第50話 議決。
「つまりこの変態はマヤさんのリアルでの知り合いだったと」
「そうよ」
「それで、リアルで原因不明の行方不明になって、ゲーム内でログアウト不能になってると」
「そうみてぇだな」
「更に必要以上に『痛み』を感じる状態でゲーム内で死の危険もあると」
「って話やねぇ」
「で、私がログインするまでの間にお風呂を借りて……」
「サラサラが勧めた」
「全員揃ったら、この変態を『銀の翼』に加入していいか決を採る予定だった、と」
「そうなのよ~。どうかしら~ホノカちゃん」
場所が戻って『銀の翼』ホームの1Fリビング。そこに全員が揃っていた。
勿論ちゃんと服を着た赤髪のツインテール美少女、ホノカちゃんを中心に、マヤ、コテツさん、ルルイエさん、ノワールさん、サラサラさんが座る。
そして僕はいつもの純白のローブを身につけて、床に正座させられていた。
言い出したのはホノカちゃん。周りの皆は宥めてくれようとしたのだけど怒り心頭でまともな会話が出来ず、結局僕が床に正座する事で話を進める事が出来た。
そして皆の話を聞いて1人俯くホノカちゃん。肩が震えているようだ。
誤解だってわかってくれた……のかな?
「ふ、ふ……ふざけるなぁぁぁぁ! そんなの決を採るまでもなく不許可に決まってるでしょっ! こいつは男! 男なのよ!?」
「ってそこだけどよ……ユウって男だったのか?」
不思議そうに僕を見るコテツさん。
「えっと……」
「男は黙れっ!!」
親の敵のような目で睨んでくるホノカちゃんに何も喋らせて貰えない。
そりゃ裸を見たのは悪かったけど……でもちゃんと言われた通り『入浴中』の札は出しておいたし、入ってきたのはホノカちゃんの方だし、そもそもタオルで隠れてて何も見えてないのに……。
「コテツには最初に男だって説明したでしょ」
「そう……だっけ? ……まぁいっか」
頭を掻くコテツさん。いや性別は僕にとって『まぁいい』事ではないんだけど……でもここで口を開くとまたホノカちゃんが怒りそうだ。
「まぁユウっちが男でも女でもどっちでもええやん?」
「良くないわよっ! 男で、しかも女装なんかしてる変態よっ!? そんなのがクランに紛れ込んだら風紀が乱れるわっ!!」
「じょ、女装なんてしてないよ!?」
「男は黙っててっ!!」
また殺されるような視線を向けられるが、でもここは黙っていられない。
女装趣味だなんて不名誉なレッテルを貼られる訳にはいかないのだ。……たしかに少しヒラヒラが多くて可愛い系の衣装だとは思うけど。
「大丈夫。ユウ、似合ってる」
と、そんな僕を見てノワールさんがフォローをしてくれる。……んだけど、これってフォローなんだろうか?
「そもそもログアウト出来ないとか、『痛み』が発生してるとか、そんな話聞いた事もないわ! 言うだけなら誰だって出来るんだし、証拠とかあるの?!」
「それは……ないけど……」
「なら信用できないわ」
そう言われると返す言葉もない。……そもそも僕自身がどういう状況に置かれているのかすらわかってないのだ。その証拠と言われても困る。
「ホノカは私も信じられないの?」
僕達のやりとりを聞いて少し哀しそうな顔をするマヤ。
「うっ……ま、マヤさんの事を信じない訳じゃないけど……でも、行方不明だって自分で家出してるだけかもしれないし、どっ、どこかでこっそり1人でVRマシンで遊んでるだけかもしれないでしょっ?!」
「ユウ、そんな事してるの?」
「し、してないよっ!? マヤも僕を信じてくれにゃいのっ!?」
初対面のホノカちゃんに疑われるのは仕方ないけど、マヤにまで疑われちゃったら立ち直れなくなりそう。
というか僕自身が僕を信じられなくなっちゃいそう。
「ほらほら~、あんまりホノカちゃんがユウ君を虐めるから、ユウ君泣きそうでしょ~? 可愛いからってあんまり虐めちゃだめよ~?」
「いっいじめてなんてないわっ!!」
「なっないてなんてないれすよっ!?」
真っ赤になったホノカちゃんと、慌てて涙を拭う僕の声が重なった。
一瞬目が合い、ぷいっと横を向くホノカちゃん。
「と、ともかく、男の加入なんて認められませんっ!!」
