第203話 諸人語り。 その2
アンクル小語り――――
ユウ様が突入した『天空城』が突如上昇を始めた時は肝を冷やしたが、これは事態が好転したと見て良かった。
何故なら『天空城』が離れるという事はゴーレムの増援がもう来ないという事だからだ。
「ユウ様も頑張っておられるっ! 今こそ攻める時ぞっ! 白薔薇騎士団っ! 全軍突撃っ!!」
「「「うぉぉぉっっっっ!!」」」
私の号令と共に突撃をかける白薔薇騎士団の団員達。
確かにゴーレム軍団は脅威ではあったが、平地での集団戦であるのなら規律通りに動く我等に地の利がある。
更に奥の手もこちらには控えて居る。
「さぁ、クロノ殿、一気に攻めるぞっ! テル殿っ準備出来次第、後方の敵を薙ぎ払って下され!」
「わーてるよっ! ガンガン行くぜぇー!」
「今日でこの『ゴールドラッシュ』が終わりってんなら、此処で稼がなきゃなぁっ!!」
私の声にクロノ殿が応えて飛び出し、テル殿が限界まで弓を引く。
「喰らえっ!! 滅天矢雨っ!!」
テル殿の今度の矢はレーザーの雨のようにゴーレムに降り注ぐ。それだけで崩れ去るゴーレムすら多数見られた。
勿論倒れなかったゴーレムも傷つき動きが鈍った物が多い。
「んじゃっ! 残・敵・掃・討っ! 美味しい所頂きっ!」
そう言ってボロボロのゴーレムを大剣で叩き潰して行くクロノ殿。
2人とも流石の一言だ。と、私もうかうかしていられない。ユウ様の為にも頑張らねば。
「ってめっ! クロノずりーぞっ!!」
「殺ったモン勝ちだぜーっ!」
「後ろから射っても良いんだぜコノヤロっ!」
「全部躱してやんよっ!!」
私もゴーレムを倒すべく進もうと思っていたら2人が何故か戦闘を開始していた。
戦場で余裕の現れかもしれないが、この2人はやはり相性が良くないなと苦笑する。
と、その時戦場に異変が走った。
「っ! 2人ともそこまでだっ! 様子がおかしいっ!!」
私の声に2人もじゃれ合いを辞めて辺りを警戒する。
と、今まで戦っていたゴーレムの身体から光が溢れだしていた。よく見ると戦場全体が淡い光に包まれている。
「こりゃあ……」
「作戦成功って事だろ?」
既に攻撃してくるゴーレムが居ない事を確認して2人が呟いた。
つまり間違いなく、
「そうでしょうな。ユウ様の、勝利です」
ずっと高度を上げて空の高い位置に浮遊する『天空城』を見上げて私は呟いた。
シルフィード小語り――――
「ユウ達は上手く行ったようだね」
南平野を埋めていたゴーレム達が消えていくのを確認してほっと胸を撫で下ろす。
「そんなに心配なら行くのを止めれば良かったじゃろうに」
そんな僕の様を見てニコニコと笑いながら大司教が言った。
「無理だよ。ユウはああ見えて頑固なんだ、僕が言った所で止まらない。それにユウ本人は隠してるつもりだろうけど、多分アレは『白の使徒』も関わってる事なんだろう?」
「それはそうでしょうなぁ……。この国、いやこの世界の重要案件は全て『白の使徒』が関わって当然。ユウ君は『神のダンジョン』の到達者なのだから、何かしらあってもおかしくないしのぅ」
そう言って楽しそうに髭を撫でる大司教。
本来はこの国の大神殿のトップであり王族に匹敵する力を持つであろう大司教も又様々な問題に対処するべき存在の筈が、このジジイは昔から何かをする事はない。ただそこに居て、今みたいな笑みを浮かべているだけだ。
本人曰く、
「隠居のじじいじゃよ」
だそうだが、どの口が言うんだか。
今回のポータルゲートの設置もこちらからの要請に下の神官達が答えただけで大司教は何もしていない。
と言っても私が子供の頃から見知った大司教に文句を言う訳にもいかないし、諦めるしかないんだろう。
と考えてふと思い出す。
