第15話 GO WEST。
夢の前後衛両対応の神官戦士への道が遠のいたとはいえ、至る道程はレベルを上げる事であり、主な手段はモンスターの討伐なのは変わらない。
なら僕がする事は変わらずゼリースライム退治である。
ステータスは魔力しか上がらなかったとはいえ、レベルアップでHPとAPは増えてる訳で、死ににくく、魔法を多用出来るようになったというだけでも格段に強くなってるはず!
そう思い直して改めて目の前のゼリースライムに鬼斬丸を構える。
と、今までと少し違う寒気を感じて少し立ち竦む。
「っ!?」
今までより数段素早く動くゼリースライム。明かな『敵意』を持って僕に襲いかかってきた!!
僕がレベルアップする以上にゼリースライムがレベルアップしてるの!? なにそれ!? 狡くないっ!?
一瞬焦るも今日一日の成果か、なんとか鬼斬丸でその攻撃を受け止めた。
が、これまでならぽよんと跳ね返っていたゼリースライムは反転してすぐに僕めがけて突進してくる。
スピードだけじゃなくて防御力もアップしてるっぽい。受けた衝撃的に多分攻撃力も……これは本気でまずいっっ!?
突進に備えて鬼斬丸を構え、いざという時の為に防護印も準備していたがそれは杞憂に終わった。
僕にぶつかる前にその間に割って入ったマヤがゼリースライムを一刀両断した。
「ユウ、すぐ帰りましょう」
剣を鞘に収める事もせずに厳しい顔でマヤが言う。
「え、でも、まだ夕方までは時間あるし、今のはたまたま……」
「いいえ、たまたまじゃない。狂化時間が始まったみたい」
「? 狂化時間?」
「うん、セカンドアースの大半のモンスターは一定周期で狂化っていう状態異常状態になるの。そうなると全能力値が大幅に増強されて凶暴化……アクティブ状態になったりするのよ。その時間帯の事を狂化時間って言うの」
なるほど、確かにさっきのゼリースライムの状態に当てはまる。
「その分経験値やアイテム獲得率も上がるからプレイヤーによっては喜んで狩りにでる人も多いけど……ユウはダメ、危なすぎる」
確かにさっきの狂化ゼリースライムは危なかったけど、でも……
「その狂化時間ってどれくらいで終わるものなの?」
「いつ始まるか、いつ終わるかは毎回違うのよ。長ければ一日中、短ければ数時間。前回が三日前だったからもうしばらくは無いと思ってたんだけど……迂闊だったわ」
「つまり狂化時間っていうのは殆どのMAPがハイリスクハイリターンになる、って事だね」
「!? だ、ダメよユウ!? 死んだら元も子もないんだから、無理をせず堅実に――」
勘違いしてるマヤを押しとどめ、僕は城塞と反対側、西の方を見る。遠くの方に林が見える。ほんの少し前とはいえソレ以外に見える人影はない。
「そうじゃないよ。レベル上げは諦める。けど……そんな危険な状態のモンスターが跋扈してるなら、タニアちゃんが危ない。助けに行かないと」
ついさっき出逢った少女、犬耳獣人のタニアちゃん。通常のゼリースライムでも危なそうだった彼女が狂化状態のモンスターに襲われたら命に関わる。
「それは……で、でももう帰ってるかも……」
「まだ採取が残ってるって言ってたし、あれからそんなに時間は経ってない。まだ帰ってないと思う。」
「じゃあ私が行くからユウは帰って……」
「金属鎧のマヤは通常移動速度なら加速状態の僕より遅いよね。一人で行くのは時間のロスが大きいと思う。それに侍祭の僕ならいざという時治療も防御もスムーズに出来る。」
「でも、でも……」
なんとか僕を帰らせる理由を探すマヤ。僕を心配してくれてるのはわかる、でも……
「ソニアさんが言ってた。死ににくい加護があるのは流民だけだって。それってつまり流民じゃない人は死んだらそれまでって事だよね?」
「…………うん」
「なら僕は、自分が危ないからって出逢った人を見捨てるなんて出来ない。マヤに心配かけて悪いけど、そんな男になりたくない」
まっすぐマヤを見つめる。女の子に危険が迫ってるかもしれないのに、自分が弱いからって言い訳をして一人安全な場所で居られない。
そんなの僕が僕じゃなくなる!!
