第202話 君のために。
豪奢な玉座とは不釣り合いな初心者ローブを着て、これまた不釣り合いな10歳位の少女が座っている。
年齢は幼いし装備も初期装備だけど、少女自体は玉座に遜色ない美しさだった。
白い肌は透けるようになめらかできめ細かく、小さな顔は頬が赤く染まっている。その大きな青い瞳は期待一杯という輝きを見せてていた。足下までありそうな長い金髪が玉座の後ろに流れているが、それが少女の全身を黄金色に輝かしているように錯覚させる。
一目で彼女が『アリス』だと直感した。
「君が……アリスちゃん?」
聞くまでもない質問。でも一応僕は彼女に尋ねる。
すると彼女の瞳は驚いたように見開かれた。
「どうして……私の名前を知ってるの? 貴方は一体……」
本当に不思議そうに首を傾げて聞き返すアリス。
「僕の名前はユウ。君のお姉さん達からアリスちゃんを助けて欲しいってお願いされて来たんだ」
僕の答えにさっき以上に目を見開き、次の瞬間、アリスちゃんは険しい表情になった。
「……?」
「嘘よっ!!」
一体どうしたんだろう? と尋ねようとした時、アリスちゃんが鋭い声で叫ぶ。
「嘘よっ! 嘘よっ! 嘘よっ!! 姉様がそんな事する訳ないっ!!」
テレスさんを憎悪してると言われても信じられる程にきつい声で叫ぶアリスちゃん。
「そ、そんな事ないよ? テレスさんは『アリスちゃんを助けて欲しい』って僕に必死でお願いしてた」
「嘘よっ! なら何で今まで誰も来なかったのよっ! おかしいじゃないっ! 姉様もお祖父様も私の事が嫌いなのよっ!!」
首をぶんぶん振って否定するアリスちゃん。
そりゃこんな場所に閉じこめられてずっと1人……いや、あの天使と2人? で暮らしてたんなら人間不信になっても仕方ない。
「でも本当だよ? テレスさんもお祖父さんもアリスちゃんの事を心配して、出来うる事をして、やっと今見つける事が出来たんだ」
「ねぇ、そんなワガママ娘、無理矢理連れて行ったら良いんじゃない?」
見かねたマヤが面倒くさげに声を上げた。
「わ、私に乱暴するのっ!? だ、ダイチが黙ってないわよっ!?」
「ダイチって誰よ?」
「僕だっ!!」
全身血まみれで立ち上がる力天使。だけど闘志は失っていないように見える。むしろ漲ってる?
「お前がチートを使うなら僕だって使わせて貰うっ! さっきこの『天空城』の高度を更に上げたっ! 『月』が近くなってより強く影響を受ける事が出来るっ! その意味わかるだろうっ!」
そう言ってとびかかる力天使の光の剣をマヤは盾で受け止める。
確かにさっきよりスピードもパワーも上がっているようだ。
「狂化時間って訳ね。お姫様を守ってたようだから殺さなかったけど……まぁさっきよりは歯ごたえあるかもね。……ユウ! こっち片付けておくからそっち宜しくね!」
そう言ってマヤはぺろりと唇を舐めて力天使に向かっていった。
お互い物凄い速度で斬り合うマヤと力天使。でも『狂化時間』で強化されてもまだマヤのチート装備セットの方が上のようでマヤが圧倒していた。
このままなら時間の勝負んだろうか?
