第161話 とある少年の物語り。 前編
僕が病気になったのは6歳の頃だったか。
突然倒れた僕に小学校は騒然となったのを覚えている。
そのまますぐ病院に搬送され、特別治療室に入れられた。
難しい事は分からなかったけど、すぐに小学校に戻れないと聞いて泣き叫んで両親に迷惑をかけた事を覚えている。
最初の内は友達もお見舞いに来てくれたりしていたけど、そういうのはすぐに減っていった。
今日学校であった事、習った事、面白かった事……そういう事を笑いながら話す友達に、僕が耐えられなくなったのだ。
勿論今はその友達達は僕の為に言ってくれてたという事もわかってる。
それでも、何日経っても退院出来ない僕の幼い心には、友達達の笑顔は耐えられなかった。
それが10年前。僕はあの日からずっとこの白い四角い部屋の中だけで暮らしていた。
病気は悪化し、今ではベッドの上から出る事も出来ずに居る。
両親は言葉を濁しているけど……多分僕の余命もあまりない気がする。
いや、そもそもこうして何もない部屋のベッドに寝てるだけの生活が『生きている』と言うのかも僕にはわからないけれど。
でも、子供っぽいと言われても……僕はせめて何か生きている証を残したい、そう思っていた。
そんな時だ。僕に新しい担当医がやってきた。初対面の印象はぼさぼさ頭に大きなメガネ、だらしない服装にシワだらけの白衣。正直医者っぽく見えなかった。
この人は脳科学系の医者らしい。僕は不治の病と言われているが、脳の病気じゃない。意味が分からず首を傾げて話を聞くと何でもこの病院の専属スタッフで、今新しいゲームを作っているらしい。
ますます意味がわからない。そのゲームを作ってる人が僕に何の用なんだろう?
でも、すっかり見舞客もなく両親ですら忙しくて中々来れない状態の僕にとって話し相手ですら貴重だったから首を傾げながらも話を聞いた。
すると要はゲームのテストプレイヤーをしてくれないか? という事だった。
VRMMOという脳波を利用したバーチャルリアリティのゲーム器具を開発中で、そのテストプレイヤーを探しているのだという。
ゲーム位なら僕でも出来る。10年ベッドの上で生活してきたのは伊達じゃない。
最近はゲーム機を見つめるのも辛くなってきて1日1時間も出来てないけど、それでも色んなゲームをやった自負はある。
だから僕は、今の僕でも大丈夫なゲームなら、と了承した。医者は物凄いオーバーリアクションで喜んでいた。
あまりに嬉しそうに笑っているから、もしこれで僕が遊べないタイプのゲームだったら、疲れてしまってすぐ遊べなくなってデータが採取出来なかったりしたらどうしようと少し不安になった。
医者が持ってきたゲーム機は見た事ないゲームだった。
だが医者に言われるままにヘルメットのような装置を装着し、ゲームを起動する。
最初に幾つかの文字がヘルメット内のディスプレイに表示され、ヘルメット内に聞こえる音声ガイドに従ってキャラクター……アバター? を作っていく。
そうしてアバターが完成して、ゲームスタートを選択した時――
――世界が変わった。
僕はその日から、そのゲーム……『セカンドアース』の虜となった。
このゲームの中なら僕は走る事が出来る。歌う事も踊る事も出来る。モンスターと戦う事だって出来る。何時間も本を読み続けたり、美味しいご飯を食べ続けたりする事も出来た。
勿論全部ヴァーチャルリアリティだという事はわかっている。わかっているけど、そう感じさせない位の『リアル』が此処にあった。
今はもうこのゲームを持ってきてくれた医者に感謝しかない。
この感謝を伝える為にも僕は更に『セカンドアース』にのめり込み、その感想やレポートを医者に返した。
そんな『セカンドアース』、あらゆる事が『リアル』なのに1つだけ不満があった。
『NPC』がリアルではないのだ。
露店の店主も、宿屋の女将も、門番も、衛兵も、見た目はリアルなのにリアクションが画一的で逆に不気味に感じてしまう。
まぁAIが進化したと言っても完璧な人間に近づけるというのは難しいだろうし仕方ないのかもしれない。
