第40話 オークキング。
「こういうゲームのお約束なボスモンスターやけどね、勿論『セカンドアース』にも居るんよね。
ちゅうても、『セカンドアース』の『ボスモンスター』はシステム的に基本そんな特別な存在って訳でもないんやけど……
ただ普通のモンスターよりも、レベルが高かったり、能力値が高かったり、特殊なスキルを持っていたり、レアドロップがあったり、っていうだけの違いでしかないんよ。
うん、十分違うよね。あっはっは。
まぁでも、じゃあ何を基準に『ボスモンスター』て呼んでるんか? なんやけど……
ダンジョンの奥の奥とか、イベントのラストに登場する格段に強いモンスターやって事。そういうモンスター達をプレイヤーは『ボス』と呼んでるんよ。
んで、そんな『ボスモンスター』の中でもオークキングはちょいと毛色が違ってね。
オークキングは何でか、ダンジョンの奥に居座っている訳でも、プレイヤーが進めたイベントのラストに陣取ってる訳でもなくて、夜な夜な一般フィールドである東の森を闊歩してるんよね。
移動する『ボスモンスター』。
さっきまで言うてたプレイヤーの考えた『ボスモンスター』の定義とはちゃうから違うっちゃ違うんやけど。でもその風貌と強さは明らかに『ボスモンスター』と呼ぶに相応しいモノらしいよ?
これでレアドロップがあれば確実なんやけど……今ん所1人としてオークキングを倒したプレイヤーは居ないらしいしからソコはわからんねぇ。
勿論倒せたプレイヤーが居らん理由には、自由に闊歩するオークキングに出会えへんだとか、出会えた時のシチュエーションがヤバかった、とか、色々あるみたいやけどね。」
というのがルルイエさんの説明だったと思う。
「そやから出会ったら安全第一。ユウっちは即逃げなアカンよ?」
と最後に締めくくっていた。
んだけど……逃げ場のないこの状況で出会ってしまったらどうしたらいいんだろう?
「アレって『ボスモンスター』だよね」
一応確認の為にマヤに話しかける。
「よく知ってたわね。誰かに聞いたの?」
「ルルイエさんが教えてくれたんだ」
「……ルルイエと仲良かったっけ?」
眉をひそめたマヤの声のトーンが少し下がって気温が下がった気がする。
あれっ!? ボスモンスターと相対してるのにこの状況で、何故かマヤの方から僕に向かって殺気が込められてる気がするっ!? き、気のせいだよね、うん。
「きょきょ、今日、いつもお世話になってる皆にお礼を兼ねて食事会を開いて、それでコテツさんがノワールさんとルルイエさんも連れて来てくれたんだよ。ま、マヤにも伝言メッセージ送ったけど、返事がなきゅてさっ!!」
慌てて弁明する僕。って何を弁明してるんだろう?
「ふぅん……そういえば邪魔だからメッセージとかオフにしたままだったかも。まぁいいわ。」
なんとか危機は脱したようだ。
いや脱してないよ!? 目の前にボスモンスターが居るよっ! よく僕等の会話を待ってくれてたなオークキング。
「レベル33ってアナウンスでもわかった通り、私達で倒すのは少し難しいかもしれないから。もし私が死んだら、ユウは何が何でも逃げるのよ。最悪崖を飛び降りてでも」
「それってどっちにしろ僕死んでないっ!?」
「崖を出来るだけ滑るように落ちて、防護印を多用すればもしかしたらなんとかなるわ。HPが1でも残っていれば治癒でどうにかなる。ユウが1人で此処にいても確実に死ぬだけだし、少しでも生存率の高い方を選ぶのよ。
もっとも……私も負ける気はないけど」
そう言って一歩踏み出したマヤはブロードソードをオークキングに向け挑発した。
それに呼応してオークキングも動き出す。
「先手必勝っ! 強撃っ!!」
一気に間合いを詰めてブロードソードを叩き込むマヤ。
オークキングの肩口から血が噴き出す、も、悲鳴どころかよろめく事すらない。オークウォーリアー達はマヤの一撃で吹っ飛んだり叩きつぶされたりしてたのに。
そしてお返しとばかりにそのまま持っていた大剣を振り上げ、物凄い勢いで振り下ろすオークキング。
マヤはそれを盾で完全に受け止めながらも、衝撃で後ずさった。
パリン
聞き慣れた音に僕は驚いてマヤを見つめる。
確かに攻撃は盾でガードしていたのに、それでも防護印が割れた?
「ぷ、防護印っ!」
慌てて僕はマヤに防護印をかけ直す。
どう見てもただ大剣を振り下ろしただけなのに、普通に防御しただけじゃ防護印を超えてダメージを与える攻撃。
攻撃を受け止めて反撃する重装戦士のマヤとは相性が悪い。
いや、違う。
だからこそ、僕が頑張らなきゃいけないんだっ!