そう思って僕は改めて玉座に近づき、アリスちゃんと向き直った。
「ダイチって君が付けたの?」
「そうよ、良い名前でしょ。昔の知り合いの名前よ」
僕を睨み付けながらもアリスちゃんが答える。正直空気はすこぶる悪い。そりゃ後ろで自分の守護者? とマヤが殺し合いしててその結果自分がどうなるか決まるんだし当然なんだけど。
せめてもう少し友好的な関係を築きたい。
「そうなんだ。日本人の知り合いが居るんだね。僕も日本人なんだ」
「知らないわ。ゲームの中だけの関係だったし」
「それもそっか。そう言えば僕も『セカンドアース』の知り合いがどこに住んでるかとかは知らないや」
「知らないわ」
取り付く島もないアリスちゃん。正直もう心が折れそう。
見た目は凄く可愛いのに僕を親の敵のように睨んでいる。……よく見ると目の下にあるのはクマだろうか? それに心なしか……
「……それで、あっちの騎士がダイチを抑えてる間に貴方が私を殺すの?」
「し、しないよそんな事っ!?」
突然物騒な質問をするアリスちゃん。
確かに初期装備でレベルも低いっぽい気がするアリスちゃんなら僕でも倒せるかもしれないけど、助けに来た少女を撲殺ってどんなサスペンスだ。
「いいわよ? 殺しても。どうせこの部屋に復活するだけだし。無理矢理連れ帰ってもそこで自殺すれば此処に帰ってくるだけだから好きにすればいいわ。数え切れない位繰り返した事だし」
僕を睨み付けたまま淡々と言うアリスちゃん。
数え切れない位死んだって穏やかじゃない。此処には力天使……いやダイチ君も居るのにどうしてそんな事に? ダイチ君から逃げだそうとして? でもマヤと必死に戦うダイチ君の表情を見るとアリスちゃんにそんな酷い事をするようには見えない。
他の死因……例えばあの入り口の扉の罠とかゴーレムに殺された可能性。これは大いにあるけど数え切れない程死ぬ前に諦めるだろう。大体ダイチ君が『天空城』を操作してるんだからその可能性も薄い。
じゃあ何が……そう思って僕を睨むアリスちゃんの顔を見てふと気付いた。
「アリスちゃん……もしかして、お腹空いてる?」
「だったら何よ?」
僕を睨んだまま答えるアリスちゃん。
それが正解のようだった。彼女は今も僅かに頬が痩けている。この場で数え切れない程死んだ理由。
『餓死』
実際程苦しくはないかもしれないけど、それでもこの何もない部屋で延々餓死と復活を繰り返していたのだとしたら、その間誰も助けに来てくれなかったのだとしたら、頑なになっても仕方ないのかもしれない。
「えっと……もしよかったら……食べる?」
そう言って僕はアイテムウィンドウからサンドイッチの入ったバスケットを取り出した。
「っ!? て、敵にほ、ほほ、施しなんてっ!!」
「僕はお腹いっぱいだから、アリスちゃん食べていいよ。……あ、毒とか心配かな? それなら僕が先にひとくち……」
アリスちゃんを安心させる為にまず一口食べてみようとしたらバスケットごと奪われた。
そのまま膝の上にバスケットを置いて鬼気迫る勢いでサンドイッチを貪るアリスちゃん。
でもその姿は年相応で見ていて微笑ましかった。
「……おいひぃ……おいひぃよぉ……」
小声で呟きながら両手にサンドイッチを持って口に運んでいくアリスちゃん。逆にバスケットのサンドイッチが凄い勢いで減っていく。
「あ、パンだけじゃ喉に詰まるといけないし、スープもあるんだけど……」
水筒とコップを取り出して注ごうとしたら水筒ごと奪われた。
本当によっぽどお腹が空いていたらしい。
「ぷはー……」
暫くしてバスケットと水筒が空っぽになり、アリスちゃんが満足という表情を浮かべていた。
「気に入って貰えたようでよかった」
「あ」
僕の声にやっと僕の存在を思い出したようにアリスちゃんが膝の上のバスケットと僕を交互に見る。
「た、食べ物で釣ろうなんて卑怯よっ!?」
顔を真っ赤にして叫ぶアリスちゃん。
