第43話 諸人語り。
マヤ小語り――――
街に到着するや否や倒れ込んだユウを慌てて抱き留める。
と、私の腕の中から聞こえるのはユウの寝息だった。
「ユウ、大丈夫か?」
倒れたユウを見て、コテツさんも覗き込んできた。だらしない寝顔のユウを見せると呆れたような顔をする。
「電池が切れちゃったみたい」
「まぁ……もう夜も遅いしなぁ……しっかし、電池切れるまで動くとか子供かよ」
そう、こんな夜遅くまで『私』の為にがんばってくれたのだ。
私なら別に死んでも死に戻りするだけで、デスペナルティがあっても、それだけなのに。それがわかってても、私が居ないからと探しに来てくれたのだ。
そしてたった1人でオークキングに挑んでくれた。
勿論そんな馬鹿な事は止めなきゃいけないし、許しちゃいけないんだけど……。
でも、思い返すとどうしても嬉しくておかしくなってしまいそうになる。
王子様のように颯爽と私を助けに来てくれたユウ、巨大なモンスター相手に立ち向かってくれたユウ、そして勝利してしまうユウ。
どの姿も格好良くてキラキラしている。
しかもそれは自分の命を賭けてまでの行為なのだ。
これで喜ばない女性は多分居ない。
昔からユウはいつもそうだった。困ってる人が居ると1人突っ込んでいって、自分が一番困るような事になっていた。
その姿も、それはそれで可愛かったのだけど。
だから勿論ユウは私じゃなくても飛び出して行っていたと思う。
それはわかっている。のだけれど、それでもやはり嬉しい物は嬉しい。
ふと見ると少し乱暴にユウの頭を撫でるコテツさんに、眠りながらもユウはイヤイヤしていた。
面白がってノワールもユウの頬をつついている。
さっきまであんなに凛々しかったのに今は可愛くて食べちゃいたい位だ。
むしろちょっと位なら食べちゃっても良いんじゃないだろうか?
……いやいや、今は人目があるのだから、我慢我慢。
ふと白薔薇騎士団が目に入る。ユウが倒れた事に問題ないのを確認して、この後の事を相談しているようだ。
彼等にも随分と助けられてしまった。
私が1人で暴走して、その間ユウを見て貰って、今回の探索でも多分一番大変だったのは彼等ではないだろうか?
ユウが言っていたように、『皆で一緒に』というのであれば、私が今しなきゃいけない事は……。
そう思い、私はユウをコテツさんに預け、一歩踏み出す。
「変た……いえ、アンクルさん。……と白薔薇騎士団の皆さん」
私の声に反応して、騎士団全員の目がこちらを向く。
「何かな? わざわざ我ら全員に声をかけてくるなんて」
代表して変態騎士が口を開く。警戒している様が見て取れる。
これまでの事を考えれば当然だ。
だからこそ、言わなければならない。
「その…………これまでユウを守ってくれて、ありがとうございます。今日は、私まで助けて下さって、ありがとうございました。その……ユウの事、今後もよろしくお願いします」
私は深々と頭を下げた。
薔薇の騎士小語り――――
突然ユウ様が倒れたという事で慌てたがただ眠っているだけという事だった。
眠っている……寝落ちしてしまっただけ、という事だろうか?
『セカンドアース』ではログアウトしても肉体はゲーム内に残り続けるがゆえにホームポイント以外でのログアウトや寝落ち等は即死に戻りのリスクがあり、危険な行為ではあるのだが……まわりにこれだけ仲間が居れば大丈夫ではあるか。
そう思い、もう夜も遅い事から各自解散の旨を伝えようとした時、猪武者が私達の前に進み出てきた。
一瞬またユウ様の護衛任務の邪魔をする気だろうか? と身構えたが、その予想は外されてしまった。
「その…………これまでユウを守ってくれて、ありがとうございます。今日は、私まで助けて下さって、ありがとうございました。その……ユウの事、今後もよろしくお願いします」
あの猪武者が頭を下げたのである。
これには驚いた。
何か裏があるのか? とも思ったがそういう素振りも見えない。
第一こいつがそんな画策をする意味がない。
「我々もユウ様の為、当然の事をしたまでだ」
そう、白薔薇騎士団はユウ様を守り、ユウ様の願いを叶える為のクラン。例えその願いが『猪武者の救助』であろうとも、それがユウ様の願いであれば全力を持って叶える為に邁進する。
「それでも、ありがとう」
そう言って猪武者は笑顔を見せた。
そんな顔も出来るのか、と違う意味で驚いた。
「……でもまぁ、そこまで言うのであれば、今後とも我等白薔薇騎士団がユウ様を守り……いや、ユウ様に我等クランの指導者として……」
「それとこれとは話が違うわ。今後ともユウには指一本ふれないで頂戴」
さっきの笑顔は何だったんだと言いたくなる程冷たい声で言い放つ猪武者。
「……それは貴殿の決める事ではあるまい?」
「そうね、そして貴方の決める事でもないわ。そしてユウの入るクランはもう考えてあるから、白薔薇騎士団に入る事は絶対に無いわ」
「貴殿のそういう態度がそもそも気にくわないと言っているのだっ!!」
「私だって貴方みたいな格好つけた言い回しの男は嫌いよっ!!」
同時に武器を抜き放つ私と猪武者。
