第163話 帰ってきた日常。
一週間ぶりに我が家である『銀の翼』のホームへと帰ってこれた。
皆と一緒に帰って来たんだけど、ホームに足を踏み入れた瞬間にサラサラさんから、
「ユウちゃん、おかえりなさい」
と笑顔で言われて、少し泣きそうになった。
そんな事で泣いてたら恥ずかしいから男らしくぐっと我慢して、
「ただいま」
とホームに入る。
その何気ないやり取りで、本当に僕は帰ってきたんだと実感出来た。
そしてそのままリビングに向かうと……一週間でホームは酷い有様になっていた。
食器はそのまま、衣服は脱ぎ散らかされ、ゴミは散乱している。
一瞬「あれ? ホームを間違えたかな?」と思って三度見した。
振り返って皆を見ると、苦笑するサラサラさん以外は興味なさげに自室へと入って行った。
まぁもう夜も遅いしそれは仕方ない。
それに理由を聞けばこの惨状も仕方ない。
皆、行方不明になった僕を捜す為に掃除や食事も満足にせずに何日もかけずり回ってくれていたのだという。
その結果がこの状態なのだとすれば、これは僕のせいとも言えなくもない。
それでも、たった一週間でこんなに荒れ果てるのかと少し泣きそうになった。
とりあえず夜も遅いという事でゴミだけでもまとめて捨ててその日は休んだ。
結局それから2日間は大掃除に忙殺される事となった。
ノワールさんとか一応手伝ってくれたが、逆に仕事が増える結果となった為丁重にお断りして結局1人で全部する事になってしまったのだ。
その中で机の上に散らかった僕を捜していた結果であろう大量の書類を発見して胸を締め付けられたり、その横にマヤの走り書きで僕への罵詈雑言が書かれているのを発見して違う意味で胸を締め付けられたりもしたけど、その甲斐あって何とかホームを元の状態に戻す事が出来た。
3日目からは違う意味で忙しくなった。
今回の僕の探索で骨を折ってくれた人達へ御礼に行く事にしたからだ。
最初は『冒険者ギルド』のソニアさんへパンの納品がてら御礼の品を持って挨拶に行き、そこから『白薔薇騎士団』や『悠久』と言ったあの晩に組織壊滅作戦に参加していた人達のホームを回り、更に『白金の匙』や『トレーダーズ』のような実戦闘には参加してなかったけど情報収集とか色々頑張ってくれたという人達の所にもでかけた。
更にそこで「僕が監禁されているかもしれない」と無数のクランのホームを捜索したという話を聞いて、慌ててその全てにお詫びの品を用意する事になった。
無数にあるクランに一つ一つお詫びに行くのは正直大変だったけど、それでも僕のせいなんだから仕方ない。
そのクランの人達にしても何も悪い事してないのに突然『ホームを見せろ』と言われて困った人も居るだろうし、ゲームの中の事とはいえせめて菓子折とお詫びの一言位言わないと人間としてダメだろう。
そう思っていたのだけど……更に苦難が僕に襲いかかった。
今まで『1人でのフィールドへの外出禁止』があったけど、そこに『1人で路地裏に入るのも禁止』と新しく加わってしまったのだ。
一週間も行方不明になった直後だけに文句を言う事も出来ず、大通りからの移動しか出来なくなってしまった。
そしてコレが僕のお詫び参りを苦しめた。
路地裏を通ればすぐ次のクランのホームに行けるのに、大通りを遠回りして行かなければならなくなって無駄に大変になったのだ。
それでも『1人で外出禁止』とかにならなかっただけまだマシなんだろうか?
実際マヤも最初はそれを提案していたし、危ない所だったけど。
結局サラサラさんの鶴の一声でなんとか『路地裏禁止』という所で落ち着いたのだ。
幾らサラサラさんのフォローとはいえ、よくマヤが許してくれたなぁ……とも思ったけど、ソレはすぐに理由がわかった。
今回の事で色んな人に僕の事を聞いて回ったという事で、変に有名になってしまってフードを被っていても声をかけられる事が増えてしまっていたのだ。
プレイヤーだけでなくNPCの人達まで心配してくれた旨を話しかけてくれて、数歩歩くと声をかけられる状態だった。
これだけ見られているのなら、確かに人の居る大通りに居る限り『1人』になる事はほぼ不可能に思える。
結果、声をかけてくれた人に御礼を言ったりお詫びを言ったりして、僕の『迷惑をかけたクラン巡り』は更に時間がかかる事になるのだけど。
あ、でも大変な事ばかりじゃなくて、良い事もあった。
レベルが上がっていたのだ!
奴隷組織壊滅の『イベント』報酬として経験値が一杯貰えたらしい。その事に気付かずに眠っている間にログが流れてしまっていたらしく、レベルアップに気付いたのは随分後だったけど、本当にびっくりした。
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ユウ 人族/男 16歳 司祭Lv30
HP306/AP544
筋力:1(0)
体力:1(0)
速力:1(+5)
器用:1(+5)
知力:7(+10)
魔力:38(+20)
<通常スキル>
・神聖魔法(上級) ・調理(上級) ・歌唱(中級)
・礼儀作法(中級)
<固有スキル>
・美女神の祝福 ・愛天使の微笑 ・妖精女王の囁き ・精霊后の芳香
・聖獣姫の柔肌 ・魔皇女の雫
<装備>
・Lv17治癒の杖
・Lv5純白のローブ
・猫耳フード
・無病息災の指輪
・生命の指輪
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何となく開いたステータスウィンドウに書かれた事が間違いではないかと何度も開いては閉じ、もう一度開いたりした。
一気に4レベルも上がって、レベル30になっていたのだ。……能力値が魔力しか上がってないのはまぁ……いつもの事だしもう気にしない。別に悔しくない。悔しくない。
そんな事より、何より注目すべきはスキルだ!
