第19話 コテツ拵え。
あたしが『セカンドアース』を始めたのはテストサーバーの頃だ。リアルのダチから誘われて軽い気持ちでログインした。
せっかくMMOを遊ぶならと生産職の鍛冶師を選んで、名前を『コテツ』とした。
『セカンドアース』はあたしが思った以上に面白い世界だった。
まずリアルだった。それはビジュアルやサウンドって部分だけじゃなく、NPCのAIがまるで本当に生きているように存在して、接してくるんだ。最初は全部にゲーム会社の人間が入っているのか?と疑った。
そしてあたし等プレイヤーもそんなNPCと対等というか、同じようにゲーム世界で決められた法律の中で暮らす事を強制された事に驚いた。
それは殆どリアルで出来る全ての事は『システム上出来ない』ってんじゃなく『出来るけど、その責任が問われる』という物だった。
たとえば露天に並ぶりんごを金を払わず勝手に食べる事は出来る。でもそんな事をしたら店主が騒ぎ、衛兵が飛んでくる。
NPCを殺そうものなら即賞金首で衛兵にもプレイヤーにも追われる事になる。街中とか主要施設内には特殊な結界が張ってあって基本PVP以外での殺人行為は出来ないようにしてあるけど。
なんでゲーム世界でそんな面倒な事すんだ?と最初は思った。
だがプレイヤーの大半が日本人だからか、ちゃんと法律が徹底してるのを理解したからなのか、そういう事をするプレイヤーは殆どいなくなった。
そしてそんな世界が思ったより息苦しい物ではない事に驚いた。
よくよく考えたら当たり前か。あたしは別に違法行為をしたくてゲームをしてる訳じゃない。
なら、『なんでも出来るという自由があり、違法行為をするプレイヤーは正しく罰せられる規制もある世界』はゲームとしては理想なのかもしれない。
だからあたしはこの世界を大いに楽しんでいた。
モンスターと戦い、素材を集め、鍛冶スキルで装備をつくり、それを自分の露店で売る。
あたしを誘ったダチが『クラン』を立ち上げたというから加入もした。
ダチは僧兵だったから、支援職と一緒だと行ける場所も広くなった。
といってもあたしは基本1人であちこち行くのが楽しかった訳だが。
結局あたしはテストサーバー期間が終わり、本格サービス開始後も『セカンドアース』をやっている。ダチの狙い通りって顔は少しムカついた。
最近面白いヤツに出会った。
同じクランの仲間のマヤがつれてきた少女だ。ユウと言うらしい。
初めてみた印象は見た目絶世の美少女なのに、なんだか子供っぽいというか男の子に憧れてる風というか、ちぐはぐな感じだった。
能力値も見た目通りなのか初期装備のメイスすら装備出来なかった。筋力10で十分振り回せる筈なんだけどなぁ……。
結局最終的に森に落ちてた木の棒を渡したら喜色満面で喜んでいた。そんなに喜ばれたらこっちが悪い気分になる位だった。ただの棒だし。
なんとなく悪い気がしてしまったから防具も譲ったが、こっちはあまりお気に召してないようだった。
着ている所は誰が見ても似合ってると言う事間違いなし。あたしとは正反対の清純な可愛い姿だったけど、やはりユウは男の子っぽい事や大人な事に憧れを抱いているようだ。
その日の夕方に又偶然ユウ達に出会った。
ユウは土埃にまみれて満足そうな笑顔を浮かべ、12体のゼリースライムを斃したと鼻息荒くしていた。
ゼリースライム相手にそこまでボロボロになるのも、12体しか倒せないのも聞いた事がないんだが、やはりこの子は見た目通り戦闘には不向きなんじゃないだろうか?
いくらゲームの事とはいえ、あたしが与えた武器でもしもの事があったらと思うと気分は良くない。
翌日はとりあえずユウの為に新しい武器を作ってやる材料を採ってくるか、と早めにログインをした。
すると冒険者ギルドで見るからに軽薄そうな男共に絡まれているユウ達が居た。
そらあんな可愛い娘が居たら他のプレイヤーも声かけたくなるか、わからないでもない。
しかしやりすぎなのか一触即発状態になっている。このゲームで今時あんな無法する馬鹿が残ってたんだな。コイツ等も新規プレイヤーか?
