第73話 逃走中。
「おい、居たかっ!?」
「いいや見あたらない。確かにこっちに来たと思ったんだが……」
「あっちの方を探してみよう!」
「ああ、出来れば他の奴等より先に見つけたいしな」
男達は焦ったように辺りを見回してから、通りの向こうへと走っていった。
路地裏のダンボールの中からこっそり顔を覗かせて男達が居なくなった事に安心し、大きくため息をつく。
「一体何がどうしてこうなった……」
僕、ユウは只今絶賛逃走中だった。
それはつい先程の事――
『歌唱コンクール』の出番が終わって楽屋で一息ついていた僕の元に一通のメッセージが届いた。
差出人はソニアさん。
「今、ホットドッグ無事完売しました。あとはイベント終了時に片付けをするだけだから、ユウちゃんもこのままイベントを楽しんできてね」
との事だった。
何から何までソニアさんとタニアちゃんに頼りっきりで申し訳ないけど、何事もなく無事完売したようだ。良かった。
すぐにお礼のメッセージを返信する。
それにしても初露店が完売した事はやっぱり嬉しい。フリーマーケットとかの経験は全くないけど、こういう感じなのだろうか?
「どうしたのかしらユウ? そんなしまりのない顔をして」
抑えきれない喜びが顔に出ていたらしく、怪訝な顔でシェンカさんが僕に尋ねて来た。
「ふっふっふ! さっき連絡があってついに僕の露店が完売したんですよっ!」
「へぇそうですの」
得意満面胸を張って答えると、なぜか当たり前のように頷くシェンカさん。
「えっと……これって……あんまりすごくない?」
あまりに普通な対応に僕が1人有頂天なだけで、ブッパン? では当たり前なのかと不安になり、恐る恐るシェンカさんを見上げる。
「初めての露店で完売というのは十分凄い事ですわ。……でも、私が行った時点で既に完売するだけの行列が出来てらしたのですから、完売するのは当然でなくて?」
「あ、そっか」
そういえばシェンカさんに列整理とかして貰って、調整して貰ったんだった。
僕は襟を正して改めてシェンカさんに向き合う。
「えっと、シェンカさん」
「何かしら? そんな改まって」
「ありがとう。シェンカさんのお陰で、完売できました」
そう言って僕は深く頭を下げた。
「な、な、何を言ってらっしゃるのかしら!? わ、私は特別な事は何もしてませんわよっ!?」
「そんな事ないよ。きっと僕達だけだったらあんなにスムーズに出来なかったと思う。シェンカさんのお陰で問題なく終了出来て、僕も『歌唱コンクール』に来れたんだと思う。本当にありがとう」
「……し、淑女として、当然の事をしたまでですわ。……つ、次の公演の確認に行って参ります。失礼しますわねっ!」
何故か顔を真っ赤にして走るように去っていったシェンカさんを僕は笑顔で見送った。
何でも参加者の人数の関係で、全員が終わってもまだ少しステージ使用の時間が余っているそうで、希望者はもう一度出演できるのだとか。
さすがプロは違う。僕は1回出て歌っただけでヘトヘトなのに、あれだけ歌って踊って走り回っていたシェンカさんは追加公演出来るんだから根本が全然違うんだろうなぁ……。
僕はどうしようかな? 露店も一段落したし、PVPトーナメント本戦まではまだ時間があるし……露店を見て回りながらイベントを覗こうかな?
『鍛冶師最強武器決定戦』とか『ペットモンスター品評会』とかあるんだっけ?
そう思いつつ、僕は裏口から楽屋を出て通りを歩き始めた。
「お、おい、アレ……」
「っ! 間違いないっ!」
「クランメンバーに連絡回せっ! 見つけたぞっ」
「俺、さ、サインをっ……貰っ……握しゅ……」
「?」
通りに出てすぐ何やら周りが騒がしい気がした。それに何やら視線も感じるような……気のせいだろうか?
と、『歌唱コンテスト』ステージ側の通りから何やら地響きと大勢の男達の集団が人混みをかき分けながらこっちに向かって走ってくるのが見えた。
「っ!?」
よくわからないけど何か恐怖を感じて慌てて逃げる僕。
彼等が何故走っているのか、何に向かっているのかわからないけど、とりあえず路地裏の方に逃げ込めばやり過ごせるはず……ってこっちに来た!?
「あ、加速っ!!」
自分に加速をかけて路地裏を全速力で逃げる僕。ランダムに曲がり角を曲がりながら逃げるけど、明らかに僕を追っているように感じる。
いつもの勘違いかも知れないけど、殺気立ってるあの男達に捕まってもし勘違いじゃなかったら、殺されかねない。
マヤも良く、
「危ないと感じたら全力で逃げなさい。勘違いならそれに越した事はないんだし」
と言っていた。
その時は街中でそんな事もないだろうと笑っていたけど、今ならわかる。捕まったら僕どうなっちゃうかわからない。
そう思いつつ、目の前にあったダンボール箱に隠れて、僕は追ってきた男達をやり過ごした。
そして一息ついた僕はダンボールの中で考える。
「あの男達は何だったのだろう……?」
勘違いならそれでいいけど、そうでないのなら僕を追いかけていた原因が何かあるはずだ。
と言っても僕には追われる心当たりが全くない。
大体今日は露店と2つのイベントに参加した位で他に何もしてないんだから、追われる理由がない。
と、思っていた僕はふと落雷のように脳裏にお昼の事件が思い浮かんだ。
モヒカン達は確か僕のホットドッグを「全部売れ」って暴れていた気がする。
そんなに僕の商品を求めてくれる事は嬉しいけど……他のお客さんの分もあるし断って、結果通りすがりのクロノさんに助けて貰ったから事なきを得たけど、そうでなければあのまま暴れられていたかもしれない。
「……もしかして、さっきの男達も同じ?」
そう考えれば筋が通る気がする。
僕はさっきソニアさんから完売の連絡を受けた。そして外に出たら大勢の男達が僕を追ってきた。彼等が「完売したと言われたけど、まだあるんじゃないか?」と僕を探しているのだとしたら?
