第166話 肌着の王様。
「改めてワシの名はフレム・テラン、この国の王をしておる。さっきは失礼をして悪かった。
せっかくこんな可愛いユウちゃんが来たって言うのに、国王の立場上謁見の間での対面って事になってしまった。お主も被害者であるのだから本来はワシの方が頭を下げるべき相手であるのに、ワシの方が高い位置に居るなんてな。だがそれも国としては必要な事、特に多くの貴族の腐敗が明るみに出て混乱している時期にはの。だから許してくれんか?」
笑顔で入ってきた王様は呆然とする僕らの前までずかずかとやってきて一息にそう言った。
「あ、は、はい。僕は、別に」
それを見てなんとかそれだけ口にする。
「そうか! ありがとう!
いやぁ、あんな堅苦しい挨拶だけで済ますには惜しいと思っておったら、なんでもまだ城に居てシルと茶をしておると言うからのう、つい抜け出してきてしまったわい」
わっはっは、と笑う王様。
というかこの人、さっき謁見の間で会った王様と同じ人? もっと厳めしくて威厳たっぷりな人だったような気がするんだけど……。
なんだかあまりにフランクな姿に正直どう対応して良いのか困る。
「父上、王の仕事を抜け出すのは感心しませんよ」
そんな王様に冷たい目で苦言を言うシルフィードさん。
「まぁまぁ、いいではないか。今は王冠もマントもしておらん、無礼講じゃ」
そう言いつつ王様は空いていた椅子に座り、メイドさんが入れてくれた紅茶を一口啜った。
その姿にシルフィードさんは王様の後ろにずっと立っている男性の方を見る。
ずっと王様の後ろに付いてきていた男性。さっきの謁見の間でも王様の横、シルフィードさんの反対側に立っていた人だった。
その人はシルフィードさんの視線に気付いて、
「会議は今小休止という事になっておりますので問題ありません。先程ユウさんが提案された王位継承権の改革についての資料をまとめる為に皆走り回っておりますので」
「……宰相である貴方がそう言うのでしたら」
しぶしぶという顔で納得するシルフィードさん。
「そうそう! じゃから暫くティータイムを取った方が皆のためという訳よっ!」
宰相さんの言葉に乗っかってくる王様にシルフィードさんが冷たい視線を送る。
あれ? でも宰相さんって確か……
「あの、すみません、宰相さんって、もしかして……」
「ああ……挨拶が遅れてたね。私の名はグラン・テラン。この国の宰相で、この国王の弟だ」
そう言うグランさん。国王様の弟で王族という事はやっぱり……
「ユウさんの思っている通り、ソイルは私の息子だ。私が不甲斐ないばかりに迷惑をかけて申し訳ない」
僕の表情を見て察したのか、グランさんはそう言って頭を下げた。
「あ! いえっ、僕の方こそっ、ごめんなさいっ! ソイル君は、僕の、僕達の目の前で……止められなくて」
慌てて僕も立ち上がって頭を下げる。
だが頭を下げる僕をグランさんはそっと手で制した。
「それは違う。あの子は王族としても、人としても間違った事をした。その報いを受けた事は当然の事だ。王族とはいえ1人の人間に対して神の裁きが下った事は驚いたが、それだけの事をあの子はしてしまったのだ。」
父親なのに死んでしまったソイル君に厳しい事を言うグランさん。でも、その表情は苦しそうで、むしろ自分を罰してるように見えて、僕はそれ以上何も言えなかった。
そうしてグランさんを見つめていると、不意に僕の頭に手が載せられて優しく撫でられた。
横を見るとシルフィードさんが僕の頭を撫でていた。
「ユウがソイルの事を気にする事は何もないんだよ。それでも……王族としては言ってはいけない事かもしれないけど、あれだけの事をしてユウを苦しめる原因を作ったソイルの為に哀しんでくれて、
兄として……ありがとう」
シルフィードさんの言葉に僕は胸が詰まった。
「しかし、ユウちゃんよ?」
「は、はいっ?!」
紅茶をすすりながら王様がすぅっと目を細めて僕を見つめた。
「さっきから聞いてたが、ちょっとユウちゃんは優しすぎるんじゃないか? ソイルの事もそうだが、恩賞の話も真っ先に望んだのが被害者救済、その次がシルの心配、そもそも今回の事件に関わったのも人助けが原因だそうじゃろう?
何でもかんでも救おうとしていたら、そのうち自分自身を救えなくなるぞ?」
僕としてはそういうつもりは全くないんだけど……。
王様の言葉にシルフィードさんやマヤも大きく頷いているし、他の人から見るとそうなんだろうか?