「マヤ、ガンガン行っていいよっ! 僕が絶対防ぐからっ!!」
マヤ1人ならダメかもしれないけど、今は僕がいる。
マヤの怪我は僕が癒す。その為の侍祭なんだから。
マヤは今までの戦闘のようにこちらを振り返る事も、声を上げる事もせず、ブロードソードを手の中で一回転だけさせて、又突撃して行った。
「はぁぁぁぁぁっっっ!!」
再びマヤとオークキングが交錯し、血飛沫があがる。
マヤの攻撃は確実にオークキングに当たっていた。というかオークキングは殆ど避ける素振りを見せていない。顔面等の急所を狙った時のみ、僅かに防御行動を取る程度だった。
実際命中している攻撃で血飛沫はあがる物の明らかに致命傷には至っていない。一瞬も動きが鈍る事なく、オークキングはハエを払うかのようにマヤを殴りつけたり、大剣を振り下ろしたりしている。
マヤは通常の一撃でも致命傷になりかねないから、それを全て避け、受け止める。
あまりの重量にさっきまでみたいに、払ったり流したりする事が出来ないっぽい。
そしてマヤが攻撃を受け止める度に防護印が割れる。
大剣での攻撃だけでなく、殴打ですら割れている。
もし防護印が無かったら、もしくはマヤが防御できてなかったら、とっくに僕達は殺されて戦闘は終了していたかもしれない。
いや、そもそもこのまま長期戦となって僕のAPが切れたらいずれそうなる可能性が高い。
かといってマヤのアーツが効かない相手に僕の杖なんてかすり傷も与えられる気がしない。
今の僕に出来る事は防護印をかけ続けて、マヤの勝利を祈るのみ……。
でも膠着は長くは続かなかった。
「グルァアアアアッ!!」
一向に攻撃が当たらない事に業を煮やしたのか、オークキングが雄叫びを上げ、今まで以上に力を込めた一撃を放つ。
それはマヤが使う『強撃』によく似ていた。
「って、モンスターもアーツを使うの!?」
「幻影狸の分身だって一応アーツで、しょっ!!」
僕の叫びにマヤが応えながらオークキングの強撃をかいくぐり、懐に飛び込む。
「やっと隙が出来たわねっ! 食らえっ! 麻痺強撃っ!!」
オークキングの顎にブロードソードが叩き込まれ、初めてオークキングの身体が震える。
「強撃! 強撃! 反薙ぎ払いっ!!」
アーツ名からしてオークキングがマヤの攻撃で麻痺状態に入り動けなくなったのであろうタイミングで、ここぞとアーツを叩き込むマヤ。
明らかにさっきまでより血量もダメージ量も多く見える。
「とどめっ! 超強撃っ!!」
全体重を乗せて振り下ろすマヤのブロードソードがオークキングの左肩に命中し、そのまま腕をもぎ落とした。
そう、腕しかもぎ落とせなかった。
マヤの超強撃が当たる瞬間、麻痺が解けたのか僅かに身体を反らして躱したオークキング。結果致死ダメージに至らなかった。
そして攻撃直後のマヤを睨み、大剣を振り下ろすオークキング。
「グォァアアアアアッ!!」
「マヤっ!!」
寸ででブロードソードで受け止めるマヤ。が、そもそも盾で受けてもダメージが通る攻撃を剣で受け止められる訳もなく、防護印と同時に砕け散って吹き飛ばされる。
でも良かった……防護印が割れたって事はダメージは殆どないはず……。
と、胸をなで下ろしたのもつかの間。僕は違和感を感じていた。
マヤがすぐに起き上がってこない?
オークキングは僕達の方を向き、麻痺した身体を確認するように動いている。
こっちもすぐに体勢を立て直さないとまずい。
「ま、マヤ、どうしたの!? まさかダメージがっ」
マヤに駆け寄った僕に、無理矢理といった感じでマヤが口を開いた。
「今っ……攻撃……麻痺っ…………ユウ……逃げっ……」
麻痺……?
「まさかオークキングも麻痺強撃を!?」
「ユウ……逃げっ……てっ!……」
ぎりぎり防御が間に合った事と防護印のお陰でマヤにダメージは無さそうだけど、麻痺効果が出ているのか、無理矢理身体を動こうとするマヤは全く動ける気配がない。
そして侍祭の僕に状態異常を回復させるアーツは一つもない。
近づいてくるオークキング。
このままじゃ嬲り殺し確定だ。
死ぬ。
その恐怖が全身を走る。
じゃあ逃げる? マヤをおいて。まだ生きてるのに?
防護印があってもあの高さの崖を飛び降りて生きていられるかは賭けでしかない。
同じ賭けなら、マヤを守れる方を選びたい。
ちらりと僕のステータス表示を見る。
HP76/AP80
HPは満タン、APも半分以上ある。
別に僕がオークキングに勝つ必要はない。マヤの麻痺が回復するまで耐えられたら、なんとかなる。
麻痺時間は多分その人のステータスで変わるんだと思う。
なら1分か……2分か……。
1分……?
「にげてぇ……」
マヤの引き絞るように出す悲鳴のような声が聞こえる。
「……ごめん、マヤ。やっぱり1人じゃ逃げられない」
マヤの前に立ち、杖を構えてオークキングに向き合った。
見えないけど多分マヤは驚いた顔をしてるんだと思う。けどここは譲れない。
「だって僕は……男の子だからっ! 防護印っ!!」
自分にアーツをかけ、僕はオークキングに向かって駆け出した。