「そういえば珍しく『聖戦』を使ってたけど、アレは良かったのか?」
「ふぉっふぉ、構わんよ。可愛いシィル坊の将来の伴侶の為じゃ、おじいちゃんとしては人肌脱がんとのぅ」
「なっ!? いや、ゆ、ユウはそんなっ!」
「おや、違ったかな?」
「い、いや、その……違わないが……」
「ふぉっふぉ、シィル坊はすぐ顔に出るからのぅ」
嬉しそうに大司教が笑う。
そんな事を言うのは大司教だけだ。
「ごほっ、んっ、まぁいいです。アニーっ! 上手く行ったようだし例の件を各ギルドに伝えてくれっ!」
「了解しました。直ちにっ!!」
控えていたアニーが大司教に一礼して走って行った。
ユウのお陰で苦難は去った。王国は『ゴールドラッシュ』に沸いたが、それでも南ルートの交易が長らく途絶えたのは少々苦しい。
貴金属に溢れて食糧が足りずに民が苦しむ等本末転倒だろう。
その貴金属にしても突然大量流入する事で相場が滅茶苦茶になっている。
それを安定させて王国に平和と安寧をもたらす『これから』が王子である私の仕事だ。
「ユウが暮らすこの都は私が守る」
『天空城』を見上げて私は静かに決意を新たにした。
ゼニス小語り――――
「なんて事だ……まさか『商人ギルド』から『プレイヤー』からの貴金属の買取制限措置が発布されるなんてっ!!『天空城』が居なくなり、ここからが値上がりの正念場というのにっ!」
クランホームの自室をぐるぐる周りながら私は薄い頭をかきむしった。
何のために我等商人クラン最大手『トレーダーズ』の全資金力に物を言わせて金銀プラチナやダマスカスにオリハルコンを買い漁ったと言うんだ。
ここから値段を引き上げて差額で大儲けする作戦がパーだ!
勿論いつかは解除されるだろうがそれまで待つ体力が『トレーダーズ』には残っていない。そんな事になったらクランメンバーの大量離反者を出して第二の『神羅万将』になるだろう。
「だがどうする? 換金出来ねばクランメンバーに支払い等出来ないぞ? プレイヤー同士の売買には制限がかかってないからプレイヤー相手に売るか?」
いやダメだ。今が底値の時にそんな事したら大赤字だ。それにもうNPCに買取して貰えない事は皆知っている筈。今以上に買い叩かれるのは必至だ。
それではどちらにしろクランは終わりだ。
と、そこで何かに足を躓き私は転んだ。
駄目な時は何をしても駄目なんだと逆に可笑しくなってきた。
見ると原因は立てかけてあった長剣だった。その鞘に足を引っかけたらしい。
「剣か……久しく振ってませんねぇ……」
そう呟いて長剣を少し抜いた時天啓が舞い降りる。
「そ、そうだ、これだっ!」
貴金属の買取は制限されたが武具の制限はされていない。そして今回集めた貴金属は武器の製造・強化にも使える。ならば武器にして売れば良い!
失敗する事で多くの素材が失われるだろうがそれは仕方ない。その分完成品の値段に上乗せすればいい。
そしてアレだけの量を製造強化出来る場所は1つしかない。
「誰かっ! 誰か『露天会』のアイバ氏に連絡をっ! 急いでくれっ!!」
叫びながら私も自室から飛び出した。
この『大富豪』ゼニス。まだまだ終わりはしませんよぉっ!!
ダイチ小語り――――
恐ろしい相手だった。『チート装備』と本人は言っていたが、それだけでない、あの女騎士の殺気は僕を居竦ませ、それでいて僕の事なんて相手でないように弄んでいた。
それは『狂化時間』を使っても大差なく、むしろ絶対に勝てない相手と思い知らされた。
その女騎士が、アリスに牙を剥いた時は本当に肝が冷えた。
アリスがもう1人の少女にキスをした事が原因のようだったが、女の子同士の他愛ない挨拶のような物なのにどうしてあそこまで怒り狂ったのか理解に苦しむ。……もしかしてあの女騎士はそういう趣味なんだろうか?
