第3話 そうだリアルの話をしよう。
摩耶に貰った空き瓶にさっきの泉から水を汲み、回復したAPを使ってアーツ『聖水』を使用する。これだけでただの水が聖水になるんだからボロい商売だ。いや簡単にできるんだから売れたりはしないんだろうなぁ……商売は難しい。
完成した聖水を中央に置き、聖水を触媒に僕はもう一つのアーツを発動させる。
「結界」
地面に魔法陣のようなものが浮かび上がって一瞬輝き完成する。
説明欄によると設置型の対モンスター結界であり、半径10mの中に通常モンスターは入ってこれなくなるらしい。又外からも結界内が見通しにくくなりモンスターに見つかる危険も少なく、効果時間も5時間と長い、至れり尽くせりの休憩用神聖魔法である。
ただし問題もある、まず触媒に聖水が必要という事、結界が使えるんだから侍祭が絶対居るはずだしその場で作れば問題なさそうだけど、何故かアーツを発動すると空き瓶まで消滅してた。
聖水の度に何かしらの器を用意しなきゃいけないのはちょっと面倒くさい。
次に消費APが大きい。しかも数値ではなく%消費だから多分どれだけレベルが上がってもこの苦労は変わらないと思う。
そして何より詠唱が長い。一分くらい唱えてた気がする。一分ものんびり唱えてられるような状況って
結界なくてもある程度安全は保証されてるよね。
とりあえず残ったAPで自分に治癒をかけ――1回のヒールで溢れんばかりに回復したのは僕の治癒が優秀なのかHPが低すぎるのか――やっと一息ついた。
摩耶を見ると、何やら宙に向かって叫んでいたっぽいけど、諦めたようだ。
「GMコールしてみたけど『確認中』で全然返事ないわ。後でメールでも確認してみるね」
どうやら運営に連絡を取ってくれてたみたいだった。
「そういえば摩耶……マヤだっけ、もセカンドアースやるって言ってたね。でも何か強そうな装備にLv5森狼を一撃とかレベル上げすぎじゃないか?」
どう見ても自分が憧れていたはずの全身鎧の前衛戦士の姿のマヤを見て羨ましいやら何やら。リアルより少し明るめの栗毛の髪にもソレが似合っててカッコイイんだから悔しい。そう悔しい!
ぐぬぬと上目遣いでマヤを見ていると、彼女はあからさまなため息をつく。
「当たり前でしょ。正式サービス開始からもう一週間も経ってるんだから、速い人は最初のダンジョンのボス階層まで攻略進んでるわよ」
なんて事だ。やはりネットゲームの攻略は1日にしてならず、一週間でこんなにも圧倒的な差をつけられるなんて……いや、僕も夏休みになればそれこそ廃人のように……ん?
ふと彼女の言葉に不可解なフレーズがあった事に気付く。
サービス開始からもう一週間も経ってるんだから
たしか今日はサービス開始一週間前だった気がする。自分の記憶をなんどひっくり返してもそこからの記憶はない。
「大体ユウは何処で何やってたのよ。夏休み一週間前に突然居なくなって、警察に捜索願まで出て、学校でも誘拐か、駆け落ちか、って大騒ぎだったのに」
え? 捜索? 誘拐? 駆け落ちって相手もいないのに? どうなってるのソレ?
「えっと…マヤ、ごめん、今日って何日?」
「? 7月27日。ちょうど夏休み一週間目ね」
ええええええええ…
つまり僕は2週間もの間失踪して僕自身その間の記憶もないって事? おかしい、人に会えば情報が増えてログアウト出来ると思ったのにむしろわからない事が増えたよ!?
こういう時訳知りの老人とかが教えてくれるもんじゃないの!?
