第47話 副団長語り。
私が白薔薇騎士団に入団したのはほんの好奇心からでした。
その存在を知ったのはよくある掲示板での不法プレイヤーの悪事暴露による炎上事件。それを切欠として、
「幼気な少女を守る為に我等でクランを結成しようではないか」
という言葉を掲げ立ち上がった男、それが現白薔薇騎士団、団長アンクル・ウォルターその人でした。
正直私はその人物の正気を疑った。本人不在の場で、勝手に特定のプレイヤーを守るクランを設立しようだなんて、新しいストーカー集団でも作る気なのだろうか?
その時の私は普通にそう思ったのです。
もしそうなのだとしたら、同じ女性として見過ごせない。
そんな小さな正義感もあったかもしれません。
そして発案者の真意が知りたくなり、白薔薇騎士団に参加する事を決めました。
いざという時は私自身が内部告発者となる為に。
団長自らの面接の後、私は白薔薇騎士団の団員になりました。
そして団長自らが作成した騎士団規則と『白き薔薇の巫女姫』様護衛スケジュールを渡されてわかった事がありました。
この人は本気なんだ、と。
本気でゲームの中の一プレイヤーを見守り、しかしその行動に制限をかけたり無闇に関わったりするつもりすらないんだと。
しかもその行動は巫女姫様だけに限った話ではなく、
曰く、「常に誇り高き騎士であれ」
曰く、「か弱き者の盾となれ」
曰く、「捧げた者の剣となれ」
と、騎士団規則に掲げて団長自らが実践していたのです。
他のプレイヤーは勿論、NPCに至るまで弱者には手を差し伸べ、強大なモンスターと戦う際には共闘を惜しまず、自らの求める騎士たる姿を目指しているように見えました。
その上でそれ以上の制限は騎士団員に設ける事はなく、多くの自由も与えていました。
攻略系のクランではないとはいえ、攻略ノルマや上納ノルマといった物も設けていませんでした。
巫女姫を守るタイムテーブルすらある程度自由に不参加が可能になっています。
白薔薇騎士団の規則を一言で現すなら『騎士であれ』それだけなのです。
それは人によっては滑稽に写ったかもしれません。事実面接に来ただけで帰っていったプレイヤーも数多かったと聞きます。
でも私にはそれが好ましく写りました。
そしてどうしてそんなにゲームのアバターの生き方に拘れるのか、団長本人に興味が湧いていました。
そんなある日の事です、私が団長に呼ばれたのは。
それまでも毎日顔を合わせ、皆の前ではよく会話もしていましたが、夜の執務室に呼び出されたのは初めてで、しかも2人っきりというのは緊張します。
ただでさえ団長は黙っていれば美形です。
団長に限って『そういう事』はないとは思いますが、それでも色々な事を考えてしまいます。
執務室に入った私を団長は笑顔で出迎えて下さいました。
その瞬間自分の体温が少し上がったように感じました。
「そんな緊張しなくて良いよ。……実は貴殿に少々頼みたい事があってね」
「頼み……ですか?」
「ああ、団員も増えてきた事だしそろそろ副団長を決めたいんだが……それを貴殿に頼めないかと思っている。どうだろうか?」
「わ、私ですか!?」
それは想像外の提案でした。
そもそも私は組織運営等した事ありません、又出来るとも思っていません。それに……。
「申し訳ありません、私よりもっと相応しい方が居ると思います」
「ふむ、その理由を聞いても?」
やはり言わなければ辞退は難しそうな空気でした。
でもそれを言う事で団長に幻滅されるのが怖い。かといって都合の良い嘘をつく女になってしまうのも、騎士にあるまじき姿、どちらも団長に幻滅されるのであれば、正直にあるべきだと私は思いました。
「私は……他団員程『巫女姫』様を信奉している訳ではありません。そんな私に白薔薇騎士団の副団長は相応しくないかと思います」
言ってしまった。
誰だって自分が好きな対象を『そんなに好きではない』と言われて喜ぶ人はいない。
私の告白を聞いた団長がどう答えを出すのか、最悪除隊されるのも仕方ないかもしれない。白薔薇騎士団は巫女姫様を守る為のクランなのだから。