見つめ合っていた時間は実際は短かったのかも知れないけど、最後にはマヤがため息を漏らして目を伏せた。
「ユウっていつもそうよね。心配ばかりかけて一人突っ走って、ダメって言っても聞かないし」
「ごめん」
「小学三年の時も子犬を助けようとして自分が溺れたし、小学五年の時も迷子になった下級生を捜して自分が迷子になるし、中一の時にナンパされて困ってる女子を助けようとして自分がナンパ男に連れて行かれそうになるし、中三の時なんて痴漢されてる女性を助けようとして自分が痴漢されちゃってたし」
「ごめん、謝るから僕の忘れたい過去を暴かないでっ!?」
というか痴漢の話までなんで知ってるんだ!? その時はマヤ居なかっただろ!? 恥ずかしかったから誰にも言ってないはずなのにっ!?
「でもそんなユウだから……」
恥ずかしさに悶えてる僕を横に、最後何やら聞き取れない小声で何かをボソボソ言っていたマヤは嘆息して、
「わかったわ。でも絶対に無理しない事、1人で突っ走らないこと、私の指示に従う事。『聴覚強化』と『危険感知』がある分探索も私向きだしね。これが約束」
「う、うん。わかった」
やっぱりスキルって便利だなぁ……僕も早く待機スキルが出現しないものか。
とりあえず僕とマヤ2人に加速をかけ、マヤに祝福、不意打ち対策に自分に防護印をかける。
魔法の効果を確認して、タニアちゃんが走っていった方向、城塞から見て南西の方へ全速力で向かう。
途中寄ってくるゼリースライムをマヤが一刀両断しながら進む。戦闘しながら移動してるのに全然速度が落ちない。
あれ? これもしかしてマヤ一人の方が早く……いやいや加速の影響も大きいはず、僕もがんばってる、がんばってるはずっ!!
そしてそのがんばりのお陰か、すぐにタニアちゃんの痕跡を発見した。
見覚えのある籠が落ちていた。
その場に急行して籠を拾い上げ、辺りを見回すも他に人影はない。
最悪の想像が頭の中を駆けめぐって膝が震える。
「間に合わなかった……?」
「大丈夫、血痕もないし、もしそうならこの籠も消えてるはず。見あたらないのは多分……」
と、マヤは少し先に広がる林の方に目をやる。
「! なら急ごう!! まだ大丈夫だとしても何かに襲われてるのは確定っぽいし!!」
「うんっ!」
籠をアイテムボックスに入れて全速力で走る。
見落とさないように周りを見ながら、木々を避けながらだから思うようには走れないけど、出来る限り急ぐ。
「聞こえたっ!! ユウ! 左前方っ!!」
スキルが何かを捉えたのかマヤが行き先の指示を出し、それに従って僕は限界まで速度を上げる。
僕の耳にも聞こえてくる悲鳴や獣のうなり声。
自分が森狼に襲われた時の事を思い出し、思うように速度のでない足に苛立つ。
タニアちゃん、もう少しだから、がんばってっ!
祈りつつ走り抜けて出た開けた場所で、やっと僕はタニアちゃんを見つける事が出来た。
そしてタニアちゃんに覆い被さろうとするような巨大な影も。
・Lv7巨大熊とエンカウントしました。
うるさい黙れ!!
