第153話 壊れた悪魔。
僕の叫びにソイル君は不思議そうな顔をした。
「なんでってユウさん変な事を聞きますね。それは僕がこの奴隷組織のリーダーだからに決まってるじゃないですか」
定期的に爆発音の響く地下礼拝堂の一番奥に立つソイル君は、僕がそうであって欲しくなかった事を当たり前のように言った。
やっぱり、ソイル君が今此処にいるという事はそういう事なのか。
「でも……どうしてそんな事を? 自分の国の人達を奴隷なんかに」
それが僕にはわからなかった。だから最初見間違いだと思った。
少なくともジェルミナさんみたいにお金の為である訳がない。ソイル君はこの国の王弟の子供で、王位継承権まであるって確かシルフィードさんが言っていた。
ならこんな面倒で危険な事をする意味は薄い気がする。
「勿論、より面白くする為ですよ。『奴隷』って定番でしょ? 今は一部の特権階級相手の商売だったけど、王国に認めて貰ってゆくゆくは一般販売目指してたし。そうしたらプレイヤーの皆も普通に奴隷を買えるようになってた筈です。
プレイヤーに本心を聞けば皆そういうサービスがあった方が良いって言いますよ」
楽しそうに未来展望を語るソイル君に開いた口が塞がらなかった。
定番って……何の定番だっ! そんなの、許される訳ないじゃないかっ!
「……その為に奴隷にされて泣く人達がいっぱい生まれるって事だろっ!? おかしいよっ! 人の命をなんだと思ってるんだっ!」
でもソイル君は僕の問いを聞いて、さっき以上に不思議そうな顔で首を傾げた。
「ユウさんって……『プレイヤー』ですよね?」
再確認するように尋ねるソイル君。
「そうだよ。でも『プレイヤー』だからって奴隷が欲しいだなんて思わない」
僕は頷き、きっぱりと首を振った。
そんな僕の答えにソイル君は少し何か考え込むような顔をした。
「……ユウさんって、変わってますね。僕達は、市民も王族も冒険者も奴隷も、『流民』以外の全ては『NPC』ですよ? 『セカンドアース』というゲームの駒であり、ただのデータです。その命なんて軽いに決まってるじゃないですか」
ソイル君が当然の事と説明する。その言葉に僕の胸が詰まった。
そんな事は僕も分かっている。この世界、『セカンドアース』は最新のVRMMOとはいえ結局はゲームだ。
ソニアさんやタニアちゃん、商店街や露店の人達、宿屋の女将さん、ギルドマスターさん達、シルフィードさんやアニーさん、マージャさんや王城で会った人達、奴隷にされたソフィアさん達やジェルミナさんやソイル君だって、全員『NPC』だって、データだって分かってる。
「それは、そうだけど……」
「むしろ僕はユウさんがどうして僕達『NPC』の命をそんな大事に語るかが理解出来ません。僕達が何人奴隷になろうが、何人死のうが、ただの1イベントでしょう?
『プレイヤー』が『奴隷』を欲しがるって話もゲームの中だからこそです。現実で奴隷が欲しいなんて言う奴は頭おかしいですが、ゲームの『NPC』を奴隷として動かすなんて当たり前の事じゃないですか」
ソイル君は本当に理解出来ないという風に僕にそう言った。
確かにそうなのかもしれない。
他のゲームでなら僕だってゲーム内のキャラクターに結構無茶な事させたり、いざとなったらリセットボタン押したりとしているし、僕の命令通り動くキャラクターは僕の奴隷と言えなくもないのかもしれない。
他のプレイヤーだって『セカンドアース』で『奴隷』が欲しいって人は多いかもしれない。
「でも、それでも……僕はソイル君達がデータだなんて思えないから、嫌だよ」
僕も頭では『NPC』がデータだってわかってる。
でも直接触れ合って、会話して、同じ時間を過ごしていて、心で彼等が僕達と違うだなんて思えない。
だから、『プレイヤー』と『NPC』で命の価値が違うだなんて感じない。
酷い事をされたジェルミナさんにだって……勿論悪い事はちゃんと罰せられて償わなきゃいけないとは思うけど……簡単に死んじゃえとかそんな風には割り切れない。
自分でもゲームと現実を混同しちゃってると思うけど、今の僕にとって『ゲーム』と『現実』が近いのかもしれない。
そんな僕を見て、ソイル君は嬉しそうに、でも少し哀しそうに笑った。
「ユウさんは本当に優しい人なんですね。……それでも僕は『NPC』です。『NPC』は『プレイヤー』を楽しませる為に居るんですよ」
何処かで又爆発する音が聞こえて礼拝堂自体が震えた。時間がもう無いのかもしれない。
「その『楽しませる』方法が奴隷販売って間違ってるって言ってるんだよっ!」
「いいえ、間違ってないですよ。常に『プレイヤー』は刺激を求める。快楽を求める。でもこの国は平和すぎる。イベントが足りないんですよ」
年下の筈のソイル君が僕を諭すように言った。
