第178話 キス我慢選手権。
「っふざけんなっっ!」
僕の絶叫に呼応するようにクロノさんが一足飛びで前衛を飛び越えた。そのまま偽ユウに向かって大剣を振り下ろしす。
いいぞクロノさんっ! その破廉恥な偽ユウに正義の鉄槌を喰らわすんだっ!
と、思ったのだけど、何故か一瞬クロノさんの動きが止まってしまった。その隙にやっと唇を離した偽クロノさんがクロノさんを迎撃する。
「ちいっっ!」
弾かれたクロノさんはそのまま敵の中に留まる事はせず、そのまま再び大きく飛び上がって前線に合流した。
「今のタイミングなら倒せたんじゃない?」
そんなクロノさんにニヤニヤ笑いながら尋ねるシャーリーさん。
「やりにくいんだから仕方ないだろっ!」
本人も悔しそうだ。やっぱり自分と同じ顔が男とキスしてる所に攻撃というのはやりにくいだろうし仕方ない。
「んな事言って、ドッペルゲンガーとは言え勿体なかったんじゃねーの?」
「……コロスぞ?」
「ちっ、冗談だよっ!」
テルさんの軽口に殺気を込めた返事を返すクロノさん。そりゃ男同士のキスシーンなんてギャグにすらならない。
偽ユウを倒せなかったのは残念だけどでもキスを妨害する事は出来たし大成功だろう。
正直いくら関係ないモンスターだとわかっていても、自分の顔が他の男、それも知り合いとキスしてる姿とか精神的ダメージが計り知れない。
それをクロノさんが切り裂いてくれたんだから本当に助かった。
と思ったんだけど……僕の苦難はこれで終わりではなく、ここからが始まりだった。
やっと離れたと思った偽ユウの奴は、今度はテルさんとキスをし始めたのだ。
「んなっ!?」
さっきはクロノさんを笑っていたテルさんが大きく口をあけて愕然とする。
更に偽ユウはノワールさん、コテツさんにまでキスをして行った。
偽ユウは相手の性別もどういう人かも関係なく、順番にキスをしてまわってるように見える。
「ユウのアレ、すげーな」
「ユウ、大胆」
その姿に流石にコテツさんとノワールさんも少し頬を赤らめて感想を述べた。
「って、僕じゃないよっ!? ドッペルゲンガーだよっ!? それじゃまるで僕がキス魔みたいじゃない!?」
慌てて訂正を入れる。心外だっ! このままじゃもしかして僕が誰彼構わずキスをする人間みたいにみられちゃうんじゃないかっ!?
そりゃ僕だって健全な高校生男子だから、クロノさんやテルさんみたいな男性とのキスは絶対ノー! だけど、ノワールさんやコテツさんにキスをする姿はちょっとドキドキしたけど。さすがにその辺の分別くらい付くよっ!?
「ユウっ! わ、私にキスしたら、許さないんだからねっ!?」
「僕じゃなくて偽ユウに言ってよっ!?」
「何よその言い方っ!? 男とまでキスして私とはしたくないのっ!?」
「だから僕は誰ともしてないよっ!?」
ホノカちゃんの無茶な要求に僕も悲鳴をあげる。
「次は私の番かしら~?」
「前衛から順番みたいだし、そろそろ私達かもね~」
そして何故か少し嬉しそうなサラサラさんとシャーリーさん。おかしいよっ!? むしろ今パーティ崩壊の危機的レベルになってる気がするよっ!?
ま、まさかドッペルゲンガーはそこまで計算してこんな精神攻撃をっ!?
