第181話 デビルズトリック。
更に苛烈さを増した嫉妬の魔神と情欲の魔神に僕は逆少し冷静になっていた。
この前の戦いで学んだ通り、魔神には司祭の攻撃がよく効いている。
前回は収束させた『聖光』で致命打を与える事が出来たし、今回もアンクルさんと戦っている情欲の魔神は『聖剣』を恐れて防御ではなく回避行動ばかり取っている。
今回の情欲の魔神は何故か槍を持ってないから尚更なのかもしれない。
ならば守られているだけじゃなくて僕も攻撃に参加するべきじゃなかろうか?
ちらりとグラスさんを見ると僕の意図を察してくれたのか頷いてくれた。
と言っても『聖光』は味方にダメージは与えない物の収束すると目眩ましになっちゃうからタイミングを計る……今っ!
「聖光ぉっ!」
呪文発動と共に僕の手から溢れ出る光は情欲の魔神に向かい、するりと回避されてしまった。前回よりスピードが上がっている情欲の魔神に遠距離からでは届かないらしい……。
ならばと嫉妬の魔神に撃ち込んでみると、こっちは吐き出す水流で受け流されてしまう。
前回の目隠し情欲の魔神戦の時もそうだったけど『聖光』は本体に当たればダメージだけど、それ以前に炎や水と言った何かに当てられてしまうと簡単に相殺されちゃうっぽい。
まぁただの光なんだし仕方ない……のかもしれない。
でも困った。当てるにはもっと近づかなきゃダメっぽいけど流石に嫉妬の魔神と情欲の魔神に近づくのは難しそうだ。
嫉妬の魔神の水流で面制圧されたらそもそも僕じゃ逃げ場はないし、アンクルさんですらカウンターが取れない今回の情欲の魔神のスピードじゃ僕が突っ込んで行くのはアンクルさん達の足を引っ張る結果になる。
『防護印』で1回防御しても、そこで体勢を崩せないだろうから、ドッペルゲンガーの僕がマヤに斬り殺されたように、一度掴み掛かった情欲の魔神はすぐ次の瞬間再び僕を捕まえるだろう。
せめてもっと強い防具が装備出来たらなぁ……。
クロノさんと一緒に買いに行った『ゴシック・プリンスセット』も悪くないけど、所詮『服』でしかないし。
もしもっと防御力の高いクロノさんやマヤみたいな金属鎧を装備出来れば嫉妬の魔神の水撃を耐えきったり、掴み掛かってきた情欲の魔神を防御してる間に『聖光』を撃てるのに。
そう思ってふとある事に気付いた。
「あ、えっと……アンクルさん!、グラスさんっ!」
情欲の魔神に聞かれないように手短に思った事を尋ねる。
「……確かに可能ですが、賭けでもありますね」
僕の問いに頷くグラスさん。
「少々ユウ様が危険すぎます」
アンクルさんは目に見えて表情を曇らせた。
グラスさんが出来るというのなら、あとは僕次第なんだろう。なら膠着状態を脱するにはこのダンジョンに誘った僕が頑張らなきゃいけない。
「アンクルさんが助けてくれるって信じてますから、大丈夫ですっ!」
仲間を信頼する事が、パーティプレイの基本だ。
僕の瞳を受けて、暫し迷ったアンクルさんも頷いてくれた。
僕は小声で呪文を唱えてからタイミングを計る。
リリンさんは嫉妬の魔神の相手が厳しく、一身に水撃や水撃をフェイントにした突撃をいなしているが、僕を守りながら中遠距離で戦う魔神に攻撃を入れる事も難しそうだ。
いつものリリンさんならこういう時突撃していくんだろうけど、『僕を守る』為に彼女も動けないんだと思う。そう思うと歯がゆくて申し訳ない。
せめて2体の内1体を倒せれば、そこから数の優位で攻めていけるのに。
だからアンクルさんにお願いしたのだ。
『騎士達に守られてっ! 傅かれてっ! 姫プレイっ!? 男がっ!? そんなの許される訳ないわっ!!』
とうとう意味不明な文句を付け始める嫉妬の魔神が手当たり次第に水流をぶちまける。
あの状態では近づく事も難しく、リリンさんは僕の前に立って水流を僕の方に来ないように耐えてくれた。
僕も減少するリリンさんのHPを『治癒』で回復させる。
でもコレが僕の狙っていたタイミングだった。
「騎士が姫を守り支えるのは当然の事だろう。それを許すかどうかは姫がお決めになる事だ」
その水流の影に隠れたアンクルさんが一気に近づいて嫉妬の魔神にフランベルジュを振るった。
『ぎゃぁぁっっっ!? わ、私の肌に傷っっ!?』
水流の間から血飛沫が上がる。
出血量的に『肌に傷』レベルじゃないと思うんだけど……さすが魔神というかまだ余裕なんだろうか?
