第57話 アップデートに向けて。
朝日が眩しくて目を覚ますと、僕はベッドに横になっていた。
いつ僕はベッドに入ったんだっけ? と、寝ぼけながら考えるも答えが出ない。
というより、
「……昨晩の最後の方の記憶が全くない……」
おかしい、お酒は飲んでなかったはずなのにどうして記憶がないんだろう?
確か昨日の夜はクラン狩りに行って、その打ち上げをして……唐揚げ美味しかったなぁ……その後酔っぱらったサラサラさんが抱きついてきて、藻掻いてたらコテツさんに挟まれて……。
ふわふわとたゆんたゆんの感触が思い出され、そこで記憶が途切れている事に気付いて血の気が引いた。
もしかして僕やっちゃった?
酔っている女性に挟まれて気持ちよくて気を失って、おそらく介抱されてベッドに運ばれたのだとすると……意識のない僕の身体があの感触に反応してたりして、それを知られたりした可能性があるっ!?
「こ、これはやばい……今まで紳士たろうとがんばってきてたのに、色々台無しになったかも……ホノカちゃんとかに知られたらそれこそ殺されてもおかしくない……」
そういえば最後の方の記憶でホノカちゃんの怒ってる声が聞こえていたような、いなかったような……。
「仕方ない……怖いけど、とりあえず皆に話を聞いて……」
そう思ってふと時計を見ると時刻は10時を回っていた。
朝食の準備すら出来てなかった事に気付いて慌ててリビングに駆け下りる。
「ご、ごめん! 寝坊しちゃってすぐ……に……?」
謝りながらリビングに到達した僕。しかしリビングには誰1人居なかった。
いつもならソファーで寝続けているルルイエさんすらも居ない。
ふとリビングの壁にかけられた連絡ボードを見ると、
・マヤ、コテツ、ノワール、ルルイエ →1日ソロ狩り
と書かれていた。
どうやらもう皆狩りに出かけてしまったらしい。
珍しいなぁ……マヤなんかはよくソロ狩りしてるけど、皆揃ってソロ狩りに出かけるなんて。
顔を合わせなくてすんでちょっと安心したけど、事務報告だけのメッセージでは僕が昨晩どうなったのか知りようもない。
聞きたいような、聞きたくないような……。
とりあえず誰が戻ってきたりログインしても大丈夫なように、サンドイッチを作り置きし、その旨メッセージを残してから、その中の数個を手に取り、僕はホームを後にした。
「はぁ……どうしようかなぁ……何もしてないと良いんだけど……」
卵サンドを囓りながら小さくため息をついた。
無意識の自分の行動なんて責任取れるものじゃないけど、そもそも男として女性に抱きつかれて気を失う、って時点でかなり情けない。
そんな情けない姿を晒して、皆に変に思われたてたら辛すぎる……。
特に男嫌いなホノカちゃんとは少しは仲良くなれたと思っているだけに、又好感度が下がってたらと思うとため息しか出てこない。
「やっぱり夜にちゃんと謝る事からかなっ! うん、それが良い!」
悩んでても答えは出ないしとりあえず謝ろう! 何かしてたとしても、誰かがちゃんとベッドまで運んでくれたんだし、きっと許してくれるはずっ!
許して貰えない時は……うぅ、か、考えないようにしよう……。
「あ! ユウさんっ! こんにちわーっ!」
どう謝るのが正解かと考えていると不意に聞き覚えのある声に呼び止められて足を止めた。
振り返ると、そこには2人の女性が立っていた。
「タニアちゃん、ソニアさん、こんにちわ。奇遇ですね」
「ユウちゃん、こんにちわ。今日は私がお休みだったから、2人でお買い物に来てたの」
そういえばソニアさんはいつもよりラフな格好をしている。
普段仕事着の大人のお姉さんのラフな服装ってちょっとお得感があって良いよね。
そんな眼福を堪能していると、ふと自分も見られている事に気付く。
そちらに目を向けると何故かタニアちゃんが僕を凝視している。
僕……というより、僕の手元?
ふと自分の手元を確認すると、持ってきたサンドイッチが残っていた。
改めてタニアちゃんを見ると今にも涎が零れそうになっている。
「えっと……食べかけだけど……タニアちゃん、食べる?」
「食べるっ!!」
満面の笑みで手を挙げ、尻尾を物凄い勢いで振るタニアちゃん。
その仕草があまりに可愛くて、自分の食べかけを含めて全部タニアちゃんに渡してしまった。
受け取ったタニアちゃんはサンドイッチを口に含み、蕩けるような表情を浮かべて耳をへたりとさせる。
「ふぁぁ……おいひぃれす~」
表情だけでなく、声まで蕩けていた。
そんなに喜んで貰えたらこっちとしても嬉しい。……ただパンに具材を挟んだだけだとしても。
「ユウちゃん、ごめんなさい。タニアったらさっき朝食食べたばかりなのに」
「いえ、喜んで貰えたら僕も嬉しいです……良かったらソニアさんも一口どうぞ」
「え、いいの? じゃあ、お言葉に甘えて……」
ソニアさんが手を伸ばそうとして、タニアちゃんが一瞬物凄くガッカリした顔を浮かべつつも、サンドイッチを一切れソニアさんに渡す。
タニアちゃん、本当にお腹が空いてるみたいだ。……さっき朝食を食べたばかりだってソニアさん言ってたけど、獣人って燃費が悪いのかな?