「いや、そんなつもりはないけど……あ、でも一緒に街に帰ったらいくらでも食べられるよ?」
「う…………い、いえ、罠よっ! どうせ姉様やお祖父様の差し金なんでしょっ!」
一瞬考え込んだけど、アリスちゃんはすぐ首を振った。
「どうしてそこまで自分の家族を敵みたいに……」
「敵よっ! 私には『セカンドアース』にしか自由がないっ! その最後の自由すら奪おうって言う人はみんな敵っ!」
「そんな事ないよ、テレスさんは本当にアリスちゃんを心配してたし、お祖父様も同じだと思う」
「そんな事ないっ! 私が何処でどうなろうが、このまま死のうがどうでもいいのよっ!」
そう言ってアリスちゃんは膝の上のバスケットを僕にぶつけた。水筒が床に跳ねて乾いた音が鳴る。
でもそんな事はどうでもいい。僕は彼女の言葉にキれた。
「この……分からず屋っ! そんな事ある訳ないだろっ!!」
そう言ってアリスちゃんの肩を掴む。
「なっ、何よっ!」
「子供の事を、妹の事を心配しない家族なんて居ないっ! アリスちゃんが死んで良いと思う人が居る訳ないだろっ!!」
「あ、貴方に何が……」
「わかるよっ! 僕もこの『セカンドアース』に巻き込まれたっ! 両親を凄く心配させたっ! その両親を説得したのは君のお祖父さんだって聞いてるっ! 僕の事になるとやたらと過保護なあの両親を説得する程必死に君のお祖父さんはお願いしたんだっ!
テレスさんだってそうだよっ! 必死で君を捜し続けて、結果やりすぎな位で今も君の事を待ち続けてるっ! なのに君が、その君が『死んでもどうでも良い』なんて言うなっ!!」
いつの間にか戦闘音が消えていた。戦闘が終わった訳じゃない、マヤもダイチ君も手を止めて僕達の方を見ていた。
「でも……でも……」
僕の叫びを聞いて何か言おうとするアリスちゃん。でも、言葉にならず、ぽろぽろと涙がこぼれ始める。
僕は涙を流し続けるアリスちゃんの頭をそっと撫でた。
「『敵』なんて居ないんだ。世界は君が思ってるよりずっと、ずっと優しくて暖かく君を包んでくれている。それは『地球』でも『セカンドアース』でも同じだよ。だから、だからもう少しだけ皆を信じて欲しい。
それでももし、もしアリスちゃんに害する事があったなら……僕が絶対守るから」
涙に濡れた瞳で僕を見上げるアリスちゃん。
「……ほん……とうに? しんじて……いいの?」
今のアリスちゃんは『もう1人』の僕だ。僕だって、開始地点がこの場所なら、同じ事になっていたかもしれない。誰も信じられなくなってたかもしれない。
でも僕はマヤに、コテツさんに、ソニアさんに、女将さんに、タニアちゃんに、アンクルさんや『白薔薇騎士団』に、ノワールさんやルルイエさん、ホノカちゃんに、クロノさんやグラスさん、シャーリーさん、テルさん、アイバさん、ララさん、シルフィードさん、アニーさん、大司教、それこそ数え切れない程の人達に助けて貰って今此処にやってこれた。
なら、今度は僕の番だ。
「勿論、絶対にアリスちゃんを守るよ」
だから僕はそう答えた。遠くでマヤとヴァイスがため息をついたように感じたけど……又安請け合いをしてると思っているのかもしれない。事実そうかもしれない。
でも僕は本当に、アリスちゃんを助けたい。
「わかった……貴方を……ユウ、お兄ちゃんを信じてみる。ユウお兄ちゃんの言う通りにする」
俯いてぽつりぽつりとアリスちゃんが呟くように頷いてくれた。
「そっか、本当に良かったっ! それじゃ、一緒に帰ろうっ!」
そう言ってアリスちゃんの手を取る。
と、アリスちゃんがの全身が一瞬緊張が走り、僕を真剣な表情で見上げた。
「ユウお兄ちゃんを信じる」
そして再び同じ言葉を口にするアリスちゃん
「あ、う、うん、ありがとう?」
「だから、これは……御礼」
そう言ってアリスちゃんは椅子から立ち上がり、目の前に居る僕にキスをした。




