第149話 マヤ語り。 その5
「マヤ、少し休んだ方が良いんじゃない?」
その日、ホームのソファーで情報のチェックをしていた私を見かねたサラサラさんが私に声をかけてきた。
「大丈夫です、弱音を吐いていられませんから」
笑顔でそう答える私の顔にサラサラさんは手を添えて視界を塞ぐ。
「……?」
「とりあえず1時間位やすみなさい。眠らなくても、こうして瞳を閉じているだけでも休息になるから。いざという時に『動けませんでした』じゃ意味がないのよ?」
手をどける気配ののないサラサラさんに、
「ありがとうございます」
と小さく呟いて瞳を閉じ、ソファーに体重を預けて今日までの事を考える。
今回、夏休み前と違い『ユウ』捜索にはありとあらゆる手段を講じた。
勿論夏休み前の時も出来る限りの事はしたけど、今回はまず一番大事な情報が目の前にあった。
『銀の翼』のギルドメンバー欄にあるユウのログイン表示。
これが表示されているという事はユウはまだゲーム内に居る事を示している。
ならばこのゲーム内をくまなく探せば見つけられる筈だ。
まず掲示板で『白き薔薇の巫女姫』の目撃・捜索スレッドを立ち上げ、プレイヤー同士の情報交換を促した。所詮掲示板だからまともな情報は出てこないし、すぐ話題は違う方向に逸れていくが、それでも全プレイヤーの『目』を利用しない手はない。
クラン『白薔薇騎士団』は全隊員で街中をくまなく捜索している。最後にユウと会っていたのが彼等であり、又その結果ユウが行方不明になった事もあって彼等も必死で捜索しているようだ。
ユウが商店街の人達と仲良くしていた事も捜索にはプラスに働いているようで皆協力的、むしろ自分達からユウを探してくれているようだ。
勿論留置所等も定期的に調べているし、衛兵にも確認しているがそれらしい人物の情報は無い。
クラン『露天会』、『白金の匙』、『トレーダーズ』も手伝ってくれている。
製造販売の大半を握っている彼等がその他のクランと交渉してホームの点検をさせて貰っているようだ。
ユウがログインしたままであるのに連絡が無い以上、『連絡が出来ない場所』に居る可能性が高い。その一つが通信設定をオフにしたクランのホームだからだ。
勿論痛くない腹を探られるのはどのクランも面白くないだろうが、上手に交渉しているようで問題にはなっていないようだ。
……ユウの発見も出来ていないけれど。
クラン『悠久』、『まおまお』、『スターダスターズ』のメンバーは物凄い勢いでダンジョンを攻略している。『悠久』に至っては1日で複数のダンジョンを完全クリアする事もあるようだ。
これは連絡が付かないもう一つの場所、ダンジョンの奥深くで取り残されている可能性を潰す為だ。
勿論ユウが居なくなったのは王都の中なのだけど、実際に連絡が取れない以上、居る可能性があるのならと攻略を開始していた。
『スターダスターズ』まで攻略に参加するのは意外だったけど。
「関係ねぇ! 単に俺等はダンジョンを攻略してるだけだっつーの!」
とクランリーダーの男は言っていた。
まぁどうでもいいけど。
今の所そちらからも芳しい情報は上がってきていない。
私達『銀の翼』もそれぞれが自分に合った場所で捜索や情報収集、攻略をしてくれている。
その情報を集めて精査するのが私の役目だ。
……あともしユウが帰ってきた時、ホームに誰も居ないのも問題だからと居残りをサラサラさんに命じられた。
「もしユウちゃんの情報が入ったら最初に此処に届くように皆にお願いしてあるから、マヤは此処で待つのが仕事よ」
そう言ってくれた。
だけどユウが行方不明になって五日目、大半のクランを捜索し、知られているダンジョンのほぼ全てを攻略し、王都を隅々まで見て回っても、ユウの情報は出てこなかった。
「何か情報あった?」
「なーんもなし。ホンマに霞みみたいに消えてて何の情報も出てこんわぁ」
私の問いにソファーに突っ伏したまま手を振るルルイエ。
五日目の日も沈み、『銀の翼』のホームにはクランメンバーが全員揃っていた。
テーブルには王都とその周辺の地図が置かれ、書き込まれたクランホームとダンジョンの場所に更に上から×の印が書かれている。
「これだけ虱潰しに探して何一つ情報が出ないってのも変な話だな」
地図を眺めてコテツさんが呟いた。
確かにもう殆どのホームもダンジョンもチェックしたし人が隠れられそうな空き家や建物も調べて回っている。
なのに何一つ情報が出てこない。
何か根本的な部分を見落としてるのだろうか?
