第170話 参加の条件。
結局僕はクラン『悠久』にも一緒に行ってくれないかお願いする事にした。
それは勿論サラサラさんに最近クロノさんとギクシャクしててお願いしにくいから無理と言い出せなかったからではない。
どちらにせよ一度ちゃんとお話して謝って仲直りしたいと思っていたのだから、今回の事はむしろチャンスだと思ったのだ。
早速翌日、僕はショートケーキを作り、アイテムウィンドウに入れて『悠久』のホームへと向かった。
マヤとサラサラさんが一緒に行こうかと言ってくれたけど、それは丁重にお断りした。男同士の話し合いに女の子を連れて行くとか高校生男子として無いと思ったからだ。
マヤは中々聞き分けてくれなかったけど、サラサラさんの取り成しでなんとか1人で来る事が出来た。
とりあえずアイテムウィンドウからケーキを入れたボックスを取り出して、大きく深呼吸する。
呼び鈴を押そうと指を上げた瞬間、同時に玄関の扉が開き、中から黒い影が飛び出してきた。
危うくケーキにぶつかって潰れそうになる。
「へ?」
「あ、えっと…………こ、こんにちわ?」
その人物……クロノさんと目が合い、頭を下げた。
するとクロノさんは物凄い勢いで目を逸らし、返事もなくそのまま再びホームの中へと走り去って行った。
「なんですかクロノ君、『冒険者ギルド』に行くと言ったり戻ってきたり、何か忘れ物ですか? ……と、おや?」
走り去ったクロノさんの代わりに顔を出したグラスさんが、玄関に立ったままの僕を見つけてくれた。
「あ、その……こんにちわ」
慌ててグラスさんに頭を下げる。
「はい、こんにちわ。なるほど、ユウさんが来ていたんですか」
何やら納得したようにクロノさんが走り去った方向を見て、嘆息するグラスさん。
……僕が来たら逃げ出すのが当たり前な位、僕ってクロノさんに嫌われてるんだろうか?
正直少し挫けそうになる。
でも、それをなんとかする為にここに来たんだから、がんばれユウっ!
話し合えばクロノさんもきっと分かってくれる筈っ!
「それでユウさん、何か御用ですか?」
僕に向き直ったグラスさんが笑顔で尋ねた。
「あ、はい。その、ちょっとお詫びと相談があって来ました。……あの、出来ればグラスさんと……クロノ君やシャーリーさんにお時間貰えないでしょうか?」
頭を下げると、クロノさんが去った方向からガタンっ! と大きな音が聞こえた。
何だろう?
視線を上げると、グラスさんが何やら苦笑して奥を眺めていた。
「あ、はい。勿論構いませんよ。残念ながらシャーリーさんは今ログアウト中ですがクロノ君も大丈夫でしょう。応接間に来て下さい」
僕の視線に気付いたグラスさんが笑顔に戻ってそう言った。
「あ、はいっ! お邪魔しますっ! あ、これ、その良かったら皆さんで食べて下さいっ!」
御礼を言って、そこで手に持ったままだった事を思い出して僕はケーキを差し出した。
「おや、ありがとう。ケーキですか。折角ですしコレをお茶請けに相談とやらを伺いますか」
グラスさんはショートケーキに子供の様に目を輝かせて、嬉しそうに微笑んだ。
応接室に通された僕はクロノさんとソファーに向かい合わせに座った。
座ってはいるが、クロノさんはずっと横を向いていて僕と目を合わせてはくれない。
グラスさんはお茶を淹れてくると言って退室してるから2人きりで、正直……物凄く居づらい。
でも逆に今はチャンスだ。2人きりだからこそ話せる事はあると思う。
だから僕は思いきって口を開いた。
「あ、あの、クロノさん!」
僕が呼ぶと、クロノさんはビクッと全身を震わせてチラリと僕を見て、再び顔を背けた。
「なんだよ」
が、顔を背けたまま、クロノさんはぼそりと呟いてくれた。
「あ、改めて、あの日助けてくれてありがとう」
そう言って深々と頭を下げる。
「……別に俺だけがやった訳じゃねーし」
こっちを見てくれないし、声も小さいけど、それでもクロノさんはちゃんと答えてくれた。
それが嬉しくて、勇気が湧いてくる。