しかし緊張して宣告を待つ私の耳に届いたのは団長の笑い声だった。
「団長……?」
理解出来ず団長を見つめると、本当におかしそうに団長は笑っていた。
いつも楽しそうに笑っている団長だが、こういう『我慢できず吹き出している』というのは見た事がなかった。
この人もこんな顔をするんだ、とぼんやり思っていた。
「失敬。貴殿があまりにおかしな事を言うからね。……しかしそうか、貴殿から見て、我が騎士団はそんなに堅苦しく見えたという訳か……」
「い、いえ! 白薔薇騎士団はむしろ自由と博愛を尊ぶ素晴らしいクランだと思いますっ!」
反射的に応えてしまった。
別に白薔薇騎士団が自由や博愛を掲げている訳ではない。だからそれは私自身の言葉だった。
だからこそ、言ってしまってから恥ずかしくなって顔から火が出るようだった。
「そうか、ありがとう。……そう思ってくれてるのなら嬉しい。私もそうありたいと思うからね。そして貴殿の言う通り『白薔薇騎士団』は巫女姫を守るために生まれたクランではあるが、それが全てではない。だから僕だけではなく、もっと公平な目を持つ貴殿のような人間に手伝って欲しいと思っている」
「私に……出来ますでしょうか?」
「実力的にも人格的にも、私はそう信じているよ。それに……」
その後、珍しく団長は口ごもり、少し逡巡した後、
「巫女姫は勿論なんだけど、団員にも女性が増えてきたからね、男である私だけではケアしきれない事が多いと思う。そういうった部分を女性の視点で支えて貰えたら、嬉しい」
少し頬を赤らめながら、団長はそう締めくくった。
今日は普段見れない団長の素顔が見れた気がして、嬉しく感じている自分が居た。そしてSSを撮れないのが少し勿体ないと思っていた。
巫女姫様のSSを撮影して交換している団員達の気持ちはよくわからないと思っていたが、こういう感じなのかもしれない。
その日、私は白薔薇騎士団、副団長となった。
それからは副団長としての日々が始まった。
『巫女姫様』護衛のスケジュール作りや調整、クランとしての狩りの発案、レベル上げや特訓、冒険者ギルドに出される王国民がより苦労しているであろうクエストの受注。
執務室に副団長の席を頂き、そういった雑務を処理するのが主な仕事となった。が、それはそれは楽しい日々だった。
昔の私なら「ゲームの中でまで事務仕事をやる意味がわからない」と一蹴していたであろうが、目的意識が人を変えるとはよく言ったものだ。
今の私は白薔薇騎士団副団長でない自分が想像出来ない。
出来る事ならずっと団長の側で彼を支えたいとまで思っている。
巫女姫様に対しても大きく変わった事がある。
とある事を切欠に団長自らが巫女姫様に接触、交友を図り、そして昨晩に至っては白薔薇騎士団自体が巫女姫様の要請を受けて協力行動を執り行ったのだ。
更に先程、全団員に対して団長自ら配られたアイテム。
団長曰く「昨晩のお礼に」と巫女姫様が自らお作りになったというクッキーが振る舞われたのだ。
それはつまり巫女姫様に白薔薇騎士団が認められたに等しい恩賞である。
団長は勿論、団員達のやる気も大いに盛り上がっていた。
勿論盛り上がりすぎてる団員も居るようだが。
そうした者が、今も執務室に詰めかけ、団長に掛け合っていた。
「納得出来ませんっ! 護衛監視部隊によると巫女姫様は『銀の翼』のホームへ向かったという事ではありませんかっ! このままでは巫女姫様を『銀の翼』に取られちゃうんですよっ?! 我々も一刻も早く動くべきですっ!!」
熱く力説する女性騎士。彼女は騎士団でもトップクラスの巫女姫様信奉者の1人だったか。
後ろに控える男性騎士は彼女を宥めようとしているが聞こえていないようだ。
「とりあえず落ち着きたまえ」
「これが落ち着いていられる事態でっ!」
「落ち着きたまえ」
有無を言わさぬ団長の言葉に自然と女性騎士の言葉が止まる。
「よろしい。……いいかい? 我等は騎士だ。ならばいついかなる時、そう『落ち着いていられない事態』ならば尚更落ち着かなければならない。でなければ大事な人を守る事は出来ない」
「……はい、失礼しました」
