閑話 クリスマスの夜に。
12/24記念ネタ話です。
本編に何の関係もありませんし本編は完結してますので、読まなくても大丈夫です。
雪つもる王都の片隅、夜も遅く寝静まった街にある宿屋の厨房で僕は1人、サントノーレ口金を振るう。
「だっしんぐするっざすっの~、いなわんほっおっぷんすれ~、あくろすざふぃっるずうぃご~、らっふぃんぐおーざうぇ~い、ふっふんふっふふっふーん、らららっららんらっら~」
たららっりらららっらーらんらんらんらんらーん、と。最後にチョコで作ったサンタやトナカイ、家や星、月、花なんかを飾れば……よしっ! 3日かけたクリスマスケーキも無事完成っ!
その出来映えについつい歌い出してしまうのも仕方ない程の自画自賛。僕の目の前には全長2メートルはあろうかという巨大なクリスマスケーキが鎮座している。
なんとか明日のクリスマスイヴに間に合う事が出来た。
リアルだと流石にこんなケーキ作れる訳ないけど、そこは『セカンドアース』の『調理』スキルと各種アイテムを使えば作れてしまうのだ。
アリスとララさんに教えて貰った『セカンドアース料理大全』のWIKI情報のお陰というのもあるけど。やっぱりこういうのって情報が大事だよね。
「おや、ユウちゃん、出来たのかい?」
僕の歌声が止まった為か、宿屋の女将さんが厨房にひょっこり顔を覗かせて言った。
「はいっ! なんとか間に合いましたっ! ありがとうございますっ!!」
そう言って頭を下げる僕。
「いいのよ、ユウちゃんにはいつも手伝って貰ってるしね。っと、本当に立派なのが出来たねぇ」
そう言って巨大ケーキを見上げる女将さん。
さすがに『セカンドアース』でも2メートルのケーキというのは早々見かける物じゃないんだろう、感心している女将さんの表情に僕も達成感で少し気分が高揚してしまう。
と、そうだ。
「あ、あの、旦那さんも作ってるかもだし、余った材料で悪いんだけど……一応女将さん達の分も作ったから、良かったら後でご家族でどうぞ」
そう言って巨大ケーキの横に置いてあった4号サイズのホールケーキを女将さんに差し出した。
「あら? いいのかい? 逆に気を遣わせちゃったみたいでごめんねぇ」
「いえっ! こっちこそ何日も厨房を借りたり、当日貸切にして貰ったりでっ! ありがとうございますっ!」
「気にしなくて良いのに。どうせ毎年今日は休みって決めてたんだから」
そう言って女将さんは笑うけど、それでも無料で場所を借りてるんだから感謝してもしたり無い。
女将さんがクリスマスイヴは酒場を閉めて家族でゆっくりすると聞いたのが一週間前。
それならとクリスマスパーティーの会場に貸して欲しいとお願いして、旦那さんにも併せて了承を貰い、その日から酒場の営業が終わった夜にパーティ用の仕込みをさせて貰っていた。
本来なら冷めたり悪くなったりする料理とかも『セカンドアース』なら保存庫に入れておけば劣化も温度変化もないから前もって作っておける。
招待する人も結構大人数になるかもだからと調子に乗って大量に作り始めた結果、一週間まるまる料理をし続けるハメになってしまったけど、それはまぁご愛敬だ。
なんとかクリスマスイブ前日に間に合ったのだから問題ない。
これでやっと作戦の準備が整ったのだっ!
「それでユウちゃん、アレは本気なのかい?」
僕から受け取ったクリスマスケーキを大事に仕舞いながら女将さんが僕に尋ねた。
「勿論です! せっかくのクリスマス。サプライズは欲しいですよねっ!」
そう言って僕はニヤリと悪い笑みを浮かべた。
そう。今回のクリスマスイヴ。僕はサプライズパーティーを企画しているのだ。
その事を思いついたのも一週間前の事だ。
女将さんに酒場を貸して貰う話をしている時天啓のように思いついたのだ。
ギルドホームや冒険者ギルドのレンタルルームだとどうしても色んな人に話を通さないとダメだけど此処は通常の酒場だから女将さんと旦那さんにさえ話を通しておけば秘密を守る事が出来る。
しかも厨房もあるから準備も全部内密に行う事が出来るのだ。
ここまで条件が揃っているのならこっそりパーティーの準備だけしておいて、何も知らない皆を呼んでどーんと驚かすという事が出来るっ!