「そういえばルルイエはついでに『冒険者ギルド』で他のNPCの捜索クエストも受けてたよな。そっちはどうだったんだ?」
「そっちもさっぱりやねぇ。どっかに遺品アクセでも落ちてるんかも知れんけど、流石に今そこまで探すんは無理やし」
コテツが何気なくルルイエに尋ねると、お手上げとばかりに両手を挙げてルルイエが答えた。
……ユウが居なくなってる今、何をやってるのかという気持ちになる。
確かにNPCの捜索クエストも大事かも知れないけど……
と、その時頭に雷が落ちるような衝撃があった。
「ルルイエ! 『冒険者ギルド』の捜索クエストって何人分あったの!?」
「うぇ!? えっと……10人位……やっけ? って、うちは1人分しか受けてへんよ!? ユウっち探す途中で他の情報があったら、程度でやね?」
鬼気迫る勢いの私に慌てて弁明するルルイエ。だけど今はそんな事を気にしてる暇はない。
改めて私は地図を睨む。
「……どうしたの?」
私の様子にノワールが横から声をかけながら地図を覗き込む。
「私達がこれだけ王都の内外を探して回っていて10人以上の行方不明者の情報すら出てこないっておかしいわ……これだけ探して見つからないって事は、複数人の行方不明者が拉致されていて情報が出てこない場所があるという事」
そう言いつつ、私は地図の×印の建物だけでなく、小さな家屋や公共施設も含めて塗りつぶしていく。
地図が2色に塗り分けられていくと、1つの答えが浮かび上がってきた。
「あ……」
ホノカちゃんが気付いて声を上げる。
大人数を囲い、情報が出てこない可能性がある場所。地図上に塗り残された場所――それは貴族街の一部とテラン王城のみだった。
「私の敵は……この国そのもの、かしら?」
『NPC』が『プレイヤー』を拉致していた。
確かに『セカンドアース』のAIはまるで人間みたいだけど、そんな事があるとは思っていなかった。てっきり他のプレイヤーの行動だと思って見落としていた。
だが敵がハッキリ見えてきた。ならば私のやる事は決まっている。
と、その時玄関の呼び鈴が鳴った。
皆が自然と其方に目を向ける。
「失礼、此方は『銀の翼』のホームで間違いないだろうか?」
マントとフードで全身を隠している人物が玄関先に立っていた。
「私はテラ王国親衛騎士団団長アニー・ロッセと申します」
リビングでマントとフードを外した女性は私達にそう告げた。
確かにマントの下の全身鎧の佇まいは騎士を彷彿させる姿だ。
テラ王国の親衛騎士団。ついさっき推理で至った『ユウを拉致した』集団の可能性である人物に自然と視線が険しくなる。
「それで、騎士団長さんが何のようかしら?」
今このタイミングでやってきた彼女が何かしらのユウの情報を持っているのではないかと思いつつ、椅子に向かい合って座った私は彼女に尋ねた。
「その前に……今此方にいらっしゃるのは『銀の翼』の皆様だけでしょうか?」
私達を見渡して訪ねるアニー。
「……そうよ。部外者は居ないわ」
「ありがとうございます。……ここからの話は他言無用でお願いします」
「それは貴女次第ね」
私の答えにアニーは小さく息をついた。
「了解しました。……私は、今回ユウ様からの手紙を預かって参りました」
そう言って1枚の封筒がアニーの手により机の上に置かれた。
その発言と行動は行方不明のユウの所在を目の前の女性が知っている事を示している。
私は警戒しながらも目の前の封筒を手に取りざっと目を通した。
そこに書かれている文字は間違いなくユウの筆跡だった。
所々間違えた文字をミノムシにしている書き方まで同じだ。私が見間違える訳がない。
そしてその内容は……半分予想通り、半分予想以上だった。
あの日、ユウはやはり『NPC』に誘拐され、奴隷として売られた事。その時その事件を追っていたシルフィードに助けられた事、他に誘拐された人達を助ける為に捜査に協力する事。しばらく帰れないけど安心して欲しい。という旨が書かれていた。
誘拐はまだしも奴隷ってどういう事!? しかもそのまま捜査に加わるとかユウは何をしてるのっ!?
