第53話 コテツ語り。
ユウから眠るホノカを受け取ったあたしは、そのままホノカが起きないように優しくベッドに運び、シーツを掛けてやる。
普段使っている斧に比べれば軽いもんだが、それでも人を運ぶという慣れない作業に気を遣う。
と言っても、状態異常の『睡眠』状態でもなければただ寝落ちしただけであり、脳波が睡眠状態になった時点でVRマシンとの接続は切れているのだから乱暴に扱った所で起きる事はないのだが。
それはまぁいくらアバターだからといって少女の身体を無茶に扱うのは気が引ける。
眠っているホノカの頭を撫でるも殆ど反応はない。やはり眠っているのだろう。リアルで風邪でも引かなければいいのだが。
「しかし、ホノカにゃ悪い事をしたかもなぁ……」
誰に言うでもなく1人呟く。
ユウが男の子だと知らなかったのだから仕方ないとはいえ、男嫌いのホノカに対してクランに男を連れてきてしまったのだ。
そしてそれを押し切る形で認めさせてしまった。
勿論ユウの事を知ればホノカだってユウを認めるだろうとは思ってる。
ユウは良い奴だし、ホノカだってちゃんとわかる子だ。
既に今日あたしが話したユウの経歴と、今日の歓迎会の料理でホノカがユウにばっちり胃袋とハートを掴まれてた事も、酔った後の言動を見れば明らかだ。
多分明日聞いても本人は否定するだろうけど。
それだけに結果として大した事にはならなかったとはいえ、出会い方は残念だったとしか言えない。
「はぁー…………つっても、あたしは頭で考えるタイプじゃないからなぁ……」
考えててても仕方ないから行動に移す。
いつもの通り切り替えてあたしは立ち上がり部屋を出る。あいつがまだ起きていれば良いのだけど……。
扉を3回ノックしてから返事を待たずにドアノブを回すと抵抗なく扉は開いた。
ユウが居るという事で昼間、ホノカの要望で一応全ての部屋に鍵が追加されたが、やはり鍵をかける気はないようだ。
中は薄暗く、昼間と変わらず様々なアイテムが放置されている。
それ等はあたしと一緒に狩った物やクランで狩りに行った物が多く、売れば結構な値段になるレアアイテムも多い。それ以上にガラクタも多いが。
「サラサラ、起きてるんだろ」
「ん~?……あら、コテツちゃん、おはよ~」
奥のテーブルからサラサラが手を挙げて応えた。
アイテムの隙間を縫って、サラサラの側まで近づく。
「昼間も言ったがいい加減アイテムを整理しろよ」
「ふふ、だめよ? 私の大事な思い出なんだから。……コテツちゃんもそんな事言いに来た訳じゃないでしょ~?」
悪戯っぽく微笑むサラサラ。やはりバレていたようだ。お互い付き合いも長いし仕方ない。
「昼間の事だ。あれはなんだったんだ?」
「昼間って~?」
何の事かしら? と首を傾げるサラサラ。
「お前はユウをクランに入れない為に、わざわざ男嫌いのホノカがログインするタイミングでユウに風呂を勧めたんだろ? 普通に考えりゃあのタイミングで風呂を勧めるのはおかしい」
「私はホノカちゃんのログインの時間も行動も予測なんか出来なかったと思うけど~?」
笑顔を崩さずに答えるサラサラ。しらを切る、というよりあたしとの会話を楽しんでいるようにみえる。
「あたしは昼間は狩りか露店に居るから知らなかったがルルイエが教えてくれたよ。ホノカのログイン時間はいつもおおよそ同じ時間帯で、ログインしたら最初に風呂に入りに行ってるって。
プレイヤーとしては珍しいがホノカはちょっと潔癖っぽい所があるからな」
もう言い逃れは出来ないぞ、という意味を込めてサラサラを睨む。
そんなあたしの態度を見て、サラサラは小さくため息をついた。
「んもう、コテツちゃんには敵いませんよ~」
小さな白い旗を振って降参するサラサラ。……あんな旗何処に持ってたんだ?
