母様は少し困ったようなでも嬉しそうな笑顔で聞いてくれていた。
母様は少しでも元気がある時は自分からも私を呼んでくれた。色々な事を話したり、おやつを作ってくれたり、優しく撫でてくれたりしてくれた。
母様の側で母様の作ってくれたおやつを食べながら母様に撫でて貰える時間は私にとって何よりも代え難い幸福だった。
私は母様が大好きで……だから男に生まれて来れなかった自分が申し訳なかった。
母様が死んだのは4歳の時だ。
その時の事はよく覚えている。母様の枕元に立つ私と父様。そして私の頭を、母様はいつものように優しく撫でてくれた。
でもその表情はいつもと違う、少し哀しそうな笑顔をしていた。
「シルフィ、ごめんなさい。何もしてやれず先に逝ってしまう事を。あなた、ごめんなさい。次の子を産んであげられなくて。2人とも、私に沢山の幸せをくれてありがとう。いつまでも愛していますよ。
……でも、私が死んだら2人は自分の幸せを歩んでくださいね」
それが母様の最後の言葉となった。
私も父様も涙を流した。此処は後宮の奥、王でも姫でもなく、ただの父親と娘として、私達は泣いた。
母様が亡くなってから一年、私はまだ後宮から一歩も出ない生活をしていた。
その間に後宮に新しい后が来る事は無かった。父様は母様の死後も頑なに新しい后を受け入れなかったのだ。
母様の最後の言葉、『幸せを歩んで欲しい』その言葉に応える為にも、この国の王としても、父様は新しい后を娶り、世継ぎを産んで貰う必要がある。しかし父様はそれを受け入れられないでいる。
私も又、母様の言葉を受け入れられないでいた。それは父に向けた言葉であったが、
「あなた、ごめんなさい。次の子を産んであげられなくて」
その言葉に、私が男であったなら、死にゆく母様を謝らせる事はなかったのではないか? そう思えて自分が許せなくて、どうしても自分が幸せになる道なんて受け入れられなかった。
そして母様が眠っていたベッドで膝を抱えていてふと思い立つ。
私が母様の為に、母様の愛したこの国の為に出来る事は何だろう?
母様の悔恨……父様に世継ぎを産んであげられなかった事……なら、私が今からでもそうなればいい。
そうだ、それが良い。私が王子となり、王を支え、国をまとめ、私の子に次の王位を譲る事が出来れば、母の悔恨は無くなるはずだ。
翌日、私は後宮を後にした。
シルフィの名を捨て、『シルフィード・テラン』として、この国の第一王子として。
そして13年の時が流れた。
今更ながら当時の私は馬鹿な事を言い出したと思う。
が、結局それは受け入れられ、私はテラ王国第一王子として生活を続けている。
私が女性だと知っているのは父とごく近しい一部の配下のみだ。
私が男として生きると決めた事自体は愚かな事だったかもしれないが、結果的に国は結束し、安定した。
私自身ももう女としての生き方など忘れてしまったから男装の方が『当たり前』になってしまった。
それに後悔はないが、最近は少し……あの時の母の言葉を思い返す。
「明日は王都でギルド主催の『転職祭』なる祭りが開かれるそうです。シルフィ様も行かれてみてはいかがですか?」
物思いにふけっていた私を見て乳母が口を開いた。
気分転換に行ってはどうか? という事だろう。……という事は彼女から見て私は気分転換に行った方が良いように見えたという事だろうか。
「ありがとう、時間があったらそうするよ。あと私はシルフィードだよ」
「私にとってシルフィ様はいつまでもシルフィ様ですから」
乳母はそう言って笑った。辞める気はないらしい。
まぁ乳母が私的な場で愛称で呼ぶ事自体は問題ではないし、私としても親しみを持って呼ばれる事は嫌ではないが。
しかし『転職祭』か……最近は流民が多くこの国に来ているというが、それに関連した事なのだろうか?
この世界を作ったという神の使い『白の使徒』が姿を見せる事も増えていると聞く。
と言っても『白の使徒』と謁見が許されているのは王だけだという話だが。
別に明日が暇という訳ではないがちゃんと調べておいた方が良いかもしれないな。
そう思いつつ、私はその為にも残務処理に取りかかった。
当日、お昼過ぎに護衛を連れてやってきた『転職祭』は特に問題があるようには見られなかった。
むしろ活気があり、国民も皆楽しんでいる良い祭りを開催しているようにみえる。
流民の突然の増加や『白の使徒』の降臨に少し過敏になっていただろうか?
