第201話 扉と守護者。
「私とユウじゃ罠の解除は無理ね。帰りましょう」
そう言ってくるりと扉に背を向けるマヤ。
「諦めが良すぎるよっ!? 何か方法があるかも知れないし、そ、そうだ他の入り口があるかも知れないしっ!」
「他にあったとしても同様の罠が設置されてるでしょ。じゃなきゃ此処だけ罠を設置する意味がないし。それにいつゴーレムが戻ってくるか分からないんだから時間もかけられないのよ?」
それは……確かにその通りだ。見た感じ如何にも正面扉っぽいこの扉以外にもし道があったとしてもそもそも僕達にすぐに見つけられるような物じゃないだろうし、そもそも時間をかけていてゴーレム軍団が城の中に戻ってきたらどちらにしろゲームオーバーだ。
せめてルルイエさんがこの場に居たら……。
「どないしたん?」
「あ、はい。この扉の罠で足止めされちゃって、せめてルルイエさんが居たらと思って」
「なんや照れるなぁ、ウチの事そんな想ってくれてたなんて」
「いや、そういう事じゃないですが……って、ルルイエさんっ!?」
いつの間にか僕の隣に居たルルイエさんは普段の装備ではなく、『白の使徒』さんの姿でフードを外した姿で立っていた。その姿でくねくねと自分の身体を抱いている。
「まぁ、トラップと鍵の事ならウチにって事やねっ! お任せあれっ!!」
「宜しく、ルルイエ」
「あいさー」
そう言ってマヤとハイタッチした後、扉の前に陣取ってスキルを使い出すルルイエさん。
「ありがとうございます。ってそうじゃなくて! どうしてルルイエさんが此処にいるんですかっ!?」
「んー? そらウチも先輩から『天空城』のMAP見せてもろて、ココの構造がトラップ臭いなーって想うたから、ユウっちとマヤっちの2人だけやとココで足止めされてまうやろ?」
扉の各所を調べてさっきの光線の射出口を潰しながら答えるルルイエさん。
「いえ、そうじゃなくて、そもそも此処にどうやって」
「そら『白の使徒』の転移を使ってぴょーんと?」
扉に向かったまま、右手人差し指だけ宙を舞うように動かす。
「池田さんが、そういうの無理って言ってませんでしたっけ……」
それが出来るなら僕達が決死の覚悟で此処まで来た意味って一体なんだったんだという気持ちになってくる。
「来るだけやったら出来るんやけどねー。『白の使徒』は監視の仕事もあったりするしね? でも、そこで何か手を出すとアウトなんやなぁ……っと、これでトラップも鍵も解除おっけー!」
そう言ってルルイエさんは僕達の方に振り返ってVサインをした。その後ろでゆっくり扉が開く。
んだけど……その顔も指先も、まるで壊れかけのゴーレムのようにヒビが入っていた。
「る、ルルイエさんっ!?」
慌てて『治癒』をかけるけど、治るどころかヒビがどんどん増していく。
「ええよええよ。管理者が禁則事項破ったんやから当然の結果やし。あぁ、でもどうしても言うんやったらユウっちのキスで……っと、今のはジョーク! 今マヤっちのツッコミ喰らったら即KOすぎるって!!」
ゆらりと殺気を見せたマヤに慌てて両手を挙げるルルイエさん。身体はボロボロなのに言ってる事もやってる事も普段のルルイエさんで、泣いていいのか笑っていいのかわからない。
「ああ、ユウっちもそんな顔せんで。勿論考え無しにやったんとちゃうよ? この程度なら『白の使徒』のアバターロストで済む筈やから。ウチ自身『白の使徒』と『プレイヤー』の2重生活がちょっときつかったし丁度ええ機会やねん。今までユウっち等に嘘ついてた事のお詫びっちゅうかね」
「そ、そんな事ないですっ! むしろ僕は一杯ルルイエさんに助けて貰いましたよっ!?」
ボロボロの身体から少しづつ光が出始め消えていくルルイエさんに慌てて声をかける。
と、一瞬驚いたような顔をしたルルイエさんが笑った。
「そっか、おおきに。もし許してくれるんやったら、又あそぼな」
「っ! は、はい! 絶対っ!」
その言葉を最後にルルイエさんは光になって消えてしまった。
後には何も残らない。
「じゃ、行きましょうか」
呆然としていた僕を尻目にパンパンと手を叩いて歩き始めるマヤ。
