第25話 一宿一飯。
「さ、寒い……」
僕は改めてフードを深く被り直した。
防寒具として購入した訳じゃなかったけどフードがあって本当に良かった。
8月になったばかり位のはずなのに、日が沈むとぐっと肌寒さが増した街に身震いして独りごちる。
でも考えたら『セカンドアース』でも夏とは限らないのか、昼間も別に暑かった訳じゃないし。
「確か冒険者ギルドの近くには安い宿があるってマヤが言ってたような気がするんだけどなぁ……」
しかし見えるのは店仕舞いしたアイテムショップか酒場位だ。
一週間も生活をしていて僕は何を見ていたんだろうと軽く凹む。
やはりこのまま野宿だろうか?
でも街中でも襲われるってマヤが言ってたし、出来ればそれは避けたいなぁ……そもそも今の所持金3千Eで泊まれるかどうかもわからないけど……。
いや、大丈夫だ!そもそも3千Eで泊まれないなら初日のプレイヤーは皆野宿の筈なんだから!!
それに最悪野宿でもきっと街中なら大丈夫っ! この一週間暮らしてみてそこまで治安が悪いようには見えなかったしっ!!
悪い方悪い方へと行ってしまいそうになる思考を無理矢理引き戻しながら歩いていると、いつもの感覚で歩いて来てしまったのか冒険者ギルドの前まで来てしまっていた。
今朝マヤと別れて涙まで流してしまった恥ずかしい思い出の場所、今はちょっと入りにくいなぁ……。
そう思っていてふと思い立った。
『セカンドアース』においてプレイヤーは『流民』と呼ばれる存在で、ある意味冒険者ギルドは国との間に立ってその窓口になっている。
なら宿屋も冒険者ギルドで教えてくれるんじゃないだろうか? 出来れば格安のを。
うん、それだ! それでいこう!
それにダメ元だしね!
冒険者ギルドに勢いよく入ると、人の数はまばらだった。けど、カウンターに見知った顔があって安堵する。
「ソニアさん!!」
「はい? え? ユウちゃん?」
声を上げてカウンターに飛び乗るように駆けだした僕にソニアさんは驚いたようにしばたたかせた。
あ、そうか。
「はい、ユウです」
僕は被っていたフードを脱ぎながら応えた。
「びっくりしました。装備を変更されたのですね、そのフードも似合ってますよ」
僕の姿を見て柔らかに微笑んでソニアさんが答えたくれた。
でも猫耳フードが似合うって言われるのは高校生男子としてどうなんだろう?
「それで、こんな遅い時間にどうしたのですか?今日はクエストは受けて無かったと思いますが……」
「あ、はい。えっと……新しい宿に移動しようと思ったんですが、何処か紹介して貰えないかと……所持金も少ないので、出来れば格安な所を……」
女性に対して「お金がない」と懐事情を暴露する情けなさ……しかし背に腹はかえられない。無い袖は振れない。
「なるほど。……一応冒険者ギルドで初心者の方に無料の宿泊施設は提供してますが……」
無料!? 何それ! そんな素晴らしい施設があったなんてっ!!
なんだ悩み解決じゃないか、やはり冒険者ギルドは冒険者へのサポートをしっかりしてくれる組織だったんだ!
「ユウさんは現在レベルおいくつでしたっけ?」
「はい、7レベルになりました!」
一週間の成果、お金はなくともレベルは上がったのだ。ここは胸を張って言える。
しかしそれを聞いたソニアさんは少し苦い表情をして、
「残念ながら初心者用宿泊施設の入居制限がレベル5までなのです。申し訳ありません……」
「いや、き、気にしないでください。大丈夫です!そ、そうですよね、レベル7の冒険者が初心者用宿泊施設に居ちゃまずいですよね」
本当に申し訳なさそうに頭を下げるソニアさんに慌てて答える。
そりゃそうか、レベル5位になればそれなりに稼げるはずだし、いつまでも無料の宿に残られても困るよなぁ……よく考えられてる。
「でも……じゃあどうしようかな……どこか他に良い宿ありません?」
万策尽きて少し途方に暮れた僕に、ソニアさんは少し考えるような素振りをして、
「そうだ! 泊まる場所がないんだったら、私の家にいらしたらどうでしょう?」
「へ?」
ソニアさんの家に? 僕が? お泊まり? いいの? そんな?
「うん、それが良いですよ。それならユウさんも宿代の心配が要らなくなりますし、何よりタニアも喜びます」
名案だと嬉しそうに手を叩き微笑むタニアさん。
確かに助かる。それにケモ耳お姉さんのソニアさんとロリっ娘ケモ耳タニアちゃんの美人姉妹の家にお泊まりとか高校生男子として惹かれる。そんな男なら一度は憧れるシチュエーションを断れる訳がないっ!!
でも……
「す、すみません、ありがたいけど……自分で宿を取りたいんです」
僕は頭を下げた。
マヤに頼ってばかりだった僕がそれを直そうと飛び出して、それでソニアさんに甘えてしまったら本末転倒だ。
ちょっと生活が苦しくなったからと違う女性の家に転がり込むヒモ男とか最低じゃないか。
そんな事で皆を守れるカッコイイ男になれる訳がない。
「そうですか……残念です」
本当に残念そうにしょんぼりするソニアさん。
うぅ……罪悪感が。それ以上に自分でも勿体ないという気持ちが。もしかしたらお風呂でバッタリイベントとか、一緒の布団でおやすみイベントとか、そういうのがあったかもしれないのに……。
今からでも遅くないだろうか?
ソニアさんの気持ちを無碍にする方が申し訳ないし、ここは申し出を受けた方が良いんじゃないだろうか?
