第37話 真夜中の森の中。
何度も来た東の森。昼間でも木々に覆われて空が見えず薄暗い印象が強い森は、日が落ちた今、闇と形容してもおかしくない暗い虚になっている。
正直すごく怖い。
振り返って灯りのある方を見る。
僕の作った聖光と複数の松明に照らされて数十人の人が集まってくれている。
そう、数十人なのだ。
アンクルさんの言ってた『白薔薇騎士団』の人は20人以上の人が集まってくれた。白系の鎧で揃えられた一団はすごく格好いい。
「では、5人づつ4部隊に別れて探索、何か発見した場合は私に連絡を!! 今回の作戦は戦闘が目的ではない、無理はせず、探索に全力を注げ!!」
「「はいっ!!」」
てきぱきと指示を出してるのはアンクルさん。その声に応えてビシッと動く団員さん。こんな組織だった動きを見るのって『セカンドアース』に来て初めてじゃなかいだろうか……。皆プレイヤーの人のはずなのにすごいなぁ……。
しかし『団長』とか呼ばれてるみたいだし、もしかしてアンクルさんってぼっちじゃなかったんだろうか?
「コテツ殿達と私はユウ様の護衛しながら中央を進む。という形でよろしいかな?」
「ああ、あたしはそれでいいよ」
「は、はい! お願いしますっ!!」
問題ないと手を挙げるコテツさん。
慌てて僕もそれに続く。
「……とは言っても、クランチャットがこれだけ通じないって事は、マヤの奴、ダンジョンにでも居るのかね?」
「?……ダンジョンだとクランチャットは通じないの?」
そういえば僕はまだダンジョンに行った事がない。それ以前にクランチャットがどういう感じの物なのかも知らないけど。
「そやね。パーティシステムもクランシステムも有効距離や使用可能区間が決まってるやん? もしダンジョンの中やったら、クランチャットの範囲外で声が届かへんのよ。……って、WIKIの最初のページに書いてあったやろ?」
「そ、そっか……そうだよね」
WIKIが見れないとは言えない……。
仕方ないとは思うけど僕と他のプレイヤーの情報格差って結構大きい気がする……マヤも聞かないと教えてくれなかったし。
マヤの場合単に聞かれるまで思いつかないだけだと思うけど。
「しっかし妙だなぁ……東の森にダンジョンなんてあったかぁ?」
「未発見。でもボスモンスターが居るならありえる」
首をかしげるコテツにノワールが答える。
「他のダンジョンって可能性もあるんちゃうん?」
「マヤが1人で、東の森に行くって行って、あたし等に内緒で別のダンジョンに行く理由がないだろ」
「それもそやけど」
話し合っていても答えはでない。
団員さんの振り分けや準備が整って、僕達は暗い森の中へと足を踏み入れた。
どれだけ歩いただろうか? 鬱蒼とした木々が周囲だけでなく天井まで覆って小さなドームのようになり、同時に進入した筈の他の団員さん達のチームの灯りさえ遮っている。
聞こえるのは自分たちの草踏む音と、虫や鳥であろう鳴き声のみ。
辺りを警戒しながら、でも確実に前へと進んでいく。
僕だけだったらもうどっちが街の方向だったかもわからなくなってたかもしれない。
外から見てても夜の森って怖いけど、中に入るとその数倍怖いよね? 目の前にあった恐怖が、自分の全周囲を取り囲んでるんだから当然怖いよね?
人間として暗いのが怖いのは当たり前なんだから、怖いの僕だけじゃないよねっ!?
そう思いつつ、周りを見回すといつもと変わらず爽やかな笑顔のアンクルさん、楽しそうなコテツさん、ニヤニヤしてるルルイエさん、無表情なノワールさんが居た。
……僕だけなんだろうか?
しかも女性三人が平気そうなのに高校生にもなった男の子の僕が怖がってるなんて知られる訳にはいかないっ!
そもそもマヤ探索の言い出しっぺは僕なんだし、僕がしっかりしないとっ!!
眉間にきゅっと力をいれて、前を見る。
聖光は光源を中心に光が広がるから照射範囲は意外に狭く、指向性は低いからすぐ先に真っ暗な森が見える。
昼間何度も来た森だとわかっていても、なんで暗いだけでこんなにおどろおどろしくなるんだろう……?
