第55話 新しい日常の午後。
昼食が終わったらクラン狩りに出る。
しかも今回はダンジョン探索なのだという。
これまでも結構な頻度でクラン狩りはしていたけどフィールドのモンスターばかりだったからダンジョン探索というと胸が高鳴るよね。
前回のダンジョン探索は30人近くの人に囲まれて歩いて行っただけだったから、どうしてもアレを『探索』に数える気になれないし。
つまりある意味今日が僕の初ダンジョンと言っても過言ではないのだっ!!
しかも場所は西門を抜けた先にある古寺院ダンジョン。モンスターはアンデッド系らしい。
アンデッドとはゾンビとかスケルトンとか、そういう類のモンスターだという。
死体が動き回ってると考えるとちょっと怖いけど、でも昼間だしきっと大丈夫な筈……。
それに何より僕の職業は侍祭。
対アンデッドで有効なスキルが多いんだから、ここで頑張らなきゃ役に立てない!
昼食のお皿を洗って食器を拭きながら僕は気持ちを新たにした。
冒険者ギルドでクエストを受注した後、西門を抜けてしばらく進むと巨大熊が居た森を抜けた先にその朽ちかけた寺院はあった。
西の森自体はそんなに木々が多い訳ではない。なのに森の奥の方だからだろうか? まだ昼間なのに寺院の周り全てが薄暗く、嫌な雰囲気を醸し出している。
半開きの扉の奥も真っ暗で見通せないのに、何かが居そうな気がしてならない。
正直怖い。
「ゆゆゆゆ、ユウ、あんた、ふふ、震えてるんじゃないのっ?!」
僕のローブの裾を小さく摘んでホノカちゃんが突然声をあげた声を上げた。
「ここ、こりぇは武者震いだよっ!? ぼぼぼ、僕がダンジョン探索くらいで、びびっびびる訳ないじゃないかっ! ほ、ホノカちゃんこそ、こ、こわいのかな……?」
怖がっている事を知られちゃいけないと虚勢を張る。
「っはー!? はーっ!? わわわわわ、私がゲーム如きで、こわっ、こわっ、こわい訳ないじゃないっ! そ、それにここの探索は私は2回目なにょよ!?」
「で、でもっ、僕のローブ掴んれるじゃにゃいかっ」
「ここここ、これは、あ、あれよっ! あ、あんたが怖がってるんにゃないかと思って、掴んで上げれるんにゃないっ!!」
「ほらほら2人とも~、あんまり大声あげてると~、ダンジョンからゾンビが這い出てきちゃうわよ~?」
「「ひっ!!」」
サラサラさんの言葉に僕とホノカちゃんは同時に口を押さえた。
2人で寺院の入り口を注視して、何かが出てくる気配がないのを確認してからほっと息を吐いた。
サラサラさんとルルイエさんがにこにこ笑っている。
コテツさんは苦笑していた。
それから隊列を組んで突入するも、結局古寺院ダンジョンは屋内部分に殆どモンスターは居なかった。
そんな中、朽ちた扉を開いて先行するルルイエさんは、2回目だからか迷い無く最奥まで進み崩れた岩とかをどかして何かを操作する。
と、鈍い音がして棚が動き、その先には暗い地下への階段が続いていた。
「さぁ~こっからが本番やね~」
ルルイエさんの言葉に応えて僕は杖を強く握り直した。
それは100年も前の事――
この森には木こりを中心とした村落があったらしい。
森の中にある村落は、数十人程度しか村人の居ない小さなものではあったが。皆顔なじみで平和に暮らしていたそうだ。
しかしそんな時、事件が起こった。
村人の娘が1人原因不明の高熱で倒れたのだ。
小さな村だから当然かも知れないが村には医者は居なかった。
居るのは村唯一の寺院に住む神官が1人。
しかし彼にはその病を癒す事は出来なかった。
そうしてる間にも娘の病は悪化した。
それだけではなく、病は他の村人にまで感染していった。
それを知った神官はすぐに王都に救援の手紙を出す。
が、時期が悪かった。
ちょうどその頃、東の森でオークとゴブリンの混成軍が大挙して攻め入って来ていたのだ。
森はおろか、城門の手前にまで押し入ってきていたモンスター軍。