『神聖魔法』がとうとう上級になったのだ!
今までも何だかんだで僕を助けてくれた『神聖呪文』が上級になり、新しいアーツも増えたのだ。
……と言っても今回はたった3つだったけど。
でもその3つが凄かった。
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・神聖魔法(上級) :神の加護により様々な回復、補助、破魔のアーツを使用出来る。
<魔法一覧>
・聖剣(AP20) ・状態異常回復(AP30) ・蘇生(AP100)
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である。
『聖剣』はあの魔神と戦った時に使ったように聖水の魔力を武器に宿らせて聖属性を与えて威力を高めるアーツだった。勿論、ただ聖水を使うより効果が高く持続時間も長い。これで僕の杖さばきも更に脅威となる筈だ。
『状態異常回復』はその名の通り状態異常を回復してくれるみたいだ。コレがあればもう『麻痺』も『毒』も怖くない。……まぁ僕がその状態になって、このアーツが使えるかはわからないけど。
そして何より『蘇生』だ!
死亡した後、光になって消えてしまう前なら、生き返らせる事が出来るアーツなのだ!
ゲームの定番だからあるとは思っていたけど、とうとう手に入れる事が出来た! これがあればもう仲間を目の前で死なせて泣く事もなくなる。
もっとも摂理に反するアーツだからと、使った場合使用者にダメージの反動があるそうだけど、ダメージなら『治癒』で回復出来るし、誰かを死なせるよりは僕が少し痛い思いをする方がずっと良い。
どれも実際に使い勝手を試してみた訳じゃないけど、ステータスやスキルのウィンドウを眺めるだけでもニヤニヤが止まらなかった。
そんな感じで、菓子折を作ったり、街中を走り回ったり、ステータスウィンドウを見たりして、結局一週間かけてもしかしたら現在存在する全てのクランを回ったんじゃないかという頃に僕のお詫びの旅は終わりを迎えた。
……んだけど、1つだけ心残りがあった。
クロノさんが口を聞いてくれなくなったのだ。
そりゃ最後はあんな風に言い合いになった挙げ句クロノさん気絶しちゃったし、そもそも僕が行方不明になったり、奴隷売買組織の壊滅を手伝って貰ったりって散々迷惑をかけちゃったのは事実なんだけど……。
『悠久』のホームに行った時もグラスさんが苦笑して、
「クロノ君の事は……まぁ、時間が解決すると思いますから」
と、言ってたけど……本当にそうなんだろうか?
「やっぱりもう一回ちゃんと話し合いたいなぁ……」
ホームで新しくクッキーを作りながら独りごちる。
「話し合うって、誰とよ?」
キッチンにやってきたマヤが既に焼き上がった一枚を囓りながら僕に尋ねた。
なんでもマヤも休学届けを出したそうで、夏休みが終わった今、平日昼間もこうして『セカンドアース』にログイン出来るのだそうだ。
高校生が学校休んでネットゲームと聞くとアレな気もするけど、僕が原因だし何とも言いにくい。
「結局アレから一度もクロノさんとまともに話せて無くてさ」
とりあえずマヤでも相談相手になるかなと僕はクッキーを型取りしながら状況を伝えた。
「んじゃそのまま話さなくて良いんじゃない?」
「そ、そんな、嫌だよ!?」
「相手が話したくないって言うんならそれで良いと思うけど」
「それは……」
確かに嫌われてるのなら仕方ないけど……でも折角出来た数少ない男友達なのにこんな別れ方は正直寂しすぎる。
せめてちゃんと話して、謝って、それでもダメならって事じゃないと、多分後悔する。
「……まぁ、ユウの好きにするといいと思うわよ。男同士の禁断の恋とかに走らないのなら」
「走らないよっ!? そんな事ある訳ないだろっ!? マヤは漫画の読み過ぎじゃないかなっ!?」
「…………そんな漫画、よんでないわよ?」
「その間は何っ!?」
全くマヤはどうも時々僕をそういう方向に持って行こうとしてるような気がする。
僕はごくごく普通の高校生男子であって、そういう対象も女性以外考えられないのに、本当に困ったものだ。
そういえばあの時の口論も、クロノさんって僕が女の子だと思ってたっぽい事から始まったんだっけ?
なんでそんな勘違いしたのかわからないけど、クロノさんって普段から仮面被ってばかりだし、もしかしたら実は人の顔とかよく見えないのかもしれない。
視力0.01とかだと殆どの顔とかぼやけて見えるって聞いた事あるし。
じゃあ次あった時はぎりぎりまで触れる距離で顔を見るとかしたら分かって貰えるだろうか?
うん、その作戦も良いかもしれない!
全てのクッキーが焼き上がり、クランメンバーのおやつ分を分けた残りをラッピングして、改めて『悠久』のホームへ行こうと思った時、来客のチャイムが鳴った。