「平和なのは良い事だよっ! それが好きってプレイヤーも多い筈だ!」
「そうですね、だから僕は暗躍するんです。平和が好きな『プレイヤー』は表の王都を楽しめばいい。刺激が欲しい『プレイヤー』は裏の王都を楽しめばいい。
その為に、『裏』の世界を、イベントを作るのが僕の役目なんですよ」
そう言うソイル君は笑った。、どうしてそこまで言うのか僕にはわからなかった。
王城であった時のソイル君は何処にでもいる普通の男の子で楽しそうに笑っていて、その時と今で何も変わらないのに、なのに言っている事だけが偽悪的に見えて、無理をしてるようにしか見えない。
顔は笑っているのに、ソイル君が泣いているように見えた。
「……もしかして、誰かに無理矢理……」
「違うっ!」
最後に思った事をソイル君は強い言葉で否定した。
「これは僕の意志だっ! これだけは、譲らない。譲れないっ! 僕は『NPC』かもしれないけど、僕が自分の意志で決めた事だっ!」
侮辱されたように激しく反発するソイル君。確かにその瞳は強い意志を秘めていて、それこそプログラムのように操られているとかには見えない。
と、再び爆発音がして、礼拝堂の天井の一角が崩れる。
「……もう時間が無いね。そろそろ悪役は悪役らしく最後の仕事をしようかな」
さっきの強い口調から一転、落ち着いた声でそう言ってソイル君は懐から1つの真っ黒い宝石を取り出した。
それは真っ黒なのに輝いていて禍々しいオーラを放ってるように見える。
「ユウっ!」
「無事かっ!!」
と、その時僕の後ろの扉が蹴破られ、2人の人影が飛び込んできた。
「ま、マヤ? シルフィードさんまでっ!?」
蹴破った勢いのまま僕の前に立つ2人。
「遅くなったわね。でもあの女にはキッチリ落とし前つけといたから」
盾を構えてニヤリと凄みのある笑みを浮かべるマヤ。
「あ、えっと……こ、殺したりしてない……よね?」
「さぁ、どうかしら?」
だ、大丈夫……だよね? ジェルミナさんはそれだけの事をしたと思うけど、だからこそちゃんとした形で罪を償って欲しいし、マヤにだって相手が悪人だからって人殺しなんてして欲しくない。
「彼女は重要参考人だからね。こっちで逮捕したよ。……まぁギリギリだったし、そのまま死んだ方が彼女には幸せだったのかもしれないけどね」
僕達のやり取りにシルフィードさんが苦笑しながら答えてくれた。
……ギリギリだったんだ。
「……それで、ユウが何故か突然飛び出して言ったって聞いて慌てて追い掛けてきたんだけど……その理由はお前だったって事で良いのかな、ソイル?」
一転真面目な顔になり、油断無くレイピアを構えてソイル君を睨むシルフィードさん。
そこに従兄弟に優しく接していた雰囲気は微塵も無い。
「はい、私が今回の騒動の黒幕です、兄様」
そしてソイル君も僕と話した時と変わらず、一言の言い訳もなく肯定した。
ソイル君の言葉にシルフィードさんは瞳を閉じ大きく息を吐く。
「そうか。ならば私はお前を大罪人として捕縛する。抵抗すれば痛い目を見る事になるよ」
「そうですね、僕の剣技ではまだまだ兄様には適いません。でも、ラスボスがあっさり降参しちゃったらつまんないでしょ?」
そう言ってソイル君は手に持っていた宝石を僕達の目の前の地面に叩き付けた。
反射的にマヤが僕を庇うように立つ。
が、別に爆発したり衝撃があったりという事はなかった。叩き付けられた宝石はその衝撃で粉々に砕け散り。飛散する宝石の粒が煌めく。
そしてそれがそのまま叩き付けられた地面に魔法陣を描き、輝いた。
「禁忌のアイテムかっ!」
その様に吐き捨てるようにシルフィードさんが叫んだ。
「はい。僕では敵わないので、ここはやはり定番としてモンスター召喚なんてしようかと思います」
ソイル君が気楽な口調で言った次の瞬間、魔法陣から真っ黒な何かが溢れだし、人間のような形を取る。
でもそれは明らかに人間ではなかった。
身長は2メートル位だろうか? 全身ムキムキの戦士体型な感じだけど、全身真っ黒で尻尾まで生えている。特徴的なのは顔だ。人間の顔の左右に阿修羅みたいに牛と山羊の顔が付いていて、全部に角が生えていてる。
まるで絵にかいたような悪魔がそこに居た。
でもその悪魔は角の何本かは折れ、身体中には治っているとはいえ夥しい傷痕が見えた。
そして中央の人間の顔にだけ真っ黒な目隠しのような装備がされ、手には同じように真っ黒な槍を持っている。
・Lv70情欲の悪魔とエンカウントしました。
魔法陣の輝きが消え、召喚? が終了した瞬間、ウィンドウにメッセージが流れた。
「さて、クライマックスです。ユウさん、存分に楽しんでくださいね」
ソイル君の言葉と同時に、『情欲の悪魔』は獣のような雄叫びを上げて僕達に向かって突撃を開始した。