当時、冒険者も流民もそれ程数が居た訳でもなく、国としては全軍を挙げてモンスター討伐をする必要があった。勿論それに聖職者や医者も同行して貰わざる得なかった。
そしてそんな状況の中で流行病を王都に持ち込む訳にもいかなかった。
結果、小さな村は切り捨てられた。
神官は絶望し、嘆き、1人、また1人と倒れていく村人達を埋葬していった。
誰1人救えない自分に感謝する村人。
看取ってくれてありがとう、家族を弔ってくれてありがとう、どうか神官様に病が移る前に神官様も此処を離れて下さい。
その言葉の一つ一つが神官を苦しめた。
そして最後の村人が亡くなり、神官が無力な自分に絶望した時、彼の信仰は裏返った。
邪神官がその時生まれた。
時は過ぎ、村は森に呑み込まれ、村の存在自体皆が忘れた頃、王都にある噂が流れる。
「西の森の奥深くに朽ちた古寺院がある。その地下に怨念に狂った死者が徘徊している」
……と。
それがあの邪神官なのか、心優しい村人達だったのかは、誰も知らない……。
古寺院の地下ダンジョンを歩きながら、僕が作った聖光に照らされてサラサラさんが教えてくれた。
そういう話を聞くと、怖がっていたのが何だか申し訳なくなってくる。
隣を見るとホノカちゃんも眉をハの字にしていた。僕のローブを握る手もこころなしさっきより力が入ってる気がする。
「という事はその死者の亡霊? をなんとかして鎮めてあげれば良いのかな?」
「ううーん……そう~なのかなぁ~?」
首を傾げながら前を見るサラサラさん。
釣られて僕も前に視線を向けた。
「はっはっはー! ユウにゃ指一本触れさせねぇぜっ!」
「ゾンビの指じゃユウの綺麗な身体が汚れちゃうしね」
「近づく前、射殺す」
「経験値~、経験値~、おっ宝~、ざっくざくやね~」
群がるゾンビやグールといったアンデッド系モンスター。
それを前にして暴風のように斧を振り回すコテツさんと、大砲のように突進していくマヤ。後ろから雨のような矢を降らせるノワールさん。
その隙間をうろちょろしてモンスターを集めたり、攻撃を加えたり、アイテムを拾ったりしてるルルイエさん。
その言葉通り、僕達の所までモンスターは一体たりともやってこない。
正直ゾンビもグールも見た目はグロテスクで、僕だけで出会ったら即逃げ出すようなビジュアルなんだけど……。
なんというかお化け屋敷で無茶苦茶してる一般客に困ってるお化け役の人。といった感じにどんどん光となって消えていく。
さっきサラサラさんから聞いた話も相まって、なんだか申し訳ないような気になってくる。
せめてあの光になって消えた事で成仏出来てれば良いなぁ……。
そう思ってしんみりしてると、何故かサラサラさんに抱きしめられてしまった。
僕の顔を覆うふんわりと柔らかいものに訳がわからず見上げると、にっこり微笑むサラサラさん。
「コテツちゃん達のやりかたはちょっと乱暴だけど、きっと皆成仏してるわよ~。それに、私の話もギルドの情報や文献で調べただけで、本当かどうかもわからないんだから、あまり気にしなくて良いのよ~?」
「あ、ありがとうございます」
どうやら顔に出ていたらしい。ちょっと恥ずかしい。
そして今の体勢もかなり恥ずかしい。柔らかくて気持ちいいからこのままで居たい気持ちと、それはダメだと思う気持ちが心の中で戦争を起こす。
「ちょっ、ユウ!? 何いつまでも鼻の下伸ばしてるのよっ! これだから男はっ!!」
誘惑に敗北しかけた時、ホノカちゃんの声で我に返り、引っ張られて天国の状態から脱出出来た。
危なかった……本当に危なかった。
「ごめん、ホノカちゃん、ありがとう」
「わ、わかればいいのよっ!」
顔を真っ赤にしてそっぽ向くホノカちゃん。
サラサラさんはさっきまでとは違ってニヤニヤと笑っていた。
もしかしてサラサラさんわかっててやったんだろうか?