団長の言葉に少しは落ち着いた女性騎士が頭を下げる。
「貴殿がユウ様を大事に思うその気持ちが動かした事なのだから、それ自体を責める気持ちはないよ。だから安心してくれていい。でも、だからこそ貴殿に確認しなければならない事がある。
我々白薔薇騎士団は何をしていると考えているかね?」
「巫女姫を見守り、いざという時その盾と剣となる……でしょうか?」
何をしている? という抽象的な質問に私も内心首を傾げていた。
その問いは私が副団長に誘われた時にも交わされた言葉。
そしてその時は『巫女姫様を守る為だけの存在ではない』とはっきり団長が言っていた言葉。
「違うよ、我々がしてるのは『セカンドアース』というゲームだ」
悪戯の成功した子供のような顔で団長がそう告げた。
女性騎士は勿論、後ろの男性棋士も、そして多分私も、目が点になっていたかもしれない。
当たり前の事だった。私達がしているのはゲームだ。
何を今更だと思う。
「『セカンドアース』では何をするのも自由だ。騎士であろうとする事も、その剣を捧げる事も、自由に振る舞える。『ロールプレイが許されている。』……だから我等はここにいる」
呆然とした私達を前に立ち上がり、言葉を続ける団長。
「しかし、ゲームだからこそしてはいけない事がある。それは『他のプレイヤーの行動を制限する事』だ。自由であるがゆえに、相手の意志も又尊重されるべきだ。巫女姫様自身がそれを望むのであれば、我等白薔薇騎士団はその想いを尊重し、その上で手助けとなるべく動くべきだと私は考える」
1人1人に諭すように優しく語りかける団長。
「騎士たらんとする者は、その騎士たる行動で他者の自由を奪ってはいけない。それでは『普通にゲームしろ』と言っていた多くのプレイヤー達と同じになってしまうからだ。どんなに素晴らしくとも、それを押し付けてはダメなのだよ」
「では……我等はただ巫女姫様を眺めているだけしか出来ないという事ですか……?」
女性騎士は今にも泣きそうな顔でうめくように呟いた。
しかし団長はその言葉に笑顔で首を振った。
「そんな訳ない。私が言ったのは自分の意志を押し付けるなと言っただけだ。せっかくユウ様と知り合う事が出来たのだ。狩りに誘うも良し、一緒に行動するも良し。ユウ様が受け入れて下さるのであれば、これからも積極的に関わる事は構わないだろう? そこにクランの境など存在しないのだから。
勿論監視護衛任務中の騎士はその限りではないが、公私の分別のついてない騎士等我が騎士団には居ないだろうしな」
そう言って私に視線を送る団長。
「勿論です、我等が白薔薇騎士団に在籍する全騎士は騎士の規範に従って行動してますので」
当然の事実を告げると、団長は私に笑顔を見せる。
「それに……ユウ様の事は少し気になる事も出来たからね」
しかしその笑顔とは裏腹に、私にしか聞こえなかったであろう小さな呟きは聞き流せない響きを帯びていた。
「なるほどっ!! わかりましたっ団長っ! さっそく私も巫女姫様をペロペロしにっ」
「ペロペロってなんだよ」
「あら?貴方居たの?」
「ずっと後ろに居ただろ!?」
「あっはっはっはっは」
「団長も笑ってないでフォローしてくださいよっ!?」
……なんだか問題は解決して盛り上がっているようだった。
仕方ないので私は一息ついて先程頂いた巫女姫様のクッキーを一口頂く事にする。
と、口の中に広がる美味しさに目を見開いた。
自分の口を押さえ、目の前の食べかけのクッキーを凝視する。これは本当にクッキーなのだろうか?
こんな美味しいクッキーを食べた事はない。
サクサクしてるがチョコレートのおかげか少ししっとりしていて、甘いがそれが後を引く程ではない。しかしそんな事よりも、身体全体が歓喜しているように感じてしまう程の美味。
この驚きが団長達にバレなかった自分を褒めてあげたい位だった。
これが巫女姫様の力……?
なるほど、これほどのお菓子を頂けるのであれば、私もいずれ巫女姫様信奉者になってしまうかもしれない。
そう思いつつ、私は大事に残りのクッキーに口を付けた。
あ、今回ユウが全く登場してなかった……げふんげふん