「やっぱりユウちゃんの料理は最高ね」
「ありがとうございます」
サンドイッチを囓ったソニアさんからもお褒めの言葉を頂けた。
自分の作った物を褒められるのってやっぱり嬉しいなぁ。
「それで……ユウちゃんはやっぱり来週に向けての準備とかしてたのかな?」
「来週?」
来週の準備って何かあったっけ? あれ? 何か聞いたような……
「あら、知らなかったのかしら? 来週、流民の冒険者の皆さんは冒険者ギルドで転職が出来るようになるのよ」
思い出した!
確かサラサラさんが言ってた気がするっ!!
「確か……レベル20以上だと出来るんでしたっけ」
「そうそう、ユウちゃんも転職とか興味あるの?」
「勿論っ!!」
当然だっ! 僕の目標は『前衛タンク』っ! 今の侍祭も皆を助けたりできて悪くはないけど、それでもやはり最初の目標は譲れないっ!
百歩譲ったとしても、前衛兼支援が出来るサラサラさんみたいな僧兵系みたいな職業が良いっ!!
そもそも未だに知力と魔力以外の能力値が一向に伸びないのも、待機スキルが出てこないのも、きっと『侍祭』って職業のせいに違いないんだ。
せめてもう少し筋力とか体力とか速力とか身につけるには転職しかないはずっ!!
「そっかぁ……侍祭のユウちゃんも似合ってるから、それはちょっと残念かも」
そう言って苦笑するソニアさん。
確かにすっかり侍祭である事には僕自身慣れちゃったし、そう言われると……いやいや、だから初志貫徹だっ! 格好いい大人の男に僕はなるっ!
その為にもまずはレベルを20レベルまで上げなきゃだなっ、うん!
……もしかして今日、マヤ達が朝早くから狩りに出かけてたのってそのレベル上げだったんだろうか?
そう考えればいつもダラダラしてるルルイエさんまで居なかったのも納得出来る。
僕も時間を見つけてもっと狩りをしないといけないなぁ……今日これから少し行こうかな?
「あ、そだ。えっと……多分ユウちゃん、忙しいとは思うんだけど……時間って無い……かな?」
でもソロで何処で狩りをすれば僕はレベル上げ出来るんだろうか? と考えていると、何故か少し顔を赤らめてもじもじしながらソニアさんがそう尋ねてきた。
こ、これってもしかしてデートのお誘いとか、そういうアレだろうか?!
お、おちつけユウ、こういう時こそ平常心だ。
「じじじ、じきゃん、あ、あるれすけど、な、なんれしょう?」
どこに行った僕の平常心っ!?
でも仕方ないよね、大人のお姉さんにあんな風に尋ねられて平気な男子高校生が居る訳がないっ!
「その……実は来週の転職実施に併せて、3大ギルド主催で、露天通りを使ってイベント『転職祭』をする予定なんだけど、出来たらユウちゃんにも露店側で参加して貰えないかなぁ……って思って」
うん、そんな事だと思ってた。ソニアさんみたいな大人のお姉さんにデートに誘われるなんてそんな美味しい話がある訳ないよね……うん……。
正直すこしテンションが下がる。
「……露店側って、お店側って事でしょうか?」
「うん、流民の方の露店も色々準備してるようだけど、ギルド側としても目玉なお店を何か、って話になってて。ほら、ユウちゃんって料理上手だから、お願い出来ないかなぁって……」
「そんなお店で売る程の料理は作れないけど……」
「そんな事ないわっ!! さっきのサンドイッチも凄く美味しかったし! ユウちゃんがダメなら他の誰もダメよっ!!」
テンションが下がった僕に対して、ソニアさんは何故かやたらと熱く語り出す。
これまで僕が作った料理が如何に素晴らしかったかと語るソニアさんと、サンドイッチをゆっくり味わいながらも、ソニアさんの発言に首を縦に振り続けるタニアちゃん。
褒められるのは嬉しいんだけど、そんなに言われるとちょっと恥ずかしい。
「わ、わかりましたからっ。露店でちょっとした料理を出す位なら構わないんで、その辺で勘弁してっ!!」
「ホントっ!? ありがとうっ!!」
耐えられなくなった僕に満面の笑みでお礼を言うソニアさん。
美人のお姉さんの笑顔とお礼がみれたんだし、まぁ良い……のかな?
「あ、でも……あんまり期待しないでね? 本当に大した物作れないから……」
「大丈夫! ユウちゃんはいつも通りで良いのよっ!」
何の根拠もなく太鼓判を押すソニアさん。
普段の露店通りの料理とかどこも美味しいから、正直僕なんかの素人料理で良いんだろうかと思うけど……まぁお祭りの露店って枯れ木も山の賑わいだろうし、そういう事なのかな?
「当日も、勿論準備も、手伝う事があったら何でも手伝うから……お願い聞いてくれただけでも本当に助かるから、ユウちゃんは無理しないでね」
「私もっ! 私も手伝うっ!!」
ソニアさんの言葉に、サンドイッチを食べ終わったのかタニアちゃんも手を挙げてぴょんぴょん跳ねた。
「ありがとうございます。タニアちゃんもありがとう、期待してるね」
「うんっ! 任せてっ!」
口元にからしマヨネーズを付けたままのタニアちゃんは、満面の笑みで自分の胸を叩いた。
どうでもいい追記。
前回ラストは気絶しただけで死んでません。窒息死も腹上死もしてません。
よかった!




