第54話 新しい日常の午前。
僕が『銀の翼』にやってきて一週間が経った。
最初は女性ばかりのホームに1人同居させて貰う事に内心ドギマギもしたけど、やっと落ち着いて来たと思う。
朝、誰よりも早く起きて1階へ向かう。……別に早起きしてるという訳じゃなく、皆は起きて朝食を食べてからログインしているのに対し、僕はゲーム内で目が覚めているから、その違いなんだと思う。
リビングを通り抜けようとすると、今日もソファーでルルイエさんが横になっていた。
最初に見た時は驚いたもんだ。毎日毎日なんで自分の部屋じゃなくて此処で寝てるんだろう? 寝落ちって訳じゃないと思うんだけど……。
ログアウトしているのだから起きる訳はないのだけど、何となく起こさないようにそーっと横を通り抜けてキッチンに向かった。
昨日の夜の間に低温で寝かせておいたパン種を確認して、熱したオーブンに入れる。
同時にお湯を沸かしながら、コーヒー豆を手動ミルで挽き、挽いた豆をセットする。
あとは……卵とベーコンを取り出して目玉焼きを作りレタスを敷いたお皿に載せていくと、パンの焼ける香ばしい匂いとコーヒーの香りが食欲を刺激してくれる。
あとはヨーグルトとフルーツを出せば十分かな。
その位の時間になると、マヤとコテツさん、ノワールさんがログインしてリビングに降りてきて、ルルイエさんも動き出す。
「おはよう、みんな。今日は卵いくつ?」
「おはよう、ユウ。私は2個で良いわ」
「おはよっ、あたしもそれでいいや。ベーコンは2枚で」
「おはよー。2個2枚」
「おはよーさん。うちは2個1枚でええよ~」
四種四様の返事を受け、とりあえず5人分の朝食をリビングに運んで朝食になる。
「リアルやとさっき朝食食べたばっかなんやけど、ログインしてユウっちの作る料理の匂いが漂ってきたら、我慢なんて出来へんねっ!」
焼きたてのパンに齧り付きながらルルイエさんが舌鼓を打った。
「我慢する気もねーだろ」
「当然やんっ!? ゲーム内なら太る心配もないんやし」
コテツさんのツッコミにパンを囓りながら胸を張るルルイエさん。口にパンを咥えながらも、更にもう一個のパンに手を伸ばしている。
「ユウ、今日も美味しい」
「ありがとう、ノワールさん」
こちらは器用にパンの上に目玉焼きを載せて齧り付いてるノワールさん。
昔見たアニメの真似だそうだが、よく落とさないものだと思う。
「それで、今日はどうするのかしら?」
コーヒーにミルクと砂糖を入れながらマヤが皆に尋ねた。
「ん~……多分サラサラは午後にはログインするんじゃねーかと思う」
「ホノっちも昼過ぎにはログイン出来るて昨日言うてたよ」
マヤの問いに今居ないメンバーについてのスケジュールが確認される。
これもいつもの事で、大体サラサラさんとホノカちゃんは昼過ぎにログインするのが定番のようだった。
「じゃあ昼過ぎに全員集合したらクラン狩りに出かける事にして、午前中は自由時間って事で良いかしら?」
「「「了解」」」
1人分の声が足りないと、ふとノワールさんを見ると山盛りにしたヨーグルトとフルーツを口いっぱいに頬張っまま、首を縦に振っていた。
僕が朝食の食器を洗い終わる頃には、またホーム内は静かになる。
コテツさんは露店に出かけ、マヤとノワールさんはソロ狩りに行ったらしい。ルルイエさんは又ソファーで寝息を立てている。
ルルイエさん、朝食を食べる為だけにログインしたんだろうか?
ルルイエさんの生活スタイルに少し首を傾げていたが、時間が勿体ないと思い直した。
とりあえず空いた時間に僕も自分に出来る事をしなければならない。
まずは掃除だ。
部屋の汚れは心の汚れ、掃除をすれば心も前向きになれるとお母さんがよく言っていた。
その割に片付けるのは僕の仕事だった気がしないでもないけど。
ホーム内の自分の立ち入り可能な部屋を中心にモップと雑巾をかけていく。
と言っても、ゲーム内のオブジェクトはそう簡単に汚れる訳ではないし気分的な要素の方が大きい気もするけど、それでも拭き上げると気分も良くなる。
リビング、玄関、キッチン、階段、廊下、トイレ、浴室と磨き上げる頃には昼前になっていた。
つい掃除に集中してしまっていたようだ。
目の前の汚れをキュッキュと拭いていると無心になっていくのはなんでだろう?
慌てて掃除用具を仕舞って、ルルイエさんに留守番をお願いして買い出しに出かける。
「おっけ~。任せてちょーだい~」
と返事があった。
……ログアウトせずにソファーで横になっていただけだったんだろうか?