その準備の為に毎晩ホームを抜け出したり朝帰りしたりしてるのを『銀の翼』の皆、特にマヤに怪しまれたけど何とか誤魔化す事も出来た。
ふっふっふ、待っているがいい。皆に最高のサプライズクリスマスパーティーをお見舞いしてやるのさっ!!
その為にもまずは酒場にクリスマスっぽい飾り付けをしておかなきゃ。ツリーは女将さんが用意した物が元々酒場に鎮座してるから、リボンや綿、花やリースを飾るだけだしそんな大変でもないけど……夜が明けたらもうクリスマスイヴ本番っ! 急がないと間に合わない。
慌てて僕はアイテムウィンドウに仕舞ってあったクリスマスアイテムを取り出して飾り付けに取りかかった。
結局飾り付けに残り時間全てをかけてしまったが、うっすらと東の空が白んだ頃に全ての作業を終えた僕はこっそり『銀の翼』のホームへと忍び込む。
こんな朝早くに起きてる人はあんまり居ないと思うけど、流石に毎晩夜遊びというのは無理があるし、かと言って今バレたらこれまでの苦労が水の泡だ。
僕に気付いたヴァイスが小さく嘶こうとしたのをそっと人差し指を唇にあてて黙ってて貰う。
僕の行為に気付いたヴァイスは小さく頷いたように首を振ってくれたから、僕はその鬣を優しく撫でてから再び潜入ミッションを再開した。
真っ暗なリビングを抜き足差し足自室へと移動す――
「おかえりユウ。遅かったわね」
「ひっ!?」
突然暗闇から聞こえた声に全身の血が引きつつ固まる。
ゆっくり振り返ると真っ暗なリビングのソファーにマヤが座っていた。その目はまっすぐ僕を見つめている。
「あ、う、うん。た、ただいま。マヤ、起きてたんだ」
「ええ、眠れなかったから」
「そそそ、そう。あ、だ、だったらホットミルクとか飲むとよ、よく眠れるよ?」
「要らないわ」
そう言いつつ僕から視線を微動だにしないマヤ。この目はもしかして……気付かれてる!?
いや、さすがにマヤだって超能力者じゃないんだからそんな訳ないはずっ! で、でも何か怪しいと思ってるのは間違いないだろうし、ど、どうしよう!?
「ユウお兄ちゃーんっっ!! おはようございますっ!!」
何か言おうとした僕に物凄い衝撃が突撃してきた。
その物体はそのまま僕に抱きついてぐりぐりと頭をこすりつけてくる。
「あ、う、うん、アリス、おはよう。早いね」
「だってユウお兄ちゃんの匂いがしたもん! 寝てなんていらんないよっ!」
そう言って嬉しそうに微笑むアリス。
匂いってどうなんだ……と思うけど、もしかして『精霊后の芳香』の事なんだろうか? 自分ではよくわからないけど……
「いい加減に離れたら、アリス?」
「いやよ。此処は私の定位置なんだからっ!」
べーっとマヤに舌をだすアリス。
「いい年してそういう行動って恥ずかしくないの?」
「『セカンドアース』内なら11歳だから良いのよっ!」
そう言って胸を張るアリス。
「ロリババァって奴ね」
「誰がロリババァよっ!?」
今にも飛びかからんばかりに睨み合うマヤとアリス。
仲が良いのか悪いのか……あ、でもアリスのお陰でマヤの追求を逃れる事が出来て助かった……んだろうか?