見たくないけど、そもそもマヤを探しに来てるんだから、ちゃんと周囲を見渡さないといけない。
がんばれ僕、その為にここに来たんじゃないかっ!
「ユウ、大丈夫?」
「うひゃあぁぁっ!?」
ぽんと肩を叩かれて飛び上がらんばかりに悲鳴を上げてしまった。
振り向くと無表情なノワールさんの顔が見える。
「ユウっち、さっきから百面相みたいに、怯えた顔になったり、眉間に皺寄せたり、面白かったよ? そんな怖いん?」
「そ、そんな事、してないよ!? ここここ、怖くなんてないでしゅよっ!?」
手をばたばた振って恐怖を振り払いながら慌てて否定する。
危ない、恐怖って伝播するって言うし、僕が怖がってたら皆を不安にさせてしまうっ!
「そうなん? ウチは夜の森とか怖いけどなぁ」
「え! やっぱりそう? 暗いとやっぱり怖くなっちゃうよねっ」
なんだルルイエさんも平気なフリしてただけで怖かったのか。そうだよね、女の子だもん、夜の森とか怖いに決まってるよね。
そんな怖い所に1人きりで居るとか、マヤも心細いに違いない。早く助けてあげないと……。
「そう怖いんよ? 夜の森には殺されて埋められてもうた女性の幽霊が、道連れを探して出てくる言うしねぇ?」
「ひいっ!? な、なにその話っ!?」
「ほら、ユウっちの後ろの茂みに白い影がっ!!」
「ひゃうっっ!?」
飛び上がってアンクルさんの影に隠れる。
夜の闇も怖いけど、幽霊まで居るなんて聞いてないよっ!? ここってそんな怖い森だったの!?
「ルルイエ、あんまりユウにいい加減な事を言うな。真に受けるぞ」
「ルル、悪い子」
「いやだって、なぁ? あんな楽しいリアクションしてくれると、どうしてもやってまうやん?」
アンクルさんのマントの影から覗くと、苦笑してるコテツさんと楽しそうなルルイエさんが見えた。
アンクルさんも嬉しそうな困ったような困惑した表情を浮かべてる。
あれ? もしかして……
「ごめん、ユウっち。今のウソ。」
「うそっ?!」
ルルイエさんが言っていたさっきまで僕が居た後方辺りを見ると、確かに白い影は見えるけど、それはただの岩陰だった。
普通に見ればどうやっても人影なんかには見えない。
「ユウっちのリアクションがあんまり可愛いからつい。今は反省しとるよ?」
全く反省した様子もなく拝むように手を合わせるルルイエさん。
ウソの怪談話にのせられて、涙目になって慌てて、人の後ろに隠れる男の子とか……残念すぎるっ!?
なんとか汚名返上しなきゃっ!
「べべべ、別に気にしてないですよっ! ぼ、僕も話を合わせて、怖がったフリをしただけででですからっ」
アンクルさんのマントから手を離し、平静を装って歩き出す。
こう言っておけば皆も僕が残念だとは思わないだろう、高校生男子としてお化けが怖いとかそんな称号を貰う訳にはいかない。
顔は真っ赤だろうから見られるとまずいし、一番前を歩かなきゃ……。
「っ! ユウっ、下がれっ!!」
鋭い声がして、何かが僕の首根っこを引っ張って後ろに戻される。
と、同時に今まで僕が居た所を藪から伸びた白刃が通り過ぎた。
「え?」
・Lv7オークとエンカウントしました。
視界隅に表示されるメッセージ。
後ろに引き戻されて白い岩陰まで下げられると同時に、コテツさん、ルルイエさん、アンクルさんが前に飛び出す。
それに合わせて暗い藪の中から5体のオークが姿を現した。
オークが集団で現れるとか昼間は無かったのに、これが夜のフィールド効果なんだろうか?
「あたしとアンクルが前衛を担当するから、ルルイエとノワールは中衛フォローを! ユウは適時支援スキルを頼むっ!」
大斧を取り出したコテツさんがそう叫んで目の前のオークと刃を交える。
アンクルさんもフランベルジュを振るっている。
その隙間を縫ってルルイエさんが短剣を投げ、ノワールさんが弓矢を連射している。
すごい、かっこいい……これがパーティの連携!