「ちょ、もうちょっとその、マヤは何かないのっ!?」
「……って言ってもロストしたのは運営アカウントで『銀の翼』のアカウントの方は元気なんだし問題ないでしょ。ギルドウィンドウ見てみなさい」
言われて確認すると確かにルルイエさんの名前が無くなったりしている訳ではない。
それを確認して安心で少し楽になった。
「よかった……」
「良かった、じゃないわよ。ユウはもう少しゲームだって意識を持った方がいいわ」
「それはわかってるけど……」
ゲームだって思っても目の前で知り合いが倒れたら動転してしまうのは仕方ないだろう。
「……まぁいいわ。時間もないんだし、行きましょう?」
「う、うん」
マヤに答えて少し開いていた扉を開く。赤い絨毯の廊下の奥にもう一つの扉が見えた。
まさか又罠が? と身構えたけど、マヤがあっさりその扉を開いた。
王の間に相応しい広い空間はステンドグラスからの光で満ちて明るく照らし出されていた。
その一番奥にある玉座に座る人物。今回の主謀者であろう人物ははっきり見る事は出来なかった。
玉座の前に立ちはだかる人が居たからだ。
・レベル75力天使とエンカウントしました。
彼を確認した瞬間、メッセージが流れる。レベル的にどうやら彼が此処のボスモンスターらしい。
白い鎧を身に纏い長剣を持つ少年。背中には一対の純白の翼を持っている事や名前からも神族系だという事がわかる。
同じ天使だとレベル99の熾天使とエンカウントしてるけど、あっちはよくわからない理由で戦闘回避出来ちゃったし、今回もなんとかならないだろうか?
「良く来たな冒険者よっ! だが僕はこの地の守護者っ! ここを通りたくば僕を倒して行くがいいっ!!」
一歩踏み出し、敵意を漲らせて僕達を睨む力天使。どうやらこの天使は対話での戦闘回避は難しそうだ。
「そうね。時間もない事だし私が相手をしてあげるわ。ユウ……とついでにヴァイスは下がってて」
そう言ってマヤが一歩前に出た。
「ちょ、マヤ! 相手はレベル75なんだよっ!? 此処は普通に3対1で行った方がいいよっ! それにマヤさっき盾も壊れちゃったじゃないかっ!」
「大丈夫よ。レベル200の最古真龍だって私達は倒してるじゃない」
そう言って剣も抜かずに前に歩み出るマヤ。
マヤは余裕たっぷりだけど最古真龍を倒した時は12人だった。レベル70の情欲の魔神ですら3対1で互角だったのに、1対1でマヤに勝機があるとは思えない。
今からでも僕も参加して……。
と思ったらヴァイスに襟を噛まれてしまった。
「何? ヴァイス?」
「ブルゥゥッ」
そう言って首をふるヴァイス。『黙って見届けよう』と目が語っている。
「わかったよ。ヴァイス……マヤ! がんばれっ!!」
確かに1対1の勝負に途中から加勢とかは男として格好悪い。……マヤは女の子だけど。
それでも一度決めた事を邪魔したくない。
加勢できないのなら精一杯応援しようと声を上げると、マヤは僕の声に応えるように右手の親指を上げた。
「僕は3対1でも構わないが……その勇気や良し。相手をしてやろう。他の2体は僕の相手が出来るレベルではなさそうだし、僕が勝った後に逃げるのなら追わないから安心するといい」
「あら、紳士なのね」
「天使だからな」
そう言って睨み合うマヤと力天使。
次の瞬間力天使は長剣を振り上げてマヤに超スピードでマヤに振り下ろした。
衝撃と閃光が王の間を包む。
あまりの眩しさに目が眩み、見えない事で最悪の想像が頭をよぎる。
「ちょっと遅かったわね」
が、閃光と衝撃によって舞った埃の中からマヤの声が聞こえた。
少なくとも重傷を負ってるような声ではない事に安堵する。
と同時に光と埃が収まって2人が見えた。
力天使が攻撃してマヤがソレを受け止めている。
それは想像通りだった。
だけど、マヤの姿が少し、いや全然違っていた。
力天使よりも更に神々しい、それこそ熾天使か戦乙女かと思わせる純白と黄金の輝きを放つ鎧、兜、盾を身に纏っていた。
そしてまるで『聖剣』をかけられているように輝く長剣で力天使の攻撃を受け止めている。
あの攻撃の一瞬に装備を全換装したのだろうか?