「えっと……それじゃ、ごめん。僕は少し眠いからお昼頃まで眠るね」
「えーっ!? そんなぁ……」
「おやすみなさい、ユウ」
「おやすみマヤ。アリス、ごめんね」
2人にそう言って自室に戻る。これでマヤの追求から完全に逃れる事が出来た。
あとは夕方に皆を招待すれば……サプライズクリスマスパーティー成功だ。
口元に浮かぶ笑みを必死に隠しながら僕は自室のベッドに倒れ込む。眠いのは本当だったから僕は目覚ましをかけるのもそこそこに深く眠りに落ちていった。
目が覚めた時、時計の針はお昼を随分回ってもう夕方近くになっていた。知らない間に目覚ましも止めてしまっていたんだろうか? 結構寝坊してしまった。
それでもなんとかパーティーに間に合う時間で本当に良かったと胸を撫で下ろす。
まさか準備で疲れ果てて当日寝過ごすなんて大失敗にも程がある。
とりあえず顔を洗ってさっぱりしてからリビングに降りていくと小さな違和感に気付いた。
夕方で外はもう結構暗くなっているのだけど、リビングも又暗いままだったのだ。
一瞬又マヤが真っ暗な中に座ってる姿を想像したけど、今回は誰も居なかった。
いつもなら皆もうログインしたり帰ってきてる頃合いなのに……と辺りを見回すと、連絡ボードに一枚の紙が貼られている事に気付いた。
リビングの電気を付けて連絡ボードに近づくとすぐにその文字が目に入る。
『ユウちゃんは忙しくて疲れてるみたいだし、今日はクランの女の子だけで女子会してくるから食事の準備とかは気にしないでね。ユウちゃんもゆっくり羽根を伸ばしなさいね~ ――サラサラより』
更にその下にコテツさん、ノワールさん、ルルイエさん、ホノカちゃん、マヤやアリスの署名もある。ついでにヴァイスの蹄鉄の痕まで押してある。
これってもしかして……サプライズを企画して放置されるパターンっ!?
文字を読み、理解が追いついた瞬間、僕はその場に崩れ落ちた。
そ、それはそうか……確かにこの一週間クランの事もそこそこにずっとこそこそ準備をしてたし、皆遠慮してもおかしくない。
今からでも……と思わなくもないけど、『女子会』って書いてある所に今更僕が突撃する訳にもいかない……。
なんて事だ……サプライズパーティーってこんな落とし穴があったなんて……。
い、いや、落ち着け、まだだ! アンクルさん達やクロノさん達、ソニアさんやタニアちゃん、シルフィードさん、他にもお世話になった人は一杯居るし、その人達も呼ぶ予定だったんだっ!
今からでも急いで招待状を届けようっ!
そうと決まれば……あ、でもサプライズパーティーの招待ってどういう文面にすればいいんだろう?
流石にクリスマスイブの今日に逢いたいとか一緒にとか待ち合わせとか言い出すとバレバレな気がするし……うーん……。
『ちょっと見て欲しい物があるんですが、夜7時頃から時間ありますでしょうか?』
こんな感じかな?
あとは返信に対していつもの酒場でって流れにすれば自然になる気がするっ!
完璧な作戦だっ! よしっ! メッセージの一斉送信っ!!
皆に驚きと喜びを届けるのだっ!!
そして僕は1人、雪の街を歩いていた。
メッセージの返信は帰ってきた。
でもアンクルさんと白薔薇騎士団の皆さんは合宿中、クロノさん達とテルさんも高難度のクリスマスダンジョンに挑戦中との事だった。ララさんやアイバさん、ゼニスさんは稼ぎ時で忙しいという話で、シェンカさんはライブをするらしい。他の皆さんも似たり寄ったりで忙しいそうだ。
ソニアさんやタニアちゃんも今日は『冒険者ギルド』の方のお手伝いという事だった。シルフィードさんに至っては王城でパーティーをする為抜け出すのは難しいという。王子様なんだから当たり前か。
いや王子様とか関係なく、他の皆もクリスマスに予定くらい予め組んじゃうのが当たり前だし、当日まで一週間近く厨房に引きこもってアポイメントを取らなかった僕の自業自得だ。
せめて今からでも誰かの所に……とも思ったけど、せっかく場所を貸してくれた女将さん達に申し訳ないし、食べきれない量とはいえせっかく作った料理をそのままというのも勿体ない。
僕は1人クリスマスの街の中を歩いて酒場にやってきた。
周りの喧噪や笑い声が嘘のようにひっそりと静まりかえった真っ暗な酒場。その姿に小さくため息が出た。
っと、いけない。折角のクリスマスに幸せを逃しちゃダメだっ! せっかくのクリスマスイヴ! 1人でも楽しまないとっ!