そもそもこいつと言葉でわかり合おう等というのが間違っているのだ。
「良いだろうっ! ではその剣に答えを聞こう!!」
「レベル差を見てから喋った方が良いと思うわよ、変態騎士さんっ!」
「レベル差が、勝敗の決定的差ではないということを教えて差し上げようっ!!」
そして私達の死闘が始まった。
コテツ小語り――――
「何やってんだよ……」
馬鹿馬鹿しくてため息が出た。
最初は珍しくマヤが頭を下げてるなと思っていたら、何故か突然PVPをし始めたのだ。
今日はこんな夜遅くまで一日中走り回って、しかもダンジョン探索までやった後だってのに元気なもんだ。
「若いってのは良いねぇ」
「コテツ、親父臭い」
「うっさい」
ノワールに軽く拳骨を見舞うがひらりと躱されてしまった。
ユウを抱きかかえているからどうしても動きが悪い。
「んんっ……」
その動きに反応してかユウがあたしの腕の中で身じろぎした。
いけない、起こしちまう所だった。
って、寝落ちしたプレイヤーが起きないように気を遣うとか何やってんだ? って思わなくもないが……この寝顔を見ちまうとゆっくり寝かしてあげたくもなる。
リアルではちゃんと布団の中でVRマシン使っていれば良いのだが。
「ユウ、起きた?」
改めて近づいてきたノワールが心配げにユウを覗き込む。
ノワールもユウを寝かしてあげたい側の人間のようだ。
「大丈夫だ、ちょっと身じろぎしただけだ。……つっても早くベッドに連れてってやりたいが……」
見てみるとまだPVPは終わりそうにない。
「コテツ、さっきマヤが言った事」
ユウを見ていたノワールがいつの間にかこっちを見ていた。
「ん?……あぁ、クランか。……ユウをあたし等のクランに誘う気なのかねぇ……」
あたし等のクランはあたしのダチが作った物で、そのダチがクランリーダーもしているが、少し特殊な決まりがある。
そう簡単にメンバーを増やしたりってのはできないんだが……。
「まぁユウなら大丈夫……か?」
「ユウ、良い子」
ノワールが優しくユウの頭を撫でた。
と、改めて目の前のPVPのフィールドを見る。
一対一かと思ったら、何故か他の白薔薇騎士団の団員も何人か参戦していた。
これは少し不公平だろう。
「ノワール、すまん。ユウを頼めるか?」
「ん。任せて」
タオルを敷いてその場に座り込み、受け取ったユウに膝枕をするノワール。その姿を確認してから私も自分の武器を取り出した。
「ルルイエ、お前も来るよなっ!」
「えっ!? ウチ、さっきのダンジョン探索で1人最前衛で結構大変やったんやけどっ!?」
「来・る・よ・な?」
「何その 『YES OR はい』 の選択肢っ!?」
まだ何かぶつぶつ不満を言っていたが、それでもルルイエが短剣を取り出してるのを見て、私達もPVPに飛び込んだ。
「ウチのクランの大事な盾戦士相手に多勢に無勢は卑怯だろう! ここはあたし等も参加させて貰うぜっ!!」
???小語り――――
真っ暗な部屋に複数のパソコンの灯りがその男の姿を照らし出している一室。
男は楽しそうにキーボードを叩き、それは音楽を奏でているように室内に響き渡る。
「それで、どうでした?」
思い出したようにキーボードから手を離し、振り向いて男が口を開く。
「ビンゴやと思います。GMコールの内容とも一致しとりますし、間違いないんちゃいますか」
暗闇の中で扉の前に居た女性が口を開いた。
「そうですか。……『姫』ではないんですよね?」
メガネの奥にある男の目がギラリと光る。
「それはちゃうと思いますよ。姿を見た幼馴染みの証言やし」
「では2人目という事ですか」
「やと思います……痛覚の発生もしとったし。ウチ等ん所まで情報が来てないって事は彼女が何か知ってるんちゃいます?」
そういう女性の声に男は大きくため息をつく。
「だとしても『姫』の事に関わるんなら、彼女がそう簡単に口を開いたりはしないだろう」
「シスコン言うんも困ったもんやねぇ」
「愛は人を狂わせるからね」
「実体験なん?」
「一般論だよ。私に女性経験があると思うかい?」
「無いやろね」
「即答も哀しいね」
哀しそうに聞こえない楽しげな口ぶりで語る男。
「まぁ今後とも監視をしてくれるかな? 社内についてはこっちで手を回してみるから」
「プライベートアカウントに仕事の話は勘弁して欲しいんやけど……」
「ボーナスも検討されてるよ」
「やります!」
にこやかに手をあげる女性。しかし上げた手を少しぷらぷらした後、男を見つめる。
「でも……ホンマに大丈夫なんですか?」
「それも含めての監視だよ。『彼』には申し訳ないけど、これは必要な事だからね」
「……まぁウチはお金さえ貰えれば構いまへんけど」
面倒くさそうに言った女性を見て男は苦笑した。
「そう言ってて、ボーナスでなくても手助けしちゃうから君は可愛いんだけどね」
「そんな幻想を抱いとるから先輩は女性にモテないんちゃいますかね」
「まったくだ」
その言葉を最後に女性は部屋から退出し、たった1人になった男は再びキーボードを奏で始めた。
主任→先輩に変更
 