「それじゃ、今度はこっちから攻撃するわよ」
そう言って動き出すマヤの動きは明らかにいつもと違っていた。
スピードもパワーも桁違いでマヤの持つ長剣から繰り出される攻撃が、まるでヒグマと子犬が戦っているかの如く蹂躙していく。
それでいて力天使の攻撃はマヤの鎧や盾に傷1つ付ける事が出来ない。
「貴様っ! なんだっ! 何なんだそれはっ!?」
防戦一方に追いやられた力天使が悲鳴のような叫びをあげた。
「何って……チート装備?」
そう言った瞬間、力天使の長剣がマヤにへし折られた。
「そ、そんなっ! 卑怯だぞっ!?」
「持ってるモノを使うのは普通でしょ? って事で強撃っっ!」
長剣を失った力天使の胸元にマヤの『強撃』が直撃し、鎧が吹き飛び壁に激突した。当たり前だけど『強撃』の威力も桁違いに強化されている。
翼が変な方向に曲がって満身創痍の力天使が立ち上がろうとして倒れた。
まだ生きてるっぽいけど、戦う力ももう残ってないように見える。
「ま、こんなもんね」
そんな力天使を見て長剣を鞘に仕舞うマヤ。
「いや、こんなものって……マヤ……ソレ、どうしたの?」
今までマヤがこんな装備してるの見た事無いんだけど……もしかして隠してた? いや、でもそれなら『神のダンジョン』とかでもっと使っても良さそうだし。
「勿論『神のダンジョン』の報酬で貰った物よ? テルの弓を見たでしょ? アレと同じ」
「い、いや、マヤって確かアーツを貰ったんだよね? 装備まで貰えたのっ!?」
そういえば確かにマヤの『お願い』は安いからって言われてた気がするけど、それなら僕だってかなり格安な『お願い』だった筈なんだし、貰えるものなら僕だって装備やスキルが欲しかったっ!
いや、そこまで言わなくてもせめてこの『固有スキル』が1つに纏まってくれたりすればそれだけで楽になるのにっ!
「貰ってないわよ。私の願いはユウが知ってる通りよ」
「え、じゃあ……」
「この長剣はサラサラさんの、鎧はコテツさんの、盾はノワールの、兜はホノカちゃんの、『お願い』よ。ダンジョンに行く前に全員で1セットの装備を願って、それを『銀の翼』で管理する事を決めてたのよ」
な、なるほど。確かにサラサラさん達の『お願い』の内容って結局聞いてなかった。何回か聞いたけど教えてくれなかったし。
でも『お願い』4個分の装備……それはチートに違いない。テルさんの弓1個でもあんなすごいビーム出せるようになったりしてたのに、単純にその4倍の性能って想像もつかない。
「あれ? でもゴーレム戦で誰も付けてなかったよね?」
「ただでさえユウが騒ぎ起こしたりしてるのに、そこにウチのクランだけこんなチート武器を振り回してたら他のプレイヤーの心証悪くなるでしょ」
「僕のせいっ!?」
「手に入ったのもユウのお陰なんだからトントンよ」
「それでもプラマイゼロ!?」
そりゃ確かに『転職祭』とか『クラン会議』とか『誘拐事件』とか色々やっちゃったけど、せめて微プラス位にはなってて欲しかった……。
いや、これからだ! これからプラスを積み上げていけばいいんだっ! 頑張れユウっ!
「まずは、今回の事件解決だっ!」
そう思い直して遮る者が居なくなった玉座を見る。
そこには初心者ローブを着た10歳位の長い金髪の少女が僕達を見つめて座っていた。
 