うん、一日位なら良いのかもしれない。
「あ、えと……それじゃやっぱりお願――」
「では、私の知ってる宿屋に案内しますね。受付業務を終わらせて着替えてきますから少し待っててください。」
ソニアさんはそう言うとカウンターの奥へと姿を消してしまった。
……これでよかった! うん! これでよかったんだっ!!
「あれ?ここって……」
「ええ、ユウちゃん達と前にも一緒に来た事あるでしょ」
着替えたソニアさんに連れて来られた場所は宿屋ではなく、前に初討伐祝いのパーティーをした酒場だった。
美人のお姉さんと一緒に夕食というのは吝かではないけど、まず宿屋を確保しないと食費にも厳しいんだけどなぁ……。
そう思いつつも酒場に入っていくソニアさん。
さすが夕食時あって中は結構混雑していた。
美味しそうな匂いが食欲をくすぐる。……そういえば昼食も食べてなかったなぁ……おなかすいた……。
空腹を我慢して、とりあえずソニアさんについていく。
「あ、居た居た。女将さん! こんばんわ!!」
ソニアさんは一番奥まで行ってカウンターに立つ女性にしては結構大柄で恰幅の良い中年女性に声をかけた。
「おや、ソニアちゃん、いらっしゃい。今日は何を食べるんだい?」
見た目通り優しそうなオカンという感じで言葉を返す女将さん。
「あ、はい、それもですが……今日は宿屋のお客を案内してきました。遅い時間で申し訳ないんですが……一部屋お願いできないでしょうか?」
あれ? という事はここが宿屋も兼業してるのかな?
そうか、それで宿屋が見あたらなかったのか……そういえばファンタジー世界だと酒場と宿屋が同じって結構定番だった。
一週間ずっとホテル暮らしで、そういう感覚がなくなってたや。
「ん? ……後ろのその子かい? …………って、純白の歌姫じゃないか。先日はお陰で大繁盛だったよ、ありがとう」
「あ、は、はい、えっと、侍祭のユウです! よろしくお願いしますっ!!」
あわてて自己紹介する……が、『純白の歌姫』ってなんだろう?
聞いた事のない単語に頭にハテナマークを出していると、ソニアさんが苦笑して、
「先週酒場で披露したコンサートで、ユウちゃんの事をそんな風に呼ぶ人が居るらしいよ」
と教えてくれた。
調子に乗って酒場で独唱しだした恥ずかしい子に痛い名前を付けたみたいな感じ!?
何その恥ずかしい二つ名。知りたくなかった! 聞きたく無かった!!
「それで、ユウちゃんがここに泊まりたいって言ってるんですが……」
「あぁ、歌姫なら勿論歓迎さ。ちょうど一部屋余ってるしね」
やった! さすがソニアさんの紹介だ!! あ、でも……
「あ、その……宿代って一拍いくらでしょうか……?」
前もってソニアさんに確認するのを忘れていた。僕の所持金は3千Eちょっと、それ以上の宿泊費は払えない。流石に昨日まで泊まってた高級ホテルの5万Eとかと変わらないって事はないとは思うけど……。
それでも確認するまではわからないし、震えながら女将さんの言葉を待っていると、何故か苦笑した女将さんに頭を撫でられた。
何故皆僕の頭を撫でたがるんだろう?高校生男子の頭を撫でて楽しい事など一つもないのに。
でも宿代の値段を待つ僕は動けない。
「そうだね、普通は一泊朝夕の食事付きで千Eなんだけど……ソニアちゃんの紹介だし、お願いを聞いてくれるなら5百Eでいいよ?どうする?」
半額!? どんなプライスダウン!? 値下げ系スキルなんて持ってないよ!? それともソニアさんが持ってるのかな?
「え、あ、ありがとうございます……で、でも、良いんですか? 半額ってすごい値引きのような……」
「あぁ、勿論だよ。『お願いを聞いてくれるなら』って条件付きだしね」
そ、そうだった。この世にタダより高いものはない。いや半額だからタダじゃないけど。
それでも50%オフになる程の値下げをする『お願い』とは一体……。
「それは……どんな条件でしょう……?」
「ユウだっけ?あんたが暇な時で良いからさ、夜にウチの酒場で何曲か歌ってくれないかね?」
歌? 酒場で? 僕が?
「えっと……それだけで、良い……んですか?」
「あぁ、お願いできるかい?」
「は、はい、それで良いんでしたら、喜んで」
素人の歌なんて誰も聞きたくないだろうに、変な条件だ。
でもこの世界にラジオとか無いし無音よりは雑音でも音楽が流れてる方が良いのかな?
それとも……ソニアさんの紹介で、僕があまりに貧乏そうだから値下げしてくれて、しかもそれで僕が負担に思わないようにあえて簡単な条件を付けてくれたという事だろうか?
うん、それなら納得出来る。
女将さん、なんて良い人なんだ。
「ありがとうございます!僕、がんばります!!」
「あいよ、じゃあ部屋は後で案内したげるから、まず今日の夕食を酒場で食べてきな」
にかっと笑って女将さんは席へと案内してくれた。
席に座ってすぐに出された食事はハンバーグ定食のような内容で、口に含むとハンバーグから肉汁が溢れ出て、口いっぱいに旨味が広がった。
初日の宴会の時も思ったけどこの酒場の料理って王都の中でもかなり美味しい部類じゃないだろうか?
あまり高いお店には行った事ないけど……。
宿の心配もなくなり、ソニアさんと2人きりの食事という事もあり、今日一日の疲れが吹っ飛ぶような幸せな時間だった。
勿論女将さんの為に何曲か歌も歌った。
今回はちゃんと女将さんが仕切ってくれたお陰か、面白がった酔っ払いのアンコールに巻き込まれる事もなく、カラオケっぽい感覚で楽しめた。
他の人も歌えばいいのに、なんで歌わないんだろう?




