第35話 宴の終わり。
なんとか皆の雰囲気も良くなり、僕の作った料理もすぐに無くなってしまって、女将さんに追加注文をする。
同時に僕とタニアちゃん、ノワールさん以外はお酒を注文して杯を傾けている。
「――それで、ユウさんはその悪い戦士と私の間に割って入って、助けてくれたの!」
さっきからやたらと熱く語っているのはタニアちゃん。
「でも僕は大した事してないような……」
「そんな事ないぜ。あたしらが手一杯だったせいだけど、ユウは侍祭なのに、軽装とはいえ長剣持った戦士と近接戦闘しちまうんだから大したもんだ。こっちとしては慌てたけどさ」
「それでも勝っちゃったんです! ユウさんはすごいんですよっ!!」
「妹が危険な時に助けて貰って、本当に感謝してもしきれません」
「当たり前な事をしただけだから……」
ソニアさんもタニアちゃんも本当に感謝してくれてるのがわかるだけにこそばゆい。
しかしよくよく考えると最初に男AのHPを大幅に削ってくれてたのはコテツさんで、とどめを刺したのもコテツさんで、大量の巨大熊を倒したのもコテツさんとマヤで。
あれ? 僕がした事って、男Aに聖光をかけただけなような……。
それで感謝されるってどうなんだろう……?
「それは確かに凄い話やなぁ……しかもその時ユウっちってまだ1、2レベルで、相手はもっと上の筈やろ? それで戦闘系スキルも持ってないのに侍祭が勝つとかどんだけ天才やねん」
「然り! ユウ様はまさに天才ですよ。今日もゴブリンを3体を相手にして一歩も怯まず、むしろ積極的に討ってでる姿は女神の顕現とも言える神々しさでしたよっ!!」
「それって形容詞がおかしくない!? むしろ光速の剣技のアンクルさんとか、巨大熊相手に大立ち回りしてダメージ受けないコテツさんとかのが相応しくない!?」
さすがに誇大広告は不味いと思って慌てて訂正をいれる。
アンクルさんはどうも僕の評価が無意味に高い気がする。
いや、それで調子に乗ってしまう僕も悪いんだろうけど……だって褒められると嬉しいし。
「そうなんです!ユウさんは私を助けてくれた時は凛々しくて女神のようだったのに、普段は天使のように可愛らしいんですっ!!」
僕の訂正空しく、タニアちゃんが更に力説を始めた。
「ほんま、今の純白のローブも似合っとるしなぁ。アレってコテっちが前に拾ったレアアイテムやろ?」
「おう、うちのクランじゃ似合いそうなの居なかったからなぁ……ユウが貰ってくれなかったら……ノワール着てたか?」
「……白、嫌い」
「ノワール殿に似合わないとは言いませんが、やはりあのローブはユウ様が着てその存在を高めたと言えるでしょう。純白のローブから伸びるたおやかな手足、月の光が凝縮されたような流れる銀髪、大きな蒼い瞳、美の完成形がそこにあるっ!」
そう言って一気にジョッキを傾けるアンクルさん。
……もしかして酔ってる?
「ユウちゃん、普段はフードで顔を隠してるのがちょっと残念だけどね~」
「でもあの猫耳も捨てがたいんちゃう? 耳を伏せて怯えてるユウっちとか最高やん?」
「フードの中のユウちゃんの素顔を覗き込まれて、真っ赤になってあたふたしてる様も良いわね~」
「良くないよ!? そんな事思ってソニアさんって僕の顔を覗き込んでたの!?」
「ふふふ~」
悪気無く嬉しそうに笑うソニアさん。
あれは覗き込んでくるソニアさんが体勢的に胸が強調されるから、高校生男子としてはどうしてもそこに目が行ってしまって困ってただけなのに。
まさか困らされていたとは……ソニアさんって悪女?
しかし……前半の盛り上がらないピリピリした食事会は論外だけど、僕を肴にして盛り上がってる皆というのもどうなんだろう……?
僕が何をしたとか、僕の格好がどうとかを延々楽しそうに語られるとその……恥ずかしい。
どんな羞恥プレイ大会かという様相だ。
しかも今の僕の座席はノワールさんに隣から抱きかかえられる感じになっている。
ノワールさんは嬉しそうに僕の頭に顎を乗せて、器用に食事を続けている。
その度に僕の背中にノワールさんの胸がぽよんぽよん当たって、その……健全な男子としては天国と地獄を味わってる感じで。いや天国だけどもっ!!
