第151話 暴れん坊王子様。
「そろそろ時間だっ! まず最初にお客様にお前等のお披露目をする! 高く買って貰えればお前等だった幸せになれるんだっ! 精一杯媚を売るんだぞっ!」
戻ってきた司会の男は僕達にそう告げて、牢の鍵を開ける。
なんだかさっきより疲れて見えるのはシルフィードさんの注文と主と板挟みで苦労とかしたんだろうか? そもそも悪い人だから同情とかはしないけど。
扉が開いた事でまずノワールさんが、次いでルルイエさんが牢から出る。
「……行きましょうユウ」
殺気丸出しで少し心配だったマヤもちゃんと司会の男の言う通り大人しく牢から出て僕を促した。
内心良かったと胸を撫で下ろしながら、僕もこくりと頷いて後に続く。
ここまでは多分シルフィードさんの計画通りに進んでる筈。
あとは一網打尽に出来れば、きっと今まで売られた人達を助ける事も出来る。僕は逸る気持ちをぐっと抑えて司会の人が先導する階段の方へと移動した。
と、その時ちらりと別の灯りが見えてそっちに目が向く。
それはこれから向かう階段と逆側、廊下の一番奥の扉が閉まるのに漏れる光だった。
扉を閉めているのはジェルミナさんのようだった。そしてその奥に見えるもう1人の人影。
「っ!?」
ちらりと一瞬だけ見えた姿に僕の足が止まった。
「? どうしたの、ユウ?」
その場に止まった僕にマヤが振り返って尋ねる。
「あ、うん。なんでも……ない」
慌てて歩き出して前の皆を追い掛けた。ここで僕が余計な事をして作戦を失敗させる訳にはいかない。今は作戦の事だけを考えなきゃ。影さんにもそう言われたし。
……でも……今のは見間違いだよね? 此処にいる訳ないし。
そう思いつつ、でも僕は一瞬見えたあの姿を消す事が出来ずに居た。
今回のオークション会場も階段を上がってすぐだった。今回は前回と違う建物なのに似た作りなのはそういうルールとかがあるんだろうか?
とりあえず僕達は舞台袖で2人の男に左右から囲まれて待たされ、司会の男は少し咳払いをしてから一気に飛び出していく。
「おー待たせしましたっ! 本日も皆様お越し頂き真にありがとうございますっ! 記念になるであろう本日のオークションにも素晴らしい商品をご用意する事が出来ましたっ!
本日は少し趣向を変えまして、最初に皆様にご覧頂こうと思いますっ! この後のオークションの参考にして頂ければ幸いですっ! それでは、どうぞっ!」
司会の人がそう言って僕達の方にばっと手を上げ、横にいた男達が僕達に出て行くように顎でしゃくる。
打ち合わせ通り言われた通り舞台の方に歩いていく僕達。スポットライトが僕達に集まった。
舞台に上がるとわかるけど、会場は前回よりかなり広く、お客さんであろう人数も明らかに多かった。多分3倍位は居る気がする。熱気に至っては5倍位あるんじゃないかという感じだった。
そしてその全ての視線が僕達に集まり、全身をねぶるように絡みつく視線に鳥肌が立つ。
正直この空気は何度体験しても慣れない。……慣れたくもない。
ちらりと横を見るとマヤは隠す事なく怒りの表情でテーブルの人達を睨んでいる。ノワールさんは変わらず無表情でぼーっとしていて、ルルイエさんはさめざめと泣いていた。
正直三者三様すぎて、一瞬どうリアクションしていいか困ってしまった。
そんな状況の中、お客さんの1人が立ち上がる。
「少し、いいかな?」
軽く手を上げて司会に尋ねる男性。
仮面を付け胸に13番のプレートを付けているけど間違いなくシルフィードさんだ。
「は、はい! あ、いえ、しかし」
シルフィードさんだとわかっている司会の人も一瞬頷きながらも慌てて辺りを見回す。
「今後の為にちょっと私からも一言喋らせて貰いたいだけだよ」
そう言いつつシルフィードさんは僕達の居る舞台へと歩いて来た。
客が舞台に上がるというのは多分許されない事なんだろうけど、相手がこの国の王子である為か、それともあまりに突然の事だったからか、誰に止められる事もなくシルフィードさんは壇上に上がる。
同時にマヤの殺気が更に高まる。
……シルフィードさんは味方だって本当にマヤは分かってるよね? わかっててやってるよね!?
