第69話 歌姫に必要な物。
「おーっほっほっほっほ! ユウ、もう準備は出来たかしら? この私が直々に来てあげたのですから心して最高の料理を用意する事ねっ!」
12時半を回った頃、突然聞き覚えのある高笑いと声が聞こえてきた。
カウンターの方を見ると、予想通りシェンカさんが羽根扇子をはためかせながら立っている。
今日のステージ用だろうか? 前見た時の5割増し位キラキラ光った黄金の鎧風ドレスを身に纏っていた。しかもビキニ鎧風なのか、おヘソとか太股とか露わになってて普通に見るとちょっとすごい。
「あ、シェンカさんっ! そのっ、ごめんなさいっ! まだ何も……」
顔だけシェンカさんに向けてとりあえず謝る。
クノロさん達にお礼を言った後もずっと僕とソニアさんはホットドッグを作り続け、タニアちゃんが接客してくれていたのだけど、まだまだ終わりそうになかったのだ。
「?……この惨状……貴女は何をしていらっしゃるのかしら?」
「ご、ごめん……」
てんやわんやのカウンターと長蛇の列を眺めてシェンカさんが大きくため息をついた。
「仕方ありませんわね……わかりましたわ。ユウ、商品はホットドッグだけで、値段は500Eで良いのですわよね? 在庫はあといくつあるのかしら?」
「あ、うん、えっと……あと……400個位?」
「販売制限はありますの?」
「えっと……一応1人10個までだけど……」
「それじゃ全然足りませんわ。制限を変更しますわね」
「あ、う、うん」
それだけ確認するとシェンカさんはそのまま行列の方に一歩踏み出して羽根扇子をばっと広げた。
「お客様方、長い時間お待ち頂き大変申し訳ありません。ご覧の通り長い行列が出来てしまい、他の露店や通行人のご迷惑になってしまっております。ご協力を宜しくお願い致します」
お願い、と言いつつ物凄い気迫でお客さんを見渡し、確認が取れた所で更に言葉を続ける。
「まず2列になってお並び下さいませ。隙間が出来る場所は詰めて行って、間隔も出来るだけ詰めるようよろしくお願いしますね。今からお渡しするメニューボードを見てご自分の購入個数をお決めください。
私が今から回って行って数をお聞きしますので、それまでにお決めくださいな」
そう言っていつ用意したのか「ホットドッグ 500E お一人様5個まで」と書かれたボードを一番前の次の人に手渡し、その後一番前の人に微笑みかける。
「お待ち頂き、ありがとうございます。お客様、本日はいくつお求めですか?」
「あ、うぇ!? あ、うん、その、2個」
「2個ですわね、ありがとうございます。それではご自分の番になりましたら、その個数を受け付けにお伝えお願いしますわ」
数人チェックしては戻って伝票のメモをタニアちゃんに渡す。を繰り返しつつ、どんどん後ろの方まで行くシェンカさん。
暫くしてシェンカさんがカウンターに戻ってきた。
「売り切れラインのお客様の所で『売り切れ』のボードを持って頂いて、それ以降のお客様の販売は保証出来ない旨、伝えてきましたわ。お待ち頂く事も了承頂きましたし、これで慌てる事もないでしょう」
見てみると軍隊みたいにぴしっと並んでいるお客さん達が見えた。
この短時間に一体何があったのかという整然とした有様に少し呆然とする。
「あ、あの、シェンカさん、ありがとうございます」
「これ位なんでもありませんわ。物販の基本じゃありませんか」
「ブッパン……?」
「なっ、なんでもありませんわっ! こ、これだから田舎者はこまりますわっ!」
「あ、う、うん、ご……ごめん?」
よくわからないけどシェンカさんはこういう販売に慣れいるっぽい。
物が売れるのは嬉しかったけど、物を売るってやっぱり難しいんだなぁ……。
シェンカさんのお陰でさっきまでのアタフタが嘘のように収まり、お客さんも穏やかに待ってくれている。
お陰でこっちも落ち着いて作業が出来る。
「すごいなぁ……なんだか魔法みたいだ」
「当然ですわ。お客様がイライラなさるのは『待つから』ではなく『いつまでかかるのか』『待って買えるのか』がわからないからなのですから。それをちゃんと伝えて差し上げて、明確なゴールを示して差し上げればむしろ『待つ』事は楽しみの一つになりますのよ」
「それもブッパンの基本?」
「人の習性というべき事かもしれませんわね」
人の習性なのかぁ……そういえば確かに信号機のカウントダウンがある方が待ちやすいし、予約して確実に買える事がわかってるとのんびりするかな?