「それでも、ありがとうございます。それで、その後なんだかギクシャクしちゃって、上手く話せてなかったから。あの……僕に悪い所があったら直せるようがんばるから……その、又、仲良くして貰えない……でしょうか?」
縋るように見つめる僕に、クロノさんは何かを言いかけ、しかし言葉にならず、僕を見て真っ赤になって、身悶える。
真っ赤になって怒る程の悪い所があるという事なら、直せるかどうか自信ないけど、なんとかしなきゃいけない。
クロノさんはいい人だからきっと僕に悪いと思って面と向かって言い出せないのか言葉を探しているんだと思う。
だから僕は身を乗り出してクロノさんに懇願した。
「何でもするからっ、お願いっ!」
「っっっ!? ーーーーーっっ!!」
言葉になってない意味不明な叫びと共にクロノさんが立ち上がる。
見上げると真っ赤に怒った顔のクロノさんの顔が目の前にあった。
「お茶を淹れてる少し時間、目を離していたら何クロノ君はユウさんを襲ってるんですか?」
その声に振り向くと、紅茶とケーキを載せたトレイを持って立ってるグラスさんが呆れたような顔をしていた。
「お、襲ってねーよっ!」
慌てたように再びソファーに座り直すクロノさん。
「は、はい! 襲われてないですっ! 仲直りして欲しいってお願いしてただけでっ!」
僕もクロノさんが変な誤解をされないように慌ててフォローする。
大体男同士で襲うとか襲われるとかというのがある訳がないのだが。そんなレッテルを貼られたらクロノさんが本当に可哀想だ。
「仲直り……って、クロノ君はまだヘソを曲げてたんですか?」
「……まげてねーよ」
「そ、そうです、僕が悪いからっ」
「悪くねーよっ!」
慌てて頭を下げる僕にクロノさんがそれも否定した。
それを見てグラスさんが大きくため息をついた。
「それじゃ2人は仲直り。という事で良いですよね?」
そう言って僕達を見るグラスさん。
それで良いのかな……? と、願う気持ちでクロノさんを見る。
と、クロノさんは再びそっぽを向いた。やっぱりダメだろうか……?
「…………それでいいよ」
クロノさんは小さな声でそう言ってくれた。
その声にぱぁっと心が軽くなる。
「ありがとうっ! クロノさんっ!!」
嬉しくてつい目の前のクロノさんの手を掴んで御礼を言った。
「っ! だ、だから、ユウちゃ……ユウはそういうのをやめろってんだっ!!」
何故かクロノさんに怒られた。
よくよく考えてみたら、確かに男同士で手を繋ぐのはちょっとアレだったかもしれない。
その後、改めて『神のダンジョン』へのパーティ参加をクラン『悠久』にお願いする話になった。
条件や制限、報酬、予定日時も併せて伝えて都合を確認する。
「確かに面白そうですね。週末のスケジュール的にも恐らく問題ないです。
聞いた事もない特別イベント系のダンジョン、それに参加させて貰えるという事ならば私達『悠久』としては参加報酬など無くても、いやむしろ此方から支払ってでもお願いしたい事ですね。
そもそも『悠久』はダンジョン攻略がメインのクランですし」
僕の説明を静かに聞いていたグラスさんは顎に手を当ててニヤリと笑った。
「未知のダンジョン、しかも戦闘系って話なら腕が鳴るな」
ダンジョン攻略という事に興味を持ったのか、クロノさんも楽しそうに僕の説明をグラスさんがメモした紙を覗き込む。
どうやら参加してくれそうだ。仲直りも出来たし、目的を達して内心ほっと胸を撫で下ろす。
「あ、ところで1つ質問なのですが……」
グラスさんがふと思いついたように手を上げた。
「はい、何です?」
「現在の参加者は銀の翼6名、悠久3名、パーティ人数は12人で、あと3人は誰を予定しているんですか?」
「えっと……『白薔薇騎士団』のアンクルさんと……あとは未定……です」
残り3人全員『白薔薇騎士団』の皆さんにお願いしても良い気がするけど、昨日あまりダンジョン攻略に向いてないってサラサラさんが言ってたし、好きじゃない事をお願いするのって悪いし、確かにあと3人はどうしよう?