「ん~困ったわね~。加入条件は『全員の意見の一致』だから1人でも反対者が居るとダメなんだけど……ちなみに他の皆はどうかしら?」
顎に手をあてて困った顔をしながらサラサラさんが皆を見回した。
「私は推薦者ですから勿論許可です」
「あたしも構わねぇよ」
「ウチもええよ~」
「許可」
四人四様に返事をするマヤ、コテツさん、ルルイエさん、ノワールさん。
それを聞いて頷いくサラサラさん。
「リーダーである私もユウ君の加入については許可だけど……ホノカちゃんは嫌なのよね~?」
「勿論ですっ!!」
とりつく島もない。
「あ、そういえば今日は新しいお菓子があるんだけど、ホノカちゃんはまだ食べてなかったわよね~。おひとつどうぞ~?」
物凄くわざとらしく話題を変えるサラサラさん。
「いきなり何を言ってるんですか? ってただのクッキーじゃないですか……」
「い・い・か・ら、ほらほら~、あーんして~?」
ホノカちゃんの口元にクッキーを持って行くサラサラさん。
暫く訝しげにサラサラさんを見ていたが、口元に差し出されたクッキーをいつまでも無碍にする訳にもいかず、ホノカちゃんがぱくりと一口に含む。
その瞬間、ぼんっと音がなるようにホノカちゃんが大きく目を見開く。
そしてゆっくりと力が抜けていくように表情が蕩けていき、極上の笑顔で咀嚼し、クッキーを味わう。
ホノカちゃんもあんな可愛い表情出来たんだなぁ……出会ってから怒ってる顔しか見てなかったからちょっと意外だ。
いや、怒ってる顔も可愛かったし、怒ってた理由の半分は僕のせいだから男としてそれは甘んじて受けるけども……。
それでも僕のクッキーを食べてくれてあんな美味しそうな表情をしてくれるとやっぱり嬉しいなぁ。
「ひぐっ!」
びくんっと痙攣して僕に見られている事に気付いたホノカちゃんは、顔を真っ赤にしながら再び怖い表情を作る。
残念、あの可愛い顔は一瞬だけだった。
「まだまだあるわよ~。ほら、もうひとくち~」
そして再びサラサラさんがホノカちゃんの口元にクッキーを持って行く。
「あぅぅ~っ!!」
よくわからない呻き声をあげるホノカちゃん。
しかし食欲には勝てなかったのか今度は比較的すぐに口を開き、クッキーを招き入れる。
そして蕩ける顔。
すぐに僕に気付いて怒り顔に戻すも、キリっとした眉はすぐにハの字になり、目尻は下がり、口元が緩む。正直見ていて面白い。
「も、もうっ! いったい何なんですかっ! 今は大事な時なのに、今日に限ってこんな美味しいお菓子を用意するとかっ!!」
「ふふふ、それはね~? そのクッキーが、ユウ君のお土産だからよ~?」
結局泣きながらクッキーを頬張るホノカちゃんに、やっと種明かしをするサラサラさん。
それを聞いた瞬間、ホノカちゃんの動きがビタリと止まった。
「しかもユウの手作りなんだぜ」
「ユウ、上手」
コテツさんとノワールさんの追撃に、ビキビキっと音がなる程に固まるホノカちゃん。
暫く固まっていたホノカちゃんは何とか絞り出すように口を開く。
「あ……あんた……お、おお、男の癖に、お菓子なんて、つ、つくるの……?」
「男だって料理くらい作るだろ? クッキー位誰だって作れるよ」
胸を張る程の事ですらない。
そもそも『本当の男らしさとは、料理も家事も人並みにこなせた上にあるものだ』って昔お母さんに教わったものだ。
男だから料理が出来ないとか言ってたら格好いい男になれないじゃないか。
といっても、僕が作れるのは簡単な料理とかばかりだから、それこそ『男の料理』ってカテゴリーでしかないけど。
「そんなユウ君がウチのクランに来てくれたら~、このクッキーみたいに手料理が食べられると思うんだけどな~?」
楽しそうに呟くサラサラさん。
「そりゃ……お世話になりますし、それ位構わないけど……僕の料理なんて、家庭料理とかそれ位の、大した物作れないですよ?」
あまり期待されても困るしここはちゃんと釘を刺しておかないと。
「ユウが作ってくれるのかっ!?」
「ユウのごはん!!」
「マジデ!? ユウっち、言質とったで?! ウソや言うん無しやよっ!?」
何故かそれに食いついたのはコテツさん、ノワールさん、ルルイエさんだった。
……このクランの食事ってそんな酷い状態なんだろうか……?