「シェンカさんのお陰でお客さんを整理して貰っちゃったし、あとは2人でも大丈夫だと思うから、ユウちゃんは『歌唱コンテスト』の方に向かって良いわよ」
シェンカさんの言葉を自分なりに考えながらホットドッグを作っていると、ソニアさんがそう言ってくれた。確かにそろそろ時間が差し迫っている。
「でも……いいの?」
「勿論。……と言ってもさっきまではそんな事言えない状態だったし、シェンカさんのお陰だけどね」
そう苦笑するソニアさん。
最もその状況を作り出したのは僕だと思うから結局自業自得だったんだけど……。
「私達もがんばるから、ユウさんもがんばってねっ!」
タニアちゃんも笑顔でそう言ってくれた。
「あ、ありがとう。じゃあ、ちょっと行ってくるねっ!」
2人に頭を下げて、僕は屋台から抜け出した。
「あら……確かにコレは中々の味ね。……淑女がパンにかぶりつくというのはどうかと思いましたけれど、この味でしたら認めざるを得ませんわ……でもこんな美味しい料理を作れるなんて……」
手伝って貰ったお礼に、早朝にホームで作ってあった自分用のホットドッグ弁当2個のうち、1つをシェンカさんに差し出すと、シェンカさんは色々言いつつもお礼を言って受け取ってくれた。
そして食べながらぶつぶつ小さく呟いている……気に入らなかったのかな?
「えっと……その……どう、かな?」
「ま、まぁ、わ、悪くないですわっ! そ、その……美味しい、ですわよ。……で、でも、こっこれで勝ったとは思わない事ですわよっ!? 勝負は『歌唱コンテスト』なのですからっ!!」
「あ、うん」
よくわからないけど美味しいなら良かった。
僕も自分の分を一口囓る。口いっぱいにソーセージの旨味が広がってマスタードと合う。
しかもアイテムウィンドウから取り出したのは出来立てホヤホヤだから熱々で美味しい。
現実でもアイテムウィンドウがあればいいのに。
「そういえばユウ、貴女『衣装』にはまだ着替えないのかしら?」
「衣装?」
もう食べ終わったのか汚れた指と口元をハンカチで拭きながらシェンカさんが尋ねて来た。
「コンサート衣装ですわ。こうしてコンサートの前から衣装を着て街を歩く事も宣伝になりますのよ?」
そういうものなのか……知らなかった。それでシェンカさんはそんな派手な服を着ていたのか。
「えっと……じゃあ、この格好か……いつものローブとか?」
と言いつつもう一口、と口を開こうとした時、シェンカさんが物凄い形相で僕を睨み付けている事に気付いた。
今にも獲物を食い殺そうとする猛禽類ってこういう目なのかもしれない。
こ、このホットドッグも食べたい……とかなんだろうか?
「もしかして……貴女、コンサート衣装を用意してらっしゃらない……のかしら?」
「あ、うん。服はコレとローブしかないけど……」
でも僕のは素人喉自慢だし、これで十分じゃ……、と続けようとした僕の肩をシェンカさんが物凄い力で掴んだ。危なく食べかけのホットドッグを落としそうになる勢いだ。
「いけませんわっ! 折角の晴れの舞台に普段着や制服だなんてっ!! 神様が許してもプロデューサーが許しませんわっ!!」
「ぷろでゅーさーって誰っ!?」
「わかりましたわ。そういう事でしたら私が責任を持ってユウの衣装を用意して差し上げましょうっ!!」
「どういう事なのっ!? それに別にこのままで良いし……」
「よくありませんわっ!!」
何故かハートに火が付いたのか、僕を引きずって移動し始めるシェンカさん。
とりあえずこのままじゃ本当にホットドッグを落としてしまうと、アイテムウィンドウに仕舞う。
食べかけでもその状態で保存出来るんだからやっぱりゲーム世界素晴らしい。
「ユウ? こんな所で何をしてるの?」
ホットドッグを仕舞って、ちゃんと自分で歩けるとシェンカさんに伝えようとした時、不意に聞き慣れた声が届いた。
「マヤ?」
シェンカさんも僕を呼ぶ声が聞こえていたのか足を止めてくれたお陰で、僕達のちょうど目の前にマヤとコテツさん、ノワールさんが立ち並ぶ状態になり、僕と、僕の手を無理矢理引っ張ってる形だったシェンカさんを見比べて、
