第2話 はじめての戦闘。
「ログアウト! ろぐあうと! ろ~ぐあ~うと! ろぉぉぐあぁぁぁうとぉぉ」
音声入力か発音の問題か? と思いつく限りに言い方で唱えてみるけど反応なし。誰かに聞かれたら恥ずかしいけど幸い此処には僕1人。
誰か居たらその人に聞けたんだろうけど。
結局僕の声に答えてくれるものはなく、目に見えるウィンドウを何度見てもどこをタップしても、システムメニューの中に『ログアウト』の文字は見つけられなかった。
勿論GMコール等の運営への連絡や、はてはグラフィック、サウンド系の設定項目等も見つけられなかった。
困った。これではアバター作成が出来ない。そもそも何時ログインしたのかもわからない僕はこのままじゃ学校に遅刻や欠席してしまう。
折角皆勤だったのに……風邪で40度熱があった日もちゃんと学校に行ったのに……摩耶にこっぴどく怒られたけど……せめて夏休みに入った後なら良いんだけどなぁ……。
あぁ悪い方にばかり考えが行く。
「と、とにかくログアウト出来ないんなら仕方ない! 今できる事をしようっ」
恐ろしいイメージを振り払うと無意味に両手を振り回して気分を一新する。こういう時はまず情報整理。
確かスタート地点は街中だったはずなのにそこからおかしい。身に覚えのないアバターな事もおかしいし、そのステータスもおかしい。ログインした記憶がないのもおかしいしログアウトできないのなんておかしすぎる。
そもそも此処はどこの森なんだろう?
「うん、わからない事だらけだ」
では次にわかっている事。能力値が明らかに低い、固有スキルは使い物にならない。通常スキルは戦闘の役に立てるとは思えない。装備はローブだけで武器なし。
「唯一役に立ちそうなのは神聖魔法かな?」
固有スキルに目が行っていて確認していなかった通常スキルの個別説明を開いてみる。
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・神聖魔法(初級) :神の加護により様々な回復、補助、破魔のアーツを使用出来る。
<魔法一覧>
・治癒(AP5) ・祝福(AP10) ・加速(AP5)
・聖水(AP5)・防護印(AP5) ・結界(AP30%)
・聖光(AP1~5)
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思ったより色々ある。『アーツ』とはAPを消費して使える必殺技のような感じみたい。けどやっぱり攻撃用っぽいアーツはないみたい。残念。
試しに加速をかけてみた。
ステータスのAPの項目が5減少し、速力の項目に(+10)と表示される。
それ以上に明らかに身体が軽くなる。単純に10倍以上だからだろうか?
その場でシャドーボクシングやキックの真似事のような事しながら動きを確かめと、やはり先程までより身体が軽い。
水面に長い銀髪が揺れて踊るような子供の姿が映る。遊んでるようにしか見えないけどそんな事は気にしない。そもそも格闘技なんてした事ないし。
そんな風に動きを確認していると5分位経った頃だろうか? 身体を覆っていた魔力が消えて不意に身体が重くなる。アーツの効果が切れたらしい。
「でもこれだけあれば逃げる位はなんとか出来るかな……?」
それで街か他のプレイヤーに会えれば情報が増える。そうすれば僕を取り巻く状況ももう少しわかるはず。そこまで行けばきっと何とかなる、うん。
完璧な作戦だ。
「そうと決まれば善は急げ! まずは森を出て街を探して……」
此処が森のどの辺りなのかすらわからない僕はどっちに向かって歩こうか? と辺りを見回した時、目の前の藪で視点が止まった。
そこにある二つの光と目が合ってしまったのだ。
ピコンと視界の隅で赤色の文字が表示される。
・Lv5森狼とエンカウントしました。
と同時に藪の中から大きな犬が飛びかかってきた! いや狼か。
「ぷっ、防護印!!」
反射的に手を森狼に向けてアーツを唱える。即座に目の前にガラスのような透明な魔力の膜?が発生し、森狼はそれにぶつかってはじき飛ばされる。
同時に膜の方もパリンと軽い音を立てて消えてしまう。吹き飛ばされた森狼もダメージを負っているようには見えない。多分一度だけ攻撃を無効化しただけなんだろう。
ならば今の僕に出来る事は……
攻撃を防がれて警戒している森狼をニヤリを笑い、僕は叫んだ。
「加速!!」
森狼に背を向けて全力ダッシュ。戦える訳がない、無理無理絶対無理。
大体5レベルって僕の5倍じゃないか。どう見ても非戦闘職で壊滅的ステータスの僕が、5レベルも上のモンスター相手に勝てる訳がない。ここは戦略的撤退を試みるしかない。天才策士ここに爆誕!
