第167話 迷宮のお約束。
『神のダンジョン』……それは100階層からなる巨大ダンジョンで、1階層毎はそれ程広くはない大広間のような場所で、トラップの類も無いが全階層にボスモンスターが待ちかまえ、挑戦者の戦闘力が試されるダンジョン。
そのダンジョンをクリアした者はその先に住まう『神』によってどんな願いも叶えて貰えるという。
古くは初代国王が国造りの際にダンジョンを踏破し、それ以外にも何人かの勇者がクリアをし、その何十倍、何百倍もの帰らぬ者を生み出したという。
「えっと……そ、そんなすごい鍵、貰って良いんですか?」
説明を聞いた僕は自分の手の中にある鍵を握りしめて呆然と呟く。
「構わぬ。ソレは使い捨てで使用したら消滅し、新たな鍵が国王の元に生み出されるようになっておるからな」
そう2個目のクッキーを頬張る王様。よっぽどクッキーが気に入ってくれたらしい。
「本当すごいわね。つまり神様に会って次の王様になる事も出来る訳ね」
僕の手の中の鍵を見つめながらマヤが呟いた。
その内容に僕は確かにその通りだと驚き、グランさんとシルフィードさんが険しい表情でマヤを見る。
が、王様は面白そうに笑った。
「そっちのお嬢さんの言う通り本来は可能な筈じゃな。が建国当時はいざ知らず今はそこまでの力はないと言われておる。死者の蘇生や時間の回帰等、出来ぬ事も多い。
それでも伝説の武具、奇跡の治療や肉体的な改変、超絶的な固有スキル等、本来は望んでも手に入れる事が出来ぬ物を手にする事が出来るらしい」
それってやっぱり十分すごい事なんじゃないだろうか?
特に肉体的な改変! そ、それさえあれば僕も能力値が前衛特化な筋肉ムキムキの重戦車になれる気がする……。
あ、でも神様に逢えるなんて機会早々ないんだから、元の世界に戻れる方法を聞かなきゃいけないのかな?
ああ、ど、どうしよう、この究極の選択……決められないっ!?
「そんな凄い物を一般人のユウにあげちゃっていいの?」
どうすればいいのかわからず悩んでいる僕の横でマヤが王様に尋ねた。
「勿論本来はいけません。流民に渡した前例もありません」
未だ渋い顔のグランさんが答える。
確かにこの鍵って国宝みたいな物だろうし、そうホイホイ渡して良いものだと思えない。
貰った僕としても、返せと言われたらそのまま返した方が良い気がするし、アイテムウィンドウが無かったら持ち歩くのも怖い位だ。
「勿論構わんよ。ユウちゃんは神の遣いである『白の使徒』に呼ばれておる。ならば『白の使徒』の居るであろう『神のダンジョン』への道を閉ざす事は、王族が神の意志に反する行為をするという事だ。
そうだろう、グラン?」
が、王様の方は面白そうにそう答え、又1つクッキーを囓った。
「…………御意」
暫し逡巡したグランさんは、それでも最後には頷いた。
「まぁ、それでもダンジョンに入るには幾つか条件がある」
宰相の了解が得られた所で、王様は紅茶を啜ってから徐に口を開いた。
「条件、ですか?」
確かにそれだけの報酬があるダンジョンだと条件があってもおかしくない。
王様の言う条件をごくりと唾を飲み込んで待つ。
と、王様は指を3つ立てた。
「まぁ、大きく3つじゃ。
まず1つ目が、12人パーティを組む事。これは別にソレ未満でも構わんが、ダンジョンに一度に入れる上限が12人だから最大人数で挑む方が良いだろう? それだけの仲間を見つけてくる事が最低条件じゃ。
2つ目はアイテムウィンドウの使用禁止。これはダンジョン自体の仕様によるものじゃ。身につけたアイテムのみで100層を踏破する必要がある。
そして3つ目が再入場の禁止。コレもダンジョンの仕様じゃの。一度ダンジョンに入った者は『転移門』等で脱出する事は可能じゃが、以後二度と中に入る事は出来ぬ」
指折りながら語る王様。
その説明を聞きながら、僕は少し戸惑った。
「えっと……それだけ、ですか?」
「それだけじゃな。……おそらく流民で挑戦するのはお主等が初めてであろうが、流民ならば死んだ場合も問題なく大神殿で復活出来るだろう。勿論その場合再挑戦出来ぬだろうが、通常よりは更に安全と言えるじゃろう」
そう言って再びクッキーをつまむ王様。
要約するとアイテムウィンドウが使えなくて、1回きりってだけで、しかも脱出も可能……これって条件としては結構甘いんじゃないだろうか?