しかし、私の元に届いた一通のメッセージは私の余裕を吹き飛ばした。
差出人は商人ギルドのギルドマスターからだった。
曰く『魔皇女の雫』を使った料理を出す料理人が『調理コンテスト』に現れた。又、かの料理人『ユウ』は同調味料を使った露店も開いている模様。場所は――――
それは幻の調味料と呼ばれる『魔皇女の雫』についての情報だった。
そしてそれを食する事が出来るという。
私の胸は高鳴った。
それは勿論美食を求めて等では当然無い。『魔皇女の雫』は母様が作ってくれた料理に必ず入っていた物だからだ。
母様が何処でそれを手に入れたのかは私は知らないが、時折作ってくれた母様の手料理は本当に美味しかった。
そして母様が亡くなった後、それに『魔皇女の雫』と呼ばれる調味料が使われている事を知った。
だが、母様の死後、私はその味を二度と味わう事は出来なかった。
『幻の調味料』は本当に幻だったのだ。
それが今、この王都にあり、しかも販売しているというのだ。
何を置いても駆け出したい気持ちになった。
が、問題が1つあった。護衛である。今私を護衛してくれている女騎士は信頼している人物ではあるが、少々頭が硬い。
王子が露店で料理を買い、まして食べるという事という事は許さないだろう。
だから私は決めた。
逃げだそう。
私は護衛の目を盗んで路地裏へと駆け込んだ。
「一体何をっ!? お待ち下さいっ!」
後ろから悲鳴のような声が聞こえ、護衛達が私を追う足音が聞こえる。
全く優秀な護衛というのにも困ったものだ。
路地を何度か切り返して走りながらどうにか撒けない物かと思案していると、目の前に丁度良さそうな箱を見つけ飛び込んだ。
「何処に行ったっ!?」
「あっちを探せっ!」
「全くいつもいつも困った事をっ!」
気配を殺しながら様子を伺っていると護衛達は向こうへと走り去って行ったようだ。これで暫く時間が稼げるはず。
「ふぅ……なんとか撒いたようだな。丁度良い所にダンボールがあったもの……だ……」
一息ついてそう呟いた私の目の前に、絵に描いたような『お姫様』が座っている事に私はやっと気付いた。
「あ、えっと……こんにちわ?」
私と目のあったお姫様は、見た目と同じように可愛らしい声で囁き、ぺこりと頭を下げた。
彼女の名はユウというらしい。
彼女も何者かに追われて此処に隠れていたそうだ。
確かに彼女ほどの美しさであれば男共に追われてもおかしくない。私も男性であれば一目で恋に落ちていたかもしれない。
それ程までにユウの美しさは別格だった。
いや外見の美しさだけでない、少し話しただけでも彼女の人となりの良さは感じられたし、可愛らしい声は耳に心地よかった。体温が感じられる距離で座っていて何の香水かはわからないが良い香りが鼻孔をくすぐる。
そしてくるくる変わるユウの表情と笑顔を見ていると、私まで自然と笑顔になってしまった。
おかしいな、女の私が女性にこのような感情を抱く筈はないのだけど……。
もしかしたらユウは魔性の女なのかもしれないな。冗談交じりにそう思った。
そして更に驚いた事は彼女こそが私が護衛を撒いて行こうと思っていた露店の主であり、『魔皇女の雫』を扱う料理人だったのだ。
残念ながら露店の料理は完売してしまってそうだが。
本当に残念だ……もう朧気な記憶の向こう側に行ってしまった母様の料理を味わえるかと思っていただけに、落胆も大きい。
しかしよっぽど私が落ち込んでいたのか、そんな私を見てユウは、
「その……僕の食べかけだから、嫌なら全然良いんだけど……一応、お昼に一口だけしか食べてない僕の露店のホットドッグがあるけど……食べます?」
と言って、食べかけのホットドッグを差し出してくれた。
「勿論だっ! 本当に貰っていいのかいっ!?」
「あ、は、はい」
受け取ったホットドッグはまだ暖かかった。おそらくアイテムウィンドウに仕舞われていたんだろう。 食べかけという事はユウの昼食だったのだろうか? それを奪う事は申し訳ない、がそれでも私はもう一度食べたかった。
「これがユウの料理か……」
私はそれを一口囓った。
その瞬間、鮮烈にして強烈な味が私の身体を貫き、記憶の扉は開かれた。
それは確かにあの日、あの時、母様に作って貰っていた料理の味、母様の味だった。
ホットドッグが母様の味だけでなく、あの頃の空気や匂い、母様の優しい笑顔や、私を撫でてくれた感触まで、十数年前のあの頃の全てを思い出させてくれていた。
私は涙を抑える事が出来なかった。
そうしてふと気付く。母様が亡くなってから私は涙を流していなかった事に。
そんな事も忘れていたのかと少し自分が可笑しくなった。涙が止まらないまま、口元が綻ぶ。
「し、シルフィードさんっ!? あのっ、無理に食べなくてもいいですからっ……」
泣きながらホットドッグを食べている私を見て、慌てたユウが心配そうに声をあげた。
自分の渡した料理を食べた直後に突然泣き出されたんだから当然か。悪い事をした。
でも違うんだ、これは嬉しい涙なんだ。だからユウが心配する事はなにもない。
そう思っていても今の私はそれを上手く説明出来なかった。だから、
「あ……いや、大丈夫。すまない、ユウ。コレ、すごく美味しいよ。美味しすぎて涙が出てきたんだ」
と言った。
本当に美味しかったから。私にとって、これは正真正銘世界で一番美味しい料理だったから。
ユウは私の感想を聞いて、少し戸惑い、困ったような、でも嬉しそうな顔をして、
「あ、ありがとうございます」
と、笑顔になった。
そんなユウの笑顔を見ながら思う。
私の方こそ感謝してもし尽くせない物を貰ってしまったんだ。
ありがとう、ユウ。
そして私はユウと出逢わせてくれた神様にも少しだけ感謝した。
再び○○語り前後編です。
感想でバレバレだった通りシルフィードは女性で王子様でした。
あとどうでも良い注釈としては、シルフィードの母親は固有スキル『魔皇女の雫』を持った女性だったという事ですね。