等と思っていると後ろから物凄い荒い息と走る音が近づいて来て背筋が寒くなる。
「防護印!!」
後ろを振り返らず全力疾走のままアーツを唱える。無事発動してくれたっぽいけど即座にパリンと割れる音がする。危ない所だった。
でもこれではっきりした。
森狼の方が足が速い。これは逃げ切れない。
ただでさえ森の中は足場が悪く走りにくいのに加速状態でもそもそも僕より森狼の方が速いっぽい。
しかし僕には逃げる以外に手段が……あ
「防護印!! 防護印っ!! 防護印っ!!!」
森狼は考える余裕も与えてくれないようで何度も後ろから襲ってくる。
僕はパリンと音が鳴る度に新しい防護印を発動する。
もう泣きそう。犬に襲われて逃げて泣くとか小学生か! と思うけど実際怖いんだから仕方ない。犬嫌いの人の気持ちもわかる。大型犬怖い。トラウマにならなきゃ良いけど……。
でもこのままじゃジリ貧だ。何か打開策は…と自分の手札を思い出す。
聖光
アンデッド系モンスターにダメージを与える光を発するアーツ。でも通常のモンスターでも目くらましに出来るかもしれない。というか他に方法がない。
これだ! これしかない! さすが天才策士ユウ様は危機的状況で打開策を閃く!
と、思った瞬間、又パリンともうお馴染みになってしまった防護印が割れる音がした。
その瞬間僕は足を止め振り返り、手を後方に突き出して全力で叫ぶ。
「聖光ぉぉぉ!!!」
目も眩むような閃光が僕の両腕から……あれ? 出ない?
ふと視界の隅の表示が見えた。
HP16/AP0
AP0…防護印を使いすぎたらしい。そりゃ発動しないよね。あっはっは……
森狼は現実逃避しかけた僕に容赦なく飛びかかってきた。すんでの所で避ける。が、避けきれずローブに森狼の牙がかすり、その衝撃で吹き飛ばされる。
「っっ!!!」
吹き飛ばされ、地面に叩きつけられ、声にならない悲鳴が漏れた。
というか痛い、痛すぎる。何コレ? なんでこんな所までリアルにしてるの? セカンドアースのリアリティ追求ってやり過ぎじゃないか?
こんなので喜ぶのはマゾな人だけだよ。僕はゲームはもっと楽に楽しみたい派だよ!?
こんな怖いゲームと知ってたらやらなかったよっ!!
痛みを堪えて立ち上がろうとする僕の視界には赤く点滅してる文字が見える。
HP1/AP0
掠っただけでHPの大半が持って行かれたらしい。むしろよく生きてたな僕。運が良いんだろうか? いや運が良い人はこんな状況にならないね。
HP1、AP0でアーツも使えない。戦闘系スキル無し、武器も無し。
万策尽きた。
仕方ない、あの痛みをもう一度味わうのは嫌だけどここは大人しく死に戻りして開始地点に帰ろう。
ん? 開始地点って何処になるんだろ? 普通は開始地点の街のはずだけど。
僕が目覚めたのはこの森のさっきの泉の側、あそこに戻らされたとしたら……。
全身の血の気が引く。最悪の場合森の中の開始地点に死に戻っては森狼に襲われるとか…ありえるのか?
無理! 1回でも死にそうなあの痛みがエンドレスとか壊れる! 僕壊れちゃうよ!?
最悪の可能性に後ずさるもすぐ木にぶつかる。前には森狼。そして無情にも僕をを覆っていた魔力が切れ、身体が再び重く感じた。加速も切れたみたいだ。
森狼がニタリと笑ったように感じた。犬の表情なんてわからないのに。
そして僕に向かって飛びかかってきた。これで決める気だろう。加速の切れた僕には回避する事すら出来ない。
僕は身を竦め、ぎゅっと目を閉じる。
どうか別のスタートポイントに行けますように……出来ればあまり痛みを感じませんように……
「キャウンッ!!」
なんとも間抜けな声が聞こえたけど、噛まれる痛みも、ぶつかってくる衝撃も、中々僕を襲う事はなかった。
恐る恐る目をあけると、そこには倒れている森狼と、僕と森狼の間に立っているマントを棚引かせた金属鎧を着た栗毛色の髪の後ろ姿。
助かった…?
「横殴りしちゃ悪いとは思ったけど、どう見ても初心者ローブだし、危なそうだったから咄嗟に助けちゃった。ゴメンね。」
マントに金属鎧の後ろ姿だったから一瞬わからなかったけど声で女性だとわかる。
どこかで聞き覚えがるような声な気がするけどモヤモヤするだけで思い出せない。
彼女はそう言いながら光となって消えていく森狼からドロップアイテム? を入手し、持っていた剣を納め振り返りへたり込んだままの僕に笑顔を向ける。
「でもダメだよ。この森は王都に近いとはいえ、結構危ないモンスターも多いんだから、低レベルのソロで来るなんて自殺行…為……」
彼女の目が驚きに見開かれる。
細部に微妙な違いはあるとはいえ、お互いに一目で気付いた。
「優?」
「摩耶?」
僕を助けてくれた金属鎧の女戦士の顔は誰がどう見ても僕のクラスメイトにして幼馴染み、元 摩耶その人だった。
魔法一覧にAP消費量表記を追加。