第177話 イン ミラーランド。
なんとか69層を突破し、70層の扉の前まで来る事が出来た。
食糧系アイテムが全部ダメになってしまった事で戦略の変更は迫られ、進軍ペースは落ちたけど、それでも僕達は一つ一つの階層を無事攻略している。
飲料水は全て『聖水』にする事でなんとか毒素を抜く事が出来たのが幸いしただろう。『聖水』を飲み水に使うというのもなんだか勿体ない気がするけど、流石に水も無しじゃきつすぎる。
敵も少しづつ強くなるしその配置のいやらしさは変わってないし、『治癒』や『防護印』の使用頻度も増えたけど、それでも死にそうな状況には直面していない。
とはいえ、今までと一転APを節約した戦い方になる事と、モンスターの嫌らしい波状攻撃に皆少しづつ苛ついているのがわかる。
さらにこれから挑む70層は先の関西弁の『白の使徒』の話の通りなら、また更に強力なモンスターが配置されている筈だ。
……まぁ60層のゼリースライムは『強力』とは言い難いレベルだったけど……実際あの戦いで食糧を全部奪われたんだから、このダンジョンに来てある意味一番大きな被害を受けたのも60層だし、例え何が来ても油断出来ない。
僕達は警戒しながらも70層の扉を開いて中へと押し入った。
70層も60層と同じドーム状の作りだった。
そして同じように中央に『白の使徒』さんが立っている。
ただ遠目だけど、その身長が少し高く2メートル程あるように見えるから多分前の人とは別人な気がする。
僕達全員が『白の使徒』さんの前に来ると、『白の使徒』さんは僕達を見回して頷いた。
「『勇者』の到来を確認。70層の封印解除。」
渋い男性の声で告げる『白の使徒』さん。やっぱり声も全然違って別人なようだ。
「貴方は説明や解説はして下さらないのですか?」
短く用件のみを語った今回の『白の使徒』さんにグラスさんが尋ねた。
が、グラスさんの方をちらりと見ただけで『白の使徒』さんは何も答えない。
……『白の使徒』さんの中でも色々キャラクターが違うらしい。
最初からこの人が来ていたらもっと重々しい雰囲気でダンジョンに合ってた気がするのに。
返事がないまま、『白の使徒』さんの後ろに灰色でグネグネと蠢く12体のゼリースライム? のような影が現れた。
それを確認した『白の使徒』さんは逆に前回と同じように跡形もなく消え去る。
という事はこのゼリースライムが70層の敵なんだろうか?
「はっ! 2回続けてスライムたぁ芸がねぇなっ!」
テルさんが馬鹿にした様に呟く。
と、その瞬間スライム達に変化が現れた。
一瞬震えたかと思うと、その12体が人型になり、細部まで作り込まれ、服や鎧を身に纏い、手には武器まで持っている。それと同時に灰色だった身体にも色が付いていく。
まるで蝋人形を溶かす様を逆再生するように呆然と見つめる僕達の前で、12体のスライムだった物は12体の人間に変身を完了した。
・レベル50ドッペルゲンガー12体とエンカウントしました。
流れるメッセージを見るまでもなく皆理解していた。
何故なら目の前にいる変身した12人は、僕達と全く同じ姿をしていたのだから。
「どっせぇぇぇぃいっっっ!」
最初にぶつかったのはやはりクロノさんだった。黒いオーラを吹き出して突撃する。
相手方の……偽クロノさんもそれに合わせて黒いオーラを吹き出してぶつかって来た。
そこにテル矢の雨を降らせ、ノワールさんが一撃必殺の狙撃をするも、偽テルさんと偽ノワールさんに迎撃される。
マヤやコテツさんが飛び込んで、偽マヤや偽コテツさんと衝突して弾かれる。
空いた空間にホノカちゃんとグラスさんが魔法を撃ち込むと、同じように偽ホノカちゃんや偽グラスさんが魔法を撃ち込んで相殺していた。
その間に僕はHPが僅かに減少した前衛の皆を回復させるも、偽ユウが同じ事をしていた。
どうやらドッペルゲンガー達の能力はコピーした相手と全く同じなようだった。
でなければクロノさんの突撃やテルさん、ノワールさんの狙撃と同じ攻撃をして相殺なんてありえない。
更にドッペルゲンガー達は能力だけでなく、戦い方も僕達と同じようだった。
クロノさん、コテツさん、マヤが前衛に立ち、テルさん、ノワールさん、シャーリーさんが中衛でサポートし、僕やホノカちゃん、グラスさんが後衛で魔法を使い、アンクルさん、リリンさん、サラサラさんが必要な場所に交代で入る。
