第195話 姫語り。
私、アリス・テニエルは恵まれていると思う。
両親は仕事で忙しいとはいえ、テレス姉様はよく遊びに来てくれるし、お祖父様も時々は顔を見せてくれる。
そもそもテニエル財団は物凄いお金持ちで知らない人が居ない位なのだというから、その家に生まれてお金について何不自由なく今まで暮らしてきた事は、明日を生きるのも大変な生活をしている人と比べれば、きっと恵まれているのだろう。
ただ、私が生まれた時から病気で、この病室から一歩も出る事が出来ない事を除けば。
と言っても余命幾許もないとかでもない。こうして病室で安静にしていれば、いずれは治ると主治医の先生は言っていた。ただ、治療にとても時間がかかる病気なのだと。
テニエル財団の経営する大病院、そこの一番偉いお医者様が言っていた事だし皆の態度も気休めの嘘を言っている風でもないから多分本当の事なんだろう。
それでも、ずっと病室で暮らす生活に私は絶望していた。
どんなにお金があっても、欲しい物が何でも手に入っても、いつも私は病室で1人。
テレス姉様はそんな私の為に毎日病室に来ては今日何があったとか、何をしたとか教えてくれて、それはそれで楽しかったけどテレス姉様が帰ってしまうと一層寂しく感じてしまった。
そんなある日の誕生日、私はあの人に出逢った。
「やぁ、アリスちゃん。君に自由に動ける身体をプレゼントしたいんだけど、貰ってくれるかな?」
初対面で私にそう言った男性は、正直お医者様には見えなかった。
ぼさぼさの頭に大きな眼鏡、ヨレヨレの白衣をだらしなく着て頭を掻きながら私の前に立っている。
テレス姉様の紹介でなければ私はお医者様だと信じなかっただろう。
「貰えるのなら私だって欲しいわ。でもそんなの無理よ」
だってもっとちゃんとしたお医者様が無理だと言っていたのだから。
お祖父様はお願いすれば大抵の事は叶えてくれるけど、私が危ない事は絶対に許してくれない人で、そのお祖父様が私の外出だけは許してくれなかったのだから。
「そっか、良かった! 本人の承諾も取れた事だし、コレ被ってみてよ」
そう言って笑顔でヘルメットのような物を取り出す男性。
もしかして本当に何か身体を無理矢理動かしたりして危険なのだろうか?
そう思ってちらりと男性の後ろに立つテレス姉様を見ると、姉様は小さく頷いた。
テレス姉様が信用しているのなら危険はないのかもしれない。
そう思って私は言われるがままにヘルメットを被る。
「じゃ、始めるねー。びっくりしないように、ゆっくりとね」
ゆっくりと語りかけてくる男性の声を聞きながら、私はその日初めて『セカンドアース』の世界へと飛び込んだ。
その日私は初めて、自分の足で野原を駆け回る事が出来た。
その日から私の生活は変わった。
毎日朝起きては『セカンドアース』へとログインをし、夜寝る前に『セカンドアース』からログアウトする。
毎日野を駆け回り、モンスターと戦い、ダンジョンへと向かった。
友達も沢山出来た。
殆どが私と同じで入院中の人で、あのボサボサ頭のお医者様に誘われてきたと言っていた。
同じような境遇なのも手伝って初めて出来た沢山のお友達と私は毎日『セカンドアース』で遊び回っていた。
あまりに毎日遊びすぎて主治医の先生に怒られた位だ。
それでも私は辞められなかった。
だって『セカンドアース』なら私も自由だったから。自分の力で戦って、大事な仲間を守って、一緒に笑って、生きている実感が持てたから。
プレイヤー数もどんどん増えていった。
私の参加を機に更に沢山の系列病院の患者に勧誘をして回ったとボサボサ頭のお医者様は言っていた。
私もこの素晴らしい世界を皆に楽しんで貰う為に頑張った。
世の中には色んな人が居るのは知っている。内気な子や恥ずかしがり屋な子はやっぱりゲームの中でも1人になりがちだったから、イベントを企画したり無理矢理でも引っ張り出したりした。
そうして1人でも多く『セカンドアース』で私と同じように生きる事を実感してくれたら嬉しかった。
いつしか私は皆から『姫』と呼ばれるようになっていた。
でもそんな日々も突然終わりを迎えた。
あのボサボサ頭のお医者様が亡くなったらしい。
それで『セカンドアース』を中止するとお祖父様が言った。
勿論私は反対した。これまでで一番必死にお願いした。私から『セカンドアース』を取らないでって。何度も何度もお願いした。
でもお祖父様は聞き入れてくれなかった。
テレス姉様も困ったような顔をするだけで私の言う事を聞いてはくれなかった。
だから私はその日『セカンドアース』へと逃げ込んだ。
ログインした私が居たのは見た事がない部屋だった。
扉の向こうにモンスターが居る事からして何処かのダンジョンだと思うのだけど記憶にはない。
元々使っていたアバターはボサボサ頭のお医者様が用意してくれた物だったから、誰にも見つからないようにと新規アバターを改めて作った私自身は1レベルの状態だった。
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アリス 人族/女 11歳 お姫様Lv1
HP24/AP18
筋力:2(0)
体力:2(0)
速力:1(0)
器用:2(0)
知力:1(0)
魔力:1(0)
<固有スキル>
・美神の寵愛 ・恋天使の視線 ・妖精王の美声
・精霊皇の薫香 ・聖獣王子の美肌 ・魔皇子の露
<装備>
・初心者ローブ
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レベル1なのは仕方ないとはいえ、能力値も最低だった。
