第21話 変装。
「街中で素顔を隠すのにフードが欲しい?…………今更かよ」
コテツさんの露店に行き、事情を説明するとコテツさんは何故か呆れたように呟いた。
「あれ!? もしかしてフードって流行ってた!? 僕、乗り遅れ?!」
「いや、そういう事じゃないが……ユウはそういう事を気にしてないのかと思ったからさ」
なんとも歯切れ悪く呟くコテツさん。
確かに僕はあまりファッションとか流行とか気にしてないけど……それでも、せっかくゲームやってるんだし流行の装備とかは気になる。
買うお金も無いけども。無くても気になる物だよね!?
「何か最近やたらとクラン勧誘やら何やらで声をかけられて、面倒で……このゲームのプレイヤーが皆初心者に優しいのはよくわかるんだけど流石に毎日だと……」
と、大きくため息をついた。
本当に善意だからこそ対応に困る。あの賞金首になった凸凹三人組みたいな悪党なら僕だって自慢の杖でバシバシ叩きのめしたりできるのに。
僕のそんな様をコテツさんは苦笑して言った。
「で、なんだっけ? 街中で被る用のフードだよな」
「あ、はい。その……良いのあります?できればあまり高くないので……」
「つってもあたしは縫製系のスキルは取ってないんだけどなぁ……」
そう言いつつ、コテツさんは顎に手を当て、アイテムウィンドウをチェックしてるのか空中を視線が泳ぐ。
未だに人がウィンドウを操作してる様を見るのは慣れないなぁ……。自分にしか見えてないんだから仕方ないんだけど不審者にしか見えない。
僕が失礼な事を考えている間に検索が済んだのか、コテツさんがポンと手元に白い布を取り出す。
「前に仕入れたのが一個だけあった。これでいいか?」
その布を渡され、広げて確認する。
「「…………」」
フードにしては明らかにおかしなパーツが二つついている。
「これって…………猫耳……ですか?」
「そうだな、猫耳フードだな」
純白のケープにフードが付いたデザイン。なのは良いとして、そのフードに取り付けられた二つの耳。耳の中は可愛いピンク色で白との対比で随分可愛らしい印象である。
「前に知り合いから買い取ったんだけど、あたしが使う訳ないし売れないしで放り込んだままになってたんだよ。特殊効果もないし引き取ってくれんなら原価でいいけど、どうする?」
原価! なんて魅力的な提案っ!! しかし……男が猫耳ってどうなんだろう……? リアルだったら完全不審者だ。高校生活が灰色になるのは間違いない。
いやまぁここはゲーム世界だし、そもそも獣人だエルフだと居るんだから皆気にしないんだろうか?
でも、いや……うーん……
「ち、ちなみにおいくらデスカ?」
「買い取った時は1万5千Eだったから……1万2千Eでどうだ?」
か、買えるっ!! しかしギリギリ!! しかも買い取り値よりも安いっ!! という事はこれを買わないと多分暫く買えないはずっ!!
「じゃ、じゃあ……それで……オネガイシマス……」
「毎度ありっ!」
あぁ、コテツさんの良い笑顔だ。これが見れただけでも良かったヨカッタ。
それに考えてみたらフードを付ける時は顔を隠してるんだから、別に耳が付いてようが関係ないよね。
うん、大丈夫。高校生男子のアイデンティティは壊れない。
支払いをし、装備を付けて状態を確認する。
「コテツさん、どうですか?ちゃんと顔隠れてます?」
「おう!ぱっと見、獣人に見えなくもない感じだな。実際装備した所は初めて見たが、耳が動いてるのが驚きだ」
僕も驚きだ。この耳動くのっ?!
おそるおそる自分の頭に手をやると、確かに猫耳がぴくんと動いてるようだ。
「これって……何か特殊効果とかあったりするのかな?」
「ただのファッションじゃないか?」
ファッションでわざわざフードの耳を動かすとか職人の無駄な熱意すごいなぁ……。
それを結局高校生男子なんかに装備されちゃってるとか職人可哀想だなぁ……。きっと可愛い女の子が付ける所を妄想して作ったに違いないだろうに。
「まぁ耳が動いてる所も含めて、ユウに似合ってて可愛いから大丈夫だ!」
猫耳フードが僕に似合ってるとか、可愛いとかは高校生男子へのほめ言葉ではないと思う。
というかそもそも『似合ってる』ってちゃんと素顔を隠す目的を達成できてるんだろうか……不安だ。
翌日、早速フードを付けて外出してみた。
結論としてはちゃんと目的は達成されていたらしい。
誰も声をかけてこなくなったのだ。やはり僕の作戦通りだ。
フードで顔を隠した謎の男。そんな恐ろしくも怪しげな風貌の男に声をかけて、自分から厄介事に飛び込もうなんて人はそうそう居ない。
そのまま露店で鶏粥を食べ、冒険者ギルドに着いても僕に声をかけてくる人は誰1人いなかった。
完璧だ。変装も完璧とか僕は斥候の才能もあったんじゃないだろうか?