……今後誘惑には気をつけよう、うん。
そうして問題なくダンジョン探索は進み、一番奥の部屋に到達した。
そこは今までより広い空間で天井も高かった。奥に石棺のような物が置かれ、その奥の岩壁には邪神だろうか? 明らかに異形っぽい石像が彫られている。
僕達が部屋に入った瞬間、石の棺が鈍く光り、震えたかと思うと、その中から黒いガスのような物が吹き出し、それが少しづつ人の形を取り始めた。
「ひっ……」
悲鳴が出そうになって慌てて口を押さえる。
宙に浮くそれはローブを纏った人のようであり、その顔は剥き出しの髑髏だった。その目には青白い光が灯り、こちらを睨み付けている。
・Lv28邪霊神官とエンカウントしました。
完全に姿を現した瞬間、視界の隅でメッセージが流れた。
「さぁ、ボス戦だっ!! ユウ! 支援アーツをっ!!」
邪霊神官が向かってきたのを確認して、斧を振り上げ突撃するコテツさんが叫ぶ。
「は、はいっ!!」
慌てて僕は全員に祝福と加速と防護印をかける。
僕のアーツがかかったのを確認して、マヤ、ルルイエさんも飛び出し、サラサラさんとノワールさんも横に広がった。
「うらぁぁぁぁぁっっ!! 必殺っ!! 大戦嵐ぉぉぉ!!!」
コテツさんの大斧が邪霊神官のローブを切り裂き、攻撃を受けた邪霊神官は少し後ずさる。
亡霊のようにも見えたボスモンスター。しかし物理攻撃はちゃんと効くようだ。
これまでと同じようにコテツさんとマヤが前衛を担当し、サラサラさんとのルルイエさんとノワールさんが中衛を、後衛に僕とホノカちゃんが立つ感じになる。
しかしさすがボスモンスターなのかこれまでと同じではなく、邪霊神官がその骨だらけの手を振るうとマヤやコテツさんにかけた防護印が音を立てて砕ける。
その度に慌てて上書きをしていくけど、その頻度の高さに正直APが心許なくなる。
邪霊神官にもダメージは与えているのだと思うけど、見た目でどれくらいダメージを受けてるのかがわかりにくくて焦燥感を感じてしまう。
そう思っていたら、不意に隣に居たホノカちゃんが一瞬輝いた。
「みんなっ! お待たせっ!!」
そう叫んだホノカちゃんの足下に輝く魔法陣が出現し、その頭上に集まった光が巨大な火の玉を形成する。
慌てて下がるコテツさんとマヤ。
「喰らえっ! 必殺っ! 大爆火球っ!!」
コテツさん達が下がった瞬間、ホノカちゃんの叫びと共に火の玉が邪霊神官に向かって一直線に飛び、大爆発を起こした。
その衝撃と熱風が空間全体を襲い、土埃が舞う。
「どう、ユウ? 私の魔法の威力は?」
胸を張るホノカちゃん。
「うん、すごかった……というかホノカちゃんって魔法使いだったんだね」
素直に賞賛する僕。実際あの火の玉は格好良かった。
「ま、まぁ、天才魔法師のホノカ様の魔法アーツを使えばざっとこんなもんよっ!」
何故か頬を赤らめて横を向くホノカちゃん。
褒められなれてないんだろうか?
ちょっと可愛い。
「まだだっ! 油断するなっ!!」
と不意に響くコテツさんの鋭い声。慌てて前を向く、と土埃の中から何か……いや邪霊神官だろう、が飛び出して来た。
その姿は大爆火球で全身ボロボロだが、まだ髑髏の奥の光は消えていなかった。
そしてその光が此方を向いた。その視線が向ける先は僕ではなくその横の方……?
「グァアアアアアッッ!!」
地面から響くような叫び声を上げてそのままコテツさん達を飛び越え、一飛びで僕達の方に襲いかかる邪霊神官。
その爪がホノカちゃんを襲う。
ホノカちゃんは邪霊神官に全く反応出来ず、呆けたようにその動きを見ているだけだった。
パリン
お馴染みの防護印が割れる音。
無理矢理ホノカちゃんと邪霊神官の間に自分の身体を割り込ませて、攻撃からホノカちゃんを守る。
が、邪霊神官はすぐに又爪を振り上げ、襲いかかろうとした。
「きゃあっ!!」
さっきまで動けなかったホノカちゃんはそれを見て小さな悲鳴をあげる。
防護印をかけないと攻撃を受ける。避ければホノカちゃんに当たってしまう。
でも僕は反射的に違う魔法アーツを唱えていた。
「聖光ぉ!!」
AP消費を気にしない、全力の聖光。
部屋全体を眩しく照らす光が邪霊神官を包み込んだ。
光の中で誰かの「ありがとう」の声が聞こえた気がした。
そして光が消えた時、邪霊神官の姿も綺麗に消えてなくなっていた。
・パーティ『銀の翼』は邪霊神官を討伐完了。
・『ユウ』レアアイテム『無病息災の指輪』を獲得。レアアイテム『闇のナイフ』を獲得。
・パーティ『銀の翼』はイベント『忘れられた人々』をクリア。経験値8000点獲得。
・『ユウ』はレベルアップした。Lv14になった。
お馴染みとなったメッセージが流れていく。
でも僕はそれを確認する余裕もなく、その場にへたり込んだ。
ホノカちゃんも守れたし、何より……幻聴かも知れないけど、あのモンスターさんも救われたんなら良かった……。
本当にそう思った。
が、その後「無茶をするな」とマヤとホノカちゃんに怒られた。
あれぇ……?
 