『固有スキル』はお医者様が用意してくれた専用アバターだったから6つもあったのかと思っていたけど、新しく作った物も大差ない物だった。
しかも何一つ戦闘用スキルがない。
私が知らないダンジョンなのだからこのダンジョンは多分かなり難易度の高いダンジョンだと思う。
それでも私は取りあえずここからだ脱出する為に外に出た。
死んだ。
元の部屋に戻された。扉の前に居たゴーレムに瞬殺だった。何故か物凄い痛みがあった気がするけど一瞬だった。
やっぱり私ではこの部屋から出られないようだ。
誰か救助を……と思ったけど辞めた。私は家出してきたのにそれで連絡したら馬鹿みたいだ。それに助けられたとしても、私はこのボイコットを辞めるつもりもなかった。『セカンドアース』は私が守るんだ。
3日後、私は餓死した。
直後に元の部屋で復活する。お腹は空いてるけど、私は生き返った。
何日か毎に餓死と復活を繰り返す。ゲームだからか餓死してるのにそんなに辛くなかった。ただHPが一桁を彷徨って身体の力がでない。
でもそれは現実と大差ない状態で、それもあまり苦にならなかった。
何日経ったかわからないけど、まだ誰も来ない。
流石に寂しくなって私は昔の仲間で口の硬そうな人にメッセージを送ってみた。
でも誰からも返事は来なかった。
不安になって少しだけログアウトしようと少し思ったら、そもそもログアウトの項目がない事にその時私は気付いた。
あれから何日経っただろう? 誰も来ない。
きっとテレス姉様もお祖父様も言う事を聞かなかった私を嫌いになったんだろう。
もしかしたらもう『セカンドアース』は中止していて、私はその中に取り残されているだけかもしれない。
ならもうどうでもいいや。どうせログアウトしても病室という牢獄に入るだけ。此処にいるのと大差ない。それならこの部屋から出られないけど、自由な身体があるだけ、大好きな『セカンドアース』に居る方が良い。
そんな風に思っていたら、突然部屋の扉が開いた。
部屋の外のゴーレムが中に入ってくる事は一度もなかった。もしかして……誰かが助けに来てくれた?
そう思って重い頭を起こして扉の方を見る。
と、そこには見た事のない人が立っていた。
正確には人じゃなかった。一対の白い翼を持った少年が立っている。
・レベル75力天使とエンカウントしました。
どうやら天使らしい。とうとう私にお迎えが来たのだろうか?
そう思っていると、少年は訝しげな顔をした。
「……まさか着任早々プレイヤーが居るとは思わなかった。が……弱っているのか?」
そう言って無遠慮に私を見る力天使。
そりゃこっちはずーっと飲まず食わずなんだから弱っているに決まっている。今なら何でも美味しく食べられる自信がある。
「貴方、だれ? 喋れるモンスターなんて初めて見たわ」
見られているだけではあまり気分が良くないからこちらから尋ねてみた。
「僕の名は力天使。このダンジョンの守護者……の筈なんだが、君は誰だ? どうして此処にいるんだ?」
「私はアリス、ずっと此処に居たわ。貴方の方が、新参、よ?」
そう、私はずっと此処にいた。その間私は扉の前に居たゴーレム以外見た事はないし、この部屋に入ってきたのもこの人が初めてだ。
「それはそうだろう。僕が誕生したのはついさっきで、此処に配置される事が決まったのもその時だ」
「? じゃあ、0歳なんだ」
「そうとも言えるし違うとも言える」
「意味わかんない」
「禁則事項だ」
さっき生まれたらしいモンスターの力天使は再び黙って考え込んでいた。
私は久し振りの会話が楽しかったのに、もう終わりだなんて寂しかった。
「何を考えてるの?」
「……君の処遇だ。私は此処を守護するのが仕事だからな」
「私を殺しても無駄だよ? 此処で復活するし」
「それは面倒だな……」
「じゃあ安全な場所に運んでよ」
「私は此処を守護するのが仕事だ。離れる訳にはいかない」
力天使は大きくため息をついた。その仕草が昔の仲間の1人に似ていて少しおかしくなった。
「なら誰かに迎えに来て貰えば良いんじゃないかな」
「それは駄目だ。僕はここに来た者を排除する役目だから、迎えに来た者を倒す」
「じゃあ貴方より強い人に迎えに来て貰えばいいんだよ」
「僕の方が強いっ!」
そう言って胸を張る力天使。
その様に私は吹き出してしまった。
「それじゃあ障害を設けてソレを突破して、更に貴方を倒した人に助けて貰う事にするわ」
「その条件だと君が此処を出る事は一生無いが良いな」
「そんな事ないわよ。きっと王子様が助けてくれるもの」
「子供の夢物語だ。現実は残酷だよ」
力天使は自分も子供なのにそんな事を言った。
その切ない表情も、もうゲームを辞めた昔の仲間を思い出す。
それに私自身助けが来なくたって良いのだ。私の居場所は何処にも無いんだから。
ただ、昔の仲間に似た力天使にあまり迷惑をかけたくなかったからそう言っただけだった。
「どちらにせよ暫くは一緒に暮らすんだから貴方の名前が必要よね。『力天使』って種族名でしょ?」
「僕に名前はない。生まれたばかりだからね」
「じゃあ私がつけていい?」
「……好きにしろ」
ぷいっと横を向く力天使。
「それじゃあ……貴方の名前は『ダイチ』よ。私の仲間だった子の名前! よろしく! ダイチ!」
「好きにしろ」
そう言うダイチは、でも満更でもない表情を浮かべていた。
力天使がアリスに友好的なのは『固有スキル』の関係+αです。
 




