第175話 神のダンジョン五十層目。
『神のダンジョン』に突入しておよそ3時間程経過、時刻はお昼少し前になっていた。
そして僕達は今、50層をクリアして昼食がてら小休止をしていた。
そう、もう50層に到達したのだ。実に全行程の半分である。階段の移動距離も考えると1階層3分かかってない気がする。
勿論此処まで色んなタイプのボスモンスターが出て来て僕の知らないモンスターも多かったけど、グラスさんは全部知ってるようで、基本的にクロノさんやマヤ、コテツさんが突撃し、テルさんやノワールさんがサポートし、必要ならホノカちゃんやグラスさんが魔法でトドメを刺すという形でゴリ押して此処まで来てしまったのだ。
なんというかこう……確かに安全な方が良いし、誰も怪我しないに越した事ないんだけど……最難関ダンジョンをゴリ押ししていく様はどうしても釈然としない物を感じてしまった。
いや、良いんだけどっ! 良いんだけどさっ!
僕だって普段から頑張ってたのにっ! 素振りだってしてたのにっ! この差はっ! この格差社会は何なんだっ!?
「しかし、高難度ダンジョンって聞いてた割にゃ余裕だな」
僕が世の中に絶望していると、クロノさんがパンを囓りながらそう呟いた。
「そんな事ないですよ。此処まで来れたのは偏にユウさんのお陰です」
クロノさんの発言を受けてグラスさんが僕の方を見て言った。
「ふぇ?! ぼ、僕!?」
突然自分の名前が出て慌てふためく。
だって此処まで僕がした事って『祝福』と『加速』位で、一番ボスモンスターを倒してるのは多分クロノさんだし、撃墜数ならテルさんやノワールさん、取り巻きを倒してる数ならグラスさんやホノカちゃんに違いない。
誰1人まともに怪我もしてないから『治癒』する機会も無かったから僕はただ皆が戦っているのを見ていただけだった。
「ユウさんが用意してくれたこの『パン』がなければ、ここまでの連戦は不可能でしたよ。あの戦い方では10層を超える頃にはAPが尽きていたでしょう」
手に持つパンを揺らしながらグラスさんが笑顔で説明する。
「それもそうか。俺の『闘気』もさすがに連戦だとすぐガス欠になるしな」
クロノさんもグラスさんの言葉に頷く。
「かといってAPを節約して戦っていたらもっと時間がかかり、かつ危険なケースも増えていたと思います。ここまで短時間で攻略出来たのはリーダーであるユウさんの力なんですよ」
グラスさんの説明を聞いて皆を見ると、皆それぞれに頷いてくれた。
そう聞くと……嬉しい気持ちになる。僕でも少しは皆の役に立てていたようだ。
「しかしまぁ余裕なのは同意だが……旨味もあんまねぇなぁ」
黙って話を聞いていたテルさんがパンを囓りながら呟いた。
そうと言われると誘った手前申し訳ない気持ちになる。
此処までの攻略で分かった事が1つある。……1層でオーク軍団を倒した時からもしかしてとは思っていたのだけど、50層も進むとそれは確信へとなっていた。
このダンジョンはアイテムがドロップしない。
少なくとも此処までの50層でポーション一本、皮一枚すらドロップしていないのだ。
アイテムウィンドウが使えないからそんな色々持って行けないから、下手にレアドロップがあるよりは良いのかもしれないけど……確かに倒してもお金にならないのは哀しい。
「我々の目的は最終層にユウ様を送り届ける事だ事だ。問題なかろう?」
「最終層に到達出来ればそこでイベント達成アイテムが貰えるという話なんだしね~」
何ら気にした様子もなくアンクルさんが答え、サラサラさんが続く。
「いや、そうだけどよぉ。折角ボスモンスターと戦ってるのにドロップ無しは哀しいぜ」
こっちは矢代だってあるしよ。とテルさんが続ける。
「銭ゲバ」
「強欲」
「ああっ!? 誰だ今言ったのっ!!」
聞こえたきた声にいきり立つテルさん。
ちなみに最初に言ったのがマヤで、後に言ったのはノワールさんだった。
「まぁ、テルさんの言う事も一理ありますよ。それにアイテムを現地調達出来ないというのは予想外で少し辛いですね。食糧も一応足りる分持ってきているつもりですが、もし足りなくなった場合ドロップ品を食べれないかと思ってましたし」
苦笑しながらグラスさんが口を開いた。