更に思い出したように時折耳を甘噛みしてくるから、やたらと僕の話をする皆へのツッコミもままならない。
結果、やたらと盛り上がる皆と、赤くなってしまう僕というテーブルが出来上がっていた。
いや盛り上がってくれてるのは嬉しいんだけど……ノワールさんに抱きかかえられてるのも嬉しいんだけど……何か……ねぇ?
「その、ノワールさん、もうちょっと緩めて……」
「ヤダ。……ユウの耳、美味しい」
ぽつりと呟いたノワールの言葉を聞きつけたルルイエさんが僕に抱きついてきた。
何このハーレムっ!? 嬉しいけど困るよっ?!
「ちょ、ルルイエさんまで巫山戯てないで……」
「ちょっと味見するだけやから」
ガブリ
そう音がしたかと思った、耳に近いから? じゃなくてっ
「痛っっくゅぅぅぅっぅ!!?」
なんとかルルイエさんを押し返して、自分の耳に手をあてて治癒を唱える。
ゆっくり痛みが引いていく……こんな時、自分が侍祭で本当に良かったと思う……。
戦士ならこの程度で痛くないのかもしれないけど。
後アンクルさんが気付かなくて良かった……。アンクルさんも結構僕の怪我にうるさい気がするし。
「ルル、今のは酷い。謝る」
治癒を使ってる僕をさっきより強めに抱きしめて、ルルイエさんから距離を取りながらノワールさんが言った。
いつも無表情なノワールさんが、少し怒ってるように聞こえる。不謹慎だけど何か嬉しいな……。
「いや、ごめんごめん。涙目なユウっちが可愛いから、つい」
「それは同意」
「同意しちゃうの!?」
ノワールさんの即座の変動に、さっきの僕の嬉しさが残念に変わっちゃうよ!?
「でも、やっぱユウっちは『痛い』んやねぇ」
「当たり前だよっ! 誰だって耳を本気噛みされたら痛いでしょっ!」
「それもそやね。……ホンマごめんな?」
申し訳なさそうに覗き込んでくるルルイエさん。
美人がそのポーズはずるい……ルルイエさんも多分悪女だ。
「しっかし、マヤの奴遅いなぁ? どうしたんだか」
夜も結構遅くなってきて、そろそろお開きな時間にコテツさんが呟いた。
「確かに変やね。いつもやったらとっくに帰って来とるやろし、連絡くらいあっても……」
そう言いつつコテツさんとルルイエさんが何やら宙を見上げている。
ウィンドウを操作してるんだろうか?
僕も気になってた。
数日前にマヤと別れて以来だし、別れ方も僕が一方的にパーティ解散したままだったから、正直少し顔を合わせにくかったけど。でもだからちゃんと逢って謝りたかったんだけど……。
それとも僕の顔をもう見たくない位嫌われちゃったんだろうか……?
それはさすがに少し哀しい……尚更ちゃんと逢って謝りたい。
「っておい、どういう事だよっ!!」
僕が暗い方向に思考が流れて行ってる中、突然コテツさんが叫んだ。
クランチャットで揉めてる?
「っち……訳がわかんねぇ」
「どうしたんですか……?」
恐る恐るコテツさんに尋ねる。
脳裏に「ユウの食事会なんて行きたくない」って言ってるマヤの姿が浮かぶ。
「どうもこうもねぇよ。ウチのリーダー……今日はリアルで用事があってログイン自体は出来ねぇそうなんだが……そいつに確認したら、マヤの奴ログアウトしてないのに、まだ街に帰って来ても居ないってんだ」
「え……?」
もう……時計を見るともう22時になろうとしている。
「それってマズいんちゃうの? マヤっち今日は東の森に行ってるんやよね?」
「まずいって……何かあるんですか?」
僕自身は夜のモンスター狩りなんて行った事ないけど……マヤは昼間より大変って言ってた気がする。
「夜は月の力強くなるとかで、モンスターのアクティブ率が増えて、しかもステータスも強化されるんよ。わかりやすう言うと狂化時間みたいなもんやね。アレほど強化もされへんし、アクティブ率も高い訳やないけど。
でも今問題なんは……」
「東の森のボスモンスターですね」
ソニアさんが続けて答えた。
「そう、東の森に今居るボスモンスターは夜の間しか出て来いへんのやけど、今ん所倒したって話も聞いた事ないし、そもそもウチ等レベルでソロ討伐なんて無理な強さらしいし、そんな森に1人で居るマヤっちは正直かなりピンチやと思う」
困ったなぁと頭をかくルルイエさん。
「そそ、そんな危険な状態!? じゃあすぐ助けに行かないとっ!! 東の森ですねっ!」
ただでさえ暗いのは怖いのに、1人で森の中に居て、更にモンスターが強くなってて、ボスモンスターまで居るなんて、僕だったら泣いてしまうかもしれない。
飛びだそうとした僕をノワールさんが抱きしめて止める。
ぬ、抜け出せない。ノワールさんは小柄な方な筈なのにそのノワールさんより僕は非力なのかっ!?
