第173話 黒騎士語り。 その4 後編。
グラスに散々からかわれ、グラスを散々ボコった翌日、ユウちゃんとの買い物の日を迎えた。
今の時間は11時。約束の時間の1時間も早く待ち合わせ場所に着いてしまった。
それもこれも全てグラスとシャーリ姉ぇが悪い。
あいつ、俺を見るなり、
「クロノ君、今日はユウさんとデー……ゴホン、いや、2人で買い物に行くんですよね? その格好で行くんですか?」
と聞いてきた。
「そうだがそれがどうした?」
面倒だが一応答える俺。
グラスが『その格好』と言ったのは勿論黒騎士の姿の事だ。
『セカンドアース』で俺の標準装備はコレだし、この鎧が手に入ってからあまり他の装備は着ていない。
「今日はダンジョンどころかフィールドに出る訳じゃないんでしょう? 街中に、それも装備を買いに行くんですから、ラフな格好の方が良いんじゃないですか?」
「どういう意味だよ」
「そのままですよ。その鎧はアイテムウィンドウに仕舞っておいて、ラフな方が……例えばユウさんの為にクロノ君が試着したりってのもしやすいでしょう?」
確かに一瞬で脱着出来るとはいえ、質量が変わる訳じゃない。かさばる鎧を着たり脱いだりって地味に邪魔臭かったりする。だが……
「今日はユウちゃ……ユウの買い物だ。俺が着る必要ない」
「いやいや、ユウさんに『格好いい服装』を勧めるんならクロノ君が着て見せる方がわかりやすい事もあるでしょう」
断言するグラス。
言われてみれば確かに一理あるかもしれない。ユウちゃんも買い物自体は乗り気だったが防具次第では本人乗り気でない物もあるだろう。
そういう時に俺がマネキンになれば勧めやすい……のか?
「そうよっ! そんなダサい鎧姿ダメよっ! ちゃんと着飾らないとっ!!」
俺とグラスの会話に割って入ったのはシャーリ姉ぇ。
シャーリ姉ぇも昨日のうちに俺とユウちゃんが買い物に行くのは知っている。そして自分も付いていきたいと騒いで大変だった。
男同士で買い物に行くのに姉同伴とかどんな罰ゲームだって話だ。
なんとか俺と、そしてグラスが何故か協力してくれたお陰で宥める事が出来た。
途中で服を買いに行くって話なんだし俺なんかよりむしろシャーリ姉ぇに任せれば良いんじゃないか?とも思ったが、シャーリ姉ぇじゃユウちゃんがより可愛い女の子になる未来しか見えなくて即思い直したりもした。
結局2人に押されてTシャツにデニムという格好で逃げるように飛び出してきたのがさっき。
その結果1時間も早く待ち合わせ場所に着いてしまった。
あんまり早く待ってて『期待してました』みたいに思われるのが嫌で今はこっそり物陰から待ち合わせ場所を見ているが、ユウちゃんはまだ来ていなかった。
良かったような、少し残念なような。
結局ユウちゃんが来たのは15分程前だった。
スキップするように嬉しそうに跳ねるように歩くユウちゃん。その歩調に合わせて『純白のローブ』と長い銀髪が揺れて輝いている。
待ち合わせ場所でキョロキョロと辺りを見回して俺を捜してる仕草、前髪が気になるのか少し指でつまんだりしてる仕草、何を考えてるのか一瞬真面目な顔になったり笑いをかみ殺してる姿。
こうして離れて見ているとよく分かる。
やっぱりユウちゃんは可愛いし女の子にしか見えない。
周りの男共も二度見したりしている。
時々話しかけてくる男に困ったような笑顔で断っている姿まで可愛いんだから困ったものだ。
と、いかん、俺が隠れてるからユウちゃんがナンパされてんだよな。
俺は自分の格好を一応確認して、埃を払ってからユウちゃんの方へと近づく。
「……ゆ、ユウちゃ……ユウ、おまたせ」
「クロノさんっ!」
俺の声に振り返ったユウちゃんは輝かんばかりの天使の笑顔で俺の名を呼んだ。
「お、おう。待たせた……か?」
「そんな事ないよっ! 僕も今来た所っ!」
本当は5分程前に来た事を知っている。ずっと見ていたし。
「クロノさんは今日はあの鎧じゃないんだねっ!」
俺の格好を興味深そうに見るユウちゃん。正直少しくすぐったい。
「そ、そうだな。グラスが脱いでいけって五月蠅くてよ。ユウ……は、いつものだな」
自分を見られるのが恥ずかしくてユウちゃんの方に話を振る。
「うん、コレしかないし。だから今日は良い装備期待してるねっ!」
と、ユウちゃんは少し恥ずかしげに頬を染め、笑顔で俺に言った。
その顔が本当に可愛くて……って、だからユウちゃん、いや、ユウは男だっ! 可愛いとか言う方が変なんだよっ!
