第16話 MPK。
「せっかく集めてきてるんだから逃げられると困るなぁ」
突然聞こえてきた声に慌てて振り返るとそこに軽装ながら金属鎧を着た1人の男が立っていた。
えっと……誰だっけ……どっかで見たような……えーと……。
「…………ごめん、誰?」
「っ!! ふっざけんな!! 初心者のくせして朝から俺達の事を馬鹿にしやがってっっ!!」
初心者? 朝から? ……あー……
「朝のデコボコ三人組の男A!!」
「なんだその呼び方はっ! 本気でフザケてんのかっ!!」
うわー、なんか血管浮き出てマジ怒りしてるし……だって名乗ってないんだからわかる訳ないじゃん。
「まぁいい……。俺等言ったよなぁ、逆らったらゲーム続けられなくしてやるってよぉ」
「それがMPK? 程度が低いわね。」
油断無く男Aに剣を向けながらマヤが言う。
「いんや、メインディッシュはその後だ。」
男Aの視線が僕? いや僕の後ろを向いているようだ……タニアちゃんに? なんで?
下卑た視線で見られていると気付いたのかタニアちゃんが僕のローブの影に隠れて震える。
僕も男Aの視線から守るように立ち位置を変える。
「何? こんな少女に乱暴でもするつもり? 本当に下種ね」
「俺等は紳士だからそんな事しないぜぇ? するのはお前達だからな!」
意味不明な事を言ってケラケラ笑い出す男A。
人の話を聞かないだけじゃなくて残念な子だったんだろうか……正直ちょっと怖い。
さも楽しそう男Aは言葉を続ける。
「さっきお前等2人は南平原でそのNPCと口論をしていた、そしてNPCは恐怖を感じて逃げ出した。逃げ出した先は林の中。2人はNPCを追いかけ、他の人間の目がないのを良い事に林の中で凶行に及んだ。偶然目撃した善良な冒険者3名は悪辣な2人組の冒険者によって殺された。
衛兵と冒険者ギルドはその悪辣な2人組の冒険者をどうするかねぇ?」
なんだその荒唐無稽な夢物語は。被害者と加害者が逆じゃないか! いくらファンタジー世界だからってそんないい加減な話が通じる訳がない!!
大丈夫……だよね?
それを聞いてマヤは大きくため息をついた。
「下種A、あんたの計画は根本的に破綻してるわ。この世界には『真偽看破』も『記憶視』も『推理』のスキルまであるわ。「見ました」ってだけの供述で国もギルドも動かない。
もう少し戦闘系以外のスキルも勉強しておいた方が良かったわね。」
可哀想なゴミを見る目で男Aを見下すマヤ。
マヤって実は男嫌いなんじゃないだろうか? どうも男に攻撃的な気がする。僕もよく酷い目に遭ってる気がするし。
言い返せないのか男Aの肩がわなわな震えている。
「それにその馬鹿げた妄想は被害者であるこの子の証言がない事が大前提だけどおあいにく様。私達は五体満足で帰るわよ。逆にアンタ達が国に追われかねないんだからさっさと引退でもしたら?」
「ふっふざっ! ふざけるなぁっ!! 今すぐ数十体からの狂化した巨大熊がなだれ込んでくるんだぞっ!! ガキに初心者まで連れてどうにかなる訳なぷげろっ!!」
黒っぽい赤褐色の巨大な物体が何処からともなく飛んできてそれにぶつかり吹っ飛んでいく男A。
うわー……人ってあんな風に吹っ飛ぶんだ……というか巨大な物体って血塗れの巨大熊だ。ナンダコレ?
飛んできた先を見ると何体もの倒れた巨大熊とその下敷きになって光に包まれ始めている見覚えのある2人の男、そしてその中央で巨大な斧を振り回して高笑いをあげてる赤いウルフヘアの女性――
「って、コテツさん!?」
「ん……?よぉ! ユウ! マヤ! 変な所で会うなぁ!」
ぶるんと斧を振り回して側の巨大熊を胴から真っ二つにする。
る…狂化状態って確か防御力とかも上がってるんだよね…?
「えっと……コテツさんは……何を?」
「何って……素材を採りに林に来てたら、馬鹿共が熊を大量トレインしてて、話を盗み聞くにMPKしようとしてるっぽかったから。チョッカイかけたら、こうなった!」
何匹もの巨大熊の攻撃を同時に斧で受け止めながらコテツさんが言った。
数十匹の狂化状態の巨大熊相手に1人で何を無茶な……って今の無双っぷりを見るに無茶でもないのかな?
でも……
「あ、そか、えと、はい! 助太刀します!!」
「おう! よろしくっ!!」
ニカっと笑ってコテツさんは斧で受け止めていた熊を押し返して僕たちの前に立つ。
「祝福! 加速! 防護印!」
お約束となった三点セットをコテツさん、マヤ、僕の順にかけ、タニアちゃんに防護印をかけておく。
正直レベルアップしてなければAPが足りなかった。やっててよかったレベル上げ。
「おおー! やっぱ祝福や加速があると違うなぁ! ユウ、ありがとさんっ!!」
向かってきた巨大熊を一撃でたたき落として笑顔でサムズアップするコテツさん。
うん、巨大熊より怖い。
怖いけど美人で絵になるから困るな。
しかも落ち着いてよく見れば動く度に胸が! 溢れんばかりの胸が!! むしろ溢れそうになってるような!!
