第27話 緑の中を走り抜ける。
ふっふっふ、英雄ユウの大進撃がついに始まったという事さ。
……後ろに向かって全力疾走でねっ!!
無理無理無理無理っ!! 1体のゴブリンならなんとかなるけど同時に6体とか絶対無理っ!!
そりゃ徒党を組んでるって話は聞いてたけど6体って多いでしょっ!?
幻影狸だって幻影で増えたのは3、4体だったよ!?
森の中をとりあえず全力で走り出した僕にゴブリン達は叫び声を上げながら追いかけてくる。
しかし森狼程の脚力はないようで、加速の僕には追いつけないようだ。
かといって引き離す事も出来ないけど。
僕も全力疾走とはいえ森の中で木々を避けながらだとどうしてもスピードが落ちてしまって、ゴブリン達に追いつかれそうになっていた。
どうにか倒すか逃げるかする方法を見つけないとジリ貧なのは初日に学習した事だ。
考えろユウ、逃げるという事はただ逃亡を成功させるだけじゃなく、その為の作戦を考える時間でもあるんだ!
走りながらちらりと後ろを見ると6匹のゴブリンは欠ける事なく怒りの表情で追いかけて来ている。
諦める気はなさそうだ。
すごい怖い。不良に追いかけられるとかがこんな感じなんだろうか? 経験ないけど。
くそう……一対一なら負けないのに……どうにか各個撃破出来たらなぁ……。
ん? 各個撃破?
そうだよ! それだ!!
維新志士は圧倒的に数で勝る幕府に対して、狭い路地を逃げる事で追いかける相手を分断して各個撃破していったと言うじゃないかっ!!
今の状況はまさにその条件に合っている!
さすが天才策士ユウ、自分でも気付かないうちに完璧な策を仕掛けていたなんて。
「そうと決まれば……」
走りながら後ろの様子を伺い、小声で自分に防護印をかけてから、タイミングを計る。
「今だっ! 必殺っ!!」
ユウスペシャルと言う前にカウンターで杖を一番前を走ってたゴブリンにたたき込む。
突進気味だったゴブリンとぶつかり合う感じになったせいか同時に防護印が割れる音がする。
しかし攻撃を受けたゴブリンも吹っ飛び、それを受け止める形になって後続のゴブリンも足止めされた。
「作戦成功!」
改めてくるりと反転して全力疾走っ!
一瞬の間の後に又ゴブリンの怒声と追いかけてくる音が聞こえてきた。
さらに血が上っているっぽい。
ふっふっふ、全て僕の計略通り!
全部のゴブリンを倒せればよし、ダメでも逃げ切れればよし、完璧な作戦だっ!!
改めて自分に防護印をかけてタイミングを伺う。
と、前方の藪が少し動いたように見えた。
「っ!?」
と同時に防護印が割れるお馴染みの音が響き、驚いた僕は足をもつれて転けてしまった。
慌てて立ち上がろうとする僕に黒い影が重なる。
悪い予感を感じつつ視線を上げると、そこに見えたのは3体のゴブリンだった。
・Lv3ゴブリンとエンカウントしました。
同時に視界の隅でメッセージが表示される。
逃げる方向を考えて辺りを伺う間もなく、迫ってくる後ろからの6体のゴブリン。
あれだけ走ってれば別のゴブリンに遭遇してもおかしくないか……失敗だ。
これでは前門のゴブリンと後門のゴブリンだ。
逃げ場無く、1.5倍にふくれあがったゴブリンを相手にどう戦う?
合流したゴブリン達がじりじりと僕に近づいて来て、その輪を縮める中考える。
やはり聖光しかないか?
幸いゴブリンは皆こっちを見てる。タイミングさえ合わせられれば全員を同時に盲目状態に出来るかも……。
追い詰められ、大きな木の幹を背にして取り囲まれた状態で、ゴブリンが飛びかかってくる瞬間に左手をかざして僕は叫ん――
「聖ら……あれ?」
僕の手が光る前に僕の視界を塞ぐ赤いマント。
「か弱き者を助けるのは騎士の努め! 邪悪なるゴブリンよ、我が愛剣フランベルジュの錆となれっ!!」
どこかで聞いたような声とともにひらめく赤いマントと銀の剣。
戦闘というにはあまりに一瞬で9体のゴブリンの首が跳ね飛び、全てが光となって消えた。
「さて……お久しぶりですね、姫」
剣を鞘におさめつつ、振り返った騎士の顔には見覚えがあった。
「ざんねっ!? ……あ、いえ、えっと」
「ザンネ?」
「イエ、ナンデモナイデス」
危なく本人に残念イケメンと言ってしまう所だった。助けて貰っておいてそんな失礼な事言い出さなくて本当に良かった。
でもこの人の名前を覚えてないや……えっと……なんだっけ……。
たしか……
「あ、ありがとうございます。……その……薔薇の騎士さん」
「おお!その名で呼んでくださいますかっ!姫にそう呼んで頂けるとは、このアンクル・ウォルター、感涙ですよ」
そうそう、アンクルさんだった。
その後、僕が作った結界内でやっと一息つく事が出来た。
「それじゃアンクルさんもゴブリン討伐クエストを?」
「ええ、私はオーク討伐も受けておりますが。か弱き乙女の危機とあらば、薔薇の騎士として見過ごせませんからな!」
「そ、そうですか……」
前も思ったけどアンクルさんは本当にキャラクターへの成り切り方が半端無いなぁ。ロールプレイとか言うんだっけ?