『司祭』の少女がなんとか2人をいなしていたがそうでなければ悲惨な光景が広がっていただろう。
「それじゃあダイチ君は『天空城』を元の航路に戻してくれるんですね」
『転移門』を開いた少女が僕に問う。
「無論だ。このお荷物に出て行って貰う為にわざわざ足を運んだだけだ。用が済めば元の航路に戻るのは当然だ」
僕がそう答えると少女は目に見えてほっとしていた。
「あれ? でもそれならどうしてゴーレムをけしかけたりしたの?」
「そうした方が良いとアリスが言ったからだ」
その答えに少女と女騎士の視線がアリスに向き、アリスが明後日の方を向く。……もしかして僕は騙されていたんだろうか?
「ま、まぁいいじゃない。……えっと、ダイチは……来ない、のよね?」
慌てて誤魔化すアリスは僕の方を見て名残惜しそうに呟いた。
「当たり前だ。僕は此処の守護者だからね。役目を終えるまで此処を離れる事はない」
「そっか……それじゃ、私達は行くわっ! ダイチっ! 色々ありがとうっ! 今度は正規のルートで逢いに来るわねっ!」
そう言って手を振るアリス。
「好きにすると良い。その時は更にパワーアップした僕が返り討ちにしてやろう」
尊大に答えた僕にアリスは今までで一番の笑顔を咲かせた。
「それじゃっ! 絶対逢いに来るからっ! またねっ!」
そう言って3人と一頭は『転移門』へと消えて行った。
『転移門』の光も消えて王の間が静寂に包まれる。
それは僕がこの地にやってきて初めての事だった。やっと肩の荷が下りた感じだ。……この部屋の守護者としてはやっと始まったばかりだというのに。
「好きにするといい」
最後のアリスの笑顔と言葉を思い出して僕は小さく呟いた。
池田小語り――――
『白の間』の更に奥、そこは誰も――『白の使徒』ですら足を踏み入れる事が出来ないエリア。
そこに私は音もなく降り立つ。
「無事『姫』は回収されたようですよ」
「それは良かった。肩の荷が下りたというものだよ」
本当に嬉しそうに笑う男性。だがそのボサボサ頭にヨレヨレの白衣とだらしない笑顔を見た私は大きなため息をついた。
「貴方が死んでから私の方はずっと肩の荷が下りないんですけどね」
「池田君にはそりゃ悪いと思ってるがアレは不幸な事故だ、仕方ない。本来はもっとしっかりした形で引き継ぎたかったんだ。だからこそこうやって『転生』せずに管理運営を行ってるんじゃないか」
そう言って彼は悪びれもせず頭を掻いて笑った。
この人は本当に初めて会った時から……それこそ死んでも変わらない。
「そう思うんならもっと早く『姫』の救助情報が欲しかったですよ。『此処』なら本当にあらゆる事が可能でしょう?」
私の問いに彼は真面目な表情となる。
「それは駄目だ。今の私はあくまでシステムの一部に過ぎない。誰かを優遇したりすれば必ず何処かに歪みが生まれる。『神の力』と言えども、いや『神の力』だからこそ、我々は『してはいけない』んだ」
「それで私に全部放り投げるのは勘弁ですよ。そのせいで今日は可愛い後輩が1人辞めちゃったし、本当大変なんですからねぇ」
「それは悪いと思ッテルヨー」
全然思って無さそうに彼はそう言って笑った。
「もういいです。それじゃ『姫』と『ユウ』君が無事ログアウトしたら、例の件よろしくお願いしますね」
「勿論! これでやっとアップデートして、私も大手を振って『転生』出来るよ」
「ちょっ! 転生って、此処の管理はどうするんですかっ!?」
とんでもない事を言い出した彼に慌てて問い詰める。
「大丈夫! その為のアップデートだ。そうすればもう私の手なんて必要なくなる」
「し、白の使徒はっ!?」
慌てて尋ねる私に彼は意外そうな顔をした。
「勿論システムが代用する事も織り込み済みだから居なくなっても構わないけど……池田君は辞める気ないでしょ?」
私は彼の問いに答えられなかった。
悔しいが私の性格は彼に把握されているらしい。そしてそれは多分死んでも変わらない気がする。
ある日の出来事――――
そして今日、僕とアリスは『セカンドアース』をログアウトした。
次回完結です。