心の中でそう思いつつも、今口に出す訳にもいかず、僕は静かに状況を見守った。
周りのお客さんも、司会の人も、シルフィードさんが何を言い出すのかと固唾を飲んで見守っている。
と、シルフィードさんは自分の仮面を取り外した。
シルフィードさんの素顔がスポットライトの下に晒され、予想をしていた人も居るかもしれないけど、それでもお客さん達はその顔に驚きの声を上げる。
「さて……さすがに私の顔を知っている人は多いようだね」
壇上からお客さんのリアクションを見てそう結論付けるシルフィードさん。
まぁロリコ伯爵とか居たし、此処に来れるのはそれなりに地位やお金がないと無理だろうから確認に過ぎないんだろうけど。
「私は常々、国の発展の為に王たる者は清濁合わせて飲み込む度量が必要だと思っている。必要ならば清き者を切り捨て、濁る者を救う事もあるだろう。今回も我が国では違法とされている奴隷売買に参加させて貰った」
シルフィードさんの言葉にお客さんの目の色が変わる。
今のシルフィードさんの言葉、それはこの国の王子が奴隷売買を肯定したように聞こえるからだろう。流石に貴族と言っても違法行為を王族にバレたと冷や汗をかいていた人も多いのかもしれない。それに今後奴隷をもっと買いやすくなる事を示している事の喜びもあるのかも。
「……だからこそ、今私は約束しよう。
この国に素食う貴様等ダニを、ここで一掃するとっ!」
アイテムウィンドウからレイピアを抜き、隣に居た司会の人を一閃の元切り捨ててシルフィードさんがそう宣言した。
その瞬間、オークション会場の熱気は爆発し、怒号と悲鳴が響き渡った。
その一瞬の間にマヤ達はアイテムウィンドウから自分達の装備を取り出して着替える。僕も直ぐに胸元に手をあて、ネックレスに魔力を送って『隷属の首輪』を解除した。
「ユウっ!」
「了解っ! 魔力活性っ! 広域高位祝福っ! 広域高位加速っ! 広域高位防護印っ!」
マヤの指示に壇上の5人に支援をかけて回った。
同時にマヤとルルイエさんが壇上に居た、未だ呆然としていた男2人を切り倒す。
「命までは取らないから安心して欲しい。……取り調べを受け、死んだ方が良かったと思える位には罪を購って貰う必要があるからね。勿論逃げられないよ? 外も兵が囲んでいるからね」
シルフィードさんの言葉に会場が動き出す。
逃げようとする、恐らく貴族や商人達、それを守ろうと動く護衛らしき人達、そして舞台袖とステージ入り口から騒ぎを聞きつけて入ってくる見るからに柄の悪い男達。
「いくぞっ! 君たちはユウの護衛を頼むっ!アニーは入り口の確保を!」
「言われなくてもそうするわよっ!」
「了解しましたっ!」
シルフィードさんの叫びに即座に答えたマヤに苦笑して、シルフィードさんは壇上から飛び降りた。
飛び降り様に1人の護衛を切り倒す。
マヤとルルイエさんが壇上に上がる男達と戦い、アニーさんが出入り口付近に陣取って逃げる客を抑える事を中心に動く。
だけど何よりシルフィードさんが圧巻だった。
向かってくる荒くれを切り伏せ、護衛を弾き飛ばし、逃げようとする客の手足をたたき落とす。
そうしながら相手の攻撃は全て軽やかに避けて、返り血1つ浴びていない。
僕の記憶の中で近い戦い方をするのはアンクルさんだけど、スピードそのものがアンクルさんより早い気がする。それでいて軽やかで本当に踊っているようにシルフィードさんは戦っていた。
シルフィードさんがレイピアの輝きを煌めかせながら踊る様は、人間同士の凄惨な戦闘の筈なのに、目を奪われる位美しい剣舞だった。
「と、これはロリコ伯爵」
戦いが始まって初めてシルフィードさんが手を止めたのは、溢れる程に太った巨体で会場に腰を抜かしている男、ロリコ伯爵の前に来た時だった。
「で、殿下、こここ、これは何の冗談で」
未だ現実を認めたくないのかロリコ伯爵は口に泡を出しながらもシルフィードさんに問う。
「冗談ではないよ? まさか君は本当に『奴隷売買』なんて物を王族が許すと思ったのかい?」
笑顔で答えるシルフィードさんだけど、目が笑ってないのが凄く怖い。
「し、しし、しかし! 殿下も奴隷を買われて、しかも楽しみたいとっ! ですから私はっ!」
「ああ、本当に気分の悪い経験だったよ。潜入捜査とはいえ二度としたくないな。……といっても、王族は清濁合わせて飲み込む度量が必要だ。必要ならば潜入捜査も、大事な人を危険に晒す事も仕方ない。
だから……これは只の八つ当たりなんだが、許してくれ給え」
そう言ったシルフィードさんは一瞬でロリコ伯爵の四肢を切り落とした。
「ぴぎゃらぁぁあああっ!?」
声にならない悲鳴を上げて転がるロリコ伯爵。……正直見ていたくない。
と、そこでシルフィードさんの背後に大斧を持つ男が立っているのが見えた。
「シルフィードさん、危ないっ!! 高位防護印っ!」
振り下ろされる大斧は、その瞬間僕の『防護印』に弾かれ、ノワールさんの矢が幾本も肩に刺さって大斧を取り落とし、いつの間に居たのか影さんが首筋に一撃を入れて昏倒させていた。
無事で良かった……。
「殿下、油断されては困ります」
「油断してないさ。君達が居るのが分かっていたから、信じていただけだよ」
「信頼しすぎるのも困ります」
そう言って再び霞みのように消える影さん。
しかし影さんは苦言を呈していたけど、大勢はもう決しているようだった。
護衛の人も殆どアニーさんとシルフィードさんに倒され、お客さんも多くは無力化、もしくは命乞いをしていて、残る人数は少ない。
舞台上でもマヤとルルイエさんはノワールさんの援護もあって圧倒している。こっちも間もなく終了すると思う。
と、そこでふとさっきの事が脳裏に浮かんだ。
あれが見間違いじゃないのだとしたら、まだ居るのなら……どうしても確かめたかった。
「ごめん、マヤ。ちょっとさっきの地下牢の所で、どうしても確認したい事があるんだ。ここ、お願い」
「え? ちょっ! ま、待ちなさいっ! ユウっ!?」
僕はその声を聞きながら舞台から駆け下り、地下への階段へと走る。
途中すれ違う人とかはもう居なかった。
外からも怒号や爆発音らしきものが聞こえてる辺り、会場だけでなく外の包囲? の方でも戦闘が行われているのかもしれない。
外側にも皆が参加しているって事だし、どちらに敵の主戦力が回されているのかとかわからないけど無事である事を願わずにはいられない。
だから少しでも早く確認して戻らないと。
そう思いつつ階段を下りた僕の前に――
――巨大な大爆火球が迫ってきた。
BGMはアレ。




