第42話 迷宮探索。
「自分ら……何しとるん?」
どれだけ時間が経過したのか、痺れて足の感覚が無くなってきた頃に不意に聞こえた声に当たりを見回す。
と、崖からちょこんと飛び出している2つの首。
「る、ルルイエさん! ノワールさん! 助けてっ!」
「あら、2人とも……早かったわね」
「到着」
「まっすぐ来て、『登攀』スキルのあるウチら2人はそのまま崖を登ってきたからね。他の皆は迂回路探してるからもう少ししたら来るんちゃう?」
よっこいしょ、と地面に降り立つルルイエさん。隣にノワールさんもひょいと飛び降りている。
「で、2人とも、何してるん? ユウっち、こんな所で正座なんかして」
「……そうね、人も増えてきたしもういいわよ、ユウ」
「た、たすかったっ!」
すぐに足を崩して血液を送る。と同時に無くなっていた足の感覚が一気に復活して、最大級の痺れが襲って来た。こ、これが『麻痺』っ!!
「ひっ、治癒っ!!」
慌てて自分の足に治癒を施す。も、やはり『痺れ』が治まるような物ではない。……うぅ、状態異常、おそるべし……
「ユウ、大丈夫?」
「あ、うん。……って、ノワールさん、つつかないでっ、だめっ! ひゃうっ!?」
心配してくれてるのか面白がってるのか、僕の足をつんつんするノワールさん。逃れようとするけど足に力が入らないから逃げ切れない。
「マヤもルルイエさんも見てないで助けてっ!?」
「――で、ダンジョンを見つけて――――が――――で――」
「ふむふむ、ほんでほんで?」
僕を横目に見ながらも会話に熱中している2人。
すくなくともマヤはわざとやってるだろ!? 今、目があったぞっ!
「マッサージした方が早く良くなる」
ぐにぐにと僕のふくらはぎをほぐし始めたノワールさんに、今日何度目かの悲鳴をあげた。
「結局ユウっちが1人でオークキング倒してしもたって事なん?……ユウっちも無茶な事するなぁ」
「ユウ、すごい」
呆れ顔のルルイエさんと、何故か目を輝かしてるノワールさん。
「いや、あれはマヤがオークキングのHP減らしてくれて、片腕切り落としてくれてたから何とかなっただけで、1人じゃ無理だったよ? それに倒せなくても時間さえ稼げればマヤが立ち上がってくれるって信じてたし……」
マヤがどんな説明をしてたか知らないけど慌てて弁解する。
実際オークキングに左腕があったら、最後まで攻撃を避けきる事は出来なかったと思う。
「それでも、侍祭が、それ以上に単体でボス戦とか普通はせんよ? ……まぁコテっちとかは嬉々としてやってるけど、ユウっちはアレとはちゃうんやから」
アレ扱いも酷いと思うけど、確かに僕がコテツさんみたいな戦いが出来るとは思わない。
そう思うと確かに怖くなってきた。改めて足が震える。
もう正座の痺れは完全に取れたのになぁ……。
「まぁ終わった事はええとして……で、ユウっち何かレアドロップとかあったん?」
目をキランとさせて尋ねてきたルルイエさんの言葉で思い出した。
「あ、うん。あったよ……えっと、これ」
と、僕はアイテムウィンドウからオーキシュソードを取り出す……と重くてドスンと地面に落ちた。
3m近くある大剣を僕が持つ事は出来ないらしい。当たり前か。
「へぇ……これはすごいモンやね……レベル……24? ほむほむ」
すごく嬉しそうに眺めるルルイエさん。『鑑定』してるんだろう。
とりあえずオーキシュソードとルルイエさんは置いておいてマヤに向き直る。
「マヤ、2人で倒したんだし、この装備は2人で……」
「結局倒したのはユウだし、あの時パーティを組んでなかったのだからそのアイテムの所有権はユウのものよ。ユウが好きにするべきね」
あっさり断るマヤ。
確かにパーティは組んでなかったけど共闘したんだからマヤが持って良いと思うんだけどなぁ……そもそも僕はこんな重い武器持てないし。
「お金の事はちゃんとした方がええよ? 初討伐のボスドロップて事考えても、安う見積もってこの武器売れば100万E位にはなりそうやし」
「ひゃくまん!?」
なにその夢の金額! それだけあれば僕の借金だって一気に……あ、そうか。
「じゃ、じゃあマヤがその武器を所有して、その代わり僕のマヤへの借金を無しに……ってダメ……かな?」
おそるおそる提案してみる。
暫く顎に手を当てて考えるマヤ。
「……いいわ。ユウが自分でこの武器を処分したら、悪い商人に騙されて身ぐるみ剥がされちゃいそうだし」
「僕のイメージってどうなってるの!?」
僕だって『セカンドアース』に来て結構日数経ってるんだし、アイテムの売買位余裕だよっ!
よく露店のおじさんとかにもオマケ貰ったり、まけてもらったりだってしてるし!
「ほな商談成立って事は、この武器はマヤのんやね」
そう言ってオーキシュソードをマヤに渡すルルイエさん。ルルイエさんでも少し重そうだった大剣を片手で受け取ってブウンっと振り回すマヤ。
……正直すごく怖い。女の子に大きな武器って『萌え』って聞いた事があるけど、コテツさんにしろマヤにしろ恐怖感しかないなぁ……やっぱり巨大な事ってそれ自体が恐怖だよね。
「…………ユウからのプレゼント……」
僕が大剣を振り回すマヤに怯えていると、マヤが何かを呟いたようだった。
小さすぎてよく聞こえなかったけど……自分で使うにも気に入ったのかな?
