第164話 謁見。
「失礼っ! 私はテラ王国親衛騎士団団長アニー・ロッセと申します。ユウ様はご在宅でしょうかっ!」
良く通る声は間違いなくアニーさんの声だった。その声に慌てて僕は玄関へと飛び出していく。
「こんにちわ、アニーさん。ご無沙汰してます」
そう言って頭を下げる僕にアニーさんは目に見えてホッとした顔になった。
「良かった。ユウ様いらっしゃいましたか」
「あ、はい。えっと……僕に何か用ですか? もしかしてあの事件の事で何か?」
アニーさんの表情に首を傾げながら尋ねた。
奴隷組織壊滅作戦から一週間以上経ってるとはいえ、僕がお詫び参りに追われていたように多分アニーさん達はその事後処理に追われていた筈だ。
その中で何か僕に関連する事があったりしたのかもしれない。
「そう……ですね、関係があるといえばそうなのですが……ユウ様、この後お時間ございますでしょうか?」
「? はい、特に用事はないけど……」
クロノさんの所にクッキーを届けがてらお話しようかなとは思ってたけど、約束してた訳じゃないし明日でも問題ない。……というかそもそも今クロノさんがホームに居るのかも知らないし。
「それでは今から私と一緒に王城に来て頂けないでしょうか?」
「王城? シルフィードさんが呼んでるのかな?」
「あいつが呼んでるんなら私は反対だけどな~」
ずしっと僕の頭の上に顎を載せてマヤが出てきた。
重たいっ!
「いえ、呼んでいるのは殿下ではなく、その……」
「何? もしかして悪だくみ?」
言い淀むアニーさんにマヤの口調の温度が少し下がる。
「いえっ、そのような事はありませんっ! 断じてこの国がユウ様に害する事等ありませんっ! ただ、今回の事件の功労者であるユウ様に陛下直々に恩賞を、という事になりまして」
「なんだ、そういう事」
納得したように再びクッキーを囓るマヤ。
僕の頭に顔を載せてるから咀嚼する度に頭にコツコツ当たってちょっと痛い。
でもそっか、陛下から恩賞が貰えるんだぁ……イベントってそういうのもあるんだなぁ……陛下、陛下……陛下?
舞踏会で挨拶していた、あの物凄いカリスマあった人?
「って、それって国王様じゃないのっ?!」
「はい、ですからフレム・テラン国王陛下がユウ様をお呼びでして」
「私も一緒に行って良い? 1人じゃ心配だし」
「構いません。……が、形式上ユウ様のお付きの騎士という事で宜しいでしょうか?」
「いいわよ、別に何でも」
頭上を通過するように話が進んでいく。
「ってちょっと待ってよっ!? 王様だよ!? 国王陛下だよっ!? この国で一番偉い人だよっ!? マヤってなんでそんな冷静なのっ!?」
「だって私には関係ないもの」
「関係なくないよねっ!? 無礼を働いたりしたらその時点で首チョンパったりするよっ!?」
慌てる僕にアニーさんが苦笑した。
「陛下はそのような方ではありませんので、ご安心ください」
「ほら、アニーもそう言ってるじゃない」
「それで安心出来るマヤの方がすごいよっ!」
「じゃあ行くのやめるの?」
「うっ……」
それは……いやかも。シルフィードさんにも会えるかもしれないし、会えたら改めて御礼やお詫びが出来る。それに『恩賞』が貰えるのなら、どうしても欲しいものがあるし。
それに「行くのをやめる?」とマヤが言った瞬間から、捨てられた子犬のような目をしているアニーさんの視線を振り解く事は僕には出来そうにない。
「…………行くけど」
こうして僕は初めて『正面から』王城へと向かう事になった。
王城へはアニーさんが乗ってきた馬車に乗せて貰って向かった。
他の馬の引く馬車で行く事にヴァイスが少し難色を示したけど、ヴァイスに馬車を引いて貰っても混乱させるだけだしなんとか宥めて許して貰った。
さすがに一角獣が引く馬車とはいかないけど、この馬車も貴族が使う用の物だけあって訓練された綺麗な二頭立ての馬に、馬車自体もふかふかなクッションな上に走ってる筈なのに揺れもほとんど無くて快適だった。
もしかしたら魔法なんかを使ってるのかも知れない。
そうして中央大通りを進んでいくと見えてくる王城。テラン王都の北にそびえ立つ王城はノイシュヴァンシュタイン城やシンデレラ城みたいな白を基調とした美しい城で、こうして正門から入ってくるとその美しさと大きさに圧倒される。
つい一週間程前に自分がここで暮らしていたと思うと不思議に思う位だ。
と言っても僕が暮らしていたのは後宮と西塔だけだし、そこに至る通路と舞踏会の会場しか知らないから、王城について何も知らないのと大差ないと思うけど。
正面に付けられた馬車から降りた僕はアニーさんに連れられて真っ赤な絨毯の上をまっすぐ歩いて移動した。マヤは僕の少し後ろを黙って付いてきている。
途中要所要所に騎士さんが立っていたりするけど咎められる事もなく、大きな扉の前まで到着した。
「『司祭』のユウ様がいらっしゃいましたっ!」
アニーさんがそう叫ぶと扉が左右に開き、ソレを確認してからアニーさんは横に移動する。
赤い絨毯はそのまま真っ直ぐ続いていて一番奥に玉座っぽい物がある。……これはこのまま進んだ方が良い……のかな?