それに僕以外にもテストプレイヤーは沢山居たからそういう別に『NPC』がアレでも気にならなかったというのもある。
特に僕は1人の少女と仲良くなった。
皆から『姫』と呼ばれている彼女は、ネットゲームにあるような皆に奉仕させるだけのかまってちゃんではなく、むしろ逆で、自分からイベントを企画し、1人ぼっちの子を放置せず、皆のために頑張る子だった。
僕が彼女と仲良くなったのも彼女に引っ張られて連れてこられたからだ。
彼女はいつも笑って僕達を楽しませてくれた。
発売どころか、情報の公開さえされていないこのゲームをしているという事は彼女も又あの開発者の医者から勧められた患者の可能性が高いのに。
僕は自分の為だけでなく、『姫』や他の仲間達の為にもゲームを楽しむようになり、一緒に冒険を繰り広げた。
そうして幸せな時間を一年程過ごした頃だろうか? 不意に終わりは訪れた。
僕の命の蝋燭が終わりを迎えたのだ。
僕は死ぬその瞬間まで『セカンドアース』をしていたいと懇願し、両親も医師も僕の願いを受け入れてくれた。
と言っても最後の方はもうゲームをやっているのかどうかもわからない状態だったと思うけど。
そんな状態で戦闘とか出来る訳もなく、皆にその事を告げる訳もいかず、
「今日は1人でゆっくりしたいから」
とだけ言って別行動を取った。
本当は誰かに側に居て欲しかった。死にたくないと泣きわめきたかった。
でも僕のプライドがソレを許さなかった。
皆も僕と同じように入院してる患者達なのだとしたら、『セカンドアース』という世界で『死』を自覚させたくなかった。
だから僕は王城の一番高い塔の上に1人で登ってそこに腰掛け、テランの街を見て過ごす事にした。
これなら動く必要もないから、今のままでも問題ない。
ゆっくり登る朝日が街を照らし、人々が動き始める。
その当たり前な風景を僕は見ていた。
当たり前なんだけど、とても綺麗で、僕は泣きそうになっていた。
いや、泣いてたかもしれない。
「あ、こんな所に居た」
そんな時、突然響いた声に慌てて僕は涙を拭って声の方向を見る。
『姫』が立っていた。
ブロンドの髪が朝日に照らされて全身が黄金のように輝いている。
「今日はどうしたの? こんな場所で1人で?」
そう言いながら彼女は僕の隣に座った。
その彼女の優しい笑顔に、言おうかどうか迷ったけど、僕は結局弱さに負けた。
「僕は、今日でこのゲームを辞めるんだ」
僕の呟きに彼女は驚いたような、納得したような顔をした。
「そう……」
そう言ったまま、それ以上何も聞いてこない彼女。
僕が誰にも言わずにゲームを辞めてしまう事を仲の良かった他の誰にも言って回ったりしない辺り、もしかしたら彼女も『わかっている』のかもしれない。
「……出来れば……ずっとこのゲームを続けていたかったな」
ぽつりと呟く僕。
「そうね、私もそう思う。あ、でももっと派手なゲームの方が良いかも? 『セカンドアース』って平和過ぎるじゃない? まぁソレも悪くないんだけど」
そう言って笑う彼女に僕は苦笑して頷く。
その後も彼女は色々喋ってくれて、僕は頷いていた。
彼女の声が少しづつ遠くなっていって、僕はその声を子守歌にしてるように、ゆっくりと意識を失っていく。
これじゃ寝落ちしたみたいで『姫』に申し訳がないけど……でももう喋る事もできないようだった。
ぼんやりした視界で笑顔で語り続ける『姫』が見える。
その姿に僕も自然と笑みがこぼれた。
ありがとう、『姫』。貴女のお陰で、多分僕は今死のうとしているのに寂しくない。
ずっと1人だったのに、最後の最後に、好きな子にこうして看取って貰えるなんて、こんな幸せな事はない。
もっと寂しい死に方をずっと想像していた僕にとってこれ以上ない幸福だった。
でも、出来ればもっと『セカンドアース』をしていたかった。出来ればもっと『姫』と一緒に居たかった。
そういえば僕はまだ彼女に告白もしてないんだなぁ……本当に今更だけど。
死ぬ瞬間に気付いた自分に苦笑しながら、僕の世界は闇の中へ落ちていった。
こうして、僕の17年の人生は幕を閉じた。




