第80話 決勝戦。
「ユウっ! 一体コレはどういう事っ!?」
試合を終えた直後のマヤが観客席に飛び込んできて僕に掴み掛かり、開口一番そう叫んだ。
勢いよく走ってきたし掴まれた肩が凄く痛いし、さっきの試合のダメージは見た目程大きく無さそうで安心した。
……PVPだからそんな大事にはならないとはわかっていても、派手なふっ飛び方だったし。
そんなマヤの後ろには苦笑しているコテツさんといつも通り無表情なノワールさんが付いてきている。
「何見回して、良かったぁって顔してるの? 私は説明を求めてるんだけど?」
「い、痛いよっ!? 思ってるよりも数倍痛いよっ!?」
慌てて僕の肩を掴むマヤから逃げ出し、自分に治癒をかける。すぅっと痛みが引いていく。ふぅ……危ない所だった。これが筋力差か?
でも女の子に掴まれて痛いとかちょっと哀しい。
「そ・れ・で、説明は?」
「さっきメッセージ送った通りだよ。『歌唱コンクール』の後、人に追われて、逃げて、変装してやり過ごして、『PVPトーナメント本戦』を観戦に来ただけだよ」
自分の肩をさすりながら僕はメッセージで送った内容を繰り返す。
というか他に説明のしようがない。
「それはさっき見たわよ。私が聞きたいのは……」
そう言いつつ、僕の隣に座っているシルフィードさんを睨め付け、
「こっちの人の説明を求めてるんだけど? どう見ても此処ってカップルシートよね?」
「かっぷるしーと? ないない、そんな訳ないよ」
マヤの見当違いな勘違いに僕は手を振って否定する。
確かにここは広めのスペースでマヤとコテツさん、ノワールさんが来ても余裕があるけど……カップルシートっていうのは無いなぁ。
そもそも男2人でカップルシートというのは哀しすぎる。
「それにこの人はシルフィードさん。さっき言った『歌唱トーナメント』からの逃走の途中で偶然出会って一緒にイベントを見て回ってただけだよ」
「初めまして、シルフィードです。皆さんの事はユウから伺ってます」
僕が紹介すると、シルフィードさんも爽やかな笑顔で応える。
「……一緒に? 見て回った……?」
ギギギギっと音がなるように首を動かしてシルフィードさんを睨み付け、僕の言葉を反芻するマヤ。
「……そ、そもそもどうして私達に連絡して来なかったのよ」
「マヤ達はその時『PVPトーナメント』の予選の真っ最中だったろ? そんな忙しい時に連絡なんて出来ないよ」
そもそも追われてたかどうかもよくわからなかったし、自意識過剰と笑われるのは恥ずかしい。
「関係ないわ。予選なんかと比べられる物じゃないし」
「関係ないって……」
1人ならまだしもチーム戦でそんな言い方はダメだと思う。そう注意しようと口を開きかけた時、コテツさんとノワールさんも大きく頷いてるのが見えた。
「まぁ実際『白薔薇騎士団』からユウが追われてるって情報が入ってから、あたし等も予選そっちのけでユウの捜索をしてたしな。その間バトルを辞退してあたし等もアンクル達も黒星付いちまったが、それで予選落ちしてても誰も文句言わなかったと思うぜ?」
「ユウの方が大事」
そう言ってノワールさんが僕の頭を撫でた。
あ、あれ? 間違ってたのって僕の方?
「そ、その……ありがとう……心配かけて、ごめん」
僕は頭を下げ、お礼を言った。
怒った顔のマヤの拳骨が僕の頭を小突いたけど、それが痛い事はなかった。
僕達が座っていたスペースに余裕があった為、急遽椅子を二つ追加して貰い、マヤ達と一緒に観戦する事となった。
二つで椅子1つ足りないからどうしようかと思っていたら、結局僕がマヤの膝の上に座らされる事になった。
正直男としてこの状況には激しく納得が行かなかったが、マヤの、
「今日私達にどれだけ迷惑かけたかしっかり反省しなさい」
の一言で諦めざる得なかった。
女の子の膝の上に座るとか子供かと、高校生男子として何て羞恥プレイな罰ゲームなのかと、そう思うけど、そう言ったらどうせマヤは「それ位じゃなきゃ罰にならないじゃない」と平然と言いそうだ。
むしろもっと恥ずかしい事をさせられかねない。
無心だ、無心になろう。どうせすぐに決勝戦が始まるし。
「――という訳で、私とユウは変装して脱出し、無事午後のイベントを楽しんで回ったという訳さ」
そうして決勝戦を待つ間、改めて追われた後の経緯をシルフィードさんが説明してくれていた。その説明は上手でわかりやすい。
「なんだ、んじゃシルフィードさんがユウを助けてくれたのか。ありがとよ」
「いやいや、私だってユウに助けられたからお相子さ。それにユウは――」
お礼を言うコテツさんにシルフィードさんは笑顔で応えて更に午後の事を話していく。
その説明は確かにわかりやすいんだけど……やたらとシルフィードさんが僕の事の描写が細かかったり、楽しかった事を強調している気がする。
そしてその度に僕の肩を掴むマヤの力がビシビシと強くなってる気がして少し怖い。
「――それでユウが汚れてしまって、トーナメント観戦の前にお風呂に……」
「お風呂ぉ!?」
ま、マヤの声が大きくて耳が痛い……。
「ゆ、ゆゆユウ、まさかこの人と一緒にお風呂に入ったんじゃないでしょうね?」
「ふふ、ユウと一緒に入るお風呂は最高だったね」
ガクガク震えながら慌てた口調で聞くマヤに答える前にシルフィードさんが口を開いた。
「ってソレ嘘だよね!? シルフィードさん入ってないよねっ?! 汚れてないから入る必要ないって自分で言ったよねっ?!」
「でもユウは誘ってくれただろう?」
「ささささ、誘った!? ユウの方からっ?!」
落ち着けマヤ。揺れる椅子は座りにくい。
「そんな驚く事じゃないだろ? それに結局入ってないんだし」
男同士でお風呂に入るなんて普通の事だ。……そりゃユニットバスに密着して入るとかは絶対に嫌だけど、下手な銭湯より広い高級ホテルのお風呂は2人位ならゆったり入れるスペースがあった。
って本当に何故マヤはこんなに揺れてるんだ。貧乏揺すりとかの癖があったんだっけ?