ダンジョンの好きそうな人……と首を傾げていると、グラスさんがそんな僕を見て苦笑した。
「もし決まってないのでしたら、私に一任して頂けないでしょうか? 勿論『白薔薇騎士団』のアンクル団長や『銀の翼』のサラサラさんとも相談しますが……
どうやらユウさんはこうしたパーティ構成を考えるのは苦手なようですから」
「あ、えっと……お願いして良いんですか?」
願ってもない申し出に頷く僕。『悠久』がダンジョン攻略のスペシャリストというのはサラサラさんも言ってたしダンジョン攻略でクランランキング一位なのも伊達じゃない。
そのクラン『悠久』頭脳と言えるグラスさんが担当してくれるなら僕なんかが考えるよりずっと良い。
「こういうパーティ構成とか戦略とか考えるのは好きなので、任せて貰えたら頑張ります」
本当に楽しそうに笑うグラスさん。
「ありがとうございますっ! 宜しくお願いしますっ!」
立ち上がり、深く頭を下げてグラスさんにお願いした。
今度はさっきのような失敗をしないように手を握ったりはしていない。
「はい、こちらこそ宜しくお願いします」
嬉しそうに微笑むグラスさん。やはり手を握らなかったのが正解か。
「と、ちょっと待った。クラン『悠久』が今回の合同ダンジョン攻略に参加するのに1つ条件を思いついた」
しかしそこでクロノさんが待ったをかけた。
難しい表情で、立ったままの僕を見つめている。
「えっと……『条件』って……何だろう?」
訳が分からず首を傾げる。
ちらりと見るとグラスさんもクロノさんの言葉を待っているようだった。
僕とグラスさんの視線を受けて、クロノさんは大きく息を吸った。
「ユウちゃ……ユウのその格好! そのローブからもっとダンジョン用な男っぽい装備にする事だっ! これが絶対条件だっ! そもそもそのローブがいけなかったんだよっ!」
立ち上がり、僕の服を指差して力説するクロノさん。
言われて自分の服を見る。
確かにヒラヒラの多いローブでダンジョン攻略というのは合ってないかもしれない。クロノさんの言う事も最もだ。
「はいっ! 分かりましたっ! 装備を変え……」
と明るく返事をしていていて、ふと自分の財布事情を思い出し暗い顔に変化していく。
「? どうした、ユウ?」
その僕の表情の変化にクロノさんが僕を見つめる。
正直凄く言いづらいんだけど……これからパーティを組むのに流石に隠してはいられない。
「あ、あの……僕、この前皆に迷惑をかけたり、助けて貰ったりしたでしょ?」
「そうだな」
頷くクロノさん。
「その御礼で……色んな人にお詫びを持って行って回ったから、お財布に殆ど残金なくて……」
「それで新しい装備を買う余裕がない、と」
「はい……」
グラスさんの言葉に力なく頷く。
確かにダンジョンに挑むのにヒラヒラの付いたローブは危ないかもしれないけど、だからって防御力の足りない安い防具じゃ本末転倒だ。
今持ってる装備の中でこの『純白のローブ』が防御性能ダントツなのは間違いないし、どうしたら良いんだろう? 『冒険者ギルド』にお願いして、納品パンの報酬の前借りとかって出来ないだろうか……?
「成る程、そういう事なら簡単ですよ」
にっこり笑って手を叩くグラスさん。
何か名案があるのだろうかと縋るようにグラスさんを見る。
「装備を変えろと言ってるのはクロノ君なんだから、クロノ君が責任を持って明日一緒に買いに行って、ユウさんの為に新しい防具をプレゼントしてあげれば良いんです」
「なっ!?」
グラスさんの提案に愕然とするクロノさん。
「そ、そんなの悪いですっ! 僕の事なんだから、僕自身がどうにかしますからっ!」
慌てて僕も止める。
少なくとも『純白のローブ』クラスの防具となるとかなりお高いのだ。そんな高価な物を貰う訳にはいかない。
「でもクロノ君のセンスを聞いて選んだ方がお互い良い結果になると思いますよ?」
そう言われて少し思い直す。
確かに買って貰うのはダメだと思うけど、ダンジョン攻略のスペシャリストであるクロノさんに選んで貰った物を買えば、少しは皆の役に立てるかもしれない。
お金は……がんばってなんとかしよう、うん。
「あ、えっと……クロノさん、そういう事なら、そのちゃんと自分のお金で買うから、明日……お願いできない……かな?」
お互い立ったままな物の、身長差で見上げる形でクロノさんにお願いする。
と、クロノさんは又顔を背けた。
「…………わ、わーったよ! あ、明日12時からならっ、構わないっ!」
顔を背けたまま了承するクロノさん。
「ありがとうっ!」
僕は手を握らないように気をつけながら、笑顔で御礼を言った。
 