『ひゃははっ! ついに守りを解いたかぁっ!』
が、アンクルさんが嫉妬の魔神に向かった事で空いた僕の背後に、いつの間にか情欲の魔神が立っていた。
慌てて振り向くと、にたぁりと笑う情欲の魔神と目が合い、その好色な視線に反射的に身体が竦む。
「ユウ様っ!」
慌てた声を上げるアンクルさん。
『もう間に合わねぇよっ!』
喜色満面で僕に掴み掛かる情欲の魔神。
パリンと『防護印』が割れて一瞬情欲の魔神の動きが止まるが、やはり体勢を崩せる訳もなく、その一瞬ではアンクルさんは間に合わない。
僕は竦んだように袖の中にあった両手を突き出し、にやりと笑う情欲の魔神は無駄な足掻きとその手を掴んだ。
『ぎゃぁぁぁっっっっ!?』
同時に上がる絶叫とも言える悲鳴。
両手が焼けただれたようにダメージを受けている。
『き、貴様ぁっっ!』
両手が焼きただれた状態になった情欲の魔神は手を離して憎々しげに僕を睨んだ。
「罠にかかったのは情欲の魔神の方だったね」
笑みを返す僕。
僕の手の方は殆どダメージは受けていない。ちょっと痛かったし痣になるかもしれないけど『治癒』で治ると思う。
一応ちゃんと動くか確認しながら情欲の魔神に見せつける僕の両手は淡く光っていた。
『もっとちゃんとした防具が装備出来たら。』そう思った時にふと思いついたのだ。
『聖剣』って身体にもかけられるんじゃないか?
そもそも素手で戦う『格闘家』とかが居るんだから、素手にかけられないとおかしい筈。そう思ってグラスさんに聞いていたら答えはYESだった。
なら只の光の筈の『聖光』であれだけダメージを受ける魔神相手になら、『聖剣』をかけた『僕』に触って貰えばそれだけでダメージになるかもしれない。少なくともびっくりして隙が出来る筈だ。
と言ってもバレてしまえば警戒されるし、情欲の魔神があの黒い火炎で攻撃してきたりしたらアウトだ。
だからギリギリまで『聖剣』の発光を押さえて、衣服の中に手を隠していた。
「そしてコレで終わりだっ! 聖光ぉっっ!」
両手を焼いたとはいえ未だ元気な情欲の魔神にトドメの一撃を放つ。
『ちぃっっ!』
が、寸ででそれを回避されてしまった。
近接状態からの隙を突いての『聖光』すら避ける情欲の魔神のスピード。やっぱりただ突撃して『聖光』を撃つだけじゃダメだった。
「ユウ様の仰った通り、終わりだ魔神」
そんな時の為にアンクルさんにお願いしていた。無理に『聖光』を避けた情欲の魔神が首だけ動かしてアンクルさんを睨む。
「死ね。……音速薙ぎ払いっっ!!」
『くそぉぉぉっっ! あと一歩でぇペロペロ地獄がぁっっ』
アンクルさんに首を切り落とされた情欲の魔神は意味不明な絶叫を上げて全身から炎を吹き出して倒れた。
……どんな物かはわからないけど、ペロペロ地獄とやらを味わう事にならなくて本当に良かった……。
『ちぃっ、使えない変態だねっ!?』
倒された情欲の魔神を見て悪態を付く嫉妬の魔神。
悪態は付いても仲間を倒された怒りや憎しみはないようだ。やはり魔神達は僕達のような仲間意識はないっぽい。
「貴女も倒させて貰いますっ!」
情欲の魔神を倒したとはいえたった1体。あと6体いる。嫉妬の魔神を早く倒せばそれだけ皆を助けに行けるのだ。
『はっ! あんな変態一体倒した位で私まで倒せるとお思いかいっ!?』
そう言いつつも今までと違い、じりじりと下がる嫉妬の魔神。
リリンさん1人ならまだしも、そこにアンクルさん。そして聖属性遠距離攻撃が加われば不利だと考えているようだ。
「だめよぉ? だぁめ。逃げちゃだめ」
『なっ!?』
いつの間にか来ていたシャーリーさんが嫉妬の魔神を鞭で絡め取っていた。
後退する嫉妬の魔神の足下に仕掛けていたっぽい鞭は嫉妬の魔神の上半身を縛り上げている。
『ふざけないでっ! わ、私は縛る方の立場よっ!? こんなのっ! 許される訳ないわっ!!』
自分の状況に気付いた嫉妬の魔神が怒りの視線をシャーリーさんに向けて、なんとか緊縛から抜けだそうと藻掻く。
が、それを待っている程僕達はお人好しじゃない。
「聖光ぉっっ!」
「音速突っ!!」
「超強撃っっ!!!」
僕の『聖光』が全身を焼き、アンクルさんの『音速突』が全身を貫き、リリンさんの『超強撃』が嫉妬の魔神を吹き飛ばす。
壁面に激突した嫉妬の魔神は言葉になっていない絶叫を上げながら、やはり黒い炎を噴き出して燃え尽き消えていった。