そんな程度で良いのかな? と不安になってマヤやシルフィードさんを見る。
が、マヤは興味なさ気に紅茶を飲んでいるだけだった。
僕の視線に気付いたシルフィードさんは苦笑して、
「そもそもその『鍵』を貰う事と、ダンジョンの前に立つ事が難しいからね。その大前提の条件を満たしたユウがすごいんだよ」
と言った。
そっか、そういえばダンジョンの前に立つって、そもそもダンジョンが何処にあるのかも聞いてなかったや。
もしかしてそこまで行くのが過酷なんだろうか?
これは気を引き締めないといけない。
「わかりましたっ! 仲間を集めて挑戦してみますねっ! えっと、それで、この鍵を使うダンジョンって何処にあるんでしょうか?」
遠いと行けない人も居るだろうし、ソレに合わせて頼まないといけない。
しかし、尋ねた僕に王様は再びニヤっと笑い、
「ここじゃよ」
とテーブルを指差す。
「ここ?」
王様の指差す先は飲みかけのカップとテーブルしかないけど……。
「この『王城』の地下に守られて存在するのが『神のダンジョン』じゃ。……もっとも実際は『神のダンジョン』の上に王城が建設されたというのが真相じゃろうがのう」
そう言って王様は楽しそうに笑った。
一通り説明が済んだと紅茶を飲む王様は、会議の再開を告げに来た人の言葉に残ったクッキーを全て持ってグランさんと一緒に帰って行った。
その姿をシルフィードさんが冷たい目で睨んでいたけど、王様は何処吹く風で嬉しそうにクッキーを抱えていて、その姿に僕は何も言えなかった。
物凄いダンジョンの鍵なんて貰って対価として僕が渡したのってクッキーだけというのが逆に申し訳ない位だったし。
まるで嵐の様にやってきて去っていった王様と、僕の手の中に残された1つのアイテム。
王様のキャラとかも含めて、なんだか一瞬ですごい事が起こってしまった感じだった。
「それで、ユウは『神のダンジョン』に挑戦するのかい?」
鍵を見つめていた僕にやっと落ち着きを取り戻したシルフィードさんが尋ねた。
さっきまでの父親が居る時のちょっと雰囲気の違う居心地の悪そうなシルフィードさんも珍しかったけど、親が居る時の態度とかを言われるのは僕も嫌だし、そこはスルーして頷く。
「よく分からないけど『白の使徒』? って人が僕を呼んでるのは本当みたいだし、とりあえず行ってみようと思う」
そう答えると、シルフィードさんは見るからに表情を曇らせた。
「流民のユウなら最悪の心配もしなくて良いと思うけど……挑戦をして帰ってこなかった人達は多い。マージャの夫だった騎士も帰って来なかったそうだ」
マージャさんの旦那さんも……。
一体何を願う為にダンジョンに挑んだのかは知らないけど、知り合いにまで帰って来なかった人が居たのなら、今のシルフィードさんの表情もわかる。
僕も友達が危ない場所に行くって聞いたら心配するし、止めたくなる。
挑戦条件は結構緩いけど、ダンジョン内はきついのかもしれない。……そりゃ確かにボスモンスターが最低でも100体は出るんだし、報酬も報酬なんだから簡単な訳ないか。
「出来れば私も一緒に行けたら良いのだけど……王子の立場上難しい。絶対に、無理をしては駄目だよ?」
振り絞るようにそう言うシルフィードさんの手を握って僕は微笑んだ。
「大丈夫っ! 無理はしないし、絶対に元気で帰ってくるから! 約束っ!」
と、言った瞬間、無理矢理引っ張られて手が離れてしまった。
「大丈夫。私が一緒に行って無理させないから。あんたの為じゃないけどユウは元気に帰ってくるわ」
僕を引っ張って後ろから抱きついているマヤが当然と言った感じで言った。
「えっと、マヤ、一緒に来てくれるの?」
「来ないと思ったの?」
口調は変わらないけど、抱きつく力がぐぐっと強くなって身体を締め付けられて全身が悲鳴を上げる。
「……多分来てくれるとは思ってたけど。無理は言えないし」
「勿論行くわよ。置いていったら…………酷いわよ?」
今でも十分酷い状態だと思うんだけど、むしろそろそろ緩めて欲しいんだけど。
苦しくて何とか逃れようとする僕と、絶妙に離さないマヤを見てシルフィードさんはため息を吐いた。
「羨ましいな。私も王子の立場が無ければユウと一緒にダンジョンに同行出来たのに……」
そう独りごちるシルフィードさん。
「いや、とりあえずその事よりシルフィードさん、助けてっ! ダンジョンに入る前に僕のHPがピンチだよっ!?」
どうやっても抜け出せない僕は女の子に頼むのは気が引けるけどシルフィードさんに助けを求めた。
「そうだね、マヤ。そろそろ私に交代してくれないかな?」
「嫌よ。今良い所なんだから」
「そう言わずに」
何故か笑顔でシルフィードさんとマヤが何やら交渉を開始する。
って、交代って事は助けてはくれないのっ!?
僕の意志を無視して進められる取引が成立し、直後僕の悲鳴が王城に響き渡った。