「どういうつもりだったんだ? ユウが男の子だって事も知ってたんだろ?」
「それは前もってルルイエちゃんに聞いたわ~。『鑑定』で見たって」
そういえばルルイエが前にそんな事は言ってたな。
あたしはユウと既知だったからわざわざその情報を聞いたりしなかったが、クランリーダーとして情報を聞いたのなら、前もって男だって知っててもおかしくないのか。
「風呂場でのトラブルの後、そのまま会話も出来ないままユウが追い出されるような事は考えなかったのか?」
「ユウ君は良い子なのは一目見ればわかるし、嫌いになる子なんて居ないわよ。ホノカちゃんも頭の良い子だから、落ち着けば話を聞いてくれるしね」
実際そうなった。落とし所もサラサラの狙い通りなのだろう。
「まぁ最悪ユウが追い出されたとしても、あたしが『銀の翼』を抜けてユウについてやれば良いかと思ったから、それ自体は別に良いんだけどさ」
「女の友情って儚いっ!?」
サラサラがショックを受けたようにさっきまで持っていた白い旗で目頭を押さえて泣き真似をしている。
「なんでそんなまどろっこしい事したんだ? あんたがクランリーダーなんだ。クランに入れるも追い出すも好きに出来たろ」
それがわからなかった。
客分扱いにする。その内容はクランに入るのと殆ど変わらない。むしろユウにとってはメリットの方が大きすぎる扱い。わざわざそんな扱いにする理由がない。
「……コテツちゃんはユウ君の話、信じたの?」
あたしの言葉を受けて泣き真似をしていたサラサラが一転真面目な口調でそう尋ねてきた。
「ユウが嘘をついてるって?」
「あらあら、そんな怖い顔しないで~? 私もそんな事は言ってないわよ~? ユウ君、嘘がつけないタイプっぽいし。ただ、ユウ君自身も勘違いや騙されてる可能性はあるんじゃないかな~? って事」
そう言われれば確かに。ユウは少し、いやかなり騙されやすいタイプな気がする。
毒色のリンゴを怪しいばあさんに手渡されて疑う事なく食べてしまいそうな危うさがある。
「現実での行方不明、ログアウト不能に痛覚過多、さらに現実死のリスク……そしてそれ等は全てユウ君と、あとマヤちゃんの証言のみで他の証拠は何もないのよね~」
指折り数えて説明するサラサラ。勿論サラサラもユウやマヤが嘘をついてるとは思って無さそうだが。
「確かに話だけ聞きゃ荒唐無稽だな。さっさと運営が動いてしかるべきだ」
「そう、それなのよ~」
そう言ってサラサラはアイテムウィンドウから鹿撃帽とパイプを取り出していた。
昼間も思ったが、コレが今の彼女の趣味なんだろうか?
「荒唐無稽な事はさておき、『本当にその通りである』のなら、誰がそれを行ったのか?一番可能性が高いのは……」
「運営内部の誰か……か」
「あーん、それ私の台詞~」
パイプを振り回しながら抗議するサラサラは無視する。
「確かにンな事出来て、情報が外部に流出しないようにするなんて事ぁ内部犯じゃなきゃ出来ない事か」
「……そういう事~。だからユウ君を守るのに一番警戒する必要と可能性があるのはモンスターやプレイヤーよりも、『運営』そのものの可能性があるわ」
サラサラの言う事はわかる。わかるが……
「それと、ユウをクランに入れない事に何の関係があるんだ?」
そこがわからなかった。
「仮定の話よ~? もしユウ君が運営内部の何者かによってこのゲームにログインさせられているのだとしたら。ユウ君の行動やログは監視されてる可能性があるわ。そしてクランに入れば当然そのクランチャットやそのログも監視対象になりかねない」
「運営に情報を漏らさない為、かぁ」
「そういう事。そもそも運営全体が『敵』だとしたら何をしてもお手上げだけどね。でももし内部の少数であるなら、『セカンドアース』の全てを監視するのは不可能だと思うの。なら出来る事はしておこうと思ってね」
楽しそうにパイプをふかすサラサラ。勿論火はもとよりタバコも入ってない。
「しっかし……運営が敵とか話がでけーなぁ」
今日ユウから聞いた話があまりに荒唐無稽で信じない訳じゃなかったが、現実感のない話でもあった。それをこうして改めて考えさせられると正直頭が痛くなってくる。
ユウはずっとこの状態だったのか?
「あら~? 怖いならクランから脱退しても良いわよ~?」
「うるせぇ! ユウは守ってやるって決めたんだ。相手が運営だろうが国王だろうがドラゴンだろうがぶった斬ってやんよっ!!」
反射的に啖呵を切っていた。
しかし言葉にしてみて少し頭がすっきりしていた。うん、そうだ。あたしはあたしが出来る事をすりゃいっか。
運営どうこうなんてあたしが何か出来る事がそんなあるとも思えない。ユウの前に『敵』が現れたら壁になってやればいい。
幸いあたしにゃ代わりに考えてくれるクランリーダーも居る事だし。
「あらあら、惚れた男のためなら~、ってやつね~。私もそれくらい想われたいわ~」
楽しそうに笑うサラサラ。
それを見てあたしもニヤリと笑っって答えた。
「ユウの次、位ならな」
「あぁん、コテツちゃんもやっぱり、友情よりオトコって事なのね~!」
泣き真似を再開したサラサラの頭をあたしは軽く小突いた。