「っと、いけない、えっと……防護印っ!」
つい見とれてしまっていたけど、僕も全員に防護印をかけた。
侍祭なんだから、前衛として役に立たないならせめてこれ位は役に立たないと……。
でも僕の支援なんて必要ない位コテツさん達は強くて、オーク達を圧倒していた。
よく考えたらオークって7レベルで巨大熊と同じなんだから圧倒して当たり前なのかな……?
「おかしいな……ただのオークにしては耐久力がありすぎる。夜だからってだけじゃなさそう……だっ!!」
オークに一撃を入れて距離を取って皆に告げるアンクルさん。
確かに普段アンクルさんが戦っている時より交戦時間が長い気がするかな? ノワールさんやルルイエさんのサポートもあるのに。
「もしかせんでも……始まってるん?」
忌々しそうに空を見上げるルルイエさん。
つられて僕も空を見上げると、ちょうど僕の背後の白い岩のお陰か木々がとぎれて真っ暗な空と赤い月が見える。
「あれ? 月が赤い?」
「昼間は見えへんから気付かへんかも知れんけど、アレが『狂化時間』の元凶なんよ」
「って事は目の前のオーク達も……?」
「そっ、面倒な事に狂化状態やろね」
オーク達を見返すと、幾度も攻撃を受けているにも関わらず戦意を失う事もなく、斧や大刀を振り回して襲ってきている。
「そんな……ただでさえ夜で強化されてるのに、更に狂化とかされてて、コテツさんもアンクルさんも大丈夫っ!?」
心配になっていつでも治癒が出来るように身構え、戦況を確認する。
「めんどくせぇぇぇ!! さっさと死にさらせぇぇっっ!!」
「貴様等の醜い姿など、ユウ様の瞳に映る価値すらない。疾く死に絶えろ」
嵐のようなコテツさんの斧と、疾風のようなアンクルさんの剣技が荒れ狂っていた。
うん、そうだよね。コテツさんって狂化状態の巨大熊の大集団相手に無双してたし、アンクルさんも普段からオークを瞬殺してたよね。
夜間で狂化状態とはいえ、オーク5体に危ない状況になる訳がないよね。
「ユウ、危ないから少し下る」
「え?」
ノワールさんの言葉に前を見るとどう見ても圧倒的で危なそうに見えないけど……。
「コテっちの斧の巻き添えにならんように、もう少し下がっといた方がええよ?」
ルルイエさんの言葉に納得して、後ろにあった白い岩の影に隠れる。
そういえば男Aもコテツさんの吹っ飛ばした巨大熊に轢き殺されてたんだった。
今回もそうならないとも限らない。
と、手元に岩とは違う妙な違和感を感じて視線を下に落とす。
まるで布のような手触りに、なんだろう? と手元に目をやるとそこには深い緑色……草色?のリボンらしき布が落ちていた。
どこかで見覚えが……と、記憶を探ると、マヤの髪をちょこんと縛っていたソレを思い出した。
「これって……!」
嫌な予感をしつつ、他に手がかりがないかと辺りに目を凝らす。
するとリボンの下、白い岩の表面に文字?のような物が彫られていて、薄く光っているのに気付いた。
鈍く光ってはいるけど、それでも暗くて良く読めない。
顔を近づけ、文字を指でなぞるように確認する。
「ひぁっっっ!?」
と、その瞬間、まぶしい程の光が岩全体から放たれ、僕の目を焼いた。
「っ!?」
「ユウ様っ!!」
「ユウ!?」
「どないしたんっ!」
皆の声が聞こえた気がした。
次の瞬間、高速エレベーターに乗ったような浮遊感がして、それが治まり、やっと目のしぱしぱが取れて辺りを見回したら、見覚えのない場所に立っていた。
勿論回りにはアンクルさんもコテツさん達も、オーク達も居ない。
「えっと…………何……これ?」
あるのは手元のリボンだけだった。
36話と37話の順番を入れ替え。内容に変更はありません。