「で、ホントにユウはどうしてたのよ。セカンドアースについて嬉しそうに語ってた翌日に失踪だったからもしかして、って思って私はゲーム内で気にしてはいたけど、その見た目からして遊んでたって訳でもなさそうだしね。
そもそもどうみてもユウが言ってた前衛重戦車には見えないし」
「……えーっと……信じてくれるかはわからないんだけど」
「犯人はみんなそう言うわね」
「犯人じゃないよ!? 冤罪よくないよっ!!」
と言っても大して説明する事は出来なかった。僕自身がよくわかってないのだから仕方ない。
『セカンドアース』を起動した記憶を最後に気付いたこの場に居た事、作った覚えのないアバターだった事、外見はほぼ元のままだけど当然選択した記憶のない職業、スキルだった事、何故かログアウト出来ない事、森狼に襲われて命からがら逃げていた事。
そして今日が僕の記憶から2週間も経っているなんて知らなかった事。
「……とまぁ、僕にとってもわからない事だらけな現状なんだよね」
「そうね、ログアウト出来ない、って事とユウの身体が失踪している件に何かしらの原因がありそうだけど、現状じゃどうしようもないし。それより森狼に襲われた辺りの話でダメージを受けたって件だけど……」
アゴに手を当て、僕の身体をじろじろ見ながら何かを考え込んでるマヤ。
失礼な奴だ。そんなにひ弱に見えるのか。見えるよね……腕なんてこんな細いし、真っ白だし、力仕事なんてした事ないだろって身体だ。筋力1だし、体力1だし、そもそも侍祭だし、レベル1だし、武器ないし、森狼に苦戦しても仕方ない。
そう僕は悪くない。
「すごいダメージだったよ。掠っただけで物凄く痛いし。痛みまであんなリアルに再現しちゃってこのゲームの戦闘って大丈夫なのかと本気で疑うよ。攻略組の人とか凄くないか?」
「そう……ユウ、ごめんね」
と、マヤが右手を振り上げ、勢いよく僕に振り下ろした。
「痛ったぁぁぁぁっっっ!!?」
頭頂部に走る激痛に悶絶し、地面をゴロゴロ転がる。
「本当に痛いんだ」
「当たり前だろ! 何するんだよっ!!」
変な事に関心しているマヤに涙目で抗議する。叩かれたら痛いなんて子供でもわかる事でしょ、人にされて嫌な事は自分もしちゃダメって習ったでしょっ!!
何故かHPは減っていなかったけど気分的に痛みの残る部分をさすりながら治癒を唱える。あぁ暖かい癒しの効果で痛みも和らぐ。
ファンタジー最高。
そんな僕を見ていたマヤが口を開いた。
「私の知る限り少なくともセカンドアースのアバターにはそんなダメージ効果はないよ。『痛み』なんてリアルにしてもゲームの邪魔にしかならないし。致死ダメージでも『ちょっと衝撃があったかな?』とか『ビリッと来たかな?』って感じなだけ。ユウの感じてる痛みって明らかにおかしいと思う。」
え、何それ怖い。マゾ御用達システムが解禁されてたりするの? この世界僕に冷たくない? というかマヤはあの痛みを体験してないとかずるくない?!
「それで……気になったんだけど、ユウってまだゲーム開始してから死んでないんだよね」
「そりゃさっき目が覚めたばかりだし。危ない所はマヤに助けて貰ったからね。」
「このゲームでは死亡したら神殿や宿屋とかに戻されて、一時間能力値の低下やスキル使用不能状態のペナルティで復活出来るのは知ってる?」
「勿論。ざっと読んだ説明書に書いてあったし」
実際僕はさっきソレで開始地点に戻ろうと考えてた訳で。
「それで、ここからは推測なんだけど……」
何か言いにくそうにもじもじし始めるマヤ。彼女が言葉を濁すのは珍しい。
「何? そこまで言うならハッキリ言ってよ」
「その……リアルでのユウは失踪状態で見つかってないんだよね」
「うん、聞いた」
「そしてユウはログアウト出来ず、ダメージを受けた際ありえない程の激痛を受けている。」
「うん、言った」
「そのユウは……ここで死んだら、ちゃんと復活出来るのかな……?」
うん、考えて無かった。
GMコール描写追加。