一瞬NPCかと思っちゃう位だ。
誰に迷惑をかけてる訳でもないし良いんだろうけど、せっかく顔は格好いいのに勿体ないなぁ……本人が楽しんでるから良いのかな?
そのお陰で僕も助けて貰えたんだし。
「それで私も『たまたま森を探索していた所』『偶然姫を目撃し』、危険だと判断して飛び出してしまいました。討伐を横取りしたのだとしたら申し訳ない」
と頭を下げるアンクルさん。
「いえ、本当に助かりましたからっ! ありがとうございますっ!!」
慌ててもっと頭を下げる僕。
「そうですか?なら良かった」
すぐに頭を上げてにこっと笑うアンクルさん。わかってて言ってくれたようだ。残念イケメンだと思ったけど気も使える人なのかもしれない。
「あー……それで、『あの猪武者はどこに居るのですか?』性格はさておき、あやつが居れば姫が危険になる事も少なかろうに」
「うっ……」
そりゃそうか、アンクルさんは僕とマヤが一緒にいると思ってた筈だし、助けてくれたんだから、話さないと……だよな。
「その……今は別行動を取ってるんです。僕が、我が儘を言って。」
「『我が儘?』」
「はい……その……一人でどこまで戦えるかとか、僕も人を守る力を手に入れたいとか……そんな感じで」
「ふむ……しかし『姫は侍祭、その癒しの魔法は皆を守る力になるのでは?』今もこの結界は私を守ってくれてます」
僕たちの周りに広がる半透明の魔法の幕を見上げてアンクルさんが言う。
「それでも、いざという時は戦闘能力が必要になります。実際マヤと過ごした一週間での交戦技術は無駄になってません」
実際そのお陰で一対一ならゴブリンに圧勝出来た。
初日の僕では絶対に無理だっただろう。
「だから、支援魔法を使うのは当然ですけど、いざという時自分と大事な人を守れるだけの力が欲しいんです」
「ふむ……『それだけ』で?」
「あ、いえ……その……あとは、出来るだけ人に迷惑をかけずに、とも……」
「『なるほど』……」
アンクルさんは顎に手を当ててなにやら考え込むように僕を見ている。
ところでアンクルさんはさっきから何か棒読みというか所々イントネーションがおかしいような気がするけど、これも騎士のロールプレイなんだろうか?
暫く無言が続いたが、唐突にアンクルさんはポンと膝を叩き、
「さすが我が姫っ! 常に他者を慮り、研鑽を忘れない。お姿だけでなく、その心根までも美しい!!……しかし、姫の崇高な目的は一人での達成は難しいのではないですかな?」
「うっ……」
実際ついさっき危険な目に遭っただけに言い返せない。
一角兎の居る平原まで戻っても良いけど……ゴブリン被害がある事を考えると放置したくない。
タニアちゃんやソニアさんもゴブリンに襲われる可能性があるのだから……。
「あー……『それで提案ですが、私でよければ修行のお手伝いをしましょうか?』」
「え?」
「勿論ずっと一緒は無理です。『私が暇な時間、一日……1、2時間位』、私がゴブリン狩りをするついでに、戦い方を教えるという感じで」
「いいんですか?」
それ位ならアンクルさんの迷惑にもあまりならないかもしれない。
なったらすぐ別れれば良いだけだし。
「勿論ですとも! 姫の為に献身するのは騎士の嗜みですから!!」
もの凄くさわやかな笑みでアンクルさんは答えた。
あ、この笑顔見覚えあると思ったら時々マヤがしてる奴だ。
「あ、えっと……それで、ですね、僕の事は姫ではなくてユウと呼んで欲しいんですけど……」
助けて貰った手前言い出せずに居たけど、今後一緒に居る事があるのなら、はっきり言わないと。
「なるほど!お忍び、という事ですな!お任せあれ、ユウ様!」
何か根本的な所で通じてない気がする……けど、もういっか……。
ずっと被ったままになっていたフードに気付いて外し、アンクルに握手の手を差し出す。
「それじゃ、アンクルさん! 至らない所も多いと思いますが、これからよろしくお願いしますっ!」
「っ! この薔薇の騎士の命に代えてもっ!!」
片膝を付いて僕の手を取り、頭を下げるアンクルさん。
…………頼んで良かったんだろうか?