「……ま、まぁいいわ。入ってないなら問題ない。それに私はユウと何回もお風呂に入ってるし」
「マヤっ!? 何さらっと突然爆弾発言してるのっ!?」
「あら? 本当の事でしょ?」
「子供の時の話だよね?! 小学校低学年の頃だよっ!?」
「それでも本当でしょ?」
「それは……そうだけど……」
ふふーんと勝ち誇った表情のマヤ。一体誰に勝ち誇ってるんだ。
「ユウずるい。私とも今度入る」
「じゃああたしもご一緒しようかね」
「ふふふ、ふたりとも何言ってるのっ!?」
マヤが勝ち誇った相手はノワールさんとコテツさんだったのか、何故か突然ノワールさんとコテツさんからも爆弾が投下された。
そりゃノワールさんやコテツさんと一緒にお風呂に入れるとか夢のような提案だけど、正直入りたいけど、物凄く入りたいけどっ!!
それって良いのか?! 良いんだろうかっ!?
「あ、ほらユウ、そろそろ決勝が始まるようだよ。これで『賭け』の結果がわかるんだから、ちゃんと見ないと」
僕が桃色の妄想に囚われそうになった時、闘技場を指さしてシルフィードさんが言った。
危ない所だった……。高校生男子の自制心では抑えきれない所だった。
見てみるとリング上にアンクルさん達『白薔薇騎士団』とクロノさん達『悠久』の皆さんが立っている。
今日はクロノさん達にも助けられたりしたけど、賭けもあるしここは当然アンクルさん達の応援だ。
「アンクルさん、がんば……」
「ねぇユウ」
さぁ応援するぞっ! と声をあげた時、物凄く冷たいマヤの声が後ろから聞こえて来て僕の動きが止まった。
「『賭け』って何の事かしら? さっきの説明だと聞いてないんだけど……?」
ど、どうしよう、この氷点下の声はさっきまでとは違う、本気で怒ってる時の声だ……爆弾どころじゃない、ど、どこで地雷踏んじゃった!?
「あぁ、『賭け』は闘技場に入ってからの話だったからしてなかったね。誰が優勝するか私とユウで賭けていたんだ。私は『悠久』に、ユウは『白薔薇騎士団』と『銀の翼』に。
負けた方は勝った方の『お願い』を1つ聞く。何、他愛ないお遊びさ」
マヤの温度がどんどん下がってる事に気付かないのか笑顔で説明をしてくれるシルフィードさん。
その説明の間もどんどん僕の後ろが冷たくなっていく。
「んだよ、そんな事してたのか。ならあたし等ももうちょっとがんばりゃ良かったなぁ。マヤが今日はあんなだったから早々にギブアップしちまったし」
「ユウ、ごめんね?」
コテツさんが呟き、ノワールさんが僕に頭を下げる。
「あ、いや、勝手にやってた事だし、むしろ皆凄かったよ! 見てて興奮したっ」
「そうね、悪いのはユウよ。まずどうしてそんな『賭け』をしたの?」
「う……その……売り言葉に買い言葉というか……」
「更にしたのなら何故私達にメッセージで連絡しなかったの?」
「それは……試合見てて忘れてて……」
「今からじゃ『白薔薇騎士団』に連絡する事も出来ないわ」
「うん……」
小さくなる僕にマヤは大きくため息をついた。
「シルフィードさん……だったかしら?」
「うん?」
突然矛先が向いたシルフィードさんがマヤを見て応える。
「もし『賭け』だからと言って、無体を強いるようでしたら……私が許しませんから」
後ろにいるマヤの表情は見えないけど、何故か後ろから冷気だけじゃなくて物凄い圧力を感じる……もしかしてマヤもクロノさんみたいな『闘気』を習得してたんだっけ?
「あぁ、勿論。無理強いなんてしないさ。あくまで『合意』の事だよ」
「マヤも心配しすぎだって。ただのゲームだろ」
シルフィードさんの答えにコテツさんも笑いながら続く。
「それに『白薔薇騎士団』が勝てば『賭け』もユウの勝利さ。ほら、試合が始まる」
シルフィードさんの声に促されて皆の注目がリングへと移った。
が、後ろでマヤがぼそりと、
「負けたら後で容赦しないわよ変態騎士……」
という呟きが聞こえた気がした。