「でも、目の前で困ってる人が居たら助けるのって当たり前じゃないですか?」
逆にそう尋ねると王様は髭を撫でながらニヤリと笑う。
「どうかのう。王という仕事は困っている人間を切り捨てる事も含まれるからのぅ」
「そんなの格好良くないですよ」
「ははっ! 格好良いかどうかかっ!」
「そうです。格好いいかどうかは大事です!」
困っている人を助けるヒーローの方が格好いいに決まっているのだ。
「そうじゃのう。……じゃが、それで助けられない場合はどうするんじゃ?」
試すような目で僕に尋ねる王様。
実際今回僕は全然助けられなかった。むしろ助けて貰ってばかりだった。
だから僕はシルフィードさんとマヤを見る。
突然視線を送られて少しびっくりしたようなシルフィードさんとマヤ。
「その時は、皆に手伝って貰います」
孤高のヒーローも格好いいけど、皆がヒーローならその方が良いに決まっている。
僕の力なんてたかが知れてるけど、皆の力はすごい。皆いい人ばかりだし、力になってくれるならきっとどんな事でも出来ると思う。
でも僕の答えを聞いた王様は大爆笑して息切れをおこしてしまった。
そ、そんな変な事言ったかな? と、マヤとシルフィードさんを改めてみると、2人とも大きくため息をついた。
「自覚があるなら、心配する方の身にもなって、少しは自粛して欲しいわ」
「その点についてはマヤと同意見だね」
と、言われてしまった。
「ご、ごめんなさい……」
確かに2人の言う通り助けを期待してちゃ駄目だ。もしかしたら僕はどこかで皆に甘えていたのかもしれないと、心の中で反省する。
そもそもいざという時1人で何もできない人間なんてヒーローでもなんでもないし。
格好いいヒーローたるものまずは自分の手で助けないと!
そう思っているとやっと笑いが収まったのか王様が紅茶を一気に飲み干した。
「まぁ……ある意味ユウちゃんは間違っておらんぞ。人が1人で出来る事なんぞたかが知れとる。国王だろうが英雄だろうが他者に頼る事で生きていけるんじゃ。ちょっと心配じゃったが周りに仲間が居るなら安心か……?」
まだ楽しそうに笑いつつ、王様はテーブルに手を伸ばしクッキーを一口食べた。
「あ」
その行動にシルフィードさんが声をあげる。
「ふおっ!? ……こ、これは、もしや『魔皇女の雫』かっ!?」
くわっと目を見開いて手に持つ食べかけのクッキーを見つめる王様。答えを聞かずに食べかけのクッキーはすぐに王様の口の中へと消えて行った。
瞑目して咀嚼する王様。
新しく入れられた紅茶を一口飲んで、王様はカっと目を見開き、シルフィードさんを見た。
「シル、コレを何処で手に入れた?」
「さて、何の事でしょう?」
目線を外してとぼけるシルフィードさん。
なんだかシルフィードさんが焦ってるように見えるけど……どうしたんだろう?
その様子に王様はふむ、と髭を撫でた。
「ふむ……しかしユウちゃんが『魔皇女の雫』を持っているとは驚きじゃな」
「何でそれをっ!?」
王様の呟きにシルフィードさんが驚いたような顔をした。それを見て王様がニヤリと笑う。
察したシルフィードさんが悔しげに顔を歪めた。
「やはりユウちゃんか。成る程、シルがご執心な訳じゃな。ワシももう少し若ければ危なかったかもしれん」
ニヤニヤわらう王様にシルフィードさんは一言も答えない。
もしかして僕が『魔皇女の雫』を持ってる事って王様に秘密だったんだろうか?
「……そうか、そういえば『冒険者ギルド』で新しくAP回復アイテムの頒布を始めるという話も来ておったな。アレもユウちゃん絡みか?」
「あ、はい。多分そうです」
秘密だったとしてももうバレちゃってるんだし、王様の質問に頷いた。
すると愉快そうに王様は笑う。
「そうかそうか、久々に美味い物が食えた。ユウちゃんありがとうのう。コレはその礼じゃ」
そう言って王様が僕に何かを投げた。
あわてて、受け止めるとチャリっと金属音が鳴る。
手の中を見ると、それは真っ白い金属で赤い宝石の嵌った……
「鍵? えっと……何の?」
それはどう見ても鍵だった。だけど鍵だけ貰っても何の鍵か皆目見当がつかない。
その鍵を色々な方向から眺めながら首を傾げていると、マヤやシルフィードさんも知らないようで同じように首を傾げる。
でもソレを見たグランさんだけは目を見開いた。
「陛下! ソレはっ!」
慌てるグランさんを王様は視線だけて制する。
「なんじゃ、報告は読んでおる。ユウちゃんは『白の使徒』に呼ばれているのだろう? ならば王族としてその道を示してやるのが今回の礼になるじゃろう。
その鍵は代々国王に受け継がれてきた伝説のアイテム。神の住まう地へ至るただ1つの道、『神のダンジョン』の入り口の鍵じゃよ」
そう言って王様はニヤリと笑った。