恐るべしドッペルゲンガー……。
実際このままじゃ本当に負けるかもしれない。なんとか、なんとかしなきゃ……。
反射的に飛び出しそうになる僕。が、僕の手をリリンさんが捕まえた。
「ユウ様、いけませんっ! 相手の挑発に乗っては思う壺ですっ!」
「で、でもっ!」
このまま僕の顔が色んな人にキスして回る姿を見続けるのは我慢の限界だった。
その時、僕は悪寒と共に「ぶちり」と何かが切れる音が聞こえた。
そしてドームを包み込む桁違いの殺気。さっき偽ユウが偽クロノさんにキスをした時と同じく、僕以外の皆の……ドッペルゲンガー達の動きすら、一瞬止まった。
そしてその殺気の発生源がゆらりと前に歩み出る。
マヤだった。
僕からは後ろ姿しか見えないけど、それで良かったと思えるあらゆる凶兆を含んだ殺気がその背中から溢れ出ていた。
そうしてゆっくりと前に歩いていくマヤ。
再び動き出したドッペルゲンガー達は、まず偽テルさんや偽ノワールさんの矢がマヤに襲いかかる。
それを見て我に返ったテルさんとノワールさんが矢を迎撃する。
偽クロノさんや偽コテツさんものろのろと前進してくるマヤに攻撃をしかけるが、何とかクロノさんやコテツさんが受け止めていた。
そこに偽グラスさんの『大爆氷球』が飛び込んできたが、これもグラスさんが相殺していた。
その間もどんどん偽ユウに近づいていくマヤ。
だが皆のサポートがあってもマヤが無傷という訳じゃない。
マヤの所まで到達した矢が、魔法が、刃が、マヤに襲いかかっていた。
でもマヤはそれを最小限の回避や防御だけでガンガン前へ突き進む。まるで障害物なんて何もないかのようにガンガン前に進んでいく姿は、もしかしてこっちが偽マヤなんじゃないか? と一瞬考えてしまう程にモンスターっぽかった。
その姿に、正直僕が偽ユウじゃなくて本当に良かったと思ってしまった。
だって、表情見えないけど多分マヤは今無表情に暗い瞳で真っ直ぐ近づいてきてると思う。正直あのマヤに迫られたら僕だったら怖くて腰が抜けていてもおかしくない。
というか後ろ姿だけでかなり怖くて危険な状態だった。
そうして満身創痍でドッペルゲンガーの後衛まで辿り着いたマヤは、偽ユウの前に立ちはだかる偽マヤを見つめた。
「……どきなさい」
声だけで人を殺せそうな声音にぞっとする。
が、感情がないっぽいドッペルゲンガーの偽マヤは無表情のまま長剣を振り上げ、振り下ろした。
慌てて『防護印』をかけようとするけど間に合わない。
噴き上がる鮮血。
マヤは偽マヤの攻撃を必要最小限の動きで躱さず、ダメージ覚悟で受け流し、そのままするりと体を入れ替えて偽ユウの前に立った。
そうしてさっきの偽マヤと同じように長剣を振り上げるマヤ。
マヤを無表情に見上げる偽ユウ。
「姿形だけ真似てユウの振りをしても無駄よ」
そのまま振り下ろされるマヤの長剣。が、偽ユウの『防護印』に弾かれ……ず、止まった長剣はそのままユウの身体にゆっくり刺さった。
「でも、姿形だけとはいえ『ユウを汚した罪』を贖いなさい」
そのまま真っ二つになる偽ユウ。切り裂かれた瞬間、身体が灰色に戻り、不定形のスライム杖になりながら消えていった。
その様を呆然と見つめる僕達。
そこでふらりと倒れそうになるマヤに、体勢を整えた偽マヤが再び長剣を振り上げた」
「っ! 高位防護印っ!!」
慌ててマヤを守る。と同時に他の皆も動き出していた。
偽マヤはマヤと違って『防護印』で弾かれて体勢を崩し、その間に突撃したクロノさんがマヤを捕まえて離脱する。
「……余計なお世話よ」
「うっせぇ。荷物は黙ってろっ」
自分で立てると動こうとするマヤはでも全身傷だらけて後衛に降ろされた。
「ありがとうございますっ、クロノさんっ!」
「俺がさっき偽ユウを倒してればこんな事にならなかったんだ。すまないっ!」
それだけ言ってすぐにクロノさんは前線に復帰する。
僕は急いでマヤに『高位治癒』をかけた。
『治癒』の光が収まるとマヤの怪我も治り、綺麗な肌が復活する。
「ありがとう、ユウ。それじゃユウの唇を汚した他のドッペルゲンガーもお仕置きしないとね」
すぐに立ち上がるマヤ。
「って、マヤっ、怪我したばかりなのにっ!」
「大丈夫よ。ユウのお陰で治ったわ。それに均衡が崩れた今こそがねらい目でしょ?」
ちらりと横に居るグラスさんを見るマヤ。
その視線に気付いたグラスさんが苦笑した。
「すみませんがお願いできますか」
「勿論よ。下がってろなんて言ったらぶっとばすわ。ユウ、治癒と防護印、よろしくねっ!」
「あ、う、うん! ま、まかせてっ!」
応える僕の声を聞いた瞬間、マヤは僕ににっこり笑顔を見せてから再び前衛に向かって突撃していった。
その信頼に応える為にも、僕は全員に改めて『防護印』をかけた。
マヤが言った通り、一度均衡が崩れた後は一方的な戦いとなった。
『治癒』と『防護印』を前提に無茶な突撃をするクロノさんやマヤ。
逆に支援が受けられなくなったドッペルゲンガー達は『祝福』や『加速』も切れて行って、1人、また1人と倒されて、元の不定形体に戻り消えていく。
そうして数が減る毎に更にドッペルゲンガーの不利は加速し、程なくして僕達はなんとかドッペルゲンガーを全滅させる事が出来た。
色々と衝撃的で危なかったけど、なんとか僕達は70層を突破する事が出来たのだ。
どうでも良い裏設定/
ドッペルゲンガーの倒し方:心のないドッペルゲンガーは精神的な爆発力なんかで攻撃すると倒しやすい。
逆にこっちが全力を出せない状態になると勝ち目が薄くなる。
 




