第145話 当然の装備。
後宮に来て五日が経った。
その間僕は作法の特訓をし、ダンスの練習をし、パンを焼き、シルフィードさんの抱き枕になっていた。
……抱き枕については、シルフィードさんが女性だと分かった翌日にマージャさんにせめてベッドが2つある部屋に移ったり、今の部屋にお布団を持ち込んだり出来ないかと交渉してみたのだけど、
「今他に使える部屋も寝具もなくて、ごめんなさいね」
と言われてしまった。
僕の都合でご厄介になってるし、そう言われてしまうと無理を言う事も出来ないし。
仕方なくシルフィードさんを説得するしか無くなったのだけど……。
「ユウを抱いて寝るとよく眠れるんだ」
「ユウがソファーで寝るというのであれば私もそちらに行こう」
「ユウは私の事が嫌いか?」
「ユウが私の身体がイヤだというのなら仕方ないが……確かに男として過ごしてきたから身体も筋肉がついてしまったし……」
等と当たり前のように返されて最終的に有耶無耶になってしまった。
シルフィードさんが寝静まってからこっそり抜け出そうとかも考えたけど、半分は僕が先に眠ってしまい、半分はがっちり抱きつかれていて逃げ出す事が出来なかった。
シルフィードさん……女の子ってわかってからなんだか変に積極的になってる気がする。元々面白がってるような人だったけど、タガが外れてるというか。男だと思ってた頃にされたら引くレベルだ。
……今まで女性だと知っている間柄の人が居なかったのだろうし、その反動なのだろうか?
だとしたら友達として出来る限り協力してあげたいのだけど……でも僕も健全な高校生男子として色々やばい。とてもやばい。
僕の鋼の理性を褒めてあげたいくらいだ。
そんな毎日だったけど、今日はとうとう目的の舞踏会がある。
日々の特訓のお陰で『礼儀作法』のスキルも中級になる事が出来た。
色々思う事はあるけど、今は必要だから仕方ない。
ダンスの方はスキルを取得出来なかったけど……出来てもソレはソレで困ったかもしれないけど……マージャさんからギリギリ合格点を貰えた。
少なくとも当日足を踏む事は無いと思う。
……初日は自分で自分の足を踏んで大変だったし。本当にマージャさんはよく根気よく教えてくれたと思う。
「そういえばユウちゃんって舞踏会用の服装は用意してあるの?」
あとは夜の舞踏会を待つだけ、そう思っていた昼食時、マージャさんが僕に話しかけてきた。
今日は午後の仕事が無いという事でシルフィードさんも一緒だ。
「えっと……コレ……じゃダメかな?」
そう言って自分のローブをつまんで見せる。
一応レア装備だし、『司祭』だからローブが正装って言っても許して貰えると思うんだけど……。
「ダメよ! この国の貴族が参加する舞踏会に、殿下のお連れとして参加するの? その方がそんな格好じゃ殿下に恥をかかせる事になるわ」
ダメらしい。しかも物凄い剣幕で怒られてしまった。そんなにダメらしい。
このローブ、デザインはさておき、動きやすくて好きなんだけどなぁ……。
「そういう事ならマージャ、後宮にある服から適当に見繕ってきてくれるかい」
「はいっ! 殿下、お任せあれっ!」
シルフィードさんの鶴の一言にマージャさんは食事もそこそこに飛び出して行ってしまった。
どうして女性って人の服を用意するのでもあんなに嬉しそうなんだろう?
あまりのやる気に少し不安を感じたりする。
「……まぁ、マージャもこういう事は滅多にないから張り切ってるんだと思うよ」
僕の視線に気付いて苦笑しながらシルフィードさんが言った。
「別に構わないよ。『純白のローブ』はコレで動きやすくて好きだけど、他の服が嫌って訳じゃないし」
というか着慣れているとはいえ、デザイン自体は正直女の子っぽくてお気に入りって程じゃないから、わざわざ服を借りるっていう事が申し訳ないだけで、着替える事は悪くない。
いや、よくよく考えるとかなり良いかもしれない。
マージャさんが言っていた通り、王族のお連れとして恥ずかしくない服装という事であれば高級品だろうし、ビシっとキマったタキシードとかも悪くない。
やはり殿下の一歩後ろを歩く執事っぽい感じになるのだろうか?
最近は強い執事とか戦う執事とかも多いし、そういう感じも格好いいかもしれない。
「準備が出来ましたわ!」
昼食を終える頃、扉が開き、マージャさんが満面の笑みで戻ってきた。
シルフィードさんと一緒に連れて来られたのは多分衣装室だと思うのだけど、そこはすごい有様だった。既に物凄い数の衣装が並べられている。
んだけど……。
「えっと……マージャさん?」
「はい、何か気に入ったのがあったかしら? 色々試してみようと思うのだけど……」
「いや、えっと、コレって……」
「勿論今日の舞踏会用の衣装よ」
「いや、全部女性用のドレスだよね?」
「ええ、勿論」
満面の笑みで応えるマージャさん。
ま、まさかこれは……。
「もしかして、マージャさん、僕の事女の子だと思ってた……? 僕、歴とした男なんだけど……」
「ええ、知ってるわよ?」
「知ってて女性用のドレスを用意したの!?」
訳が分からないよ!? どういう事?! 女の子に間違われる事もショックだけど、男だと思われた上で女性用ドレスを用意されるのはもっとショックだよっ!?