「もしかして又ユウは人攫いに遭ってるの?」
と呟いた。
その目が殺気を放ち始めている。
「ち、ちがうよ!? この人はシェンカさんっ! 一緒に『歌唱コンクール』に出るのに迎えに来てくれたんだっ」
慌てて説明する。勘違いで知り合い同士がケンカとか絶対にダメだ。
「それで、この無礼者は誰なんですの?」
マヤの殺気をを籠めた視線を悠然と受け流してシェンカさんが僕に尋ねた。
「あ、えっと、こっちはお世話になってるクランの、マヤ、コテツさん、ノワールさん」
「そう、貴女のクランの……もう少し礼儀を習われた方がよろしくてよ?」
「幼い子を無理矢理引っ張り回してた貴女に言われたくないわ」
悠然と受け流していたけど、やはりシェンカさんも思う所があったのか、それとも人攫いに勘違いされたのが許せなかったのか、お互い笑顔なのに一触即発な空気が漂う。
コテツさんはその様を見て苦笑してるしノワールさんはいつも通り無表情で、2人とも止めに入りそうにないし、ここは僕が間に入るしか……。
って、『幼い子』って誰の事だ!? マヤだって同い年じゃないかっ!
「あれはユウがいけないのよ。『歌唱コンクール』に出るというのに衣装の1つも準備してないって言うんですもの」
「衣装が……ない…………?」
ギランと音がしたような錯覚と寒気を感じた。
さっきとは比べものにならない殺気の視線がマヤから僕に注がれているっ!?
「あ、ま、マヤ? あの、それについては……その……別に……」
「ダメよ、ユウ。衣装は最優先事項じゃない。それを用意しなかったなんて万死に値するわ」
「あら、マヤさんでしたかしら? 礼儀はなっておりませんけど、意見が合いますわね」
「当然よ。歌い手の衣装は騎士にとっての鎧であり武器っ! それを疎かにするなんて許せないわっ!!」
「その通りよ。よくわかってらっしゃるじゃない」
何故か意気投合し始めるマヤとシェンカさん。
いや、殺し合うよりは良いんだけど……何この流れ?
「でも大丈夫。こんな事もあろうかと、私が用意しておいたわ」
そう言ってマヤは突然アイテムウィンドウからばっと一着の衣装を取り出した。
「あら……これは……うん、悪くないですわね」
その衣装手にとって僕と交互に見ながら確認し、頷くシェンカさん。
「って、どう見ても悪いよっ!? ピンクじゃないかっ! しかもぴちぴちのヒラヒラな上にあちこち肌が露出してるし、どこの魔法少女な衣装だよっ!?」
「でもユウに似合うでしょ?」
「ええ、似合いますわ」
「似合っちゃダメだよねっ?! そもそも僕はお「そもそも」」
なんとか2人を説得しようとした僕の言葉をマヤが一際大きな声で僕を圧する。
「そもそも、『歌唱コンクール』に参加して衣装を用意してなかったユウの落ち度よ? もう新しく衣装を用意してる時間もないんだし、今回はコレを着なさい」
「私もそれがよいと思いますわ」
「どうせステージで数分の事なんだし、良いんじゃね?」
「ユウ、ふぁいと」
こ、これが四面楚歌というやつか!?
マヤとシェンカさんが共闘するだけでも僕が太刀打ち出来る気がしないのに、コテツさんとノワールさんまで加わったらどうしようもない。
男が女性の集団に勝てる訳がないのだ。
「うぅ……わ、わかったけど……き、着るのはステージ上だけだからねっ!!」
そう言って僕はシェンカさんから衣装を受け取って、即アイテムウィンドウにしまい込んだ。
うぅ……ただ歌うだけでも素人のど自慢な恥さらしなのに、そこにコスプレ披露なんて物まで上乗せされるなんて……。
マヤ達もアンクルさん達もPVPトーナメント予選中で、ソニアさん達も露店を手伝ってくれてるし、知り合いが殆ど居ない事だけが救いか……。
「それじゃあユウ、がんばってね。出演時間には必ず応援に行くから」
「がんばれよ~」
「ユウ、ふぁいと」
そう言ってにこやかに去っていく3人を見つめながらしばし呆然としてしまった。
……どこにも救いなんて無かった。