そっくりそのままドッペルゲンガー達もその陣形を敷いていた。
「ああっ! やりにくいっ!!」
コテツさんが悪態をつく。
それもそうだ。能力も戦術も全く同じで、此方の連携に間髪入れずに応えてくる自分達と同じ姿のドッペルゲンガー。
ただでさえ同じ性能で有効打が与えられないのに、鏡に映った自分を相手にしているような感じはやりにくい事この上ないだろう。
しいてプラスがあるとすればドッペルゲンガーの表情が無かった事だ。
どのドッペルゲンガーも無表情で、無言で淡々と武器を振るい、アーツを放っていた。
今のままでも仲間に攻撃してるようで僕なんかは気後れしちゃうのに、もし感情まで再現されていたらお手上げだったかもしれない。
それに中衛後衛はまだしもぶつかり合う前衛はどちらがドッペルゲンガーか一瞬判断が遅れそうになる。表情や声の有無が後ろからサポートするのにかなりの助けになっていた。
クロノさんもグラスさんの指示の元、フルフェイスの兜部分は外して戦ってくれていた。
……んだけど、それでも僕達は押されていた。
能力が同じなら少なくとも拮抗する筈なのに、何故かドッペルゲンガーの方が優勢に見える。
ちらりとグラスさんを覗き見ると、苦しげな表情をしてるから僕の印象も多分間違ってないと思う。
「やっぱり……自分と同じ姿の相手と戦うのって不利なのかな?」
ぽつりと呟くと、グラスさんが僕の声に気付いて首を振った。
「それも勿論あると思いますが……いや、クロノ君達はそんなタマではないですが。恐らくドッペルゲンガー達はAPの消費を気にせずアーツを使っているのが押されている原因です。同じエンジンならより燃料を燃やした方が強いでしょう?」
と戦況を見つめながらグラスさんが説明してくれる。
なるほど、確かに最初は此方がアーツを撃ってドッペルゲンガー達が迎撃していたのが、ドッペルゲンガーのアーツを此方が迎撃するケースが増えてきているように見える。
APを節約しなきゃいけないこのダンジョンでこの戦い方はかなりきつい。
「それだけなら相手のガス欠を狙うのも手ですが……相手はモンスター。もし無尽蔵にアーツが使える、なんて事になったらジリ貧ですし、どうしたものか」
と苦々しい表情でグラスさんは続けた。
他の皆も表情に焦りの色が見える。
確かにもしドッペルゲンガーが無尽蔵なAPがあるとかなら持久戦は一番やっちゃダメなパターンだ。ただでさえ体力や精神力の方もこっちは削られるのに、相手が疲れるようには見えない。
……見えないだけで疲れてるのかもしれないけど、それを期待するのはアレだし。
でも戦況はすぐに変化を見せた。
と言ってもどちらかが優勢になった訳ではなく、ドッペルゲンガーが今までと少し違う動きを見せたのだ。
ドッペルゲンガー側は基本的に変身した自分と同じ相手と戦っていたのだけど、突然偽クロノさんが下がり、その穴にアンクルさんが入ったのだ。
当然戦い方は変化するのだけど、それで一気に押し込めるという訳でもない。
とはいえ偽クロノさんが下がったのは多分APが切れたから以外に考えられないし、ドッペルゲンガーのAPも無限ではないとわかればこのまま持久戦に持ち込んでも僕達が有利だという事は朗報だろうか?
しかし、ドッペルゲンガー達はそこでとんでもない事をし始めた。
後衛に下がった偽クロノさんが、偽ユウと――
――キスし始めたのだ。
最初は見間違いかと思った。
後衛の偽ユウの隣まで下がった偽クロノさんが兜の仮面部分を持ち上げ、無表情の素顔を晒す。それを見た偽ユウが偽クロノさんの鎧の胸の部分に手を添え、少しつま先立ちになり、2人の唇がしっかりと重なった。
その瞬間、僕だけでなく、戦場全体が間違いなく一瞬止まった。
勿論ドッペルゲンガーがその隙を見逃す訳もなく、アーツを撃ち込まれ、皆それぞれに慌てて迎撃する。
その間も熱烈なキスをする偽ユウと偽クロノさん。
「っ! って、ていうか、せ、戦闘中に、な、何やってんだーーーーーっっ!?」
後衛ゆえに一歩遅れてやっと思考が再起動した僕は、同じく後衛に居る未だ唇を重ねている偽ユウに対して人生最大の絶叫をしていた。
 