助太刀といってもコテツさん無双な状態は変わらず、零れてきた数体をマヤが相手をし、その後ろに居る僕やタニアちゃんの所まで来る事はなかった。
僕は定期「祝福や加速をかけなおし、極たまに防護印や治癒をコテツさんに飛ばすだけの簡単なお仕事。
もっともそれでAPがギリギリなのだからそれ以上の活躍は難しそうだけど。
でもこうして見るとコテツさんの戦い方が本当に綺麗だとわかる。
マヤのような攻撃を全て弾いてアーツで狙う方法でも、残念イケメンのような無数の手数で圧倒する方法でもなく、
流れるように踊るように動いて、まるでダンスのパートナーのようにコテツさんと一緒に踊る巨大な斧が巨大熊を刈り取っていく。
そこにあるのは僕が憧れていた姿そのものだった。
強く、格好良く、皆を守る為に戦う前衛戦士……僕もこんな事にならなければコテツさんみたいになれたのだろうか? あんな戦い方が出来たのかなぁ……思わず見惚れてしまう。
「ユウ、いくらコテツさんが扇情的な格好してるからって、あまり胸や太股をじろじろ見るのはよくないと思うわ」
「そ、そんな事してないよ!?」
「この世界には『真偽看破』も『記憶視』も『推理』のスキルまであるのよ?」
「ごめんなさい、少し見てました。」
なんて恐ろしい世界だっ!!
「ん? なんだユウ、そんなにあたしの身体に興味あんの? そんな良いモンじゃないと思うけどねぇ……後で見せたげよっか?」
戦闘中だというのに胸を寄せて上げながら僕に流し目を送るコテツさん。
ななな、なんて嬉しい事を言い出すんですかコテツさん!! そんな事を高校生男子に言ったら本気にしちゃいますよ!?
しかし当然免疫もない高校生男子、大人の女性にそんな事を言われたら赤面してアウアウしてしまう。
巨大熊を潰しながらコテツさんは僕を見て、
「冗談だよ」
と苦笑した。
なんだ冗談か……そうだよな、うん。残念……すごく残念……。
大人の女性に弄ばれてしまった……。残念だ……。
残念だ……。
「きゃあっ!」
正直かなり落ち込んでいるとすぐ横でパリンと聞き慣れた防護印が割れる音がした。
慌てて振り向くとタニアの目の前に血塗れで長剣を振り上げている男Aの姿が。
全身の毛が総毛立つ。反射的に自分のAPを見ると残り4ポイント、防護印には足りないっ!!
「せめてぇコイツだけでもぉぉぉ!!!」
もう本気でおかしくなってるようにしか見えない男A。間に合えっ!!
振り下ろされる長剣から無理矢理タニアちゃんを押し出し、無理矢理自分の身体を挟み込む。
男Aの斬撃はそのまま僕を襲い、パリンと僕にかけてあった防護印が割れる。
「「ユウっ!?」」
マヤとコテツが同時に叫ぶ。安心して、僕もタニアちゃんも大丈夫。
「くそっ! くそっ! くそがぁぁぁ!!」
剣術というにはあまりに力任せな攻撃を矢鱈に振り下ろす男A、そのお陰かなんとか鬼斬丸で受け止める僕。
累計100体以上のゼリースライムを倒した事でスキルは獲得出来なくても少しは熟練度が上がっていたようだ。
でなければいくら単調な攻撃でも此処まで受け止める事は出来なかったと思う。
受け止めているとはいえ、それでもダメージを受けてしまうのは僕が非力だからだろうなぁ……ジリジリとHPが少しづつ減っていく。
手がジンジン痺れて痛い。気を抜くと鬼斬丸を落としてしまいそうだ。
バキィッ
でも鈍い音と共に限界は割合すぐに来た。
僕じゃなくて鬼斬丸の。
そりゃ木の棒で金属の剣を受け止め続けたら折れるよね……ごめんね鬼斬丸……僕がスキルも無くて上手に扱えないばっかりに……。
横目で見るとコテツさんは5体、マヤは2体の巨大熊とまだ戦っている。なんとかこっちに来ようとはしてるけど下手に抜けると巨大熊まで来てタニアちゃんまで危険に晒しそうだ。
むしろ数十体は居た巨大熊がもう一桁なんだ……2人ともすごいなぁ……。
「ユウ! 逃げてっ!! 私の指示に従って!!」
動けないマヤはなんとか声を上げた。
でもごめんマヤ、それは聞けない。2人ともがんばってる、今タニアちゃんを守れるのは僕しかいない。
なら僕もがんばらないと。
折れた鬼斬丸を正眼に構えて男Aを睨む。
男Aは僕の武器が壊れたのを見て勝利を確信したのか笑っている。
チャンスは一度、やり方は変わらない。
「死ねぇぇぇぇ!!」
男Aは再び長剣を僕に振り下ろす!
それに合わせて僕は男の懐に飛び込み、男の眼前に左手を伸ばし叫んだ!
「聖光ぉぉぉっっ!!」
「っぐぁあああっっっ!?」
APの調整で光量や持続時間を変化させる事が出来る神聖魔法の魔法アーツ。
森狼の時は失敗したけど、今回はちゃんと発動出来た。一瞬の持続で最大光量を眼前で受けた男Aは悲鳴をあげて悶え、何もない所で剣を振り回している。
多分視界が真っ白になってるはず。痛みや後遺症は多分ないだろうけどシステム上暫く視界を取り戻すのは無理だ。つまり――
「僕の、勝ちだ!!」
僕の勝ち名乗りと同時にコテツさんの方から5つの巨大な物体が砲撃のように撃ち出され、男Aに命中した。
その衝撃でHPが0になったのか男Aも、巨大熊5体も光となって消えていく。
えーっと……こういうのもMPKって言うんだろうか…?