それから暫くしてアンクルさん達、白薔薇騎士団の皆さんも到着した。
崖上から縄梯子を下ろして、安全なルートを作ってくれた。
手際の良さはさすがアンクルさんだ。
オークキングを僕が倒した話をしたらアンクルさんにも少し怒られたけど。
でもその後「さすがユウ様」と褒めてもくれた。
「さってと……これで今回の目的やったマヤの救助と、ユウっちとの合流は終わって、夜も随分遅い訳やけど……この後どないする?」
全員を見渡してそう口を開いたルルイエさん。
「どうするって?」
「もうボスモンスターが居らん、再出現まではまだ時間があるはずの新発見の手つかずのダンジョン。が目の前にある訳やけど、探索とかしぃへんかな?」
そっか、そういえばダンジョンは全く見てなかった。
確かに僕はダンジョンに来た事ないし、ボスモンスターも居ないんなら安全に見て回れる……のかな?
「あたしはどっちでもいいよ?」
「私は反対ね。別に今日である必要はないし」
「ルルの悪い癖」
「我ら騎士団の最優先事項はユウ様の安全ですから、無理に危険を増やす必要はないですな」
反対3中立1、という声が帰ってきた。騎士団の皆さんはアンクルさんに従うっぽい。
「ちぇー……ユウっちはどう?」
劣勢を感じて僕に話を振ってくるルルイエさん。僕としては興味もあるけど……それ以上に……
「行ってみたいかな?」
「おおー! ユウっち話がわかる!」
ルルイエさんが嬉しそうに抱きついてきた。やばい、気持ちいい。高校生男子としてこの感触は危ないっ!?
「ユウ、何でそう思うの?」
にやけそうになる顔を必死に我慢してると、不意にマヤが聞いてきた。
べ、べつにルルイエさんの色香に惑わされた訳じゃないぞっ!?
「えっと……たしかオークやゴブリンの討伐クエストの元々の理由って女性が攫われたりするから……だったと思うから、もし捕まってる人が居たら……と思って」
「あぁ、そういえばそういう話だったわね。なら……仕方ないか」
思い出したように頷くマヤ。
「さすがユウ様っ! ご自分だけでなく多くの人を救おうとするその姿勢、このアンクル感涙ですっ!!」
アンクルさんはいつも通りでちょっとうるさかった。
大体女性を助けるなんて僕に限らず当たり前の事だろうに。
結局僕の言葉に他の皆も同意してくれて、もう随分夜も遅いのに、僕の初ダンジョン探索が始まった。
んだけど……
僕を中央に右にマヤ、左にノワールさん。前にコテツさんとアンクルさん。
で、僕の後ろに騎士団員さん10余名と、前に騎士団員さん10余名プラス斥候のルルイエさん。
何処の大名行列かという行軍で僕はモンスターの姿すら見えない。
時折前の方や後ろの方で戦闘音が少しするけどすぐ収まり、行軍が続く。
「ダンジョン探索って……こういうものなの?」
不安になって周りに尋ねる。
「普通違う」
「でも安全よね」
左からノワールさんが、右からマヤが答えてくれた。
うん、やっぱり普通じゃないのか。
というかこれじゃ街を歩いてるのと変わりない。……と不満を思うのは贅沢なのかなぁ……。
「いいか騎士諸君っ! 我らが姫様に汚らしいオークの指一本! いや視線一つ触れさせるでないぞっ!!」
洞窟内を響くアンクルさんの声と、それに応える騎士団員さん達の声。
うん、これ以上我が儘言っちゃダメだよね。
飽きてきたのかコテツさんは1人前の方に行ってしまったけど、それ以外に隊列に変化なく、1時間程で探索が終了した。
その中で何人かの女性が保護され、マントをかけられてすぐに騎士団員さんによって運び出されてた。
その姿を僕はちゃんと見る事は出来なかったけど……酷い扱い受けてたのかもしれないし、見せないようにしてたのかも知れない。
そうして僕の初ダンジョンは終了し、夜明け前に無事街に戻ってくる事が出来た。
「やっとベッドで寝られるっ!」
そう思いつつ街に入った瞬間、
・イベント『オークの巣穴の探索』クリア。経験値5000点を獲得。
とメッセージが表示された。
あの探索でイベント経験値を貰って良かったんだろうか? ……とちょっと戸惑ったけど、
「いいんじゃねーの? 何だかんだでユウが一番がんばったんだからさ」
そう言ってコテツさんが頭を撫でてくれた。
「そ、そうかな?」
「ユウ、がんばった」
「そうですな。ダンジョンを発見して位置を特定して下さったのもユウ様ですし、ボスモンスターを倒したのもユウ様ですから。市民の救助を希望された事もユウ様の発案でしたしね」
皆が口々にそう言ってくれた。
自分では何も出来てないと思うけど、そう言って貰えるとやっぱり嬉しいな。
「まぁウチもかなりがんばったんやけどね」
「そうでもない」
「ノワっちひどいっ!?」
いつもの軽口を言い合う2人の声が遠くから聞こえて、つい笑みが零れる。
やっぱり1人よりみんなと一緒が良いよね。
僕も皆と一緒がいいや……
あれ? でも声が遠いような……?
街に帰ってきた安堵感が一気に押し寄せて、僕の意識はあったかい闇に包まれた。




