第22話 パーティ解散。
「別にその初心者君がマヤっちに頼って旨味を頂いてるだけのお座りキャラやとは言わへんよ? そもそもそんな奴をマヤっちや、ましてコテっちが気に入るとは思わへんし。でも、毎日毎日クランの狩りにも参加せずにその子にべったりやと結果的に同じようなもんちゃうの?
それって初心者君の成長にも良くないんちゃう? ネットゲームなんて常に保護者が居る訳でもないんやし、特に『セカンドアース』は狩り場でも街中でも『リアル』やから、ある程度一人でなんでも出来るようにならな話にならんよ?」
ルルイエさんの耳の痛い話は続く。
全く持って正論だ。マヤもそう思っているのか反論しない。
「それにマヤっちもこの一週間殆ど狩りしてへんやろ? その初心者君がどんだけ大事か知らへんけど、自分の事も考えやなアカンよ」
「そんな事は……」
「あるやろ?」
「う……」
毎日マヤは僕の特訓に付き合ってくれて、朝から夕方までずっと見ていてくれていた。
本当は自分で戦った方が早いのに、もっと高レベルなモンスターを討伐に行った方がおいしいのに、僕が最低限の戦闘スキルも持ってないから、その習得の為にいつも僕の側で見守っていてくれた。
わかってた。わかってて気付かない振りをしていた。
マヤに頼りすぎている事。結果マヤが何も出来ていない事。
自分がログアウト出来ないから、もしかしたら死んだらそれまでかもしれないから、それを言い訳にして、幼馴染みが一緒にいる事を当然のように考えていた。
でもそんなの僕だけの話だ。
他の全てのプレイヤーは普通にゲームを楽しんでいるに過ぎない。
それはマヤも同じだったはずだ。
マヤだって今夏休み真っ最中で、MMOにログインして、楽しんでいるはずの時間、それを僕のせいで無駄にしていた。
そんな事少し考えればわかる事なのに、僕は考えなかった。多分考えないようにしていた。
だからルルイエさんの言葉に、何も言えなかった。
「ルルは良い事を言ってるつもりだけど、単に寂しくてマヤと一緒に狩りに行きたいだけ」
「ノワっち!? ここはウチのカッコイイ台詞をフォローする所やないのっ!?」
マヤも勿論だけど、クランの皆さんにも迷惑をかけてたんだ。
なら今の僕が出来る事、今しなきゃいけないのは……。
「……マヤ」
「ユウっ!?」
震える足を堪えてマヤに声をかけた。マヤはびっくりしたように振り返り目を見開いて僕を凝視してる。
それにつられて2人も僕に目を向ける。
「あの、ユウ! 違うの!これはねっ!?」
「ん?君が噂の初心者君?」
マヤの声を無視してルルイエさんが口を開いた。
「あ、はい、はじめまして、ユウ……です。侍祭、です。2人はマヤの友達、ですよね」
ルルイエさんが僕を上から下まで品定めしてるようだった。といってもフードを深々と被ってるから顔は殆ど見えないはずだけど……。
初対面の人に申し訳ないけど、今はこれは外せない。
「はじめまして、マヤっちと同じクランのルルイエ言います。斥候やってます」
「ノワール。弓手」
怪しさ爆発であろう僕にルルイエさんは笑顔で、ノワールさんは無表情で挨拶を返してくれた。
ノワールさんはずっと無表情だったからこれが普通なのかもしれないけど。
「それで、ユウ君……やっけ? 申し訳ないんやけど今日はマヤっちはクランの狩りがあるから、ウチ等が借りて行ってもええかな?」
「ルルイエっ!?」
ルルイエさんの言葉を聞いて、停止していたマヤが驚き、悲鳴を上げるように叫び声を上げた。
「はい、えと……ごめんなさい、少し立ち聞きしちゃってました。僕も、マヤが自分のゲームを楽しんで欲しい。」
「ユウ……?」
マヤが信じられないように僕を凝視してる。
「この一週間マヤが教えてくれたお陰でレベルも上がったから、暫くは一人でがんばってみようと思う。借りてるお金はすぐに返せないけど、がんばって貯めるから、待っててほしい。」
僕は上手く喋れているだろうか?