此処にいないユウに言いたい事がこれでもかと出てくるが、居ないのだから仕方ない。
シルフィードって名前は……たしか『転職祭』の時に居た私の警戒センサーがビンビンに反応してた奴だ。ユウに色目を使っていたから覚えている。
そして非合法な売買に顔を出し、目の前の『親衛騎士団長』と関係がある人物、という事になるけど……。
「この手紙が本物だという証拠は?」
本物以外ありえないけど、それでも私はアニーに尋ねる。
「こうして私が身分を明かし、この場に来た事にて信じて頂く以外ありません」
「この手紙が本物だとしても、ユウに無理矢理書かせた可能性もあるわね」
「……それも、我が主の名前も伏せさせていない事で、信じて頂く他ありません」
「この手紙の日付、五日前だけど……ここまで遅れた理由くらいは説明して貰えるの?」
「作戦遂行上、今まで情報を公開できませんでした。遅れた事、申し訳ありません」
アニーはそう言って頭を下げる。
信用に足情報ではないが、確かにわざわざやってきて私達を騙す理由もない。
……本当に『NPC』が『プレイヤー』を拉致しまくっているのなら別だが……それにしてもわざわざ相手のホームにやってくるメリットはない、か。
「作戦遂行上……という事なら、今じゃなくて作戦が終わった後の方が貴女達には都合が良いんじゃないかしら?」
回された手紙に目を通しながら、サラサラさんが頭を下げたままのアニーさんに尋ねた。
「ユウ様に必ず手紙をお届けすると約束しましたので。……それと、その件に対し我が主よりお願いがあり、参りました」
「お願い、ね。……何かしら?」
「数日中に今回の事件の組織の一斉摘発を行います。が、その場にユウ様も居る事になります」
その発言に室内の殺気が高まった。
私だけでなく、皆の殺気もアニーに集中している。
「それはユウが危ないって事?」
自分でも剣を抜いていないのが不思議な位な状態のままアニーに問う。
「万全を期しておりますが、可能性は0ではありません。そこで我が主からの提案です。あなた方流民の皆様にもこの作戦に参加をして頂けないでしょうか?」
「……どういう事?」
伏せていた頭を上げてアニーは私を見つめる。
「組織の摘発だけでしたら我々だけでも十分ですが、同時にユウ様の安全に万全を期する為に人員は多いに越した事はありません。ですが、騎士団から多くを動かすとそもそも『敵』に知られるリスクが高まります。
そこで我が主は『転職祭』で見たユウ様のご友人のお力を、ユウ様の為にお借りできないかと仰っております」
「ウチ等を利用してその『敵』とやらと戦わせるっちゅー事?」
手紙を読んでいたルルイエがアニーに確認する。
「いいえ、皆様はあくまでユウ様の安全第一で構いません。……作戦内容を相談しますので、その作戦自体を滅茶苦茶にされるような行動は困りますが」
アニーの答えに皆の視線が自然とサラサラさんに集まった。
「……そうねぇ、大事なクランメンバーを助けるのは頼まれるまでもなく私達の役目だから構わないけど……」
と、そのサラサラさんの視線が私に向いた。
その視線を受けて、私は頷き、アニーに人差し指を突きつける。
「いいわ、手伝ってあげる。でも条件が1つ。その『作戦』とやらで私のポジションはユウの側に居られるように設定するように」
「了解しました。日程、作戦については後日改めて使者を送ります。作戦の内容は他言無用、必要な場合は同じ流民の信頼の置ける方にのみでホームなど盗み聞きされる恐れのない場所でよろしくお願いします」
そう言ってアニーは立ち上がりマントを羽織った。
「それだけでええの? 何や情報管理に矢鱈と厳しいっぽいのに、ウチ等が話してまうかも知れん事には甘いように見えるけど?」
帰ろうとするアニーにルルイエが後ろから尋ねる。
「はい、私も我が主もユウ様を信じております。そのユウ様が信頼している皆様でしたら大丈夫だと思います。……勿論そうでない者も部下に居ますが、全ては主の決定ですので」
そう言ってもう一度アニーは頭を下げて帰って行った。
「一応追跡しとくね」
玄関が閉まったのを見て、ルルイエがサラサラさんにそう言って姿が消える。
「よろしくね~。まぁ多分大丈夫だろうけど」
そう言ってサラサラさんは残った私達を見回し、口を開いた。
「それじゃ、私達は『ユウちゃん救出会議』を始めましょうか」
勿論連絡が遅くなったのは影さんが待ったをかけてたからです。
最終的にシルフィードがねじ伏せましたが。