「これも作戦だから諦めてくれ」
笑顔でそう言うシルフィードさん。
「作戦って言ったらなんでも従うと思ったら大間違いだよっ!?」
僕にも男のプライドという物がある。昔からリアルでもよく女装しろ的な空気になる事が何故か多かったけど、頑なにNOを言ってきたのだ。学園祭とかの仮装ならまだしも、日常生活で女装とかありえない。
この一点はどうしても譲れない。
「いや、本当にそうなんだ。申し訳ないが私は公的には『王子』として生活しているから、連れて歩く相手は女性という事にしなきゃならない。
ユウがどうしても嫌なら仕方ないけど……計画の大幅な遅れは避けられないかな……」
「う……」
そう言って哀しそうな顔をするシルフィードさんに言葉が詰まる。
計画が遅れるという事は、それだけソフィアさん達を助けるのが遅れるという事だ。僕のワガママで救えた筈の人が救えなくなる可能性がある。
そんな事で後悔する事になったらと思うと……正直怖い。
……くそう男には大事な事の為にプライドを曲げなきゃいけない時もあるのかっ!
「わ、わかったよ。……本当に、本当に、ほんとーに今回だけだからね?」
「ありがとうユウ!」
シルフィードさんも満面の笑みだった。
なんだかその笑顔を見てると騙されているような気分になる。
「あ、でも、男の僕が女装した所で結局一目でバレちゃうんじゃ?」
「「それはないな(わ)」」
何故かシルフィードさんとマージャさんがハモって否定された。
そこからはもうマージャさんの独壇場だった。
次々に出して来るドレスを着せては脱がせ、着せては脱がせ、僕は心を無にして言われるままに着せ替え人形と化す。
新しいドレスを着る度にシルフィードさんが、
「似合ってるね」
「可愛いよ」
「もう少し露出は減らした方が良いかな?」
と褒めてくれたり、感想をくれるんだけど……正直嬉しくない。
でもこんな事で心を乱されていてはこんな苦行を続ける事は出来ない。無だ、無になるのだユウ。これも全部シルフィさん達の為、がんばれユウ!
それにしても……衣装が替わっていく度にどんどんマージャさんが元気になっていくのは何でなんだろう?
僕に女性用ドレスの事なんか聞かれてもわからないからマージャさん(と、シルフィードさん)に丸投げしてるけど、決まらなければどんどん疲れる筈なのに。
「マージャは私の乳母だからね。本来は私がこうなって居たんだろうけど……私は幼い頃に王子になったから、マージャとしては長年の欲求が解放されたんだろう」
マージャさんを見て首を傾げる僕に気付いたシルフィードさんが苦笑しながら説明してくれた。
シルフィードさんは身長も高いしすらっとしてるし、それでいて胸もそれなりにあるし、こういうドレスも似合うと思うんだけどなぁ……。
そう思いつつ隅に置かれているまだ着ていないドレスの袖をつまむ。
「あら、ユウちゃんはソレが気に入ったの?」
「あ、いえ、えっと……」
その瞬間を目敏く見つけたマージャさんが近寄ってきた。
流石に王子様してるシルフィードさんに似合うドレスを見てた、とか言いにくい。
「あら、コレは……そう、コレなのね」
何かを思い出すように1人頷いたマージャさんは、すぐに僕にそのドレスを着せてくれた。
それは胸元が開いた綺麗な青色のドレスで、胸元に青いバラをあしらっていてとても綺麗だった。
……僕が着るのでなければ。
「うん、これが良いかもしれない。ユウの瞳やチョーカーとも合っているし、綺麗だよ」
と鏡の前に立つ僕を見てシルフィードさんも頷く。
「これは王妃様が若い頃に着てらしたドレスなんですよ」
僕の肩に手を置いて後ろから僕を覗き込んで懐かしそうに語るマージャさん。
「え? 王妃様、って……シルフィードさんのお母さん?」
「ええ、その通りです」
「って、そそ、そんな大事な物着れないよっ!?」
シルフィードさんのお母さんって亡くなった方だよね? って事はこのドレスも形見の1つって事になる。一応礼儀作法やダンスの練習をしたとはいえ、付け焼き刃な僕じゃいつ汚したり破ったりするかもわからない。
そんな大事な品を着るとか怖くて出来ないよ。
「物は使われてこそ価値がある。そのドレスも持ち主が居なくなってからずっと衣装棚の奥で眠っているだけだったんだ。それを使って貰えるのなら、母も、そしてそのドレスもきっと喜んでくれると思う。
だから、ユウに着て欲しい」
真面目な顔でシルフィードさんそう言われてしまうと反論出来ない。
助けを求めるようにマージャさんを見ると大きく頷いていた。
最初からわかっていた事だけど、ここに僕の味方は居なかった!
「……わかりました。お借りします」
逃げ場のない僕は結局このドレスで舞踏会に出る事が決まってしまった。
本当に気をつけないと、と心に誓う。
「じゃあ次はアクセサリーと……あとお化粧もしてみましょうか」
「まだあるの!?」
「勿論よ~? 女の準備の時間はいくらあっても足りないんだから」
そう言って僕はマージャさんに引かれて次の部屋へと連行されていった。
僕の受難の時間はまだまだ終わらないようだ。