「よしっ! 皆も用事が終わったら来るかもしれないし、笑顔笑顔っ!」
自分を奮い立たせて玄関の鍵を開け、酒場の中に足を踏み入れる――
と同時に酒場全体が明るく照らされ、クラッカーの音が鳴り響いた。
「「「メリークリスマスっっ!!」」」
呆然とする僕向かって沢山の声が降り注ぐ。
「え……?」
見上げるとそこにはアンクルさんが、リリンさんが、ダムさんが、ユキノさんが、白薔薇騎士団の皆さんが、他にもクロノさん、グラスさん、シャーリーさん、テルさん、シェンカさん、ソニアさん、タニアちゃん、アイバさん、ララさん、マオちゃん、ゼニスさん、シルフィードさん、アニーさん、サラサラさん、コテツさん、ノワールさん、ルルイエさん、ホノカちゃん、ヴァイス、マヤとアリスも笑顔で僕を見ていた。
「あ、えっと……みんな……どうして……?」
皆忙しいって返事だったのに、どうして……それにこの場所の事も誰にも言ってないのに……。
おろおろと皆を見ていると、アンクルさんが苦笑して頬を掻く。
「いや、申し訳ない。ちょっとしたサプライズだったのです。……発案者はマヤ殿ですが」
アンクルさんの言葉にマヤを見る。
するとマヤがニヤリと悪い笑みを浮かべる。
「ユウが私を謀ろうなんて46億年早いわ」
「それって一生無理って事だよねっ!?」
「そんな事より良いの? パーティー始めなくて?」
大事な事だと思うけど、確かにマヤの言う通りだ。
折角皆が来てくれた。サプライズは失敗した……のか成功されてしまったのかわからないけど、でも今この場で皆笑顔で居てくれる。
なら、今する事は決まってる!
「勿論始めるよっ! 料理もケーキもいっぱいあるからっ! 皆存分に楽しんで言ってねっ!」
そう言って僕は杯を突き上げて改めて叫んだ。
「メリークリスマスっ!」
おまけのオマケ/
「ところでユウっちはクリスマスプレゼントは用意してるん?」
「あ、ご、ごめんなさい……今日準備しようと思ってたんだけど……皆居ないと思ってたから……」
「まぁしゃーないわなぁ……ところで生クリームってまだ残ってるん?」
「え? それは勿論。丁度使い切るのって難しいし……」
「なら決まりやっ! 皆様っ! これよりクリスマスパーティー特別イベントっ!! 『ユウっちに好きなだけ生クリームつけて舐めて良い権争奪ジャンケン大会』を開催致しますっ!!」
「「「おおおおおおっっ!!!」」」
「ルルイエさん、一体何言ってんの!?」
「ユウっちプレゼント無いんやろ? ほんならイベント位協力せんと」
「そ、それはそうだけど……他に何か……」
「ユウ、任せて! 絶対勝つ」
「いや、ノワールさん、そういう事じゃないんじゃないかな!?」
「ユウお兄ちゃんへのペロペロ権は誰にも渡しませんっ!」
「だからアリスっ! 人の話をっ!」
「全く巫山戯てないで。私に勝てる訳ないでしょう?」
「なんでマヤも『ジャンケン』でそんな強気で居られるのっ!?」
「これは白薔薇騎士団としても負けてられませんなっ!」
「はいっ! ユウ様を美味しく頂くのは私ですっ!」
「お、俺は別に……」
「おや、クロノ君。あの生クリーム自体もユウさんの手作りでしょう? ならアレだけを貰うのもアリなのでは?」
「な、なるほど。確かにそれでユウちゃんが誰かに舐められるのを防げると考えればっ!」
「そういう事なら俺様も参加してやるぜっ!」
「アンクルさんっ! クロノさんっ! テルさんっ!」
「はっはっは、そんな邪な考えの人たちに負ける訳には行かないなぁ」
「シルフィードさんっ!? どっちが邪なのか微妙な所だよっ!?」
「さぁさぁ時間いっぱいやよー!」
「っは! そ、そうだ! ルルイエさんっ! その大会ってボクが優勝したら商品は僕の物って事で良いんだよね?!」
「まぁそれでええんちゃうかな? ほないくよー!! あいこも負けよー! じゃーんけーんっ!」
その日、とある酒場で怒号と絶叫、歓喜と悲鳴が響き渡ったという。