僕は速度を落とさずにタニアちゃんと巨大熊の間に滑り込む。
パリンッとお馴染みの音がして僕にかけられていた防護印が破られる。しかし森狼の時のようにモンスター自体がはじき飛ばされるような事もない。
「遅くなってごめん! 防護印!! タニアちゃん大丈夫!?っ 防護印!! すぐ助けっ防護印!! るからっ!!」
後ろにいるタニアちゃんを確認する事も出来ず、なんとか防護印で巨大熊の猛攻を凌ぐ。
僕1人ならこのままジリ貧だけど、今は1人じゃない。
「1人で突っ走っちゃダメって言ったでしょっ!! 強撃っ!!!」
マヤのブロードソードが巨大熊に突き刺さり、初めて巨大熊が痛みによる悲鳴をあげる。
が、巨大熊はそのままゼロ距離にいるマヤに向かって前足の爪を振り下ろす。
「防護印っっ!!」
なんとか間に合って爪を弾き防護印が割れる。
でもその間にマヤは剣を引き抜き、距離を取る事が出来た。
「これだから狂化モンスターは厄介なのよね。痛みで怯まないし、HPも増えてるしっ!!」
それでもマヤの攻撃でどんどん傷が増えていく巨大熊。僕から見ても苦し紛れの大振りが増えてきて、咆吼をあげながら前足をマヤに振り下ろした。
「さっきはユウに助けられたから今度はお返しっ!! これでおしまいよっ! 反強撃っっ!!」
振り下ろされた前足に合わせて振り上げたブロードソードが巨大熊の首を刈っ斬った。
力を失った巨大熊がそのまま後ろに倒れ込みながら光となり、ドロップアイテムがマヤに吸い込まれていく。
「おつかれマヤ。ありがぴぎゃっ」
剣を納めたマヤに思いっきりげんこつを落とされた。
痛いよっ! 金属鎧の小手付けてるんだから普通の拳じゃなくて金属の拳なんだよ!? ちょっと加減してよっ!? 治癒だ治癒!!
「最初に約束したでしょ! 1人で突っ走らないって!! 自業自得!!」
うぅ……返す言葉もない……でも目の前で女の子が襲われてたら助けに動いちゃうのが男の子なんだよ。仕方ないじゃないか……。
「そ、それでタニアちゃんは大丈夫だった? 何処か怪我してない? 僕は侍祭だから治癒してあげられるけど……」
見た所外傷らしき物は見あたらないけど一応本人に確認を取る。
タニアちゃんは物凄い勢いで首を縦に振った。
「あああ、ありがとうございます! また助けて貰って、すみませんっすみませんっ」
顔を真っ赤にして目に涙を浮かべてるのは本当に怖かったんだろうなぁ。
「大丈夫だよ。今、モンスター達は狂化時間で危ないそうだから、一緒に帰ろう? 僕達もこれから街に帰るところだったし……駄目かな?」
「え、でも、その…いいんですか?」
「うん、僕等もタニアちゃんみたいな可愛い子と一緒の方が楽しいしね」
出来るだけ落ち着かせるようににっこり微笑む。笑顔は人をリラックスさせるそうだ。
「あ、ありがとう、ございましゅ」
顔を真っ赤にして耳が垂れたタニアちゃんが又頭を下げた。
子供がそんな遠慮しなくていいのになぁ。でも礼儀正しい子って良いな、うん!!
と思ってたら又マヤに頭を小突かれた。痛いよ!? 高校生男子の頭は撫でて良いものじゃないけど、そんな安易に叩いて良いものでもないんだよ!?
「なんだよマヤ、暴力反対!」
「そんな事はいいから、急いで移動しましょ」
又スキルで感じたのか少し切羽詰まった声でマヤが言った。
「っ! ……何かあったの?」
「多分…『聴覚強化』で聞こえてくる音からして、かなりの数のモンスターがこっちに向かってる。
『危険感知』もビリビリ赤信号を点滅してるっ!!」
何それ一匹でも大変だった巨大熊とかが集団でこっちに向かってるって事?
「それって……狂化の影響とか?」
首を振るマヤ。巨大熊はそもそも群れないモンスターらしい。
「じゃあ一体……?」
「誰かがモンスターを引っ張ってきてるんだと思う」
え、それってつまり……
「MPK、故意かわからないけど、そんな事をするのは多分プレイヤーよ。NPCなら逃げ切れるか、逃げ切れないかしかどちらかしかないし。早く逃げないと私達も巻き添えを受けるわ」
マヤの言葉に呼応したように、僕の耳にも地響きのようなモンスターの進軍してくる音が届いていた。