冷静になれ、俺っ!!
「お、おう。任せろっ!…………ぜ、絶対男らしい装備を見繕ってやるからっ!」
自分を奮い立たせるように声を荒げて宣言した。
「そ、それじゃ、い、行こう、ぜ?」
「うんっ!」
こうしてユウを男らしくする計画が始まった。
俺はユウを甘く見ていたようだ。
まさか筋力が『1』しかないとは……どこの3歳児だというレベルだ。
むしろよくそれで生活できていたと驚く。
筋力が1しかないと聞いて『純白のローブ』という防具選択も納得だった。
無理だとは分かっていたが最初にユウちゃんが着たがった騎士鎧なんて立っている事すらままならなかった。他の金属製防具も一緒だろう。
ユウちゃんが着たらそれは防具ではなく拘束具にしかならない。そんな状況で戦闘に出るなんて自殺行為だ。
結果筋力1で装備出来る防具……布製が殆どだが……という事で選択肢が限りなく狭まれた。女性用ならまだしも、男性用で『純白のローブ』を超える物なんて早々なかったのだ。
最初勘違いした店員が持ってきた女性用衣類にユウが怒りの声を挙げていたが、その声も可愛らしくて女の子が地団駄踏んでるようだった。
それにユウちゃんのバニーやビスチェもちょっと見たかった自分が居る。
って、待て、落ち着け俺! 話がズレてるぞっ!? それじゃ俺が変態みたいじゃねーかっ!!
「ああ、すみません。男性用装備でお願いします」
慌てて俺は店員に本来の目的である男性用装備をお願いした。
危なく俺も変態扱いされる所だった。
が、そんな俺とユウを交互に見た店員は小声で、
「……女の子に男装させる趣味? そういうプレイなのかしら?」
と呟きながら、俺達の視線に気付き、
「了解致しました」
と、奥へと去っていった。
……もしかして変態扱いされたんだろうか?
俺は無実だっ!!
俺はユウを本当に甘く見ていたようだ。
ユウは店員が改めて持ってきた衣装、シャツにデニムみたいなラフな物から、オーバーオール、学生服、タキシードと試着していた。
着替える度に俺の前でくるりと回ってから少し恥ずかしそうに、
「ど、どうかな?」
とユウは俺に尋ねてきた。
「ま、まぁ良いんじゃないか?」
と何とか声を出す俺。
確かにどれも似合っていた。似合ってはいるんだが……
どれも女の子にしか見えなかった。
学生服やタキシードを着ても、ユウは女の子が男の子っぽい格好をしてるようにしか見えないのだ。正直俺は自分の無力さに打ち拉がれていた。
ユウちゃんも何やら不満らしい表情をしていた。
「これだと……『純白のローブ』の方が防御力高いね」
「そ、そうだな……いや、それより……」
と言いかけて「女の子にしか見えない」なんてユウに言えなかった。
ユウ自身その事に気付いてないようだし、俺の無力さを露呈するだけだったからだ。
「他に……もっと男らしく見える装備って無いですか?」
「そうですね……筋力1ですと………………アレならっ! 少々お待ち下さいっ!」
尋ねるユウに店員も困った表情をしていたが、暫くして何やら思いついたのか奥へと駆け去り、すぐ様戻ってきた。
そして店員の手でテーブルに広げられる衣装。
『Lv15 ゴシック・プリンスセット』と名付けられたその装備をユウはキラキラした目で受け取り、装備する。
そして俺の前で再びくるりと回って、笑顔でユウが口を開いた。
「どうかなっ? クロノさんっ!!」
「あ、ああ…………いい、んじゃないか?」
確かにコレも男性用なんだろう。
だが、俺の目にはこの『ゴシック・プリンスセット』はゴスロリの衣装にしか見えなかった。
半ズボンはキュロットにしか見えないし、ニーソックスを履いているとはいえ、キュロットから伸びる足が晒される事によってローブの時以上に独特の色気を醸し出している。
かと言ってコレは恐らく最後の装備だ。他の男性用衣装はどれも性能的に要求を満たしていない上に、これまでの試着も全部女の子にしか見えなかった。
つまりどれを着ても同じなのだ。
「良くお似合いですよ」
店員さんも笑顔で満足げに頷いていた。