言われてみれば確かにそうだ。ここまでのボスモンスターでお肉やお野菜をドロップするモンスターも居たし、もしドロップしてたらもう少し昼食を豪華に出来たかもしれない。
「それにダンジョンは奥に行く程難易度が上がる物なんだから、後半戦も同じと考えずに気を引き締めていきましょう~」
サラサラさんの言葉に皆頷く。
「特にユウはすぐ無茶をするから絶対に前に出ちゃダメよ」
「何そのイメージ!? 心外だよっ!?」
マヤの声に抗議の声を上げる。
「そうですね、回復職はパーティの要ですから、ユウさんは突出しませんよう」
「グラスさんまでっ!?」
僕の抗議が響き渡る中、和やかな昼食は終了した。
当たり前の事なのだけど、サラサラさんの予言は的中した。
51層からダンジョンが凶悪化したのだ。
と言ってもモンスターのレベルや強さが急激に上昇した訳ではない。
配置のされ方が嫌らしくなったのだ。
地水火風の四大精霊が入り交じって、魔法で攻撃すると得意属性のモンスターがソレを受け止めて回復したり、
飛行モンスターの攻撃に対応してると地中に別モンスターが潜んでいたり、
捕縛系スキルを使う植物モンスターの側に自爆系スキルを使うモンスターが居たり、
負ける訳ではないのだけど、一々手間がかかり、面倒な相手が増えたのだ。
更に状態異常系スキルを使うモンスターも増えた。
各階層必ず1回は『状態異常回復』を使用し、『治癒』や『防護印』の頻度も当然増えた。
正直50層までやる事がなくて暇だなぁと思っていてごめんなさいという感じだ。
やっぱり戦闘は楽な方が良いし、誰も傷つかない方が良いに決まっている。
「ユウっ! テルが麻痺毒を喰らったっ! 頼むっ!」
「は、はい! 状態異常回復っ!!」
「ひゃっはー! コレさえありゃ状態異常なんざ怖くねぇなぁっ! 一点突破っ!」
「ちぃっ、この精霊『物理無効』かよっ! ユウっ!」
「はいっ! 聖剣っ!」
「あんがとよっ! これでまだまだ戦えるぜぇっ! 大戦嵐ぉっ!!」
正直目の回る忙しさで、言われるがままに神聖魔法をかけ続ける。
と暫くして違和感に気付いた。
なんだろう? 安全な方が良い筈なのに……50階層までより、皆どんどん活き活きしているような……気のせいだろうか?
「ユウさん、相手に合わせていては損耗が増えますし、一気に蹴散らしますっ、防護印を前衛に!」
「は、はいっ! 防護印っ!!」
グラスさんの指示の元、駆け抜けるクロノさん達はやっぱり物凄く肉食系な笑顔をしている。
「やっぱりユウも男の子ね。戦闘が激化してるのに楽しそうよ?」
隣にいるホノカちゃんがニヤニヤした顔で僕を見ていた。
「え? 僕が?」
言われて自分の頬を撫でる。楽しそうにしてただろうか?
「そうですね。良い笑顔をされておりました」
僕達の護衛の為に側に残っているリリンさんも頷く。
僕も楽しんでたんだろうか? そりゃ確かに皆に支援をして回るのは充実感があるし、パーティが機能して敵を倒して進むのは楽しいけど……。でも仲間が傷ついて楽しいと感じるなんて不謹慎なような。
「ほら! またそんな難しい顔してっ! 楽しむ時は楽しむ! そうしないと勝てる物も勝てないわよっ!!」
今度は難しい顔をしていたらしい僕の背をホノカちゃんが容赦なく思いっきり叩いてきた。
正直すごく痛い……けど、ここで『治癒』を無駄遣いする訳にはいかないから我慢だ。
それにホノカちゃんの言う通りかもしれない。『楽しむ』って言うと聞こえが悪いかもしれないけど、それって集中出来ている事かもしれないし。
そうだ、誰1人欠ける事なくダンジョンクリアするには『司祭』の僕がふわふわしてちゃいけない。
「ユウさんっ! 私とホノカさんに魔力活性をっ!」
「は、はいっ! 魔力活性っ!」
前を向き直った僕にグラスさんから指示が飛び、慌てて『魔力活性』を唱えた。
と、同時にクロノさん達前衛が後ろに飛び退き、グラスさんとホノカちゃんの魔法が完成する。
「「大爆火球っ!!」」
2つの大火球が膨れあがり、戦場を焼き尽くした。
下がったマヤとコテツさんがハイタッチしている。
50層から敵も凶悪になったかもしれないけど、僕達だって1人じゃない。
皆の連携が見事に決まり、僕達は59層をクリアした。