自分の才能が怖いっ!
マヤはまだ来てなかったので、今日もカフェスペースに座ってアップルティーを飲む。
昨日までなら此処でも声をかけられたりしてたけど今日は平和そのものだ。
買って良かった猫耳フード。
久々にのんびりした朝を過ごしていると、他のプレイヤーも増えてきた頃にやっとマヤが冒険者ギルドに入ってきた。
けどマヤも僕が居る事に気付いていないっぽい。
ふっふっふ、幼なじみにさえ気付かれない見事な変装。希代の天才スパイと言われても過言ではないだろう!
どうせ気付いてないのならちょっと普段のマヤを観察して、超能力者のように後で何をしていたか当てたりしてやろうか?
いつもマヤに酷い目にあってる気がするし、ここでお返しするのも良いかもしれない!
マヤに気付かれないようにマヤの声が聞こえる位置まで自然に移動する。
さぁ、マヤの恥ずかしい秘密を僕に見られてると思わず見せると良いっ!!
「あ、マヤっち、やあっと見つけたわぁ!」
「お久し」
変なイントネーションの関西弁の声がして、2人の女性がマヤに近づいた。
「ルルイエ、別に隠れていた訳じゃないわ。ノワール、久しぶり、サラサラさんは元気?」
「リーダーは元気。今日も笑ってた」
どうやら同じクランの人みたいだ。って事はコテツさんとも知り合いなのかな?
2人とも軽装だ。 ノワールさんと呼ばれた子は黒髪ストレートでお嬢様っぽい。ゴスロリっぽいふわふわスカートも似合ってて可愛い。
でも可愛い顔なのに無表情なのがちょっと怖い。
もう1人の関西弁のルルイエさんと呼ばれた子はナチュラルにふんわりパーマがかかったボブカットで少し大人っぽい。コテツさん程じゃないが太ももやお腹が露出してる皮鎧だ。
こっちは逆ににこにこと笑顔が全く崩れない。
マヤも黙っていれば結構可愛い方だとは思うし、美少女三人が並んでいるのは注目を集めてる気がする。
聞き耳立ててちゃ悪い気がしてきた。移動するべきだろうか……?
「コテっちから話は聞いとるよ。何や初心者の育成手伝っとるんやろ?」
「ええ。サラサラさんにも了承貰っているわ」
その言葉にルルイエさんが大きくため息をつく。
「そらクランリーダーはそう言うかも知れんけど、それで一週間もクランに顔を出さんのはどうかと思う訳よ。ウチ等のクランのメインタンクのマヤっちが居らんとどうしてもバランス悪なるし、ダンジョン攻略も大変で大変で。ウチも疲労ですっかり老け込んで」
「ルルは西の古寺院ダンジョンのレアドロップが欲しくて、でも前衛タンクが居ないと攻略できないから不満を言ってるだけ」
「ああっ! ノワっち、それは内緒言うたやんっ!?」
「後ルルが老けてるのは元から」
「ノワっち!?それは女性に言うてはアカン言葉やないかなっ!?」
ルルイエさんがオーマイガと派手にリアクションし、それをマヤが冷ややかな目で見つめる。
ルルイエさんのリアクションを無視してノワールさんが感情の籠もらない声で言葉を続ける。
「リーダーはマヤが戻るまでは北の洞穴ダンジョンを中心に攻略をするつもり。でも定期的な連絡は欲しいとの事」
「ん、了解。ノワール、ありがとう。」
「問題ない」
「ウチの気持ちは!?古寺院の『五右衛門の籠手』は斥候垂涎の装備なんよ~?!」
「そうね、ルルイエはいつも涎を垂らしてるものね」
「ルルは意地汚い」
「何の話!?」
マヤとノワールさんの良い関係っぽい。息もぴったりだ。ルルイエさんも少し騒がしいけど仲良さそうだ。
幼なじみが良い交友関係を築いてるようで嬉しいような、少し寂しいような……。
あ、でも僕もちゃんと挨拶しておいた方が良いのかな?
ルルイエさんの漫才に聞き入ってぼーっと見てしまっていたから、あわてて挨拶しようと近づく。
「でもまぁ問題ない訳や無いと思うんよ。……その初心者君?そんな付きっきりなんはアカンのやないの?」
僕の事?
「マヤっちやコテっちの知り合いをこんな風には言いたないけど、高レベルプレイヤーとずっと一緒にお座り育成とか、マヤっちにもその初心者君にも良くないやん?」
「……ユウはそんなんじゃないわ」
「それは本人に確認せんとわからんやん」
金縛りにあったように、僕は動けなくなった。