「ノワールさん、ちょっと、離してっ! 今は遊んでる場合じゃっ」
「ダメ」
「いやまぁ、ボスモンスターとエンカウントして死んでもホームに帰って、ちょっとデスペナルティ受けるだけやし、そんな慌てんでも」
ルルイエさんの言葉を聞いて僕は藻掻くのを止める。
深く深呼吸をして、口を開く。
「コテツさん! マヤはまだログアウトもホーム帰還もしてないんですよね?」
「うぇ?! お、おう、そう言ってた」
「それで今、森の中で1人なんですよね?」
「今朝の段階では、1人で東の森のオーク討伐に行くって言ってたな」
なら……それだけで十分だ。
「普通なら帰ってきておかしくない時間なのに、帰ってきてない。なら何かあったのかもしれない。何かあって動けないのなら、助けを求めてるかもしれない。そもそも『ログアウトできない事が起こったのかもしれない』
全部可能性だけど、それでもマヤがそこに居て、困ってる可能性があるのなら僕は助けに行くっ!」
キッとルルイエさんを見つめる。
「最初に僕を助けてくれたのはマヤだから。今度は僕が助けないといけないんです。だから、行きます」
言い切った僕に、抱きしめていたノワールさんがその力を緩めてくれて抜け出す事が出来た。
「ユウ、いいこ」
そう言ってノワールさんが頭を撫でてくれる。
啖呵を切って頭を撫でられるとか締まらない事この上ないけど、ノワールさんはわかってくれたっぽくて、少し嬉しい。
「私はユウ様を守る騎士! ユウ様が行かれるのであれば何時! 何処であろうと! 我ら白薔薇騎士団全員馳せ参じ、お守りしましょうっ!!」
嬉しそうに僕の前に進み出て片膝を付くアンクルさん。
白薔薇騎士団って……何?
「まぁあたしらのクランの大事なメンバーの事だからな。当然あたしらも一緒に行くぜ?」
「マヤ、大事な仲間」
「……熱血っぽくてウチの性分やないけど、クランメンバーが居た方が探しやすいやろし、こういうんは斥候の仕事やからなぁ……」
ぼやきながらも「仕方ない」と手を挙げるルルイエさん。
「嫌ならルルイエは留守番してても良いんだぜ?」
「コテっちのいけず!?」
「ルル、ツンデレ?」
「ちゃうよ!?」
何やらみな楽しそうに救出作戦の相談を始めている。
「王国民は夜間の外出が基本的に禁じられてますので、私達は冒険者ギルドで待機して、情報を集めますね。もしかしたらマヤさんと行き違いになる可能性もありますし」
「あぁ、よろしく頼むよ」
そう言うソニアさんにコテツさんが頭をさげる。
タニアちゃんもやる気満々な顔をしてる。
僕が言い出した事だけど……でも……その……
「えっと……その……いい……の?」
皆が一斉に僕の顔を見る。不思議そうな表情をしてる。
「その……だって、マヤを助けたいって、僕の……我が儘、だよね? なのに皆手伝ってくれるって……夜も遅いのに……」
黙って聞いていたコテツさんが不意に近づいてきて、僕の額にデコピンをした。
「痛っ!!」
ただのデコピンなのに痛すぎるっ!! 一撃で涙目だ。……HPは減ってないけど。
おでこに治癒をかけながら、コテツさんを見上げる。
「いいかユウ? こういう時に仲間に言う言葉はたった一つ『ありがとう』で良いんだよっ!」
ニヤッっと笑うコテツさん。
他の皆も笑ってる。
そっか……うん。そうだよな。
「みんな、ありがとう! その、お願いします、一緒にマヤを探してくださいっ!!」
僕は深く頭を下げた。