ちらりとアニーさんを見ると、こくりと頷いてくれた。
それで安心して一歩謁見の間に入る。
その瞬間、謁見の間自体が揺れるような錯覚を覚えた。
よく見ると左右に品の良い豪華な服を着た人達が並んでいて、その人達のどよめきだった。
皆、僕を凝視しているような気がする。
……もしかして、僕一歩入っただけで何かミスしちゃった?
でも今更後ろのアニーさんやマヤに顔を向けるのもアレだし……。
仕方ない、男は度胸だ。と、改めて心の中で『礼儀作法』のスキルの発動をイメージしながら絨毯の上を再び歩き出した。
内心はドキドキで死にそうになりながらも、それが表情や動作に出る事なく真っ直ぐ歩いていける事に『礼儀作法』を教えてくれたマージャさんに感謝してもしたり無い。
もし『礼儀作法』スキルが無かったらもしかしたら固まったまま動けなかったかもしれない。
そう思いつつも絨毯の先まで着いて、王様の前までやってきた。
一段高い場所にある玉座に座る王様。その左右に2人の人物が立っている。
右側に居るのはシルフィードさんだ。……その姿に一瞬ほっとしたような嬉しい気持ちになる。シルフィードさんも優しい瞳で僕を見つめてくれているけど、今は立場的にそれ以上何かある訳でもなく、視線で会話をしたような感じになった。
左側に立っている男性は見た事ないけど……多分偉い人なんだろう。何だか少し王様と雰囲気も似ている気がする。オールバックにして厳めしい顔で僕を見つめていた。
そして中央玉座に座る王様は初めて舞踏会で見た時と変わらず、白髪交じりの金髪の奥から威厳を讃えた瞳で僕を見下ろしていた。
「お初にお目にかかります、『司祭』のユウです。本日はお呼び頂き、ありがとうございます」
にっこり笑って頭を下げる。
その瞬間、再び回りがどよめいた。
又失敗しただろうか……?
れ、『礼儀作法』スキルを使ってるからって、元は一般人なんだからこれ以上を求められても困る。
「私がこの国の王、フレム・テランだ。急な呼び出しになってしまって申し訳なかったな。事件について報告を受けていてお主の名前が出てきてな。何も報償を与えていないという事で此方も慌てていたのだ」
王様が優しい声で僕に語りかけてきた。
「め、滅相もありません。ぼ、僕……私の方こそ、シルフィ……ード殿下に助けて頂いた身です」
そう答える僕に王様は苦笑した。
「そう言わないでくれ。この国の根幹を揺るがしかねなかった大事件、それを救った立役者だ。その人物に何も報いないとなれば私の沽券に関わる。何か欲しいものはないか?」
「そ、それでしたら……」
少し戸惑いながらも僕は自分の要望を口にした。
「その……今回の事件で実際に被害にあった女性達、死よりも辛い目に遭ったかもしれない彼女達のフォローとケアをお願いできないでしょうか」
縋るように王様を見つめる。
僕は結局完全に彼女達を守る事は出来なかった。今も苦しんでいるのかもしれない。でも、僕に出来る事なんてそんなに無い。
後でお詫びに行ったソフィアさんも、僕に御礼を言ってくれたけど、彼女が一週間どんな生活を送っていたかはわからない。聞く事が正しいのかも僕にはわからなかった。
だから、国の力で専門家のケアをお願いしたかった。
だけど僕の願いに王様は不思議そうな顔になった後、再び真面目な顔になった。
「勿論だ。被害者は国が全力を以て支えていく事を誓おう」
「ありがとうございますっ!」
王様の言葉につい大きな声で御礼を言ってしまった。あわてて頭を下げる。
でも良かった。これで少しはソフィアさん達の助けになれば良いんだけど……。
「しかしユウよ」
そう思っていると、再び王様が僕に声をかけてきた。
「は、はい」
「被害者救済は既に私達も決めていた事だ。それではお主の報償にならない。他に何かないだろうか?」
改めて尋ねる国王様。
他に欲しい物って言っても……あ、1つだけあった。けど……いいのかな?
「その……なんでも……良いんでしょうか?」
「勿論神でない私に出来ぬ事も多いが、私が叶える事が出来る事ならば」
そう言ってにっこり微笑む王様。
お願いするのなら今しかない。だから僕は思いきってお願いをする事にした。