確かにコテツさんもノワールさんもルルイエさんも料理しそうにないなぁ……マヤはアレだし、サラサラさんも自室があんな感じだったし……。
僕なんかで良ければ食糧事情は考えなきゃいけない事なのかもしれない……。
「あぅぅぅ……うううぅぅぅ……ぅあぅあぁっ!!」
僕がそんな事を考えていると、ホノカちゃんが頭を抱えて悶え出していた。
「だ、大丈夫……?」
「うっ、うっさい、男なんて……あぅぅ……クッキー……うぅー!!」
泣きながらクッキーを口に頬張るホノカちゃん。
情緒不安定なんだろうか? ……お風呂を見てしまった事がトラウマなっちゃったのかな……そういえば僕のを見てしまった方も彼女にとってはダメージだったのかもしれない。
「まぁ、こうして話てても答えなんて出なさそうだし、そこでクランリーダーとしての提案です!」
そう言って、ぱんと手を叩いて注目を集めるサラサラさん。
呻いていたホノカちゃんも静かになってサラサラさんを見ている。
「クラン加入には全員の許可が必要だから現状無理だけど~、だから即ダメ~っていうのもアレだし。今日からしばらく、ユウ君を『客分』として『銀の翼』をホームとして使って貰う。というのはどうかしら~?」
名案! と言った風に胸を張るサラサラさん。
「えっと……それってクランメンバーになるのとどう違うんでしょう?」
その説明だけではよくわからないので質問する僕。
「そうね、まず同じ点はホーム設定が出来る事、この建物に自由に出入り出来て施設の全てを利用出来る事。違う点はクランの義務的な事を課せられない事、リーダーである私がその気になればいつでも強制退去させる事が出来る事、逆にユウ君もいつでも辞める事が出来る事かしら」
つまりホームの恩恵を受ける事は出来るけど、居住権の主張とかは出来ない、って事なのかな?
その分、クランの義務もほとんど無くなる。
でもこれって僕にとってもすごく好条件で全然問題ないと思うけど……。
「これならホノカちゃんが危惧するような問題をユウ君がした場合もすぐに対処出来るでしょ~。……勿論、ユウ君の事は信用してるけどね~?」
「は、はい! 勿論ですっ!」
元々紹介してくれたマヤの事もあるし、問題なんて起こす気なんてない。
「ホノカちゃんもこれでいい~?」
皆の視線がホノカちゃんに集まる。
黙ってその視線を受けていたホノカちゃんが不意に涙目で僕を睨んだ。
「…………プリン」
「え?」
「今日の夕食にプリンが食べたいっ! わかったわねっ!」
「あ、う、うん」
それだけ言うと残ってたクッキーをひったくって2階に駆け上がっていくホノカちゃん。
それを見てルルイエさんとノワールさんが、クッキーを追いかけていった。
「えっと……今のは?」
「『許可』……って事で良いんじゃないかしら~?」
「ホント、素直じゃねーな」
説明を求めた僕にサラサラさんとコテツさんは苦笑で答えてくれた。
「良かった……」
まだホノカちゃんのわだかまりが無くなった訳ではないと思うけど、それでも受け入れてくれたのなら一歩前進かな。
「それじゃ、ちょっと中途半端になっちゃったけど、改めて……ユウ君、『銀の翼』へようこそ~」
「よろしくな、ユウ!」
「ユウ、おめでとう」
そう言ってサラサラさんはにっこり微笑み、コテツさんとマヤが祝福してくれた。
「ありがとうございます! 不束者ですがよろしくお願いしますっ!!」
その日、僕のホームは『銀の翼』になった。
どうでもいい追記。
……そしてユウは足が痺れた。