何故か目頭が熱くて、一言一言喋る度に身体と声が震えてしまう。フードを買ってあって良かった。無かったらこんな顔見られて又マヤを心配させてたかもしれない。
「なんやユウ君、話がわかるエエ子やん。なんか仲間はずれみたいな事言ってゴメンな。ウチのクランって加入条件がちょっと厳しくてなぁ」
「ユウ、良い子。でも無理は良くない」
気付かれてるっ!?
ノワールさんが無表情な声のまま、でも少し心配げな顔で僕を覗き込むように近づく。
これ以上迷惑はかけられない。僕はもう限界だった。
「っ! いえ、無理じゃないですっ! 大丈夫ですっ!! だからっ! マヤっ、今までありがとう、だから……ごめんっ」
「ユウっ!?」
だから僕はウィンドウからパーティ脱退処理を行って、冒険者ギルドを飛び出した。
さっきまで倒れそうな位震えていた身体はちゃんと動いてくれた。
バレなくて本当に良かった。
悲しいのか、悔しいのか、情けないのか、原因もわからず流れる涙を無視して僕は走った。
僕ってこんな涙もろかったっけ?
涙とフードでちゃんと前が見えなかったけど、気にせず走った。
当然何かにぶつかった。
「っ!!」
そのまま跳ね返され、地面に尻餅をつく。ぶつかった部分は不思議と柔らかく痛くなかったが、お尻の方はすごく痛い。止まりかけてたのに又涙が……。
「おいおい、人混みでそんな走ったら危ないだろ……ってユウ? どうした? ん? 泣いてるのかっ!? 誰にやられたっ?!」
見上げると、そこに居たのはコテツさんだった。
「あー……つまり、ルルイエ達がマヤを誘いに来た現場を目撃して、泣いて、逃げてきた、と」
僕の涙を見て慌てたコテツさんを押し留め、2人して入った適当な喫茶店であらましを説明する事になり、僕の説明を聞いたコテツさんは容赦なく簡潔にまとめてくれた。
まとめられると恥ずかしい事この上ない。しかもその内容が間違ってない。
逃げ出した事も恥ずかしければ、それで泣いてる所まで見られ、あまつさえそれを自分で説明させられるとか、高校生男子として辛すぎる。あぁ、又涙が出そう。
「しっかし、そんな気にする事無いんじゃねーか?ユウは侍祭なんだからパーティプレイする方が普通だろ?」
「それでも……僕がマヤに頼りすぎてたのは本当だから。もっとマヤには自分の事を楽しんで欲しいんです」
「そんなもんかねぇ……。マヤは十分楽しんでるように見えたけどなぁ」
……それは少し否定できない。けど、折角MMOに来てまで幼馴染みを虐めて楽しむとか、マヤはそんな屈折した奴じゃない……と思う。多分。きっと。じゃないかなと。少し覚悟はしてるけど。
「それに僕は侍祭だから、守られるだけじゃなくて、ちゃんとマヤを守れる位にはなりたいんです」
「そんなもんかねぇ……まぁユウがそう決めたんなら、あたしがどうこう言うこっちゃないが、あたしもいつでも力になるし、相談に乗るからな」
「ありがとう、ございますっ。その時は頼みます」
でも今度は頼りすぎないように、コテツさんの力にもなれるようにがんばろう。
そう思っていると、ふと何を思ったのかコテツさんは僕の頬を指ですくい
「せめてこの程度で泣かない位には強くならないとな!」
と、言いながら悪戯っぽい表情で指についた涙をぺろりと舐めた。
「が、がんばります……」
なんだろう、すごく恥ずかしい。さっきの経緯説明の時より恥ずかしい。これが羞恥プレイというやつか!?
大人の女性おそるべしっ!!
「ん?……ユウの涙って……なんだこれ? なんか……すげー……うまい?」
「ひぃっ!? きっ、きのせいじゃないかなっ!?」
自分のスキルを思い出して慌てて誤魔化す。
忘れてた……僕の固有スキル『魔皇女の雫』
その効果は『僕の体液全てを美味しく感じるようにする』という意味不明スキル。
体液を人に飲ませるなんて変態的な事する訳がないから一生使われる事がないスキルだと思っていたのに。確かに涙も体液の一種だよな、うん。油断してた。
「んー……気のせい……か? なぁユウ、もう一口だけ……」
「だっ、駄目ですっ!!」
コテツさんの力にはなりたいけど、そういう事じゃないからっ! もっとちゃんとした事でだからっ!!
あ、でも少し勿体なかったんだろうか……?