名探偵ユウの推理が冴え渡る! ……何の解決にもならないけど。
『セカンドアース』にはアイテムウィンドウがあるから、もし詰問された時に手ぶらなのは持っていない証拠にならない。
……実際アイテムウィンドウはさっき一口だけ食べた僕のお昼用だったホットドッグが一個残ってるはずだし。
もし男達があのモヒカンみたいに無理矢理迫ってきたら……。
「どうしよう、怖くなってきた……」
勿論ただの勘違いの可能性もある。むしろその可能性の方が大きい。でも違っていて話が通じなかった場合、捕まった僕はあんな大勢のプレイヤーから逃げる手段がない。
「マヤかアンクルさんに連絡を……いや、ダメか」
マヤ達もアンクルさん達も今頃予選中だ。迷惑をかける訳にはいかない。
そもそもまだ実害があった訳でもない。
「怖い人が居たから、迎えに来て欲しい」
なんて理由で連絡するというのは高校生男子としてもとても言いづらい。
ホノカちゃん何かは更に男嫌いが加速する結果になりかねない。
「ここに隠れていたらやり過ごせないかなぁ……」
ダンボールの中を見渡す。
詰めれば大人2人が入れる位スペースがある。僕1人なら寝ころぶ事も可能だ。
意外と快適かもしれない?
「でも……折角のお祭りなのに、こんな所で寝てるのも勿体ないよなぁ……」
何か良い方法はないものか? 起死回生のアイデアを……
と僕は思考に埋没し、周りへの注意を怠っていたみたいだ。
だから突然ダンボールに飛び込んできた人影に対応できなかった。
ドサッという音と衝撃と共に僕の隣に飛び込んできた男性。
さっきの男達に見つかったっ!?
そう思い、動く事も声を上げる事も出来ず、僕は目を見開いたまま固まってしまった。
飛び込んできた男性は僕とそう年は変わらないように見える。よくて1、2歳上程度かも。すらりとした細身のモデル体型で身長もかなり高く足も長い。……正直同じ男として羨ましい……。
簡素ながらもよく見ればかなり上質な服を身に纏っている。
短く切りそろえられた金髪に碧眼はまさに『王子様』という感じだ。
ただしアンクルさんよりも更に細身ですらりとしている分、より少女漫画に出てきそうな王子様という感じだろうか?
僕を追ってきたのかと思ったけど、そうではなかったようだ。
その男性は僕に気付いた様子もなく、外の様子を伺っている。
そうしているとダンボールの向こう側から、
「何処に行ったっ!?」
「あっちを探せっ!」
「全くいつもいつも困った事をっ!」
と焦る声と走っていく足音が聞こえた。
あれ? 何かデジャヴュが。
「ふぅ……なんとか撒いたようだな。丁度良い所にダンボールがあったもの……だ……」
一息ついた男性がダンボールの中を見渡し、やっと僕の存在に気付いてくれた。
さっきの僕と同じように驚いた顔で目を見開いている。
「あ、えっと……こんにちわ?」
この人も追われているようだし、ここで騒いだらお互いあまり良い結果にならなそうだったからとりあえず友好的に挨拶を試みる。
「あ、ああ、こんにちわ。……と、すまない、先客が居ると気付かず、突然乱入してしまったようだな」
「い、いえ、僕もお邪魔してるだけなので」
頭を下げる男性に慌てて僕も頭を下げた。
なんだかいい人っぽい。良かった。
「それで、君は何をしていたの?」
落ち着いて来たのか、不思議そうに僕を見ながら訪ねる男性。
「あ、えっと……なんだか追われてるっぽかったから、逃げてたら、ここに?」
僕の説明を聞いて一瞬きょとんとした後、彼は我慢出来ないように小さく笑い始めた。
自分で説明してて何だそれはという内容だけど本当だから仕方ない。
それでも笑うのは失礼だと思う。
そりゃ僕だって追われてダンボールに隠れてるとか、どうかと思うけども。
僕の憮然とした表情に気付いたのか、男性は笑いすぎて目に涙を浮かべながらも、
「いや、すまない。別に君を笑った訳じゃないんだ。私も追われていてここに逃げ込んだから、同じだなと思っておかしくなってね」
と釈明した。
そういう事なら仕方ない……かな?
「じゃあ、一緒ですね」
「ああ、一緒だ」
そう言って微笑んだ僕に男性もさっきとは違う爽やかな笑顔を見せた。
きっとこういう人が女子からモテるんだろうなぁって笑顔で、同じ男としてちょっと眩しかった。