「っ!! ふざけるなっ!! 2人纏めてっ――」
「2対3はフェアじゃないねぇ。あたしも入って3対3でPvPやるかい?」
見た感じマヤがコイツ等に負けるとは思えなかったが、ユウの方は万一怪我をする事も考えて割って入った。
我ながらユウの事になると少し過保護な気もするけど、見てると保護欲を掻き立てられるんだから仕方ない。
結局形勢不利だとわかったのか男共はすごすごと帰って行った。
「えっと、コテツさん、マヤ、助けてくれてありがと」
ただ口を出しただけのあたしにまでユウは頭を下げてきた。昨日も思ったがユウは本当に『いい子』なんだろう。見てるこっちがむず痒くなる。
ユウ達は今日もゼリースライムを倒しに行くらしい。こりゃあたしも急いでユウにちゃんとした新武器を作ってあげないとな。
次に出会ったユウは更に無茶をしていた。
どうやら朝の男共に難癖をつけられ、MPKされそうになり、そんな状況でNPCを守ろうとしたようだった。
昨日始めたばかりで、おそらく1、2レベルであろう初心者の侍祭が、木の棒一本で、狂化状態のLv7の巨大熊に挑み、恐らくは同程度の戦士からNPCの少女を守ろうと戦ったのだ。
それはゲームだからとかではなく本当に勇気ある行動にあたしには見えた。
そしてユウは男の子に憧れる、ではなく本当に男らしい高潔な精神を持っている子なんだとわかった。
本当に男の子だったらあたしも惚れてたかもしれない。それくらいその時のユウは格好良かった。
結局その戦いでユウの木の棒は折れ、ユウの新しい武器は急務になった。
今日素材を採りに行っていて本当に良かった。
街に戻り冒険者ギルドでの処理を終えたあたしはその足で生産者ギルドへ行き、工房を借りる。
炉の前に座って考えた。
「ユウにはどんな武器が良いのか?」
ユウは前衛として戦いたがっている。今日も木の棒で長剣を防ぎ、ゼロ距離での聖光を叩き込む事で勝利していた。
速力1だと聞いているのに随分と無茶をするものだと苦笑する。
笑っていられるのは全てが終わった後だからで、その動きが出来るのは昨日からマヤがスパルタで扱いたからであろう事が想像できたからだろう。
ユウの希望に沿うのであれば鈍器等の近接武器がふさわしい。
でもユウは侍祭で、ここ数レベルのレベルアップ時に上がったのが魔力のみという事を考えても魔法アーツをサポートする武器が最もユウの助けになるのは間違いない。
………答えがでない。
「つーか、あたしは元々考える性質じゃないんだよなぁ!!」
誰に言うでもなくつぶやいて頭を掻く。
アイテムボックスの素材欄を何とは無く眺めていると青い魔石が目に留まった。
確か北の洞窟の氷原狼を手当たり次第狩った時に出た奴だっけ……。
その青色がなんだかユウの瞳の色に似ている気がして、口元が綻ぶ。
「まぁ失敗したら、その時かっ!」
青い魔石を工房に居る付与師に頼み、細工を頼む。
完成を待つ間に自分でも鉱石をいくつか炉に放り込み、APを込めながら溶かし、固め、形を整える。
ジリジリと減っていくAP、その度に回復剤を飲み干しながら作業を進める。あと数時間はかかるだろうか?
勿論もっと簡単な作成方法もある。『セカンドアース』の生産は2つの方法があるからだ。
ひとつはちゃんと手順通りに作り上げる今やってる方法。もうひとつはアーツを使って一瞬で作り上げる方法。
そして前者の方が時間や手間、コストがかかり、その分完成度が高くなる……事が多い。
結局何度か細かい失敗をしつつ、日付が変わる前になんとか無事パーツが完成した。
付与師から受け取った魔石の付与を確認し、今日採ってきた材木を中心に魔石と、それらを包むパーツを一つに纏め上げる。
両手からAPが注がれ、一つ一つ組み上げる武器に力が宿る。
最後に魔石を取り付け、それは完成した。
『Lv17治癒の杖』
魔石により治癒力を強化した杖。これならユウの神聖魔法の助けになる。
又硬くしなやかな千年アカガシと、それを支えるミスリル銀、硬化の付与を施した魔石によって打撃武器としても扱う事が出来る。
そして何より筋力1のユウが扱える軽さも維持できた。その為にミスリル銀なんて造るハメになるとは思わなかったけど、意外と上手く行って良かった。
やっぱ考えるよりまず行動だな。
明日喜ぶユウの顔が思い浮かぶ。疲れたけど、それを思えばなんて事はない。
そう思いながらあたしはホームに戻り、ログアウトした。
後日、ユウは思った通り喜んでくれたが、その話を聞いたマヤが二人きりの時、
「あの杖の値段って原価から考えても桁ひとつ間違ってません?」
と聞いてきた。鋭い。
区切りが良いのでここで第一章終了です。
次回から第二章予定です。
変わらず楽しんでいただければ幸いです。