ルルイエさんのプレイスタイルがよくわからない。
まず王国民が多い商店通りに向かう。
宿屋の女将さんに教えて貰ったお肉屋さんや八百屋さんがあるのだ。プレイヤーの露店から購入しても良いんだけど、やはり専門店の方が品揃えが良い。
その分少しお値段も高かったりするけど、クランの経費として精算して貰えるし、サラサラさんから
「より美味しい方で!」
と注文を受けているから、最近はこっちに通っている。
「おう! ユウちゃんじゃないか、いらっしゃいっ! 今日は何が入り用だい?」
顔なじみになったお肉屋さんの店主さんが声をかけてくれた。
「こんにちわ。えっと……今日は何が良いですか?」
「そうさなぁ……ホロホロ鶏の良い所が入ってるぞ?」
店主はそう言って、僕の目と前に鶏のような一羽まるまるのお肉を取り出す。
確かに色艶がとてもいい。
「じゃあそれを……10羽分ください。あと卵を20個」
「あいよっ! 合計で5千200Eだ。」
「はい、カードでお願いします」
「まいどありっ! こいつはおまけだっ」
そう言って腸詰めソーセージを一山渡されてしまった。
「あ、ありがとうございます」
「いいって事よ! 成長期ってなぁ大事だからなっ!」
慌てて頭を下げた僕に店主さんは笑顔で応えてくれた。
高校生の僕にとって、まだ成長期なのかは正直疑わしい所だけど……。いや、自分が信じないでどうする、せめてあと5cmは身長が欲しい。未だに中学生に間違われるのは悔しい。
いつか彼女が出来た時に自分より彼女の方が背が高いのはちょっと哀しい。
結局その後八百屋さんでも買った以上のオマケを貰ってしまった。
アイテムウィンドウが無かったら荷車が必要だったかもしれない。
ゲーム世界で本当に良かった。
本当は露店街にも顔を出したかったのだけど、時間が押していたからそのまま帰る事にした。
もし洗濯もしなきゃいけなかったら完全にタイムオーバーだった。
洗濯の必要ないゲーム世界で本当に良かった。
時間がない時の昼食といえば手軽で簡単な物と相場が決まっているので、残してあった冷やご飯を使う事にした。
朝食の残りのベーコンを刻んで焼き、出た脂にニンニクを入れて馴染ませる。
そこに卵を投入、続いて冷やご飯と刻み玉葱を入れて炒め、塩胡椒で味を調える。
おまけにスライス玉葱を入れた卵スープを作って炒飯定食完成。
あとはレタスとトマトのサラダで十分かな?
完成した頃にマヤ、コテツさん、ノワールさんが帰ってきて、ルルイエさんも動きだし、サラサラさん、ホノカちゃんもログインして降りてくる。
7人分の昼食をリビングに運んで昼食となった。
「リアルやとさっき昼食食べたばっかなんやけど、ゲーム内でユウっちの作る料理の匂いが漂ってきたら、我慢なんて出来へんねっ!」
レンゲで炒飯をかき込みながらルルイエさんが舌鼓を打った。
「つーか、お前ゲーム内で何も動いてないんじゃねーのか?」
「当然やん!? ゲーム内太る心配ないんやから、だらけててオッケー!!」
コテツさんのツッコミにレンゲをくるくる回して胸を張るルルイエさん。何故か両手にレンゲを持っている。
「でもホントにユウ君の料理は美味しいわよね~」
「ありがとうございます、サラサラさん」
そう言って炒飯を食べながらコーヒーを飲んでいるサラサラさん。
炒飯にコーヒーはどうかとは思ったのだけど、
「目覚めの一杯はコーヒーじゃなきゃダメなのよ~」
との事だった。
本当にさっき起きた所という事なんだろうか?
「それで、午前中に皆で相談して、午後はクラン狩りに行こうと思うんですが、サラサラさんとホノカちゃんはどうでしょうか?」
マヤが午前中に話し合った内容を不在だった2人に告げる。
「構わないわよ~」
「私も大丈夫ですっ!……それよりユウっ! デザートはないのっ!?」
ほっぺにご飯粒をつけてデザートを要求するホノカちゃん。
そんなに急いで食べなくても良いのに……。あ、でも今日は時間無くてお昼のデザートまでは準備出来なかった。どうしよう……。
「あ、えっと……、じゃあ朝のヨーグルトとフルーツが残ってるからそれを持ってくるね」
「大盛りでねっ!!」
マイスプーンを取り出して待ちかまえるホノカちゃん。
苦笑しつつキッチンに向かおうとすると、僕のローブを誰かが引っ張った。
「?」
つんのめりながら振り返ると、掴んでいるのはノワールさんだった。
「私もデザート」
ノワールさんは朝食べたんじゃ……と思ったけど、目に涙を溜めて訴える表情に負けて2人分のヨーグルトを取りに行く事になった。
結局全員がヨーグルトを食べて綺麗さっぱり無くなってしまった。
明日の朝の分までと思っていたのに、明日どうしよう……。