その言葉にユウも笑顔になって、
「それじゃあ、コレお願いしますっ!」
と叫んだ。
俺は、敗北した。
その後、俺とユウは買い物も終わったという事で遅めのランチを食べる事にした。
適当なファストフードに入って俺が買いに行ってる間、ユウが席を取ってくれている。
発端が俺だったから装備の代金を幾らか払おうとしたが、やはりユウは断固として受け取らなかった。やはりそういうプレゼントを好まない子なんだろう。
だからせめてもと、飯くらいはと俺が払う事になったのだ。
それも暫くは断っていたが最終的に頷いてくれて助かった。
カウンターで料理を待ちながらユウを覗き見る。
買ったばかりの装備に袖を伸ばしてみたり、きょろきょろおかしい所が無いかチェックしてみたり、それでくにゃっと笑ったり、本当に落ち着きが無く、それが可愛い。
アレが無自覚なのだとしたら、とんでもない小悪魔だろう。
……男に使う言葉じゃないとはわかっているが。
そうしてユウを観察しながら待っていると、ハンバーガーの乗ったトレイを受け取ってユウの所に向かおうとした時、ユウの前に数人の人影が見えた。
何かあったのか? と眉を潜める。
と、答えはすぐ聞こえてきた。
「ねぇねぇ、君、今暇? 一緒に狩り行かない?」
「俺等スゲーレアなダンジョン知ってんだよ。俺等と一緒に行ったら絶対得だぜっ」
「結構です」
「そう言わないでさぁ、こう見えても俺ら最初期からやってんだよ。俺等に付いてきた方が良いよぉ?」
何時の時代もこの手の奴等は居なくならないらしい。
ただでさえネトゲの女性人口は少ないのにこういうのが嫌で離れる女性ゲーマーも少なくないとか。……まぁユウは男だが。
俺は大きくため息をついて、未だ諦めないナンパ達とユウのテーブルに近づいた。
「あ、クロノさんっ!」
「お待たせ。という訳でこいつは1人じゃないんだ。他を当たってくれ」
テーブルにトレイを置きながら俺は男達に伝えた。
突然乱入した俺を訝しげな表情で睨む男達。が、ユウの態度的に知り合いだという事もわかり、歯噛みしているようだった。
と、不意に片方の男が何やら驚いたような顔で俺を凝視した。
「ま、まさか……く、クロノって……『断罪の黒騎士』クロノかっ!?」
凝視していた男が数歩下がりながら呻くように叫んだ。
「そ、それって、『皆殺しの黒い悪魔』だろっ!? 何でこんな所にっ!? ひぃっ、し、し、失礼しましたっっ!!」
「た、助けてぇっ!」
ちょっと待て、『黒騎士』はまぁいいが、『断罪』とか『皆殺しの悪魔』ってなんだソレ。聞いた事もないぞ。
何の事だと確認する前に男達は逃げるように……いや、逃げてたな、アレ。走り去ってしまった。
もしかして何やら不本意な二つ名が付けられれてるのか俺?
しかし呆然とする俺と走り去った男達を見て、ユウはキラキラした瞳で俺を見上げていた。
「やっぱりクロノさんは凄いなぁっ! 僕もあんな二つ名が欲しいっ!」
と楽しそうに笑う。
「ん? ユウだって二つ名あるだろ。『白き薔薇の巫女姫』だっけ?」
「不本意だっ! せめて巫女とか姫とかの変更を要求するっ!」
ぷくーっと頬を膨らませてハンバーガーを両手で持って齧り付くユウ。
その姿が嘘や演技には到底見えず、ユウも苦労しているのだとわかる。
そうか……ユウも自分の事で苦労してるんだし、このままで良いのかもしれない。
無理にどうこうしなくても、普通に友達として接していけば良いんだろう。
そう思ったら、少し楽な気持ちになった。
そんな俺をユウはきょとんとした顔で見つめて小首を傾げる。
「? クロノさんは食べないの?」
「おう、勿論食べるぞっ!」
そう言って俺もハンバーガーを1つ手に取った。
オマケの食事中会話/
「なぁユウ、お前髪は切らねーの? そしたらもう少し男らしくなるんじゃね?」
「切りたいけど……切ろうとするとみんな物凄い勢いで止めるし、マヤなんて無茶苦茶怒るから」
「……わからんではないな。シャーリ姉ぇ辺りも止めそうだ」
「女の人って怒ると怖いから」
「そうだなぁ……」




